122.起源 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「地下は、確実とは言えない。」
「理由。」とカミラ。
「耐荷重が不明。通路の幅が不明。コーナーの半径が不明。それに、もし圧縮エーテル(Compressed Aether)施設が本当に中にあるなら、重火力をテキトーにぶち込んだ瞬間、そのまま坑道ごと空に飛ぶ可能性がある。」彼女はカミラを見る。「入れたいなら、入れてもいい。でも条件がある。中が"高さ三メートル、有効荷重二十数トン"のモノに通路を貸す構造になってるって、先に分かってからよ。」
俺は彼女の言葉を引き取った。
「最初の一撃、ってほうが近いな。」
カミラが俺を見る。
「続けて。」
「シュトゥルムシュライターは地上の入口をこじ開けて、外周を制圧して、固定火力を潰して、最初の反撃を受け止める。」俺は言う。「地下に入る主力は、あくまで人間だ。爆破チーム、前突チーム、回収チーム。機体はドアを押さえられる。でも、構造が分からない場所に足を踏み入れるのには向いてない。」
マレクがうなずく。
「俺と同じ結論だ。」
カミラはすぐには反応しない。ただ地図を見ながら、頭の中で一本一本のラインを歩き直しているみたいだった。
それから顔を上げる。
「じゃあ、爆破じゃない。」
誰も口を開かない。
彼女は続ける。
「F.A.B.R.I.K.みたいに、口を開けて、押し込んで、モノを取って、爆薬を仕掛けて、撤収、ってわけにはいかない。」
手を伸ばし、地図の三つの赤丸の間に短い線を一本引く。
「今回は中に入る。探す。層ごとに分ける。口を塞ぐ。それに、人を連れて出てくることになるかもしれない。」
その一言で、テックルームの空気がもう一段低くなった。
ここまで来ると、話の性質が変わっているからだ。
掃討じゃない。 破壊でもない。 攻略だ。
そして地下施設の攻略で一番面倒なのは、突入することじゃない。 中に何層あって、何枚ドアがあって、何本のラインが生きていて、今日まで生きているべきじゃなかった何かが何体いるか、それが分からないことだ。
リン・ユートンが最後の一枚を壁に貼る。
消耗品の申請リストだった。 一見、何でもない。 ただ並んでいる項目が、妙に地味で無機質だ。
フィルターカートリッジ。グルコース。抑制剤。維持液。単人用カプセルシール。
その文字列を眺めていると、首の後ろがすっと冷えた。
「単人用カプセル。」と俺。
「そう。」リン・ユートンは言う。「しかも一回限りじゃない。この申請パターンは継続的なもの。誰かが飼われてる。もしくは、"何か"が人間として飼われてる。」
誰も続かない。 どちらの可能性も、ろくなものじゃないからだ。
ヴィクトリアはそのタイミングで、『サルでも読める』第一版を閉じて、テーブルの真ん中に置いた。
「アタシが保証できることは一個だけ。」彼女は言う。「シュトゥルムシュライターの次の出動は、短距離突入と正面制圧を安定してこなせる。条件は、バカが勝手に命令を下さないこと。」
カミラが彼女をちらっと見る。
「誰を警戒してるの。」
「全員。」
公平だ。 そして正しい。
カミラは言い返さず、そのまま俺に視線を移した。
「ジョウ・シーダー。」
「言え。」
「これを次の主目標にしなさい。」彼女は言う。「すぐ突っ込むんじゃない。今から、全部の準備をここに向けて収束させる。」
「了解。」
「シュトゥルムシュライターの第二次可用判定、今日から有効。K-7は今夜中に第一版の輸送構成を完成させる。テックルームは翻せる資料を全部翻す。リン・ユートンは外周の地図、封鎖区画図、電力ラインを全部引き出す。マレクは地下突入用の爆破と気密対策を準備。」
一句ずつ、淀みなく落ちてくる。 一文字も無駄がない。
「まずこの井戸の蓋を、ちゃんと見る。」彼女は言う。「それから、どうやって開けるかを決める。」
会議に終わりの儀式はなかった。 命令が落ちた瞬間、人が散って動き出す。 こういう時に余計な言葉は邪魔なだけだ。
俺は動かなかった。
あの壁の前に立ち、F.A.B.R.I.K.からアウシュヴィッツまで引かれた赤い線を見つめる。年号、整備記録、補給表、隔離区画の備考、単人用カプセルの消耗品が、死体みたいに一枚ずつ積み重なっていく。
そのとき、ふとF.A.B.R.I.K.の一番底で嗅いだ匂いを思い出した。
単純な血の匂いじゃなかった。 薬品だけでもなかった。 長期間密閉されて、長期間飼われて、長期間稼働し続けた場所にしか漂わない、あの悪臭だ。
あの時は、ただ不潔な場所だと思っていた。
今は分かる。
