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135.バチカン内院 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

前院は広くないが、十分に硬い。高い壁、鉄門、二重のセキュリティゲート、石畳。本棟の窓にはどれも暖かい黄色い灯りが点いていて、一見すると修道院の迎賓館みたいに見える。だが、実際にここに立ったことがある人間だけが知っている。あの光は人を安心させるためのものじゃない。どの角にも影を残さないためのものだ。側壁には新しく設置されたカメラ、角には目立たない防衝柱が二本。院の左側には無標識の黒いセダンが二台、右側には密閉型のバンが一台停まっていて、後ろのドアがすでに開いている。中には移動式のファイルキャビネットと金属ケースが二つ。


これは出迎えじゃない。


荷受けだ。


助手席の林雨瞳(リン・ユートン)が書類袋のバックルを留めて、平板な声で言った。


「本番ね」


「見りゃ分かる」


「後でいきなりキレないで」


俺は横目で彼女を見た。


「こういう場所で最初からおとなしくしてたら、後でもっと切り込みやすいと思われる」


彼女は少し考えてから、うなずいた。


「じゃあ、火加減は自分で見て」


ドアを開けると、外の空気が石から絞り出したみたいに乾いていた。夕風が院の壁と柏の木を抜けて、古くて清潔な匂いを運んでくる。何百年もかけて誰かがここを磨き続けて、血の匂いまで石の隙間に隠す方法を覚えてしまったみたいな匂いだ。


俺が降りると同時に、K-7のドアも開いた。


バローロ神父が先に降りる。相変わらず、高くて、重くて、角張っていて、歩くことを覚えた壁みたいだ。黒い法衣の上に強化された外套を重ねていて、肩の幅は動く墓石が二枚並んでいるようだ。院の灯りの下でも、あの顔に生気はない。灰白で、強張っていて、蝋みたいだ。昨夜、人間を石畳に押し付けていたのもこの顔で、今夜、引き渡し手続きのためにここに来ているのも同じ顔だ。


マリアが後に続く。


神父よりずっと静かで、俺が期待していた以上に静かだ。銀色の短髪、黒い眼帯、膝上のソックス、スカートの下の戦術的な作りの衣装、背中にはあの長すぎる「七つの悲しみ」。車を降りるとき、刀の鞘さえ音を立てなかった。全身が、布に包まれた刃物みたいだ。この場所に近づけば近づくほど、道中ずっと口から病んだ言葉を垂れ流していたあの狂人じゃなくなって、ようやく取扱説明書に書かれた通りの器械に戻っていく。それが、あいつが発作を起こすよりずっと気持ち悪い。


本棟の台階から、年かさの司祭が行政担当を二人連れて降りてきた。司祭は表情が穏やかで、銀縁眼鏡、黒い法衣はきちんと整っていて、神学院で教義を講じているような雰囲気だ。だが、その後ろに立つスーツの二人が、その場の最後のひとかけらの人間らしさを洗い流していく。


一人は平板端末、もう一人はファイルフォルダを持っている。


端末を持っているほうが先に口を開いた。埃を一粒も飲み込んだことがなさそうな、きれいな声だ。


「車列識別確認。前導車一、装甲機材搭載車一、護衛車一。中核人員八名、警備四名、随行聖職者三名、待安置対象一名、特別観察対象一名、附属資料二箱、密封物証五点、武器・弾薬は入庫待ち」


俺はそいつを見た。


「俺たちが道中で何回息をしたかも把握してるんじゃないか」


やつは俺の言葉を流して、書類に目を落とした。


「順次、証明書類をご提示いただき、入場コードの割り当てと分流手続きにご協力ください」


俺は動かなかった。


「名前は」


やつはようやく顔を上げた。


「ファビオ・ロッセッティ、臨時行政受領官です」


「その肩書き、葬儀社と税務署の間に生まれた子どもみたいな響きだな」


横のもう一人のスーツが口の端をわずかに動かした。怒りたいけど、まだ早いと判断したみたいな動きだ。ファビオ本人はびくともしない。こういう言葉を一日に十回は聞いてる顔だ。


