121.専用車両 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺はそいつのまわりを一周した。
カミラは説明なんてしない。 こういうモノは、まず自分で一周させないとダメだって分かってる。
まずタイヤを見る。摩耗はまだ許容範囲。新品じゃないが、今にもバーストしそうなガラクタでもない。
次にリアアクスル。ごつい。補溶接の跡。過去に相当な荷を食ってるのが分かる。
それからフレームの腹側。二本のメインレールは古いトラックのまんま。厚くて、重くて、保守的。そういう設計は見た目はよくないが、ひたすらタフだ。 割れさえしなけりゃ、引っ張れる。
「ベースは悪くねえな。」と俺。
「だから三台目が一番マトモだって言ったでしょ。」カミラは後輪横の補強プレートをつま先で軽く蹴る。「元は鉱区でクラッシャー牽いてたやつ。鉱区が吹っ飛んで、車だけ残った。」
俺はしゃがみこんで、新しく溶接されたメインロックポイントの座を覗き込む。 まだ途中だ。 けど、向きは合ってる。
脚部に二組。骨盤位置に一組。胸部の押さえはまだスペースだけ確保。背中側には独立したサポートフレームのベースが一個。あきらかにシュトゥルムシュライターのバックパック式弾倉モジュール用だ。
「サイドのストッパーが、まだだな。」
「中。」カミラがあごで横の作業台をしゃくる。
そこには長い鋼材が二本。すでに所定の角度で切ってある。脇にはラバーパッドと油圧ジャッキ。
近寄って、一本に手を触れた。
まだ鉄がぬるい。 ついさっき切ったばかりだ。
「動き早えな。」
「早くしなきゃ死ぬでしょ。」彼女は言う。「使用許可出したからって、シュトゥルムシュライターに、酔っ払いみたいなオンボロ車に乗って出てけなんて、あたしは絶対許さないからね。」
俺はK-7を見上げる。
こいつは美人な車じゃない。 カタログに『専用重輸送車』なんて肩書き付きで載るタイプでもない。
でも、嘘はつかない。 素性が固い。 何より――生きて帰れる匂いがする。
「こいつでいい。」と俺は言った。
「"いい"からって、もう仕上がってるわけじゃない。」カミラが言う。「上に乗ってみな。」
サイドステップを踏んで、キャビンに上がる。
キャビンの位置は普通のトラックより高い。視界は悪くない。ステアリングは重い。シフトレバーは昔ながらのメカリンク。メータークラスタは一部作り直されていて、油圧計が二つ、リアアクスル温度計が一つ、それに後段用の独立電源スイッチ群。
パーキングブレーキを引いてみる。 手応えは、ちゃんとある。 スカスカじゃない。
「エンジンは?」
「コールドスタートはちょっと機嫌悪い。暖まればそこそこ。」カミラはドアの外から言う。「いじるところは山ほどあるわよ。サブジェネレーターは追加。後段のスタンバイ電源は系統を分ける。冷却ポンプは別配管。おまけに、あんたの部下が本気で同乗するつもりなら、シュトゥルムシュライターを積んでる間に何を見てなきゃいけないか――圧力、固定ポイント、ケーブル――そのへんを覚えさせる。トレーラーの上でタバコふかしてるだけの係じゃ、話にならない。」
俺は運転席から降り、リアのローデッキへ回る。
足でデッキをぐっと踏んでみる。 板厚は十分。 ただ、サスはまだ詰め直しが要る。
このままガタガタ道に入れば、上に載ったシュトゥルムシュライターが細かく揺すられ続けて、ロックポイントが緩む。
「後段、横方向のダンパーをもう二組、追加したほうがいいな。」
「ヴィクトリアも同じこと言ってた。」
「ランプの角度も、もう少し寝かせたい。今のままだと、まだ急すぎる。」
「分かってる。」
「それと、サイドに作業用の立ち位置を残しとけ。」俺はデッキの縁を指さす。「左右それぞれ一本、人間が立てる細い通路。積み降ろしのとき、誰かが近い位置で膝と足裏とメインロックを見てなきゃならねえ。」
カミラが俺を見る。
「もう完全に、自分の車扱いね。」
「お前がOK出したんだ。遠慮する理由ねえだろ。」
口元が、ほんの少しだけ動いた。
「いいわ。じゃあ、尻のほうも見なさい。」
K-7のテール側へ回る。
後ろには折りたたみ式のツールボックスが一つ増設されている。中身は普通の工具じゃない。シュトゥルムシュライターを載せて運ぶとき専用の、バインドチェーン、油圧ジャッキ、絶縁フックポール、外部冷却のカプラー、それに太さが蛇みたいなパワーケーブルが二巻き。
これでいい。
トラックは「荷物」を運ぶだけのものじゃない。
一連の手順ごと、丸ごと連れていくための足だ。
フラットベッド一台だけじゃ、何者にもなれない。
俺はツールボックスの蓋を閉めた。
「この車の責任者は?」
「今の名義は一応あたし。」とカミラ。「そのうち専属チームを付ける。ドライバー一人。副座一人。工兵二人。必要なら技師を追加。基本、そいつらはこの車に張り付き。あんたの他任務には出さない。」
「人選は、こっちにも口出させろ。」
「推薦は受け付ける。最終決定はあたし。」
筋は通ってる。 彼女が、こういうモノを丸ごと俺に投げるわけがない。 俺も、そこまで甘くは見てない。
