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149.マルセイユ事変  1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

K7がバルセロナを出た頃、空はまだ白み始めたばかりだった。


きれいな白じゃない。


死人の顔色がゆっくりと黒から灰色に変わっていくような、そういう白だ。


地下出入口の防爆扉が、背後で一枚また一枚と閉じていく。金属が噛み合う音は低く、誰かが大きな棺桶の蓋を改めて押し込んだみたいだった。バローロ神父は運転席に座り、両手をしっかりとハンドルに乗せ、いつもより表情が固い。緊張していないわけじゃない。ただ、その緊張を「手順」の中に押し込み始めている。こういうタイプは、一度「やることをやる」モードに入ると、怒鳴り散らすタイプより、ずっと使える。


俺は助手席に座り、膝の上にハードケースの書類箱を置いていた。


中身は、北側リトリート施設の地下から掘り出した核心書類の数々。白袍各隊の動員命令、フランス南部の納骨庫名簿、マルセイユのルートマップ、騎士標準装備表、それから台帳から抜き出したコピー数枚。これを一枚ずつバラバラに見せたら、フランス側は「これ本気で言ってるのか」と疑うだろう。だが今、全部が揃って俺の膝の上に乗っている。その意味は、まったく違う。


これは噂話じゃない。


物流だ。


俺がこの人生で最も嫌いなものをいくつか挙げるなら、上位に食い込んでくるのが、組織があって、制服があって、チェックリストまである狂人だ。


林雨瞳(リン・ユートン)は二列目に座り、タブレットを点けたまま指を滑らせ続けていた。ルシアがまとめ上げたスペイン・フランス・ヴァチカン三方向の報告を、優先順位ごとに並べ直している。彼女がこういう作業をするとき、その様子はいつも人間らしくない。「三万体の乾いた騎士がマルセイユへ向かっている」なんて文字を見た普通の人間は、悪態をつくか、自分が寝不足なんじゃないかと疑うかのどちらかだ。彼女は違う。まずその文章が「狂言じゃない」と証明できる資料を一つずつ抜き出し、次の六時間以内に誰を死なせ、誰を起こし、誰を会議室に引きずり込むかを全部組み込んでいく。


ヴィクトリアは隣に座り、山の車から外してきた真鍮の鈴を膝に広げ、リトリート施設の地下から持ち出した誘導部品一式を脇に並べていた。針みたいに細いドライバーで、それらを玉ねぎの皮を剥くように分解していく。ただし彼女が剥き出しにするのは辛みじゃなく、悪意だ。


シュトゥルムシュライターは最後部にいた。


あいつが乗り込んだ瞬間から、K7の車内の空気は妙な感じになる。重いというより、後部座席に目覚めた暴雨雲が一塊、ずっと座っているような感覚だ。喋らない。動かないときは存在を忘れそうになる。でも後ろにあいつがいると分かっている限り、頭の中の弦は自然と張られたままになる。それでいい。今日は遠足じゃないんだから。


死者の東征を止めに行くんだ。


俺は完全には明けていない高速道路を眺めながら、鼻の付け根を揉んだ。


「ルシアの方はなんて言ってる?」


林雨瞳は顔を上げない。


「彼女とハビエルはもう資料をフランス側に送った。最初の反応は完全な不信じゃなくて、半信半疑。」少し間を置いて、「フランス側は現時点で、事案を『大規模宗教過激集会、不明武装暴力リスクを伴う可能性』として暫定分類してる。」


俺は笑った。


「さすが官僚的センス。乾いた死体が自分で歩いてるのを実際に見たら、報告書を四回は書き直す羽目になるな。」


「もう書き直し始めてる。」林雨瞳は言う。「パリは資料の真偽を疑っていて、マルセイユの地方行政は『連鎖いたずら』か『過激派による模倣行動』か『大型無許可宗教行進』のどれかだと考えてる。比較的早く深刻さを受け入れたのは、フランス内務省ラインの情報窓口が二つ。」


