152.死守 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
ヴィクトリアが操縦席に腰を下ろしたとき、外のマルセイユはまだ静まっていなかった。
静まるはずがない。
地下鉄メイン出口前の広場は、警戒線と放棄された車両、臨時バリケード、消防ホース、そして本来ならここで立ち止まるべきじゃない人間たちで完全に詰まっていた。後ろへ下がらされる者、まだ前を覗こうとする者、負傷者を抱えて階段の脇にしゃがみ込む者——その顔に浮かんでいるのは救助を待つ表情じゃない。答えを待つ表情だ。
答えは医療テントの中にも、封鎖線の向こうでまだ通常の警察用語で事態を説明しようとしている警官たちの口の中にもない。
答えは、彼女の目の前にある。
シュトゥルムシュライター。
まだ完全に立ち上がっていない状態でも、それは広場の縁に据え付けられた黒い砲座のようだった。三メートル級の鋼鉄フレームを重装甲が覆い、むき出しのリンクと油圧パイプ束がガチガチに固定されている。全体のシルエットは一般的な機械兵器というより、工業と殺戮と戦場実用主義を無理やり束ねて溶接した塊に近い。 両肩のハニカム式ロケットポッドはまだ展開していないのに、その存在だけで周囲のフランス人警官たちを近寄らせない。機体両側には四連装MG42ユニットが固定されている。銃身はまだ予熱もしていないのに、起動した瞬間にこの通り一帯を削り取るという種類の圧力を発していた。そのさらに下には火炎放射器と、吊り下げ式のパンツァーファウスト3対戦車ロケットシステム——この機械の怪物にあらかじめ用意された第二審の判決みたいだ。
ヴィクトリアは両手を操作ハンドルに置いて、計器を一度見下ろした。
すぐには起動しない。
ためらっているわけじゃない。確認している。
ここは街中だ。射撃場でも、机上演習でも、人っ子一人いない郊外でもない。こいつを市街地に解き放つからには、どこにまだ人がいて、どこがもう空で、どの射線は通してよくて、どのラインは絶対に触れないか——それを把握しなきゃならない。さっき周士達がシュトゥルムシュライターを地下に落とさなかった理由も、それだ。武器が重すぎて、火力が過剰だ。投入場所を間違えれば、最初に死ぬのは敵じゃなく味方になる。
耳元の通信が点った。
「シュトゥルムシュライター待機中」彼女は言った。
ルシアの声が回線に割り込んでくる。相変わらず速くて、冷静だ。 「メイン出口北側と北西側の交差点に新しい白ローブユニット出現、数が増えてる。地下コンコースからの報告——東向きホームで盾・槍・弓の編制を確認。周は、メイン出口を死守して、地上側の圧力を地下に流し込ませるなって」
ヴィクトリアは前方の光学スリットに映し出された街並みを見上げた。
すでに白ローブが現れていた。
突進してくるわけじゃない。放棄された車列の隙間に沿って、押し出されてくる。 先頭にいるのは、相変わらずあの徒歩の死体どもだ。汚れた白いローブをまとい、とんがり帽子とマントが炎の明滅に合わせて光る。まるで都市の葬式だけを専門に請け負う聖職処刑人の列みたいだ。 速くはない。だが、止まらない。さらに後ろから、二つの交差点から白い影がつぎつぎと接続してきて、数は右肩上がりに増えていた。
そこでようやく、ヴィクトリアは右手をメイン起動レバーに当てた。
動作は小さい。
だがシュトゥルムシュライターの反応は、大きい。
まず機体の奥底から、重い金属のロックがかかる鈍い音が響く。巨大な棺桶の最後の閂を押し込んだみたいな音だった。 その直後、メイン動力ユニットが目を覚ました低い唸りが伝わってくる。震えは装甲を何層もくぐり抜けて外へ広がり、周囲の地面をかすかに震わせる。計器盤のインジケーターが一つずつ点灯し、油圧値上昇、ボルト自動点検、ロケットポッド通電、主視界キャリブレーション、スタビライザー解放——最後に、機体全体がしゃがみ込んだ姿勢から、ゆっくりと自分の重量を支え起こした。
広場脇のフランス人警官たちは、本能で一歩二歩と下がった。
一人、記者らしき男がパトカーの陰に隠れながらスマホを構えていたが、シュトゥルムシュライターが立ち上がるのを目にして一瞬呆然とし、次の瞬間には横から来た憲兵に腕を掴まれて引きずられていった。