あれはF.A.B.R.I.K.自体の匂いじゃなかった。 上流の匂いだ。
リン・ユートンが隣に来て、小さな紙切れを差し出した。
書いてあるのは、いくつかの略号と、一本の座標帯だけ。
「これは何だ。」
「次に一番覚えておくべきもの。」彼女は言う。「資料が嘘をついてないなら、アウシュヴィッツ側には少なくとも一本、まだ生きてる下送ラインがある。正門じゃない。整備か回収用のルートに近い。」
「確信は?」
「七割。」彼女は言う。「残りの三割は、人が行って確かめるしかない。」
眼鏡の位置を直して、あっさり付け足す。
「どうせ、行くつもりだったでしょ。」
俺はその紙をポケットに収めた。
七割あれば十分だ。 こういう場所を攻めるのに、十割なんて最初からない。
ヴィクトリアも歩み寄ってきて、まだインクの匂いが漂う薄い冊子を投げてよこした。
受け取る。
『サルでも読める』第一版。 まだ製本されていない。金属クリップで留めてあるだけだ。
「帰って暗記しなさい。」彼女は言う。「暗記してから、シュトゥルムシュライターに触ること。特に停止と緊急脱出のページ。あとで残骸の中からあんたを識別する羽目になるのは、アタシは御免よ。」
「いつもそんな呪いみたいなしゃべり方してんの?」
「呪いじゃない。統計学よ。」
いい。 この女は正常だ。
一ページ目を開く。
最初の一行は、専門用語じゃない。 警告灯の解説でもない。 一文だけ。
起動の前に、まず停止を学べ。
閉じる。
「よく書けてる。」
「分かってる。」
それだけ言って、彼女はテーブルに戻り、また資料を解体し始める。 今のあいつは、自分では止まれない機械みたいだ。紙を押し込めば押し込むほど、次々と噛み砕いていく。
カミラはドアの前で一度立ち止まり、振り返って俺を見た。
「今夜は深く寝るな。」
「何かあるのか。」
「ある。」彼女は言う。「K-7が仕上がったら、最初の完全輸送フローを確認する。それから、明日からは情報線を南に掘る。広く撒くんじゃない。アウシュヴィッツのラインを手繰って、下に向かって掘る。」
「了解。」
彼女は壁を一瞥する。
「それと、ジョウ・シーダー。」
「言え。」
「もしあそこに、本当に生きてる人間がいたとしたら。」
その一言は、ひどく平坦だった。 冷えた表みたいに、何の起伏もなかった。
「この戦いはF.A.B.R.I.K.の十倍は面倒になる。」
「分かってる。」
「本当に分かってる、ならいいけど。」
彼女は出ていった。 ドアが閉まる。
テックルームには、ペンの音と紙をめくる音と、どこかの古い冷却機が出し続けている低い唸りだけが残る。
俺はすぐには動かなかった。
ただ、その名前を見ていた。
アウシュヴィッツ。
以前は、この地名は歴史の話だった。 今は違う。
今は、まだ呼吸している穴みたいなものだ。
誰かが地下で電源を維持している。隔離を維持している。カプセルを維持している。今日まで維持されるべきじゃなかった何かを、維持している。
そして俺たちは、今まさにそこに手を突っ込もうとしている。
『サルでも読める』を脇に挟んで、踵を返した。
廊下は明るい。 白すぎて、うんざりするくらい。
でも頭の中に、もう日常はない。
いくつかのラインだけがある。
シュトゥルムシュライター、第二次可用判定、発効。
K-7、今夜中に第一版完成。
アウシュヴィッツの座標、浮上。
地下に人がいる。
施設は生きている。
今回は工場を一つ爆破しに行くんじゃない。
今日まで誰かが餌を与え続けてきた井戸の蓋を、引っぺがしに行く。
ここから先、事態は速くなる。分かってる。 向こうも同じだ。
俺たちがF.A.B.R.I.K.を吹き飛ばして、機体を奪って、資料を持ち出して、ラインまで引きずり出した。あっちが、まだ死んだふりを続けられるわけがない。偵察。ライン切断。移送。口封じ。もう動き出しているはずだ。
だから、次に問われるのは度胸じゃない。 どっちが先に、穴の口を見極めるか、だ。
メイン通路を車庫方向へ歩く。
遠くからでも、カッターの音が聞こえてくる。K-7の作業はまだ続いている。金属が切られるたびに鋭い音が走る。まるで誰かが刃を研いでいるみたいだ。
いい。 研ぐべきものが、全部研ぎ始めている。
技術。輸送。情報。火力。入口。撤退。
一個ずつ。 これでやっと、本当に大きな戦いの形になってきた。
角を曲がるところで、一度立ち止まって振り返った。
テックルームのドアが、少しだけ開いている。光が隙間から漏れている。細い白い刃みたいだ。
あの中の資料の山が、ようやく口を開いた。
次は俺たちの番だ。
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