189.侵入 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
ベッドの足元には地図、机の上には機材、荷物棚には医療パック、サーマルカメラ、ドライブレコーダーのバックアップ、まだ開けていない弾薬の箱が積んである。カーテンは半分引いて、外の白い光と悪い知らせが入り込める細い隙間を残してある。レミは隅に座って、戦地の精神科から出てきたばかりで薬をまだもらっていない人間みたいな顔をしていた。クレールは書類フォルダを抱え、ジュリアンはドア際に寄り、葉 綺安は相変わらず「誰か余計なことをしたら先に後悔させる」という顔をしていた。林 雨瞳はメインテーブルの前に座り、タブレットの画面にはバストーニュ、N30北段、湖区の三か所――今では合わさって人を食いそうな地図が映っていた。
ジャックは一通り見て、最初の一言はまだ人間らしかった。
「想像してたより戦況室っぽい。」彼は言った。「それとホテルのオーナーに通報されそうなテロリストのスイートルームっぽさも想像より上だ。」
「テロリストじゃない。」俺は言った。「警察より半歩早く物事が崩れたと認めてるだけだ。」
彼は頷いた。文明的じゃないが効率的な自己紹介として受け入れたみたいに。
「じゃあ改めて。」椅子を引いて腰を下ろした。速くはないが安定した動作だった。「ジャック・レイノルズ、テキサス人、弾道史、二次大戦装備分析、戦地映像とサーマル比較をやってる。今日、町の中、N30北段、林地の再現エリアでそれぞれ映像を撮った。普通の人間に見せたら俺の薬の量を疑われる内容で、普通じゃない人間に見せたら缶詰を買い始めるやつだ。」
「テキサス。」希が壁に寄りかかって見ていた。「思ってたより中国語上手いやん。」
「昔、台湾系の装甲兵と二年一緒にいた。」ジャックは言った。「最初に覚えたのは言語じゃなくて、スパナで追いかけられたとき中国語でどう謝るのが一番効くかだ。」
「その答えは信じる。」俺は言った。
彼は俺を見て、ようやくかすかな、疲れを帯びた乾いた笑みを見せた。
「よかった、まだ笑えるんだな。俺は今日の昼間、ベルギーの警官に『反射の錯覚じゃなくてサーマルに異常な冷域と圧力のズレがある』と説明したら、教会で聖母に熱力学を教えようとしてる人間を見るような目で見られた。」
「あいつらはまだ行政フェーズだ。」俺は言った。「行政フェーズの最大の特徴は、物事が死者を出し始めても、手続きがまだパニックの覚え方を知らないことだ。」
ジャックはバッグを開けて、ローライトカメラ、サーマルカメラ、現場音声レコーダーらしいものを取り出して机に並べた。
「本題から入る。町の外の偽米軍が襲われたのは、単純な奇襲じゃない。俺の音声ファイルにはドイツ語の号令と履帯の音が入っていて、時間のズレがおかしいし、反響の構造もおかしい。サーマルでは断続的な車列と歩兵の塊状の冷熱混合反応が確認できる。普通の人間は体温が背景に近いほど低くなりながら、特定の関節部位だけ高温点を出したりしない。」
「死人に怨念が乗れば、そうなる。」俺は言った。
「今はその答えを受け入れ始めてる。」彼はあっさり返した。
レミが隅でようやく口を挟める一言を見つけた。
「受け入れるの早いな。」
ジャックはちらっと見た。
「兄弟、俺は今日、燃えているドイツ軍の戦車がN30を走っているのを見た。傍には集団で死んでそのまま残業に呼び戻されたみたいなドイツ兵がついていた。こういうとき選択肢は二つだ。世界観が壊れたと受け入れるか、自分が先に壊れるか。まだ守りたい機材があるから、二番目は選べない。」
レミは頷いた。遠い親戚に会ったような顔で。
俺はそのメモリーカードをカードリーダーに差し込んだ。画面にすぐ映像が上がった。
最初の一本は午後に町で起きた虚実の衝突だ。ジャックの角度は俺たちより斜めで、それがかえって不快だった。彼のレンズからは、カフェのショーウィンドウと展示車の側面の反射に映り込んだドイツ軍ハーフトラック車列の断片が、はっきり見えた。古いフィルムから切り抜いて今日の街路に一枚一枚貼り付けたみたいだった。画面の中で、配送トラックのフロントガラスが割れる零点何秒か前、サーマルの縁に低温の空帯が一瞬走り、次の瞬間に街の中央に短い高温点が出た。現代のエンジン熱じゃない。燃焼の残滓が金属と骨の上に積もったような、奇妙な熱だった。