「情報部門は少なくとも、白い尖帽をかぶった三万人が高速道路を歩く理由が普通じゃないくらいは分かってるからな。」俺は言う。


バローロ神父がそこで口を開いた。車内の誰より冷たい声で。


「知らないんじゃない。先に認めたくないだけだ。」


俺は横目で神父を見る。


「そんなにフランス人の肩を持つのは、らしくないな。」


「肩を持ってるんじゃない。」神父は前を向いたまま、ハンドルの上で指の骨を浮かせながら言う。「地方政府が一番恐れるのは、災害そのものじゃない。自分が先に『災害が来た』と認めることだ。認めた瞬間、責任が発生する。その責任は往々にして、災害本体より先に官僚を殺す。」


俺はうなずいた。


実のある言葉だ。


そして、本来の彼らしい言葉でもある。ここ数章、俺に引きずられて少し崩れていた。俺の話に乗ってきたり、一緒に毒を吐いたり。それ自体が悪いわけじゃないが、彼が持っている「仲間じゃない、裁決を下す人間だ」という空気が薄まっていた。今はいい。三万体の乾いた騎士がマルセイユへ向かっているという事実が、彼をきちんと元の位置に引き戻した。


俺は横顔を眺めながら、何気なく言う。


「さっきヴァチカンに連絡したとき、かなりキツい口調だったんじゃないか?」


バローロ神父はこちらを見もしない。


「キツいんじゃない。正確なんだ。」


「聞かせてくれ。」


そこでようやく視線をわずかに動かし、淡々と言う。


「フランス南部の教区に対して、全ての納骨庫、旧修道院の地下室、地下墓所、十字軍遺骸の封印記録、戦後の未公開移管ファイル、それから白袍苦行団体に関わる内部名簿の即時提出を要求した。」


俺は小さく口笛を吹いた。


「それ、お願いじゃないな。」


「最初からお願いじゃない。」彼は言う。「同時に伝えた。もしこれ以上、地方教区が内部処理できる異常事案として扱い続けるなら、異端審問局専任司祭の立場から、直接教皇庁へ上申すると。」


この言葉が終わった瞬間、林雨瞳までもが顔を上げて神父を一瞥した。


俺は笑いをこらえきれなかった。


「上出来だ、神父。ようやくまた、誰も逆らえないクソ野郎に戻ったな。」


神父は冷たく返す。


「後でまだその気でいられるよう、祈っておけ。」


俺はうなずいた。


そうだ、これが正しい。


最初に現場へ入ってきたとき、地元警察より裁判官に近かった、あの人間。大声でも凶暴でもない。ただ一言口にすれば、それが議論じゃなく裁示だと分かる、あの重さ。


K7が高速に乗ると、朝の光がフロントガラスをゆっくり這い上がってくる。路肩のサービスエリアの看板が後ろへ流れていく。スペイン側の天気は悪くない。雲は低いが、本降りにはなっていない。海風が遠くから内陸へ向かって吹いていて、ときおり街の縁の塩気を運んでくる。普通の状況なら、窓を開けて煙草でも吸いたくなるような長距離ドライブだ。


残念ながら今日は普通じゃない。


この車に乗っているのは旅の仲間じゃない。フランス南部の市庁舎から大聖堂まで一気に爆ぜさせる材料、丸ごと一式だ。


俺は書類箱を開け、白袍各隊の動員命令をもう一度引っ張り出した。


何かを初めて見るときは衝撃、二度目は確認、三度目になると、頭の中の一番実務的な引き出しに入り始める。この動員命令も、最初に見たときは「お前らどんだけ頭おかしいんだ」だった。今見ると、もうその異常さより、どう実際に落とし込むかを考えている。


白袍先行、死軍後列。


マルセイユへ入り、南門を断ち、衆人に先見せしめよ。


これは戦略文書じゃない。台本だ。


C.A.L.F.(カルフ)が欲しいのは、城を落とすことでも、人を殺すことでも、地図と銀の鍵を奪うことだけでもない。目撃され、記憶され、恐怖され、誤解され、できれば政府・教会・市民を全部同時に巻き込む「公開の場」だ。