(ジョウ)さん、手続きは比喩では変わりません」


「知ってる」俺は言う。「だから先に名前を聞いた。後で誰かが人間を物品として記録しようとしたとき、どの顔に怒鳴ればいいか分かるように」


この一言が終わると、院内が一秒だけ静かになった。


バローロ神父は脇に立ったまま、俺を助けもせず、止めもしない。マリアは後ろで、薄い笑みをわずかに浮かべた。誰かが自分のいちばん好きな神経に指を突っ込んだのを見ているときの顔だ。


ファビオは手元のリストに一度目を落とした。


「では、周士達(ジョウ・シーダー)


敬語も省いた。


「まず身元確認、武器申告、臨時滞在等級の分類を行ってください。待安置対象と関連随行者については、独立ラインで処理します」


「"待安置対象"と呼ぶな」俺は言う。


「これは手続き上の用語です」


「名前で書け」


ファビオは俺を一瞥して、半秒止まってから、言い直した。


「レイチェルについては、独立ラインで処理します」


こういう連中が気持ち悪いのは、まさにここだ。変えられないわけじゃない。まず冷たい言葉を相手に聞かせてから、少しだけ人間らしさを施す。まるでそれで十分に「配慮した」とでも言いたいみたいに。


そこでバローロが口を開いた。声は低く、石が地面を引きずられるみたいだ。


「彼女は俺が受ける」


ファビオはうなずき、すぐに後方に合図を送る。側門から女職員が二人と、黒衣の修道女が一人出てくる。足取りは早いが、慌てたところは一つもない。手に持っているのは銃ではなく、医療用のバインダー、封印用の袋、小型スキャナー。


この光景の方が、銃よりよほど腹が立つ。


小希(シキ)が先に降りて、レイチェルの身体を支える。エリザヴェータも動きかけたが、一歩踏み出したところで、ファビオの隣のスーツが手を上げて遮った。


「特別観察対象は、待安置対象と――」


最後まで言えなかった。


バローロ神父が、そちらを向いたからだ。


睨みつけたわけじゃない。表情すら変えていない。ただ、死人みたいな灰色の眼が、その顔の上に重なっただけで、中庭の空気が一枚、石板で押し下げられたように変わる。


「もう一度言え」神父が言う。


スーツの喉仏がごくりと動く。


彼は文を組み替えた。


「……エリザヴェータ様は、最深部の区域にはレイチェルと同一ラインでは入れませんが、第一検査ゲートまでは同行可能です」


「第二の扉まで付いていく」俺が言う。


ファビオがすぐに差し込む。


「できません。感染、訊問、身元切り分け、証人隔離の各プロトコルの下、未認可の非必須同行者は、同区画への立ち入りが認められていません」


この種の言い回しに、まるっきり覚えがないわけじゃない。地下施設から上がってきた人間を、そのまま一般の医療区画に放り込むのは無茶だ。どんなものを身に付けているかも分からないし、脳内に、ここ全体を燃やしかねない情報をどれだけ抱えているかも分からない。問題は、スーツどもがこういう台詞を吐くときには、決まって「プロトコル」だけしか残っていないことだ。人間は残っていない。


エリザヴェータは、すでに顔を冷たくしていた。


(わらわ)は、そなたらを信じぬ」


ファビオは、淡々と返す。


「こちらも、信じていただく必要はありません」


これは、かなり固い。


俺が口を開きかけたところで、バローロが先に一歩前に出た。レイチェルとスーツのあいだに、体を割り込ませる。やつの影が、地面の灯りを大きく切り取る。声は同じく低いが、石の部屋の中で鐘を鳴らされたみたいに響く。


「彼女は、私が引き取る」


ファビオは眉をひそめる。


「神父。手順上――」


「彼女は、私が引き取る」バローロは繰り返す。「医療評価、隔離、神学的安全審査、証人保全。すべて内側で、私の手で行う。そちらは記録してもいい。封印してもいい。閲覧もすればいい。だが、人間は私が受け取る」