こいつが動き始めた時点で、もはや「珍しい映像を撮れる現象」なんかじゃない。
火力プラットフォームだ。
ヴィクトリアは前方の映像を注視しながら、メイン出口の階段前に最後の負傷者が避難するのを確認した。医療スタッフがストレッチャーを二台引っ張りながら脇へと曲がっていく。彼女は急かさない。武器の照準だけを一目盛りずつ上げていき、その一帯が射界から完全に抜けるのを待つ。
五秒後、外部スピーカーをオンにした。
拡声器と金属ボディの共鳴を通して機体から出た声は、冷たく、硬い。
「メイン出口前方、全員後退」 「繰り返す。メイン出口前方、全員後退」 「これより火線を展開する」
フランス語だった。
しかも、発音がやけに正確だった。
それが逆に、現場の反応を早めた。消防隊の指揮官がすぐに階段前の人間を手振りで追い払い、最後のストレッチャーも横転した乗用車の裏へと引き込まれる。まだ見物を続けていた数人も、ようやくここが動画を撮る場面じゃないと悟ったのか、壁際へと身を寄せた。
ヴィクトリアは射界が空になったのを見届けてから、初弾のトリガーを引き下ろした。
四連装MG42が同時に目を覚ました。
「開火」なんて軽い言葉じゃない。
一帯の路面が、高速の金属嵐で丸ごと引き裂かれる感覚だ。
四門が同時に火を噴いた瞬間、機体の前半分が反動で一瞬後ろへ押され、だがすぐに、重量級のシャーシとスタビライザーにがっちり噛み殺される。金属製の弾帯がフィーダーの中を狂ったように走り回り、銃口の炎が夜の中に短くて凶暴な白線を描く。弾丸は群れの中心に向かってばら撒かれることはなく、白ローブの群れの前縁と車列のあいだを鋼鉄の犁で街路を掘り返すように、極端な精度で叩きつけられる。
最初に砕け飛んだのは、脚だった。
こいつらの胸なんて、そもそもいい標的じゃない。だが大口径・高レートの火力が膝や股関節、脛骨に与えるダメージは、話が別だ。第一列の白ローブ兵は、ほとんど全員が下半身を刈り取られた。身体はまだ前進の姿勢を保とうとしながら、上半身だけがアスファルトと車の残骸の隙間に叩きつけられる。後ろの列が補おうとすると、機関銃の火線がすぐさま横へ移動して、その右半身ごとマントを細切れにした。
四連装MG42の本当の恐ろしさは、殺傷力だけじゃない。
制圧だ。
一度あの密度の火力で路面を犂き回せば、隊形なんて意味を持たなくなる。盾、槍、白いローブ、骨、腐った肉、車のガラスが一緒になって砕け散り、通り全体が、シュトゥルムシュライターの目に見える金属の豪雨で後ろへ押し戻される。
だがヴィクトリアは、欲張らない。
最初の短いバーストで撃ち止めにし、すぐに指を離して交差点の状況を再調整する。
今の彼女の役割は、勝ちにいくことじゃない。
追い払うことだ。
死体の群れを追い払い、メイン出口前にスペースをこじ開けて、地下のラインに呼吸する余地を残す。
案の定、白ローブたちは散りはしなかった。
左右の道に沿って流れを変え、削られた死角から再び詰め寄ろうとし始めた。それでいい。流れが分散するということは、正面の圧力が一層剥がれたということだ。ヴィクトリアは左側の銃ユニットを持ち上げ、二回目のバーストで北側の角を切る。ちょうどそこから顔を出した白ローブの弓兵の列を、まとめて吹き飛ばした。弓と矢は炎の中で木っ端微塵となり、マントは弾丸に引き裂かれて、破られた喪服の列みたいに舞った。
そのとき、機体右肩のセンサーが、別の押し上がりラインをマーキングした。
北西側だ。
もともと片側二車線の道だったが、今は放棄された車と民間車両でぎっしり詰まっている。白ローブの群れはその車体の影を盾にしてじりじり前進し、メイン出口のスロープへ接近しようとしていた。こういう位置関係は、機関銃だけで押し返そうとすると、車両を炎の壁に変える危険がある。燃え上がった車体がかえって退避ラインを塞いでしまう。
ヴィクトリアは一秒だけ眺めてから、武装を切り替えた。
右肩のハニカムロケットポッドが展開する。
装甲板の下から、甲殻類の背骨の棘みたいに、 ロケットチューブが音もなく滑り出した。フルサルボはかけない。端の四発だけを選択する。
次の瞬間、四条の尾炎が肩からほとばしった。