要するに、大型宗教テロショーだ。


そしてこの種のショーで一番恐ろしいのは、血の量じゃない。


一度それが現実になれば、普段「手順通りに動く」ことに慣れきった全員が、一斉に言葉を失うことだ。


警察は、暴動・集会・怪物のどれに分類すればいいか分からない。


市長は、交通情報・避難警報・戦時動員のどれを出せばいいか分からない。


司教は、鐘を鳴らすべきか、扉を閉めるべきか、知らないふりをするべきか分からない。


C.A.L.F.が一番好むのは、全員が半歩止まるその空白だ。


そこまで考えたとき、懐中時計がポケットの中で軽く動いた。


力強くはない。誰かがガラス面を指の関節で二度、コツコツと叩いたような感触。


俺は目の端を引きつらせた。


「本当に時間の選び方がうまい。」


「何だ?」バローロ神父が聞く。


「古い知り合いだ。」俺は言う。


懐中時計を取り出し、すぐには開けない。後部でシュトゥルムシュライターがわずかに動いた。何かに気づいたように。林雨瞳が目を上げて俺を見るが、何も聞かない。ヴィクトリアは横目でちらりと確認してから、また手元の鈴の分解に戻る。


俺は蓋を弾いて開けた。


ガラスの中に最初に映ったのは、派手な幻象じゃない。まず自分の顔が映り、一呼吸おいて、その顔がゆっくりとずれていき、見慣れた別の顔に変わっていった。何度見ても初見の驚きなんてとっくにない、あの男の顔。


山口多聞。


この野郎が時計の中に現れるのは、いつも自然だ。まるで隣の車窓に映り込んだだけみたいに。あり得ない場所からまた出てきた、という感じがしない。


相変わらずの様子だった。煙草、風、永遠に急いだことがないような空気感。なのに口を開くたびに、どこかの街をひっくり返して干す方法を話し合っているような重さがある。


あいつは俺を一瞥してから、車内をざっと見渡した。


「思ったより早かった。」彼は言う。


「毎回そうやって勤務確認に来る上司みたいなのか?」俺は返す。


「神様っぽく演じてもいいが。」


「いらない。神様じゃない、人に刀を貸したがってる人間に見える。」


山口多聞は少し笑い、否定しなかった。本当に風の中にいるらしく、時計面の向こうに朝霧と海の光の反射が微かに見える。どこかの甲板か、海沿いの空き地に立っているようだ。


「状況は把握した。」彼は言う。「フランス南線、マルセイユ、三万体の乾いた騎士。派手にやるな。」


「要約ありがとう。それだけ言いに来たなら、今は忙しい。」


「力になれる。」


「分かってる。」俺は彼を見る。「飛龍、横一特、杭特初、高高度降下、近海浸透、死人部隊を自力で上陸させる。台本はもう全部書いてあるんだろ?」


山口多聞は両手を広げた。


「賢い人間と話すのは楽でいい。」


「でも今じゃない。」俺は直接遮る。


時計面の向こうが静かになる。


山口多聞はすぐ反論せず、ただ俺を見ていた。俺が自分で理由を言い切るのを待っている。


俺はその期待を裏切らなかった。


「お前のやり方で場面を大きく、派手に、素早く片づけられるのは分かってる。」俺は言う。「問題は今俺が欲しいのは火力の展示でも、フランス人に一生消えない海上トラウマを植えつけることでもない。今俺が先に知りたいのは、マルセイユ外縁がどこまで崩れているか、フランス政府にまだ基本的な対応能力が残っているか、C.A.L.F.の先行白袍隊がどこまで進んでいるか、死軍後列が全体で城を圧しているのか分散浸透なのか、そういうことだ。」


山口多聞は煙草を一口吸い、煙が時計面の中に薄い灰色の膜を作って散った。


「俺が早すぎると思ってる。」


「お前が歴史みたいだと思ってる。」俺は彼を見据える。「お前が制御できる陸上部隊だと確認してから動いてもらいたい。マルセイユを盧溝橋にするつもりはない。」


この言葉が出た瞬間、彼の目がはっきりと動いた。


怒りじゃない。どの層の話をしているか、分かったという目だ。


俺は戦術の話をしているんじゃない。口実の話をしている。何かが一度場に入ると、もう火力の問題じゃなくなる。後世の誰かがそれをどう語り、どう誤読し、次の開戦理由にどう使うか、その問題になる。


