121.専用車両 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
まず技術室に向かった。
好きだからじゃない。
先送りにできないものがあるからだ。紙は分類される。人は忘れる。頭の中にある現場の順序は、一度眠れば崩れ始める。そうなってから思い出そうとしても、もう正確じゃない。
技術室はメイン格納庫区画の裏手にある。元は無線機の修理と光学校正に使われていた場所だ。今はカミラが強引に二分割している。半分はまだ通信機材の修理。もう半分はF.A.B.R.I.K.から持ち帰ったもので埋まっていた。
入った瞬間、最初に嗅いだのは紙が湿気を吸って、また乾かされたときの匂いだ。
次いで機械油。インク。コーヒー。ハンダ。それから、人間が長時間こもって洗えていないときの匂い。
机が足りない。だから弾薬箱で代用している。
棚が足りない。だから木箱をひっくり返して板を打ちつけている。
壁には大判の白紙が貼られていた。黒ペン、赤ペン、青ペンで、それぞれ異なる言語系統の資料の出所が書き込まれている。ドイツ語。手書きの略記。技術縮語。それからヴィクトリアが自分で描き直した対照矢印が大量に。
彼女は一番奥にいた。
顔も上げない。
二つの机を並べている。左に原資料。右に再編済みのバージョン。その間に工業用スタンドライト。光は白く硬く、もともと血色のない彼女の手を、さらに骨みたいに照らしていた。
書いている。
書き写しているんじゃない。
再構築している。
近づいたとき、左手で原始断面図を押さえ、右手で新しい紙に線を引き直しているのが見えた。多くの箇所を意図的に太く描いている。角度も原図通りじゃない。見栄えのためじゃなく、本体がどこで、触れてはいけない死角がどこかを一目でわかるようにするためだ。
机の一番上のページに、黒い文字で書いてあった。
《シュトゥルムシュライター 簡略操作マニュアル 第一版》
その下に小さな一行。
猿でもわかる。
二秒眺めた。
彼女はまだ顔を上げない。
「黙って突っ立ってても、内容が勝手に増えるわけじゃない。」彼女は言う。
「取り出し順序を伝えに来た。」
「座って。」
空いた椅子を引いて腰を下ろす。椅脚が床を擦り、短い金属音が立つ。隣の工兵二人が俺を一瞥して、すぐまた紙の整理に戻った。手つきが慎重だ。爆発物を扱うみたいに。
実際、似たようなもんだ。
ただ、この手のブツはすぐには爆発しない。まず「わかった」と思わせてから、実際に手を動かした瞬間に殺しに来る。
ヴィクトリアが空白の記録用紙を俺の前に押し出した。
「核心区に入った後から始めて。」彼女は言う。「雰囲気はいらない。どれだけ激しい戦いだったかもいらない。場所、順序、容器、ロックポイント、現場での判断だけ。」
「わかった。」
ペンを取って、まず大雑把な平面図を描いた。
核心エネルギー区画。メイン台。サイドキャビネット。圧縮エーテル(Compressed Aether)固定架。メンテナンス架。それからシュトゥルムシュライターが停まっていた位置。
精密じゃない。
使えれば十分だ。
「最初に取ったのは右側のキャビネット。」俺は言う。「重要だからじゃない。一番近くて、鍵が換わっていなかったから。上の三段は工具と校正テンプレートで全部ダミー。本当に使えるのは、底段の背板の裏にある薄い隠し層だ。」
ヴィクトリアがようやく顔を上げて俺を見た。
「隠し層があるってどうやってわかった?」
「背板の厚みがおかしかった。」俺は言う。「それに、そのキャビネットだけ妙にきれいだった。定期的に開けて、定期的に拭いてる感じ。」
彼女はうなずき、ペンを止めない。
俺は続ける。
「隠し層から最初に出てきたのは、機体の総図と武装搭載表の一部。完全版じゃない。意図的に分割して保管してあるみたいだった。本当に重要なのは、そのうちの二枚の角に書かれた手書きの注記で、コクピット内の校正シーケンスと異常時の再起動フローが書いてあった。」
隣の若い工兵がこらえきれずに口を挟んだ。
「それって、さっきずっと探してた再起動ページですか?」
