↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
447/601

119.動くことと、実戦は違う  2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

外部モニタリングデータは安全圏内。バックパック給弾モジュールの温度がゆっくり下がっていく。左腕の残圧が排出される。主関節の固定ポイントに緩みなし。クレーン車のリアアクスルはずっと荷重を食らい続けていたが、持ちこたえた。


林雨瞳(リン・ユートン)が二十分おきに路況を報告する。


機械みたいに冷たく。

機械みたいに正確に。


こういうときの彼女は嫌いじゃない。推測しなくていいからだ。


車列が基地外縁に入ったのは、ちょうど午前七時を回った頃だった。


第一ゲートが開く。

第二ゲート。

第三ゲート。


警備兵たちはクレーン車の荷台のシュトゥルムシュライターを見ても、何も言わない。だが目つきは全員同じだ。好奇心じゃない。警戒だ。麻酔をかけて檻に運び込まれた猛獣を見る目。いつ覚醒するかわからない。


カミラは四番重機械格納庫まで直接乗り入れた。


扉が閉まる。


外の光が遮断される。


世界には格納庫の白い照明だけが残った。


眩しくて、乾いていて、感情がない。


荷降ろしは積み込みより厄介だった。人間も車も鉄も、全部が疲弊しているからだ。


ヴィクトリアは休もうとしなかった。


降りて最初にやったのは、シュトゥルムシュライターの背面にもう一度よじ登り、低速牽引回路を再確認することだ。目の下に濃い隈があるが、手は安定している。限界を超えた先で、別の種類の冷静さに入った人間の動きだ。


カミラが工兵をローテーションで入れる。


スロープが降りる。

ロックポイントが外れる。

固定が一組ずつ解除される。

油圧サポートが後退する。


シュトゥルムシュライターが再び自力でクレーン車を降りる。


今度はさらにゆっくりだ。


戦い終えて膝に砂を詰め込んだ老兵みたいな足取りだ。


着地した瞬間、左膝外装の下から細いオイルの筋が一本滲み出ているのが見えた。


量は多くない。


でも、ある。


ヴィクトリアも気づいていた。何も言わず、ボードに書き留めるだけだった。


機体が所定のメンテナンス位置に収まり、外部冷却ホース、待機電源ライン、監視ケーブルが一本ずつ繋がれて、ようやく「檻に戻した」と言える状態になった。


四番庫の厚い内扉が落ちるとき、鈍い音が響いた。


判決みたいな音だった。


その音がシュトゥルムシュライターを閉じ込めるのを見届けながら、俺は妙な感覚を覚えた。


安心でもない。


不安でもない。


もっと「責任に実体が生まれた」ことに近い何かだ。


これまで俺たちが背負っていたのは、任務と死傷者と補給と撤退ルートだった。


今日からそこに、全高三メートルで火薬と人命を食い続ける鋼鉄の責任が加わった。


カミラが手袋を外し、近くの兵に投げた。


「三十分後にブリーフィングルーム。」彼女は言う。「第一次記録、映像、損耗リスト、外周警戒ログ、全部持ってきて。」


俺を見る。


「あなたも。」


うなずく。


今度はヴィクトリアを見る。


「あなたも。」


ヴィクトリアは今回は反論しなかった。ただ短く返事をし、視線をシュトゥルムシュライターの左膝の細いオイル筋に貼りつけたままだった。破裂前の血管を見るような目だ。


俺は部屋に戻って顔を洗った。水は冷たく、小口径スチールビー弾を浴びているみたいだった。


鏡に映る顔は、あまり人間らしくなかった。灰色で硬く、目には寝不足の血走りだけが浮いている。


でも頭は冴えていた。


この種の冴えは、いいもんじゃない。


まだ計算している証拠だからだ。


今日どれだけ弾を撒いたか。シュトゥルムシュライターのどこが最初に悲鳴を上げるか。俺たちはもう引き返せないレールに乗ってしまったのか。


顔だけ洗って、シャワーは浴びなかった。


そんな時間はない。


ブリーフィングルームに入ると、ほぼ全員が揃っていた。


林雨瞳は隅の席で通信ログを並べている。マレクは立っている。外周哨の班長が二人。カミラが主席。ヴィクトリアはホワイトボードに一番近く、机には手書き記録と外したパーツの写真が広がっている。


挨拶はない。


カミラがいきなり始める。


「第一次テスト総括。」


ヴィクトリアが立ち上がり、大きな紙をホワイトボードにバンと貼る。


彼女の文字で埋まっている。密で、乱れているが、筋は通っている。


「歩行、合格。」彼女は言う。「ただし制御条件下でのみ合格。直進、低速旋回、短距離登坂は問題なし。急停止と連続旋回に明確な欠陥。腰部補正に過剰修正発生。砕石地面での足裏グリップ不足。右腕長点射後の反動超過。肩部ロケットポッド分列発射ロジック不安定。左腕火炎モジュール供給逆流、危険ライン接近中。」


そこで顔を上げ、全員を見渡す。


「簡単に言うと。今のあいつにできるのは、突っ込むこと。できないのは、器用な動き。」


誰も笑わない。


ここで笑う人間はいない。


カミラが訊く。「第二ラウンドまで最短は。」


「本当にヤバい三点だけ直すなら、二日から三日。実戦投入レベルまで持っていくなら——採石場のデモじゃなく本当の実戦なら——最低一週間。パーツ次第。」


「足りないものは。」


ヴィクトリアが読み上げる。


シールリング。高圧ホース。二種規格ベアリング。耐熱コーティング。緩衝パッド。新しい足裏グリッププレート。右腕反動吸収パーツ。肩部ロケットポッド分配バルブ。外部冷却アダプター。それから、俺には半分しかわからないドイツ語パーツ番号の数々。


一つ読まれるたびに、俺の頭の中で勘定が増えていく。


カミラは変わらず冷静だった。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。