山口多聞は二秒黙ってから、笑った。


「相変わらず、人に決めさせるのが嫌いだな。」


「決めることが嫌いなんじゃない。」俺は言う。「取り返しのつかないものを、出前を頼む感覚で持ち出す人間が嫌いなんだ。」


「死人には一ついいところがある。」彼はゆっくり言う。「素直に言うことを聞く。」


「俺が呼んでから言え。」俺は話を締める。「飛龍は動かすな。待機しておけ。呼ぶ。でも今じゃない。」


山口多聞は俺を見た。その目の奥に、薄く、満足に近い何かがあった。


「分かった。」彼は言う。「待ってる。」


少し間を置いて、もう一言付け加えた。


周士達(ジョウ・シーダー)、お前が野心のない男だから、俺は手を貸す。」


俺は返さなかった。


この言葉が大事じゃないからじゃない。大事すぎるからだ。大事すぎて、今ここで何を返しても余計になる。


山口多聞は俺が黙っているのを見て、それ以上続けなかった。ただ手の煙草の灰を外へ弾いた。


「遅れるな。」彼は言う。


次の瞬間、時計面は俺自身の顔を映し返した。


俺は蓋を閉じ、上着の内側に戻した。


車内が数秒、静かになった。


最初に口を開いたのは、やはりバローロ神父だった。


「お前の古い知り合いというのは、どいつもこいつもタチが悪い。」


「ありがとう、俺の人間関係はいつもセンスがいい。」俺は言う。


「因果応報に聞こえる。」彼は返した。


これは反論しなかった。


K7は北へ向けて走り続ける。空が少しずつ明るくなり、道路の車も増え始めた。トラック、長距離バス、早朝通勤の乗用車、何もかもがまだ普通だ。この普通さが、ときどき腹立たしい。数百キロ先で一鍋の災害が人の顔面へ向けて運ばれているのを知っていれば知っているほど、目の前の「まだ何も起きていない世界」が作り物に見えてくる。


林雨瞳がそのタイミングでタブレットをこちらへ向けた。


「フランス側に最初の民間動画が出た。」


車内の小さなスクリーンに映像を投影する。


映像は手ブレがひどく、高架の端か郊外の坂の上から誰かがスマホで撮ったものだ。画質は低い。ただ映っているものははっきり見える。遠方の道路に沿って、長い白い列が南へゆっくりと圧し進んでいる。走っていない。散らばってもいない。プラカードも、旗も、拡声器も、喧騒もない、デモ行進の類いではない。整然としすぎている。誰かが白い布を無数の帯に裂いて、一本ずつ道路に敷き並べて前へ押し出しているみたいだ。


映像の終盤、撮影者がやっと何かおかしいと気づいたのか、レンズを少し引き寄せた。


その瞬間、白袍の一体が頭を上げた。


距離はまだ遠い。普通ならそこまで表情は見えない。なのになぜか、車内の全員がスクリーン越しに、冷たい何かが一瞬こちらへ向けて伸びてきたような感覚を覚えた。


バローロ神父は見終わってから、即座に言った。


「これは先行白袍隊の全部じゃない。前列だけだ。」


「なぜ分かる?」


「歩幅だ。」彼は言う。「後ろにまだ何かいる。」


俺は神父を一瞥した。


そうだ、これが正しい。神秘的だからじゃない。本当に見えているからだ。


ルシアの連絡が、ちょうどそのタイミングで割り込んできた。


電話じゃない。共用チャンネルに音声メッセージを直接送ってきた。背後が騒がしい。バルセロナの作戦室にまだいるようで、周囲は人と機械の音で溢れている。


「フランス側は対応レベルを引き上げ始めた。マルセイユ警察と大区警務システムに複数の通報が入っている。内容は、大型白袍集団、郊外墓地の破損、高速周辺での不明宗教集結、港区北側道路の渋滞。現地部隊はまだ『無許可集会』と『過激宗教活動』で初期分類しているが、その分類がもう機能し始めていない。」


少し間を置いて、声が低くなった。


「最初に現場へ到着した巡回部隊の報告、相手は呼びかけに無反応、サイレンにも無反応、照明・排除措置にも反応なし。熱源異常あり。上位権限の要請中。」


俺は車のドアに肘をつき、ゆっくりと息を吐いた。


「いい知らせは、ようやく見えたこと。」


「悪い知らせは、」林雨瞳が静かに続ける。「まだ見えていない部分の方が多いこと。」


俺はうなずいた。


その通りだ。


こういう局面で一番人が死ぬのは、何も知らないときじゃない。半分だけ知ったときだ。過激な宗教行進に対応しているつもりで、実際には白袍先導の生者と後列の乾いた死者が混編した東征にぶつかる。その処理方法の差は、警棒で装甲車を止めようとするのと大差ない。