二本目はさらに悪かった。
林地の再現エリアで偽米軍が屠殺されたとき、ジャックは全体は撮れていなかったが、後半は撮っていた。木々の間の霧が層を成して低い方へ押し下がり、ドイツ軍の制服を着た人影の群れが遠くから歩いてきたんじゃなく、林そのものから滲み出てきたみたいに現れた。銃声は一本の音の線じゃなく、複数の異なる時代と距離の銃声が重なって、戦場の再生ファイルを重ねて流したみたいだった。一番不快だったのは画面の左側で、偽米軍の上着を着た太った男がよろよろと外に向かって走っていたことだ。後ろには明らかに何もない。次の瞬間、男は見えない何かに背後から叩かれたように前のめりに雪の中に倒れ込み、頭はもう上がらなかった。
三本目はN30北段からだった。
燃えているドイツ軍の戦車が、砲塔が半分傾いて、側面が焦げて、県道右側の霜の張った地面をゆっくり横切っていた。速くない。ただその遅さが、巡回しているように見えた。傍のドイツ軍歩兵の隊列は散漫だったが、足のリズムは安定していた。死んでいるのにまだ歩いている人間の一番恐ろしいところは、迷いがないことだ。生きている人間は歩きながらあちこち見て、寒くなり、疲れ、怖くなる。死人に方向感覚が残っているとしたら、それはたいてい、自分の死すら仕事の一部として処理し終えているということだ。
ジャックは画面の傍に立って、古い銃の口径を説明するみたいな平坦な口調で言った。
「これはまだ俺が撮れた分だ。サーマルの生データはもっとひどい。ドイツ軍側の反応は単一スペクトルじゃなく、多層の重ね合わせに見える。冷洞みたいなものもあれば、高温の残火みたいなものもあるし、同一の運動体の上に絶対あってはいけないものが混在している。普通のサーマルカメラにはこれが読めない。普通の世界にこういうものが存在しないからだ。」
「バストーニュへようこそ。」俺は言った。「ここでは今や地獄も地元の道路計画に従わないといけない。」
彼は思わず笑った。
「テキサスも似たようなもんだ。ただうちの地獄はバーベキューを売る。」
空気が珍しく二秒だけ緩んだ。
二秒だけだった。
鏡がまた曇ったからだ。
今回はゆっくり這い上がってくるやつじゃなく、鏡面全体が誰かに向こう側から海塩と硝煙を含んだ冷気を一息吹きかけられたみたいに、瞬時に白くなった。部屋の温度がそれに続いて沈んだ。レミが条件反射で椅子を後ろに引き、床が情けない音を立てた。ジャックの第一反応は退くことじゃなく、顔を上げてその鏡を見ながら、同時に手がサーマルカメラに伸びていた。この男はどうかしている。ただしどうかし方が非常に専門的だ。
霧の中に最初に現れたのは甲板だった。
傾いて、焼けて、縁にはまだ低温の中で燻り続けているような暗い赤が残っていた。そして山口多聞の姿が霧の中から歩き出てきた。今回は遠景に立っているんじゃなく、鏡の向こうの燃える甲板の縁に直接踏み立っているみたいだった。軍服の線は相変わらず整然として、表情も相変わらず冷静で、周りの全員がホラー映画の中にいるのに彼だけ定例業務をこなしているみたいだった。
彼の左後方で、もう一つの影がゆっくりはっきりしてきた。
神崎忠明だ。
頭に鉢巻を巻いて、腰に軍刀を下げて、機関銃口を見たら先に距離を計算してからどう死ぬのが一番効率的か考えそうな陸軍大尉。今回は顔見せに来たんじゃなく、業務を引き継ぎに来た様子だった。山口多聞が前夜に紹介したときはまだ抑えた感じがあったが、今の彼は全体の状態が変わっていた。ようやく鞘から抜かれた刀みたいで、まだ何も斬っていないのに、部屋の空気が先に痛みを感じていた。
ジャックは明らかに、こういう光景を正面から見るのが初めてだった。
彼は退かなかった。だが喉仏がはっきりと動いた。
「分かった。」彼は低い声で言った。「これはクソったれな投影なんかじゃない。」
俺は一瞥した。
「今気づいたってことは、信仰のアップデート速度はまだ正常な範囲だ。」
山口多聞は俺たちのこの不敬な生者の空気を完全に無視して、口を開いた瞬間から戦況だった。
