116.継承性 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺は作業台にもたれ、タバコに火をつけかけた。途中で、ここは禁煙かもしれないと思い出した。横目で彼女を見る。
「いい?」
「給料槽の近くで火を持ち込んだら、この機体からアタシが直接あなたを引き剥がす。」
「つまり、いいってことだ。」
火をつけて、一口吸った。
タバコの煙と機械油の匂いが混ざって、いい匂いとは言えない。でも、この場所にはよく合う。
ヴィクトリアは俺が一口吸うのを見てから、視線を落として別の材料リストをめくり始めた。数秒後、ふいに口を開く。
「さっき、ブリーフィングルームで言わなかったことがある。」
「何が。」
「操縦権を要求しなかった。」彼女は言う。
真っ直ぐな問いだ。
俺もそらさない。
「今それを取っても、意味がないから。」
彼女が目を上げる。
俺はタバコを横に弾いた。
「実戦使用権と操縦権は別の話だ。今この機体を、本当に生きたまま戦場に出して生きたまま帰らせられるのは、おまえだ。俺じゃない。俺が欲しいのは、こいつが俺たちと一緒に動いてくれることだ。真っ先に操縦席に滑り込んで、最初のカーブで溝に突っ込むことじゃない。」
ヴィクトリアは俺を見たまま、すぐには何も言わなかった。
あの目つきは知ってる。疑ってるんじゃない。目の前の人間に本当に頭があるかどうか、確認し直してる目だ。
「その答え、思ってたよりいい。」彼女はやがて言った。
「期待値、本当に低いんだな。」
「しょうがない。」彼女は材料リストを一枚めくる。「こういう代物を見た瞬間、まず操縦席に自分を押し込もうとする人間が多すぎるのよ。そうすれば主役っぽく見えるとでも思ってるのか知らないけど。」
「三メートルの鋼鉄の外殻で自分を証明する必要はない。」
彼女は一拍置いた。
「それは、まあ、ギリギリ大人の発言と言えなくもない。」
「ギリギリ?」
「調子に乗るのはまだ早い。」彼女は言う。「永遠に学ばなくていいとは言ってない。」
タバコを持つ手が、一瞬止まった。
「教えるつもりか。」
「保身のため。」彼女は言う。「アタシがいつか死んで、重傷を負って、意識を失って、あるいはただ現場にいないだけでも、誰かがこいつを『暴走』から『停止』に戻せないといけない。だから、そう、あなたは後で学ぶことになる。今じゃなくていい。格好つけるためでもない。最低限、基本的な緊急手順だけ覚えること。」
これは「操縦を教える」より、ずっと重い言葉だ。
能力の話じゃなくて、バックアップの話だからだ。
バックアップというのは、この機体が今後も確実に戦場に出ることを、全員が前提にしているときにしか出てこない発想だ。
俺はタバコを吸い終えて、横の金属製灰皿に押しつけて消した。
「まず何から。」
「緊急燃料遮断。外部手動停止。メインハッチの開放優先順序。コクピット拘束の解除。それと——」彼女は少し間を置いて、俺を見る。「もしアタシが中で反応を失ったとき、叩いていい場所と、絶対に叩いちゃいけない場所。」
「最後の項目、かなり重要そうだな。」
「重要だから言ってる。」彼女は淡々と言う。「叩く場所を間違えたら、アタシが死ぬだけじゃなくて、機体ごと廃棄になりかねない。」
俺はうなずいた。
これでいい。
ロマンスでも、雰囲気でもない。戦場で一番リアルな種類の信託だ。自分の命と、この機械の命と、これから先の誰かの命を、少しだけあなたの手に預ける。ただし、絶対に台無しにするな。
格納庫の奥から、車輪の転がる音が聞こえてきた。
工兵が二人、長い木箱を押して入ってくる。後ろには整備士が一人、底盤の写真と仕様書の束を抱えている。カミラの動きは早い。クレーン車のデータはもう届いていた。
整備士は俺に軽く頷いてから、ヴィクトリアに向かって言った。
「車は四番庫にある。元のシャーシは六軸の重機用プラットフォーム。エンジンは古いが動く。クレームアームは整備が必要。これが積載データと過去の改造記録だ。」
ヴィクトリアは資料を受け取り、二ページほどめくった。
「誰が使ってた?」
「以前は工事機材の牽引。たまに発電設備の輸送。」
「今日から転職させる。」
工兵が木箱を下ろして、蓋を開ける。
中には新しい固定バックル、試作のブラケットサンプル、それから何本かの重機用油圧ストラットが入っていた。仕事が早い。カミラが本気でこの一式をさっさと実用段階に持っていくつもりなのは、明らかだ。取引を紙の上だけで終わらせるつもりはない。
ヴィクトリアは確認を終えると、三人に向かって顎をしゃくった。
「荷物はここに置いてって。底盤の写真は残してくれ。後でアタシが車を見に行く。」
工兵たちは余計なことを言わずに、置いて出ていった。