K7が越境区間に入ると、車速がまた少し上がった。


バローロ神父の運転スタイルは本人そのものだ。派手さもなく、苛立ちもなく、しかし絶対に遅くない。両手がハンドルに安定して乗っているその様子を見ていると、この人物がさっきヴァチカンに向けて事実上の最後通牒を投げつけたとは、なかなか想像しにくい。


俺は背もたれに身を預け、目を閉じた。頭の中は止まらない。


マルセイユ。


港。


南門。


白袍先行。


死軍後列。


先に城市に目撃させ、それから教会に口を開かせる。


この全部を並べると、意味はもう十分すぎるほど明確だ。C.A.L.F.は奇襲を狙っていない。街全体に「目撃させる」ことを狙っている。この手口は、修道院で意図的に並べられた死体と本質的に変わらない。殺すためだけじゃない。見せるため、語るため、彼ら自身が「格好いい」と思っている物語を演じるためだ。


問題は、街は修道院じゃないということだ。


修道院で死体の山ができても、外界が知るまでに時間がかかる。


だがマルセイユが一度目撃を始めたら、情報は火のように走る。


そして火は、一棟だけ燃やして終わらない。


---


マルセイユ、午前六時七分。


ヴュー・ポール外縁、旧市街に近いパン屋に、いつもより十分遅れて最初の灯りが点いた。


店主はマチュー、四十七歳。この仕事を二十年以上続けてきた。街の朝の音なら、自分の妻の寝息より詳しい。何時に配送トラックが来て、何時に最初の漁師たちが動いて、何時に海鳥が先に降りてきて、何時に清掃車が通るか——時計を見なくても、耳だけで全部分かる。


だから今日、裏口を開けた瞬間に、すぐおかしいと思った。


海鳥がうるさすぎる。


数が多いんじゃない。乱れているんだ。


普段のこの時間、海鳥は港と市場の周りを飛び回って、確かに騒がしい。でも秩序がある。嫌いな奴らなりに、自分が魚を探していることは分かっている、そういう動き方だ。今日は違う。もっと遠い北の方から何かに追われたみたいに、大きな群れが群れのまま乱れ飛んでいる。鳴き声が、焦っている。


マチューは北を見上げた。


空はまだ完全に明けていない。街の縁に灰青色の冷たい光が漂っている。遠く内陸の方向には、普段なら朝霧だけが見えるはずだ。だが今日、その霧の中に何か別のものが混じっている。汚れた感じ。工場の煙でもなく、海風の湿気でもない。


眉をひそめ、どうせまたどこかで工事事故でも起きたんだろうと思いながら、口の中で市政府に文句を言いつつ、生地をオーブンへ押し込んだ。


五分後、最初の常連が入ってきた。


タクシー運転手の顔なじみで、入るなりスマホをカウンターに叩きつけた。


「これを見ろ。」


マチューは画面を見下ろした。どこかのグループに流れてきた短い動画だ。誰かが街外の高架から撮ったもので、北側の道路に沿って長い白い列が街の方向へ向かっているのが映っている。撮影者は笑いながら罵倒しながら、「どこかのイカれた教団とKKKが場所を間違えて合流したみたい」とか言っている。


マチューは二秒見て、笑わなかった。


「どこだ、これ。」


「A7の外だという話もあるし、もっと北だという話もある。」運転手は眉をひそめる。「グループが今揉めてる。偽動画だという人間もいるし、昨夜の宗教パフォーマンスの残りだという人間もいるし、極右団体が暴れに来たという人間もいる。」


マチューはスマホを押し返し、口では「うちの店の前で念仏さえ唱えなければいい」とフランス人らしい面倒くさそうな捨て台詞を言った。


だが窓の外に目を向けたとき、パン挟みを持つ手が一瞬止まった。


海鳥は、まだ乱れ飛んでいた。


さっきより低くなっている。

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