「町内の封鎖は形になりつつあるが、重複を遮断するには不十分だ。ドイツ軍の第三層はまだ完全に頭を上げていないが、第二層の切片はすでに成功している。今夜までに、バストーニュで最初の明確な死亡事案が発生する。」
部屋の全員が黙った。
心の準備ができていなかったからじゃない。その言葉が彼の口から出た瞬間、予測じゃなくシフト表みたいに聞こえたからだ。
俺は聞いた。「場所は?」
「町内だ。」山口多聞が言った。「外縁でも、林帯でも、N30でもない。本当の町内だ。」
神崎忠明が一歩前に出て、机の上の地図に視線を落とした。
「標的は必ずしもあなたたちではない。」彼は言った。「だが必ず秩序の象徴になる。警察、バリケード、避難誘導ポイント、臨時指揮所、住民を誘導する結節点、どれも格好の標的だ。向こうが狙っているのは単純な殺人じゃない。生者の秩序がこの町では成立しないと証明することだ。」
この男、思ってたより頭が回る。悪くない。
ジャックはここまで聞いて、ついに我慢できずに口を挟んだ。
「ちょっと待て。」彼は山口を見て、次に神崎を見た。「あんたたち二人――一人は日本海軍の幽霊提督で、一人は日本陸軍の幽霊大尉で、今ベルギーのモーテルで俺たちに市街戦の分析をしてるのか?」
「国際化へようこそ。」俺は言った。
ジャックは顔を手で拭った。
「今日、物理学が俺を許さない。」
「安心しろ。」俺は言った。「ここで今一番価値がないのが物理学だ。」
山口多聞は話を先へ進めた。
「私は湖区から切り込み、飛龍の前線指揮と甲板投射でドイツ軍切片の歩調をまず乱す。神崎忠明と第101特別陸戦隊の先鋒は挿入の準備ができている。町内で事案が発生したら、やることは三つだ。」
俺が続けた。「まず人の流れを押さえる。次に視野を確保する。最後に敵味方の位置を特定する。」
山口多聞が俺を一瞥した。認めているような目だった。
神崎がさらに切り込んだ。
「視野が使えなくなったら、住民と結節点を先に守れ。完全な映像を撮ることに欲を出すな。死人は明日撮ればいい。生者が今日死んだら二度目はない。」
レミが「自分は死人を撮って飯を食っている」とうっかり言いかけて、最後は黙った。よかった。どのタイミングで自分に祟りを呼ばないかを、ようやく覚え始めた。
俺は山口に聞いた。「事前にリスクの高い場所を示せるか?」
彼が手を上げると、鏡面の向こうの霧の湖面にいくつかの暗点が浮かんで、机の上の地図に投影された。
教会前の広場斜面、町役場隣の臨時避難集合点、東向きの短い直道の先にあるバス停に繋がる小路、そして土産物市場近くの曲がり角。四か所。小さいが、全部が毒を持っている。これらは軍事拠点じゃなく、生者が秩序を一番保てると思っている場所だ。そこで死者が出れば、町全体の神経が半分一気に切れる。
林 雨瞳はすぐ四か所に印をつけて、人員を再配置した。
俺、葉 綺安、ジャックの三人組が機動担当と最も危険な地点の支援。林 雨瞳は希を連れて情報の切り替えと後方支援。記者三人組はモーテルの拠点に残り、第一線への突出は禁止。整理、受信、バックアップ、どの素材を残してどれをまだ外に出さないかの判断だけをやる。レミが文句を言いかけたので「今出て行ったら次の証明写真になるだけだ」と一言で塞いだ。
ジャックは特に異論を出さず、一つだけ聞いた。「俺をそんなに信用していいのか?」
「信用してない。」俺は言った。「ただサーマル、弾道、装甲の輪郭が読める人間で、今外にまともな人間が少なすぎる。最悪の状況では、使える人間が信頼できる人間より先にテーブルに着く。」
彼は頷いた。
「フェアだ。」
夕方になると、バストーニュの町の様子は熱を出した人間みたいになってきた。
通りはある、灯りはある、警察はいる、告知も貼り出された。「安全管理への協力のため指定区域への立ち入りをお控えください」「イベントの一部屋外プログラムを一時停止」「夜間の外出を控えることを推奨します」。一文一文が問題を行政の段落一つに縮めようとしているみたいだったが、町全体の空気はもうその修辞を受け付けていなかった。人が減り、話し声が速くなり、路地に車が増え、窓の向こうに顔が増え、犬が吠えなくなり、子供が早めに家に引っ張り込まれ、バーは営業しているのに笑い声がなかった。戦域の縁で一番典型的な匂いだ。まだ全面的に爆発していないが、今夜はまずいと誰もが分かっている。
