161.局面打開 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
これは人を丸ごと飲み込むためのものじゃない。脚を半分だけはめて動けなくすれば、そのあとは後ろの短槍兵が好きなだけ串刺しにできる。
俺は左側の板の縁を踏んでいて、足元がいきなり消え、膝から下が一気に落ちる。脳みそより先に右手が動き、短刀を横の木梁に突き立てて体を固定しながら、高階誦読官のほうへ一発撃ち込んだ。
あいつも反応は速い。弾丸は肩をかすめて法衣を大きく裂いただけで、致命傷には至らない。
「機関を操ってやがる!」俺が怒鳴る。
「見えておる!」神父は自分の右手側の鎖の末端を引きちぎり、そのまま鎖全体を承軸脇の操作桿めがけて投げつける。
錫杖には当たらなかったが、隣の引き戻し用ワイヤーに命中した。鎖が絡まり、そのまま引きちぎる形になり、左側の二枚の落とし板は本来の定位置まで戻らず、中途半端な「半開き」で止まる。
それで十分だ。
「軸を塞げ!」俺が下に向かって怒鳴る。
マリア修女がすぐに応じる。
塔全体、一層目から二層目までの、彼女に汚染されきったあの不気味なリズムが、黒い逆流となって主軸を這い上がってくる。
三層目の承軸がかろうじて維持していた規則性は一瞬で壊れた。左の伝令鐘が本来鳴るはずのない拍子で自分から一度鳴り、右の壁龕前の遮板は予定より半拍遅れてしか閉じなかった。
半拍。
それだけあれば、エリザヴェータは二巡分殺せる。
彼女は上から飛び降りた。だが高階誦読官には触れない。まずはそいつの左後ろに残っていた最後の短槍兵の肩に着地した。
その短槍兵は槍を構え直すことすらできなかった。その首が彼女の歯で噛み切られるまでは。
彼女は喉を食い破りながら、目線だけを中央の誦読官へ持ち上げる。目の奥にあるのは上位の獲物へ向けた捕食者の、底冷えするような忍耐だ。
——見えておるぞ。だがまずはお主の周りの「手」を全部食う。
そういう意思表示だ。
その圧は真正面から飛びかかるよりずっと残酷だ。
高階誦読官の冷静さがそこでようやく飛んだ。あいつは錫杖をもう一度鐘軸に叩きつけ、甲高く早口で呪句を唱えはじめる。
主廊の奥、鐘室へと通じる内扉のあたりから、金属錠前が外れる音が響いた。あいつは三層を死守するつもりじゃない。もっと奥の鐘室に退き、最後の中枢と塔冠からの視界を使って、塔全体の制御を続けるつもりだ。
「逃げる気だ!」俺が叫ぶ。
「お主では追いつけぬ」エリザヴェータはそう言った。だがその言葉を口にするときには、彼女自身はすでに動いていた。
彼女は前には走らない。承軸の外周から中央の重守護兵の頭上へ、黒い鉄塊が落ちるみたいな軌道で飛び込む。
重守護兵は本能で盾を掲げた。それは普通の人間にとっては正しい反応だ。
だがエリザヴェータは盾の正面を殴らない。着地するのは盾の上縁。そこから両足で一気に蹴り込み、常識を無視した角度でそいつの背中側へと回り込む。
重守護兵が振り向ききる前に、彼女の腕は面頬の下から差し入れられ、喉骨を五指で掴んで後ろに引き千切った。
面頬は外れない。先に首が開いた。
その同じ瞬間、俺は中央の内扉へ走る。
高階誦読官はもう退かない。逆に俺に向かって打って出てきた。錫杖は短いが十分に硬い。割れ鐘形の鉄の頭が俺のこめかみめがけて薙ぎ払われる。
俺は左腕を上げて受ける。腕一本、丸ごとしびれた。力だけなら決して軽くない。
二撃目を受けるつもりはない。俺は間を詰め、杖を振り回す余地を潰しにいく。
こいつの分厚い白衣の下にはやはり甲冑が仕込まれている。胸に拳銃を押し当てて撃っても、体が一歩よろめいただけで貫通しない。
なら狙いを変えるしかない。短刀の先を太腿の内側へ突き込む。
一撃目は浅い。二撃目で俺は刃を中でひねった。
誦読官はくぐもった声を漏らし、錫杖を俺の背に叩きつける。俺はそれを力ずくで受けながら、同時に額でそいつの顔面を叩きつける。
鼻梁が砕けたはずだ。
神父が右から駆け寄り、押さえ込もうとするが、さっきまでくたばったと思われていた重守護兵がその足を掴んで引きずる。
神父はその手首を片足で踏み折り、聖書を一撃落として頭蓋を粉々にする。ただその半秒の間に、誦読官は鐘室の内扉の前まで下がりきっていた。
「エリザヴェータ!」俺が叫ぶ。