誘導兵器じゃない。優雅な追尾軌道なんて描かない。工業油の匂いをまとった短くて粗暴な四本の無誘導ロケットが、放棄車両の最前列と白ローブの群れのあいだに、ただ一直線に飛び込んでいく。爆風はメイン出口の方へ向かって巻き込まれることなく、北西側の車列の先端を丸ごとめくり上げる方向へと叩きつけられる。火球と煙と破片、吹き飛ぶドア。あまりにも近かった十数体の白ローブは、一気に吹き飛ばされた。爆心地で粉々になったものもいれば、四肢をあちこち持っていかれてなお、路面を這うように手を前へ伸ばすものもいる。
ヴィクトリアはすぐにロケットポッドをオフにして、機関銃へ切り替えた。
これは無差別射撃じゃない。
戦場の補正だ。
火は北西の角を登り始め、後ろの白ローブたちを外側へ追い出していく。メイン出口正面のラインは、彼女の二度の火力投入によって、無理やり真空地帯にされた。フランス人警官と憲兵が、ようやく封鎖テープを前へ引き直す余裕を持ったほどに。
装甲車の陰にいた消防指揮官が、シュトゥルムシュライターを見上げていた。その表情は、現場の配置図にこの存在を組み込みたいのに、既存のどのフォームにも書き込む欄がないと言っていた。
ヴィクトリアには、構っている暇はない。
再び通信が入る。
今度は周士達だ。
背後の音は雑多で、無線の声、鉄柵を引きずる音、地下空間特有の反響が入り混じっている。
「地上の状況」
ヴィクトリアは火器管制画面から目を離さないまま、平板な声で答えた。 「メイン出口正面の射界は確保。北側と北西側の屍群は分岐済み。白ローブ弓兵を確認。重装機械ユニットは未確認。交差点に蹄音の残留あり。騎馬指揮ユニットがまだ上空を回っている可能性あり」
回線の向こうが半秒だけ沈黙した。
周士達の声が、さっきより少しだけ冷たくなって戻ってくる。 「地下で盾・槍・弓の交代と後続の増援を確認。奴らは隊列を組み直してる。メイン出口を絶対に落とすな。上からの圧力を地下に流し込ませるな」
「了解」
ヴィクトリアは通信を切り、視線を再び路面へ戻した。
周士達に言われるまでもない。地上と地下が今、噛み合わされていることくらい分かっている。白ローブの死軍が今いちばん厄介なのは、この点だ。単発的な暴走じゃなく、高地と路面、出入口と地下鉄、それにパニックのタイミングまで、同時に奪いにきている。 こっちが一箇所を叩けば、別の箇所から補い、ひとつの出口を守れば、別の口から滲み出してくる。
だからシュトゥルムシュライターを無闇に動かすわけにはいかない。
今のこいつは一本の釘だ。
この井戸口まで奴らに押さえられたら、下にいる周士達たちは、本当の意味で生き埋めにされ始める。
正面の通りに、また白い影が動いた。
今度は単なる歩兵じゃない。
盾を持った白ローブが二体、燃え上がる車列の縁を沿うようにして前進してくる。その背後には槍が三本。さらに後方では、騎馬の輪郭が一瞬、交差点の火光の後ろをかすめた。測距でもしているのか、シュトゥルムシュライターの射角を確認しているのか。
ヴィクトリアは、その馬を追わない。
まずは目の前からだ。
四連装MG42が三度目の火を吹き、今度は火線を低く抑えて、前列の二枚の盾を下端から撃ち抜いた。盾の底部が先に割れ、次にその盾を握る乾いた二本の腕、膝、そして後ろの槍兵の脛が砕ける。補充に入ってきた列全体が、真ん中からざっくり削り取られ、後列が引こうにも、もう手遅れだ。火線が横へ流れていくあいだ、広場前の路面は鋼のブラシで一度こすり上げられたように、白ローブの欠片、盾板、骨粉が左右へと飛び散った。
そのバーストが終わって、ようやく街路の奥にいるものがはっきりと見えた。
さらに多くの白ローブ。
だが、その数はもう「軍隊」の匂いを帯び始めていた。ちらほら勝手に湧いてくるんじゃない。一区切り、一区切り、一列、一列が、街の外周であらかじめ並べられていて、今はただタイミングに合わせて押し込まれてきている——そんな感じだ。
ヴィクトリアは、これでもまだ最悪じゃないと分かっていた。
本当に厄介なのは、この光景の下にもう一層あることだ。
地下鉄の層だ。
彼女は機体を前へ一歩踏み出した。
シュトゥルムシュライターの重量が本気で路面に掛かったとき、周りの人間は足の裏を通してそれを感じた。軽さも速さもない、純粋な質量。 右脚が爆風でめくれ上がったバリケードを踏み砕き、左側のスタビライザーが自動で微調整をかける。可動式の砲台が、自分の背後にあるメイン出口のスロープ全体を、丸ごと影に入れた。