今度、ファビオはすぐには返さなかった。


目に見えて、計算している。


目の前のこの黒い墓石と、正面から衝突するかどうか。その後ろで、誰が署名権を持っているのか。今日この中庭でバローロとやり合った場合、あとで補足報告を三通書かされることになるかどうか。


最終的に、彼は半歩下がる方を選んだ。


「結構です」彼は言う。「ただし、二名による立会いと、完全な受渡記録が必要です」


俺は短く笑う。


「ほらな。お前ら、生きて門をくぐる人間にまで、いちいち伝票を付けないと気が済まない」


ファビオは取り合わず、後ろの職員たちに合図を出す。女職員二人がレイチェルのもとへ行き、初期スキャンを始める。体温、瞳孔、手首に貼る仮バーコード、身の回りの物は封印袋へ。肩に掛けているブランケットですら、素材と出所を記録される。小希は、彼女の毛布の端を直そうとして、一度名前と接触時刻を登録されてからでないと触るなと言われる。


レイチェルは庭の灯りの下に立ち、顔色は少し悪いが、足は引いていない。


彼女は、救出された直後よりは、ずっと持ち直している。回復したというより、「他人のプロトコルの中で、自分のいちばん柔らかい部分を見せない」ことを覚えた、という感じだ。そこは分かる。バローロも分かっているから、慰めの言葉なんか一つも口にしない。ただ、一言だけ告げる。


「私と来なさい」


レイチェルは彼を見てから、俺を見る。


その視線は、助けを求めるものじゃない。確認だ。


俺は一度、うなずく。


「先に行け」俺は言う。「俺もあとから入る」


そこでようやく、彼女は小さく「うん」と答えた。


エリザヴェータは傍らで銀色の鋼線みたいに張り詰めていたが、最後まで止めなかった。彼女にはよく分かっていた。ここは昨夜の修道院じゃない。昨夜なら、ベッドのそばに寄れた。ドアの近くに立てた。レイチェルの呼吸が届く距離にいられた。だがここでは、扉一枚ごとに管理者がいて、廊下一本ごとに記録を付ける人間がいる。自分をその場に釘で打ち付けて、すべてを償おうとするやり方は、行政プロトコルにぶつかった瞬間、「汚染源」として処理されるだけだ。


これこそが、スーツの冷酷さの、本当に気持ち悪い部分だ。


こちらが刃を抜いても、やつらは抜かない。 こちらが怒鳴っても、やつらは記録する。 こちらが行く手を塞ごうとすれば、やつらは「拒否ではなく、等級分類です」と告げる。


そうして、人間はそのまま連れて行かれる。


バローロはレイチェルを連れて側門へ向かった。女職員が二人と黒衣の修道女が一人、後ろに続く。さらに端末を持ったスーツが一人、並走しながら記録を続ける。エリザヴェータは第二ゲートまでの同行を許された。歩き出すとき、振り返りはしなかった。背筋はいつも以上にまっすぐで、ここで振り返ったら「負け」に見えると分かっているみたいだった。


マリアはその場に立ったまま一部始終を眺めて、ようやく小さく笑った。


「ここの人たち、本当に仕事ができるのね」彼女はファビオに向かって言う。


ファビオは彼女を見た。態度はあくまで行政的な礼儀正しさを保っている。


「シスター、あなたの武器も申告が必要です」


「あら?」マリアは首をかしげる。「もし、嫌だと言ったら?」


「その場合、今夜は制限区域にのみご滞在いただきます」


明らかに脅しではない。規定だ。


マリアの笑みが深くなる。


「規定で私を押さえようっていうのね」


「ご案内しているだけです」ファビオは言う。「ここは道中ではありません」


その言葉を聞いて、彼女は振り返って俺を一瞥した。


「今日はみんな、同じ台詞がお好きなのね」


「お前みたいなタイプには、繰り返さないと届かないからだろ」俺は言う。


彼女はくすくすと笑って、本当に「七つの悲しみ」を、袖の中に隠していた聖体薄片と一緒に差し出した。もちろん、全部じゃない。全部出すわけがない。こいつは火葬場に入れられても、靴下の中から致死量の何かを取り出せる女だ。だが少なくとも、表面上の手続きには従った。