「聞こえておる」誦読官の耳元で彼女の声がした。
俺は彼女がどうやってそこまで移動したのか見ていない。
ついさっきまで中央の梁の上にいたはずの彼女が、次の瞬間にはもう内扉の上にある足一つ分の鉄枠に立っていた。まるで最初からそこに止まっていた夜鳥みたいに。
高階誦読官が顔を上げる。その目に初めてはっきりと「恐怖」が浮かんだ。
エリザヴェータはすぐには手を下さない。ただ身をかがめてその顔を覗き込み、ほとんど優しさにさえ見える残酷さを浮かべて笑った。
「ようやく『死ぬもの』らしくなったのう」
彼女は両手でその頭蓋の両側を同時に掴み、自分の体重と落下の勢いをそのまま乗せて、内扉の鉄枠に叩きつける。
一度。二度。三度目には、鉄枠に生暖かい赤と白がこびりついていた。
錫杖が床に転がる。
俺は二歩で間を詰め、まだ痙攣している誦読官の体を蹴り飛ばし、あの割れ鐘の錫杖を拾い上げる。
手に取ってはじめてわかった。柄の後ろ側に細かい歯が刻んであって、鐘室の内扉の錠前機構にぴたりと噛み合うように作られている。
どうりでこいつ一人で、この階全体の仕掛けを回せたわけだ。
「三層目の主廊、片付いたか?」俺は訊く。
「右側は全部終わった」神父の声は、さっきあれだけ戦ってきたとは思えないほど落ち着いている。
「下の節拍はまだ手の中にある」マリア修女の声が主軸の向こうから届く。
「壁龕に生き残りはおらん」エリザヴェータは扉の上枠に立ったまま、指先についた血をちろりと舐め落とす。「中にまだ二匹おる。外の連中よりは多少ましじゃった。少なくとも一匹は隠れることを知っておった」
俺は割れ鐘の錫杖を内扉の鍵穴に差し込み、時計回りに一捻りする。
鐘室が開いた。
中は部屋じゃねえ。一つの心臓だった。
鐘室全体は円形で、外周を八本の木肋と鉄骨が上に向かって収束しながら組み上げ、中央には主裂鐘が吊り下がっている。これまで見てきたどの鐘よりもでかい。鐘の腹には焼け焦げたような牛頭の刻印がびっしりと刻まれ、鐘舌は金属じゃない——黒布で巻かれ、骨油と凝固した血の蝋を塗り込んだ撞木だ。鐘の底からは三本の主引き桿が伸び、それぞれ一、二、三層の承軸へと下へ通じている。上へは、塔冠まで直結する観測・拡声構造が組まれていた。鐘室の外周壁には四基の大型伝音管が嵌め込まれており、黒ミサはここから外へ送り出されていた。
ここが第一の黒塔の、本当の中枢だ。
そしてここを守っていた最後の二体は、普通の邪教徒なんかじゃない。
一体は鐘監。背が高く痩せていて、白袍の上から鉄片の祭甲を重ね着し、両手には鉤付きの鉄手甲をはめている。もう一体は塔冠守衛。手に持つのは槍でも矛でもなく、長柄の斬鉤——この円形の鐘室という空間に特化した武器で、足を払い、人を引っ掛け、侵入者を主鐘の真下まで引きずり込むために作られている。こいつらが三層目の主廊へ支援に降りてこなかった理由は一つだ。鐘室さえ生きていれば、下でどれだけ節点を失っても、全部ここから繋ぎ直せるからだ。
問題は、今ここに俺たちが踏み込んできたってことだ。
「やり方はシンプルだ」俺は言う。「神父は守衛を食え。俺は鐘監を抑える。エリザヴェータは——」
「わかっておる。主鐘には触れるな、塔冠を早まって壊すな、であろう?」彼女は少し面倒くさそうな顔をした。「お主ら人間は、自明なことを必ず二度繰り返す」
「退路を断てって言ってんだ。曲芸を見せびらかせとは言ってねえ」
彼女はふっと笑った。温かみなど微塵もない、ようやく多少は歯ごたえのある獲物に出会えたという種類の笑いだ。
俺たちは同時に踏み込む。
先に動いたのは塔冠守衛だ。長柄の斬鉤が床すれすれを薙ぎ払う。上半身は狙わない、足と膝だけを刈りにきた。この円形の鐘室では、こいつは本当に厄介で、一度倒れたら次の瞬間には鐘監か撞木の機構に潰される。俺は受けずに内側へ跳び、斬鉤を外周の木板すれすれにやり過ごす。神父はまったく逆の動きをした。一歩前に出て、斬鉤を自分の脛甲に受けさせ、鎖でそのまま鉤頭を絡め取り、武器ごと自分の間合いに引き込んだ。
その隙に鐘監が主鐘の引き桿へ飛びかかる。
鐘を鳴らすためじゃない。黒ミサを塔冠へ再送するためだ。
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