119.動くことと、実戦は違う 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
外部モニタリングデータは安全圏内。バックパック給弾モジュールの温度がゆっくり下がっていく。左腕の残圧が排出される。主関節の固定ポイントに緩みなし。クレーン車のリアアクスルはずっと荷重を食らい続けていたが、持ちこたえた。
林雨瞳が二十分おきに路況を報告する。
機械みたいに冷たく。
機械みたいに正確に。
こういうときの彼女は嫌いじゃない。推測しなくていいからだ。
車列が基地外縁に入ったのは、ちょうど午前七時を回った頃だった。
第一ゲートが開く。
第二ゲート。
第三ゲート。
警備兵たちはクレーン車の荷台のシュトゥルムシュライターを見ても、何も言わない。だが目つきは全員同じだ。好奇心じゃない。警戒だ。麻酔をかけて檻に運び込まれた猛獣を見る目。いつ覚醒するかわからない。
カミラは四番重機械格納庫まで直接乗り入れた。
扉が閉まる。
外の光が遮断される。
世界には格納庫の白い照明だけが残った。
眩しくて、乾いていて、感情がない。
荷降ろしは積み込みより厄介だった。人間も車も鉄も、全部が疲弊しているからだ。
ヴィクトリアは休もうとしなかった。
降りて最初にやったのは、シュトゥルムシュライターの背面にもう一度よじ登り、低速牽引回路を再確認することだ。目の下に濃い隈があるが、手は安定している。限界を超えた先で、別の種類の冷静さに入った人間の動きだ。
カミラが工兵をローテーションで入れる。
スロープが降りる。
ロックポイントが外れる。
固定が一組ずつ解除される。
油圧サポートが後退する。
シュトゥルムシュライターが再び自力でクレーン車を降りる。
今度はさらにゆっくりだ。
戦い終えて膝に砂を詰め込んだ老兵みたいな足取りだ。
着地した瞬間、左膝外装の下から細いオイルの筋が一本滲み出ているのが見えた。
量は多くない。
でも、ある。
ヴィクトリアも気づいていた。何も言わず、ボードに書き留めるだけだった。
機体が所定のメンテナンス位置に収まり、外部冷却ホース、待機電源ライン、監視ケーブルが一本ずつ繋がれて、ようやく「檻に戻した」と言える状態になった。
四番庫の厚い内扉が落ちるとき、鈍い音が響いた。
判決みたいな音だった。
その音がシュトゥルムシュライターを閉じ込めるのを見届けながら、俺は妙な感覚を覚えた。
安心でもない。
不安でもない。
もっと「責任に実体が生まれた」ことに近い何かだ。
これまで俺たちが背負っていたのは、任務と死傷者と補給と撤退ルートだった。
今日からそこに、全高三メートルで火薬と人命を食い続ける鋼鉄の責任が加わった。
カミラが手袋を外し、近くの兵に投げた。
「三十分後にブリーフィングルーム。」彼女は言う。「第一次記録、映像、損耗リスト、外周警戒ログ、全部持ってきて。」
俺を見る。
「あなたも。」
うなずく。
今度はヴィクトリアを見る。
「あなたも。」
ヴィクトリアは今回は反論しなかった。ただ短く返事をし、視線をシュトゥルムシュライターの左膝の細いオイル筋に貼りつけたままだった。破裂前の血管を見るような目だ。
俺は部屋に戻って顔を洗った。水は冷たく、小口径スチールビー弾を浴びているみたいだった。
鏡に映る顔は、あまり人間らしくなかった。灰色で硬く、目には寝不足の血走りだけが浮いている。
でも頭は冴えていた。
この種の冴えは、いいもんじゃない。
まだ計算している証拠だからだ。
今日どれだけ弾を撒いたか。シュトゥルムシュライターのどこが最初に悲鳴を上げるか。俺たちはもう引き返せないレールに乗ってしまったのか。
顔だけ洗って、シャワーは浴びなかった。
そんな時間はない。
ブリーフィングルームに入ると、ほぼ全員が揃っていた。
林雨瞳は隅の席で通信ログを並べている。マレクは立っている。外周哨の班長が二人。カミラが主席。ヴィクトリアはホワイトボードに一番近く、机には手書き記録と外したパーツの写真が広がっている。
挨拶はない。
カミラがいきなり始める。
「第一次テスト総括。」
ヴィクトリアが立ち上がり、大きな紙をホワイトボードにバンと貼る。
彼女の文字で埋まっている。密で、乱れているが、筋は通っている。
「歩行、合格。」彼女は言う。「ただし制御条件下でのみ合格。直進、低速旋回、短距離登坂は問題なし。急停止と連続旋回に明確な欠陥。腰部補正に過剰修正発生。砕石地面での足裏グリップ不足。右腕長点射後の反動超過。肩部ロケットポッド分列発射ロジック不安定。左腕火炎モジュール供給逆流、危険ライン接近中。」
そこで顔を上げ、全員を見渡す。
「簡単に言うと。今のあいつにできるのは、突っ込むこと。できないのは、器用な動き。」
誰も笑わない。
ここで笑う人間はいない。
カミラが訊く。「第二ラウンドまで最短は。」
「本当にヤバい三点だけ直すなら、二日から三日。実戦投入レベルまで持っていくなら——採石場のデモじゃなく本当の実戦なら——最低一週間。パーツ次第。」
「足りないものは。」
ヴィクトリアが読み上げる。
シールリング。高圧ホース。二種規格ベアリング。耐熱コーティング。緩衝パッド。新しい足裏グリッププレート。右腕反動吸収パーツ。肩部ロケットポッド分配バルブ。外部冷却アダプター。それから、俺には半分しかわからないドイツ語パーツ番号の数々。
一つ読まれるたびに、俺の頭の中で勘定が増えていく。
カミラは変わらず冷静だった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