だからこそ、余計に気味が悪い。


武器登録を担当していた男は、「七つの悲しみ」が半分だけ鞘から引き出されたのを見た瞬間、指が目に見えて強張った。あの刃は長すぎる。廊下や部屋のために作られたものじゃなく、人間一人を、その背後に伸びる影ごと断ち切るために作られた長さだ。マリアは相手の表情を見て、嬉しそうに笑う。


「気をつけてね」彼女は言う。「あの子、不器用な手が嫌いだから」


ファビオが冷たく一言添える。


「封印」


「汚さないでよ」マリアが言う。


「道中からずっと一緒だったくせに」俺は言う。「今さら綺麗さを気にするのか?」


「私は昔から、自分の綺麗さしか気にしてないの」


葉綺安(イェ・キアン)が俺の横で、淡々と一言吐き出す。


「それ、墓碑銘に刻める」


次は俺たちの番だった。


身元確認、臨時コード発行、部屋割り、接触履歴の記録、電子機器の封存、武器申告、通行等級の設定。


一つずつ、早く、正確に、冷たく。加工ラインみたいだ。


俺が拳銃のマガジンを抜いたとき、登記担当は目すら上げなかった。


「主武器一丁、予備マガジン三本、折りたたみナイフ一本、予備通信機一台、個人医療キット一式」


「ついでに俺がタバコを何本吸うかも記録するか?」俺は聞く。


「火気管理に関わる場合は、記録します」彼は言う。


俺は二秒そいつを見てから、拳銃をトレイに置いた。


「ここは変態を育てるのに最高の環境だな」


隣で封存を担当していた人間が武器袋を封印してバーコードを貼った。サンプル処理みたいに無駄のない動きだ。ヴィクトリア(ヴィクトリア)の方はもっと悲惨だった。工具箱を一点ずつ開列するよう求められ、銃器部品はグループ別に標記、ガンオイル、スプリング、ファイアリングピン、クリーニングロッドまで記録される。彼女は一言も文句を言わなかったが、顔色が「誰かをバラして再組立てしてやる」という表情に、じわじわ変わっていく。


葉綺安が俺に低く言う。


「今あいつが動いたら、ここの連中はまず破損申告書を書かせると思う」


「その後、法務を呼んで責任割合を確認する」


声は小さかったが、ファビオには確実に聞こえていた。それでも彼は振り向きもせず、次の項目に進む。


「宿泊等級は以下の通り。中核メンバーはB区、警備担当はC区、資料処理・物証管理はA-2附棟へ。特別観察対象は暫定B-制限、待安置対象は医療隔離・保護ラインへ。本日二十二時以降、全員の自主的区域移動を禁止。違反はプロトコル違反として扱う」


「プロトコル違反したらどうなる?」俺は聞く。


ファビオは静かに俺を見た。


「誰かが確認に来ます」


「スーツか、それとも黒袍か?」


半秒だけ止まった。


「状況によります」


正直すぎるくらい正直な答えだ。


だから余計に気持ち悪い。


林雨瞳(リン・ユートン)の資料袋はすぐには回収されず、現場での初期引き渡し確認を求められた。全部じゃない。外装の封印、書類の枚数、既知の会社名リスト、接触人員の範囲だけ確認する。彼女は長テーブルの前に立ち、一枚ずつ開きながら、コードを読み上げ、同時に向かいのスーツ数人の表情を観察する。


「Vita Nuova Relief GmbH」「Helios Cold Transit SA」「Lumen Burial Services」「Pieta Holdings」「Via Lucis Asset Recovery」「Fons Aurea Advisory」「Orbis Minor Cultura」


一つ名前が出るたびに、向かいの目つきが、棺桶の板を定規で測っているような顔になっていく。驚きじゃない。このページの資料が、誰にとってどれだけ危険かを素早く計算している目だ。

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