ヴィクトリアは彼を見ない。
「黙って。自分の作業をしなさい。」
工兵はすぐ黙った。
俺は紙にいくつか記号を書き足した。
「二番目に取ったのは、メイン台の左下の引き出し。開けにくかった。外側は普通の鍵だが、中にもう一段カム式のラッチがある。盗難防止じゃない。誤開防止だ。引き出しの中には整備冊が二冊。一冊は印刷版。もう一冊は手書きの補遺。手書きの方が重要だ。」
「内容は。」
「燃料回路、圧力バルブ、左腕モジュールの供給制限、それから赤字の警告が一つ。」俺は言う。「一般の整備兵向けじゃない。どちらかといえば、すでに事故を経験した人間に向けて書いてある。」
彼女はそこでペンを止めた。
「原文、覚えてる?」
少し考えた。
逐語じゃない。
でも大意は残っている。
「メイン圧がゼロに戻る前に左腕供給外殻を分解するな。逆流と飛散が同時に起きる。」
ヴィクトリアが低く繰り返した。
それから振り返り、自分の猿版マニュアルの横に一行追加した。
先にゼロに戻す。それから分解。ゼロ確認前に手を出したやつは自業自得。
これでいい。
実に彼女らしい一行だ。
俺は続けた。
三番目は、シュトゥルムシュライターの足元プラットフォーム下のメンテナンスボックス。外見は普通の工具箱に見える。実際は違う。中に二つ空のスペースがある。明らかに誰かが取り出した後だ。残っていたのは交換部品のカタログ、足裏グリッププレートの規格、膝関節シールリングの番号、それからごく短い吊り上げ禁忌事項だ。
そこまで言ったとき、ヴィクトリアがペンを止めた。
「吊り上げ禁忌。」
「ああ。」
「何て書いてあった。」
「肩部の吊点から機体全体を直接吊るな。」俺は言う。「特に補正コアがロックされていないときは。」
技術室が一瞬静まった。
工兵二人も手を止めた。
この一言が持つ価値がわかったからだ。
価値があるのは言葉じゃない。その後ろに省かれた死人の数だ。
ヴィクトリアが俺を見た。
「二日遅かったら、カミラの格納庫の吊り上げ班を、井戸に飛び込みたくなるまで怒鳴りつけていたところだった。」
「だから今来た。」
彼女は短く返事をした。認めた、ということだ。
その後の内容はさらに細かくなった。
どのキャビネットに武装校正フィルムが入っていたか。どの紙が意図的に外に出されたダミーの旧版か。どのページの注記のインクが新しく、後から誰かが書き直した形跡があるか。どの部品番号がシュトゥルムシュライターの現在の右腕固定架と合わず、過去に部品交換があった可能性を示しているか。
俺が一つずつ話す。
彼女が一つずつ分解する。
ただ記録するんじゃない。
一項目ごとに、なぜそれを先に取ったか、なぜそのページが重要だと判断したか、なぜ印刷版より手書きの補遺の方が使えると思ったかを訊いてくる。
ここが、彼女と普通の技師との違いだ。
ものがどこにあるかだけを知りたいわけじゃない。
そのとき俺の頭がどう動いていたかを知りたいのだ。
論理が再構築できて初めて、資料は本当に手の中に戻ったと言える。紙だけが残っているのとは違う。
時間が経つのは早かった。
というより、技術室というのは最初から時間を気にする場所じゃない。
照明はずっと白い。机はずっと散らかっている。人はずっと書き続けている。コーヒーカップが満杯から空になり、また満杯になるだけだ。
メイン制御台の裏の隠し溝まで話が進んだとき、ドアが開いた。
カミラが入ってきた。
きれいな上着に着替えていて、手には車庫のリストを持っている。入って最初に部屋を一回りする。誰もさぼっていないことを確認してから、俺を見た。
「まだ終わってない?」
「もうすぐだ。」俺は言う。
彼女は近づいてきて、机の上の資料を見下ろした。
触らない。
ただ見る。
値段のついた荷物を確認するみたいに。
「猿版マニュアル、進んでる?」彼女はヴィクトリアに訊く。
「第一版の骨格はできた。」ヴィクトリアは言う。「まず三ブロック。起動と停止。日常点検。禁止操作区域。」
「武装は。」
「武装は第二ラウンド。」彼女は言う。「まず自分を吹き飛ばさない方法を覚えさせる。」
カミラがうなずく。