フロント側へ戻ると、ちょうどメカニックの一人が、新しいダンパーマウント一式をかかえて運んでくるところだった。カミラに気づくと、即座に背筋を伸ばす。
カミラの問いは一つだけ。
「今夜までに、一次版のベースは溶接終わる?」
「終わります。ただ、サイドのストッパーと冷却ブラケットまで付けるなら、徹夜コースです。」
「じゃ、徹夜。」
「了解。」
この女の指示の出し方は単純だ。
鼓舞しない。 相談もしない。
時間をブロックに切り分けて、そのまま他人の手に突っ込む。
俺はK-7の横に立ち、もう一度振り返ってそいつを見た。
今日から、シュトゥルムシュライターは、ただの一機の機体じゃなくなる。
もう一つのパーツを持つことになる。
倉庫から戦場へ引きずり出し、戦場からまた引きずり戻す――そのためだけに存在する、クソでかいカーゴトラックというパーツを。
この脚がなけりゃ、シュトゥルムシュライターの価値の大半は、壁に描かれた矢印みたいなもんだ。 この脚があって、初めて本当に外に伸びていく。
カミラが煙草に火をつけた。 吸いはしない。ただ指に挟んでいるだけ。
「これで満足?」
「まあな。」
「早く満足する奴から死ぬ。」
「だから"まあ"って言ったんだろ。」
彼女はちらっと俺を見た。
「結構。」
俺たちはガレージの中で並んで立ち、工兵たちが最初の鋼材の束を作業台に上げていくのを眺めていた。カッターの音がまた鳴り出す。火花が飛び散り、宙に舞う埃を照らし出す。
その一瞬、急に、ものすごくはっきりした感覚があった。
この章が、ここから変わる。
今まで俺たちが奪ってきたのは命で、走ってきたのは逃げ道で、頼りにしてきたのは「まだ死んでない」って事実だけだった。
今は違う。
今、俺たちの手には本物の資産が載り始めている。本物の手順ができ始めている。本当に前線のラインそのものをねじ曲げられるモノが、形になりかけている。
そういうモノが一度姿を現すと、全員が変わる。
敵も変わる。 味方も変わる。 味方の中で、こっちを見る目つきさえ変わる。
カミラも、だいたい同じところまで考えが行きついたみたいだった。
彼女は煙草を口にくわえ直し、ようやく一服吸う。
「ジョウ・シーダー。」
「言え。」
「シュトゥルムシュライターもK-7も、見栄えのためにあんたに回したわけじゃない。」そう言ってから続ける。「この先は、データを整理する。まずはマニュアルを形にしなきゃいけない。第二次テストは組み直し。そこまで行ったら、あたしが見るのは、あんたの"ふっかける値段"じゃない。」
煙を一つ吐き出す。
「あんたがこの一式を、本当に"立てて"回せるかどうか。」
俺は彼女を見る。
「見せてやるよ。」
「そうしなさい。」
彼女は踵を返して歩き出す。 二歩ほど進んだところで、また止まった。
「午後、テックルームに戻ってきなさい。」と彼女は言う。「コクピットの記憶も、残らず吐き出す。ヴィクトリアのあのサルのマニュアルが二日で第一版まで行けるなら、その分、あとで死ぬあんたの部下が何人か減る。」
「分かってる。」
彼女はそれ以上何も言わない。 俺もその場を動かない。
カミラの足音が遠ざかってから、もう一度K-7のほうを振り返った。
今のこいつは、まだただの鋼材で、溶接の瘤で、配管で、オイル汚れで、古いトラックの骨組みでしかない。
だが、何になるかは分かっている。
四号倉に寝ている、あのシュトゥルムシュライターと同じだ。
どっちもまだ未完成。 どっちもまだ安全圏には程遠い。
けど、この二本のライン――機体、マニュアル、キャリア、技師、固定ポイント、出動プロトコル――それをまとめて立ち上げることさえできれば、俺たちの手元にあるのは、たまたま拾ったまぐれ当たりの刃物一振りじゃなくなる。
本当に戦場に送り出せる一式になる。
俺はその場に立ったまま、K-7の「まだ出来ていない部分」を一つずつ頭に刻んでいく。
リアアクスル。 ランプ。 サイドストッパー。 バックパックのサポート。 外部冷却。 サブジェネレーター。 ツールボックスの固定。
細かく覚えれば覚えるほど、あとで死なせなくて済む。
このロジックは、たぶん俺の一生もんだ。
最後にもう一度、車体側面の白い番号を見る。
K-7
いい。 ダサくて、タフそうだ。
俺はガレージをあとにして、テックルームへ戻る。
このあと、まだ吐き出すものが山ほどある。
メイン台の隠しスペースの位置。オペデータをどの順番で引き出すか。コクピットのインジケーターの色。警告音の長さ。どのページのマニュアルの角が汗でふやけていたか――それが、ただの保管書類じゃなくて、本当に誰かが「ヤバいときに開いたページ」だって証拠だからだ。
一つ一つは取るに足らない。
けど、戦争の勝ち負けは、デカい何かで決まるんじゃない。
そういう「小さいところ」を落とさない側が、最後に残る。
そして今、俺たちは、その小さいところを一つずつ――シュトゥルムシュライターと、あいつを運ぶこのクソでかいキャリアトラックの骨に――打ち込んでいくところだ。
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