一か所目、二か所目を回って、最後に教会前の広場斜面近くで止まった。
ここは事が起きるのに向いている。
片側は教会の石段、片側は古い建物二棟が作る角、その間に臨時避難誘導の標識と警察のパトカーが一台。数名の警官が、まだ立ち去ろうとしない住民を誘導していた。昼間より口調は急いでいたが、まだ本当の混乱には至っていない。ベルギーの治安システムの今の状態は、傘を持った人間が山の濁流の前に立って、自分が役に立たないと分かっていても傘を捨てて逃げることもできない感じだった。
ジャックはパトカーの後ろにしゃがんで、サーマルカメラを通りの先に向けた。
「低温の断面がある。不完全で、反射面の近くを漂ってる。」
教会の入り口のガラス掲示板を一瞥して、向かいのカフェの磨きすぎた店先のウィンドウを見た。
「反射面が好きなんだな。」
「好きなんじゃない。」ジャックが言った。「反射面があると借り込みやすいんだ。二枚の画像が重なると焦点が合いやすいみたいに。」
「なるほど。」俺は言った。「今日から幽霊も光学を理解した。」
葉 綺安は俺の左に立って、視線を路地と屋根のラインの間で切り替えていた。
「警察側が集まりすぎている。」
俺も見えていた。
警官四人、車一台、市の反射ベストを着た作業員二人、全員が教会の斜面下のあの空間に固まっている。視野が広くて人の流れを制御できると思っているんだろうが、実際には自分たちを格好の標的の陣形に並べていた。秩序というのは常にそうだ。安定を示しているつもりで、敵の識別を手伝っている。
イヤホンを押して、モーテルの拠点に繋いだ。
「林 雨瞳、教会の地点のリスクが上がってる。そっちに新しい信号は?」
ほぼ即座に返ってきた。
「ある。バス停の小路で一瞬冷洞が出たが、すぐ消えた。教会前のガラス面の反射異常が強くなってる。大型の物体が重影の縁で探りを入れてるみたいに。」
「どのくらい大型だ?」
「車体レベル。」
よし。今夜死者が出る。あとはどの不運な人間がちょうど中心点に立っているかだけだ。
ジャックが急に声を落とした。
「待て。」
サーマルカメラを少し右に向けた。
「車体の前方に不規則な高温点がある。燃焼の残留みたいだ。」
頭の中に最初に浮かんだのは、昼間N30にいたあの燃えているドイツ軍の戦車だった。
くそ、散歩してたんじゃない。道を覚えていたんだ。
口を開こうとした瞬間、教会前の空気が先におかしくなった。
最初はガラスだった。
掲示板、パトカーの窓、向かいの店のウィンドウ、隣の民家の二階の半開きの窓まで、全部が同じ瞬間に、この夕方には存在しない映像を映し出した。燃えているドイツ軍の戦車が通りの先から斜めに迫ってきて、後ろに歩兵の影が続いていた。灰緑、焦げた黒、縁に火の粉。完全な実体じゃないが、これまでのどの時よりも実体に近かった。今回は探りじゃない、入場だった。
次に音が来た。
履帯が石畳と積雪を踏み砕く鈍い響き、地面の下で何かが歯を食いしばっているような低いエンジン音、金属が損傷した後に擦れ続ける高い音。その音が出た瞬間、現場の警官が全員同時に振り向いた。当然だ。戦車が町に入ってくる音を聞いて、何でもないふりができる本能は人間にはない。
警官の一人、三十代くらいで短髪、痩せていて、反射ベストの下に防弾チョッキを着ていた。さっきまでずっと住民の誘導をしていた男だ。彼が最初に通りの先へ一歩踏み出し、銃のグリップに手を当てた。自分のトレーニングと交渉しているみたいな動作だった。
「止まれ!」彼はまだ何もない通りに向かってフランス語で叫んだ。
勇気ある一声だった。そして何の意味もなかった。
次の瞬間、路面が本当に踏み砕かれたからだ。
戦車の全体が現れたんじゃない。前半分の履帯と車体の重影が現実の表層に猛然と押し込まれた。路上の積雪と砂利が同時に弾け飛び、パトカーの左前方が半インチ沈んで車体が横に傾き、ガラスが全部砕けた。その警官は第二声を上げる間もなく、見えない鉄の壁に正面から叩かれたみたいに体が後ろへ飛んで、背中が教会の石段の縁に激しく叩きつけられた。
擦り傷でも骨折でもなかった。
死んだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