「正解。」
彼女は俺を見た。
「ついてきて。」
「今すぐ?」
「今すぐ。」彼女は手のリストを軽く振った。「命綱が見たいんじゃなかったの?」
俺はペンを置いた。
技術室の作業はほぼ終わっている。残っているのはさらに細かいキャビネット番号、ページ番号、それからある資料に価値があると判断した理由だ。それは後で補える。
俺は立ち上がった。
「残りは、あとで戻ってきてから話すわ。」
ヴィクトリアは顔も上げず、新しく描き上げた設計図を一枚、横にずらして乾かすスペースに置いた。
「さっき言ってたメイン台の左下、引き出し二段目のラッチの向き。あれ、ちゃんと書き残しておいてね。」
「分かってる。」
「それと。」ようやく俺のほうを見る。「今日中に――シュトゥルムシュライターのコクピットの中で、あんたが目にした表示の並び順と、警告灯の色。全部、書き出して。」
「それ、本来ならお前が自分で覚えておくべきじゃねえのか。」
「クロスチェックするのよ。」ヴィクトリアは言う。「技師が見てるのはシステム。あんたが見てるのは、戦場で真っ先に目に入るもの。そこは違うでしょ。」
その通りだ。 俺は小さくうなずいた。
カミラがドアのところで、露骨に待ちくたびれた顔をしている。
「結婚するつもりなら、機体がまっすぐ十キロ走れるようになってからにしなさい。」
ヴィクトリアはそれでも顔を上げない。
「だったら、先に自分の棺桶用意しときなさいって話ね。」
吹き出しかけた。 カミラは鼻を鳴らす。
「結構。まだ口が回るってことは、あと六時間は働けるわけだ。」
「失せろ。」
元気そうだ。 ってことは、少なくともテック側のラインでは、まだ誰も倒れてない。
俺はカミラのあとについて部屋を出た。
廊下はさっきよりさらに慌ただしい。人が行き交い、向こうではフォークリフトがバックしている。誰かが燃料ドラムを運んでいる。別の誰かがカッターと鋼板を抱えて、ガレージのほうへ向かっていく。
基地全体が、巻き直されたゼンマイで動き出した工場みたいだ。 昨夜の血と炎はいったん一番下の層に押し込められ、表面に残っているのは「稼働」だけ。
カミラは歩きながら、手にしたリストを追っている。
「今ウチのストックで、改造ベースにできそうなのは三台。」そう言って、「一台はシャーシが古いけど、積載は一番マシ。一台は車齢が浅いけど、リアアクスルがヤワ。もう一台は元々重機牽引用で、構造が一番近いけど、ブームが半分死んでる。」
「どれ押してんだ。」
「三台目。」と彼女。「シュトゥルムシュライターに要るのは、完全なブームじゃないもの。必要なのは、安定したローデッキと、固定ポイント、ストッパー構造、それから追加の冷却ポート。ブームは積み降ろしの補助ができればそれで十分。」
「俺も同じ結論だな。」
「だから、あんたを現物見せに連れてったわけ。」
それを言うとき、彼女は振り向きもしなかった。 礼を言うのも面倒、って態度。
防火扉を二枚抜けて、ガレージ区画の奥へ奥へと進む。 中に行くほど、匂いが濃くなる。ディーゼル。オイル。排気。タイヤのゴム。それに、長く湿っていた金属を一気に焼いたときのサビの匂い。
ここは綺麗な場所じゃない。
俺は好きだ。
本当にモノを戦場まで運ぶのは、綺麗な場所じゃないほうだ。いつだって。
ガレージ第三区画はいちばん奥にある。 扉が開いた瞬間、そいつが目に入った。
でかい。 そして、クソダサい。
グレーがかったオリーブドラブの下地塗装。フロントのパネルには、二か所ほど再溶接した跡。左フロントフェンダーは一度潰れたまま、面を出さずに放置。キャビンの上には簡易のロールケージ。後ろ半分は普通のフラットベッドじゃなく、改造されたローデッキだ。元々の重機固定座は半分切り落とされていて、その代わりに新しく組んだ鉄骨フレームがむき出しになっている。
後端には折りたたみ式のランプが二枚。片方はもう防滑塗装まで終わっていて、もう片方は、まだ生の鋼鉄色。
車体側面には白スプレーで番号。
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