この一歩は、突撃のためじゃない。
宣言だ。
今この瞬間から、この出口は、誰も好き勝手には触れない。
封鎖線の向こうで、負傷者の再搬送が再び組み立てられ始めた。軍用通信車が広場の縁までバックで入り、降りてきたフランス軍将校は、まず火線ではなくシュトゥルムシュライターを見た。出口のど真ん中に立ち、銃身からはまだ熱気が立ち上り、その前方の通りは低空爆撃を喰らったばかりみたいな有様だ。
将校の顔色が変わり、すぐに周囲へ怒鳴り声を飛ばす。兵士たちが対装甲バリケードと弾薬箱を引きずってくる。いい兆候だ。軍がようやくここを「火線とノード防御の必要な地点」として見始めた証拠だ。ただの「民間人を避難させるべき災害現場」ではなく。
ヴィクトリアがその光景に気を取られたのは、一瞬だけだった。
同時に、地下からの報告がまた入ってきたからだ。
今度は周士達ではない。デュヴァルだ。
息が荒く、ノイズだらけの声だった。ちょうどコンコースの反対側から走って戻ってきたばかり、といった調子で。 「地下第一封鎖完了。東向きホーム、第二列の盾と槍が補充された。階段下で、隊列を組む音がする。繰り返す、隊列だ。散ってない」
ヴィクトリアは前方の交差点を見据えたまま、変わらぬ声で答えた。 「地上メイン出口は維持中。あなたたちの上にはまだ空気がある」
デュヴァルからの返答はなかった。
だが、回線の向こうで一秒も経たずに再び人の声と命令のやり取りが始まった。まだ動いている。まだ踏ん張っている。それで十分だ。
前方で、あの騎馬の白い影が、ついにもう一度姿を現した。
今度はさっきよりはっきりと見えた。
痩せこけた馬の死骸が、北側の路地から上がってくる煙の中に半身だけ現れ、その背中にまたがる白ローブの指揮官が高い位置に座っている。マントの縁が夜風にかすかに揺れた。すぐに隊を率いて突撃してくるでもなく、火線の外でただこちらを見ている。燃える車両と砕けたガラス、そこら中に散った白ローブの残骸を挟んで、それでもその「見る」という行為そのものが、ひとつの命令みたいだった。
ヴィクトリアは、それでも影響を受けない。
武器の照準を、再びメイン出口正面に戻した。
今はまだ、指揮官狩りをしている場合じゃない。まずは蓋をする。
ここを守り切らないと、下にいるあいつらは上下から挟み潰される。ここを落とせば、このノードは周の言っていた通り、「街の内臓」から「街の裂け目」に変わる。
彼女は再び引き金を引いた。
今度の四連装MG42は、死体の列を切り裂くためじゃない。メインストリート両側の壁をなぞるように掃射し、白ローブの弓兵が隠れられそうな窓枠やアーケードの柱、広告パネルや半壊したフェンスを片っ端から破壊していくためだ。弾丸が石壁と金属を叩く音は短く、鋭い。壁の表面、石片、看板の破片が雪崩のように落ちる。弓を上げかけていた二体の白ローブは、胸から顔までまとめて撃ち抜かれ、破れた麻袋のように内側へ崩れた。
これが、本当の意味での火力デモンストレーションだ。
見せびらかすためじゃない。
この通り全体に知らしめるためだ——シュトゥルムシュライターがここに立っている限り、メイン出口の正面から何かを押し上げようとするなら、まずは工業規格の切削ラインを一枚越えてみろ、と。
路面は一時的に、空になった。
安全になったわけじゃない。ただ、空白だ。
煙は燃え続け、炎は車体内部を舐め続け、遠くではまだ人が走り、無線もあちこちで叫び続けている。だがメイン出口前のこの一画だけは、ようやく彼女の火力によって、息がつけるスペースがこじ開けられた。
ヴィクトリアは熱画像に切り替わった視界で、再び流れを変えつつある白い点と、熱源の欠けた死の空洞を見つめる。相手がここで止まらないことは分かっている。
だが、もう一つ分かっていることがある。
奴らが今夜このノードを接収したいなら、地下からだけじゃ足りない。
ここに立っている彼女も、壊さなければならない。
そしてこの機巧ゴーレムは、今夜まさにそのためだけにここに立っている。地下にいる連中の代わりに、屍の群れを外へ追い払うために。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