整備士は出ていく前に、シュトゥルムシュライターをもう一度だけ見上げてから、扉を閉めた。
扉が閉まると、格納庫にはまた俺たちと機体だけが残った。
ヴィクトリアは手の資料を作業台にぽいと投げ、長く息を吐いた。
今夜初めて、本当に少し疲れた顔をした。
俺は彼女を見た。
「持つか?」
「持たなくても持つしかない。」彼女は言う。「今止まったら、明日やることが倍になるだけ。」
「いい習慣とは言えないな。」
「こういう場所で生き残れる習慣は、大体よくない習慣よ。」
そう言って、彼女は機体の足元まで歩いて、まだ熱の残っている装甲板をてのひらで軽く叩いた。
「でも、こいつは価値がある。」
俺は彼女の視線を追って、上を見た。
光学センサーはもう落ちている。外部武装も全部外されて点検待ちだ。今のこいつは、ほとんど無害に見えるくらい静かだ。でも俺にはわかってる。圧縮エーテル(Compressed Aether)がメインサイクルに再び流れ込んで、武装給弾が復活して、制御リンクが安定した瞬間に、こいつはまた棺桶から攻城槌に戻る。
「気に入り始めてるんじゃないか。」俺は言う。
彼女は振り返らない。
「気に入ってるのは、まだ改造できる余地があること。」彼女は言う。「原設計は十分に凶悪で、十分に狂ってる。それはいい。終着点じゃなくて、素材だってことだから。」
「もう自分のものみたいに言ってるな。」
今度は振り返った。
俺を真っ直ぐ見る。
「アタシが乗った。」彼女は言う。「アタシが起こして、一戦こなして、連れて帰った。ある意味では、今のこいつはアタシのものに近い。」
危うい言葉だ。
でも、筋は通っている。
俺は否定しない。
こういう関係は「所有」だけでは説明しきれないからだ。パイロットと機体の間には、一度でも本当に戦えば、何か実質的なものが生まれる。ロマンチックな話じゃない。慣らし、判断、反応、手の感覚、呼吸のリズム、恐怖の置き場所まで、全部が噛み合っていく。
「だからブリーフィングルームで俺は争わなかった。」俺は言う。
彼女は二秒俺を見て、ふっと笑った。
薄く。短く。
「よかった。」彼女は言う。「それなら、少なくともアタシたちには一緒にやっていける可能性がある。」
その言葉は、ちゃんと受け取った。
表面の意味だけじゃなくて、言わなかった後半まで。——もしあのブリーフィングルームで俺が馬鹿みたいに操縦権を奪い、技術主導を奪い、彼女の判断の場所を全部奪っていたら、この機体はいずれ内部消耗の火種になっていた。
今はそうじゃない。
それでいい。
俺は作業台の方に一歩寄り、「テストラン前必須項目」と書かれた紙を見た。
「最初の試走、いつやる。」
「今日じゃない。」彼女は言う。
「当たり前だ。」
「明日の朝でもない。」彼女は続ける。「最低でも、主構造と冷却回路を一回通してからだ。火炎モジュールは分解洗浄が要る。右腕の発射レールは調整が要る。腰の補正は再計算が要る。それに、カミラが場所と弾薬を出してくれるかどうかも確認しないといけない。」
「もし彼女がOKを出したら。」
「早くて、明後日。」彼女は言う。
俺はうなずいた。
明後日。早い。でも十分に早い。
このペースがちょうどいい。基地はまだF.A.B.R.I.K.での一戦を消化中だ。俺たちも同じだ。急ぎすぎればミスが出る。引き延ばしすぎれば熱が冷めて、後勤とリソースの優先順位が別のことに食われていく。
明後日、妥当だ。
「じゃあ明後日、俺も行く。」俺は言う。
「いるだけじゃ足りない。」ヴィクトリアは言う。「記録を取れ。見ろ。緊急手順を覚えろ。こいつが前に進むべき瞬間と、止まるべき瞬間を把握しろ。次の戦いにこいつを使いたいなら、大口径の火力として扱うだけじゃ話にならない。」
「わかった。」
「もう一つ。」
「言え。」
彼女が一歩近づいてくる。近すぎず、遠すぎず。彼女が本題を話すときにいつも取る距離感だ。
「テストランはパフォーマンスじゃない。」彼女は言う。「カミラが人を見に来させたら、野次馬根性を出しそうな連中を先に抑えておいてくれ。こいつが場所に出た瞬間、誰かが見世物扱いしたら、その場でアタシは停止する。」
「騒ぐのが怖いのか。」
「バカが怖い。」彼女は言う。「騒ぎはまだ何とかなる。バカは大体、手の打ちようがない。」
俺はうなずいた。
それも正しい。
テストランというのは、一度空気が歪むと展示会になりやすい。展示会の気分が漂い始めると、人はこれが本質的に高リスクの兵器テストだということを忘れる。そういうときに事故は起きる。
格納庫の天井で、排気ファンがゆっくり回っている。
冷却ホースが低く唸っている。
作業灯が機体の影を壁に硬く刻んでいる。もう一回り大きな骨格みたいだ。廊下の向こうから、かすかに足音と台車の音が聞こえてくる。基地全体がまだ動いている。ここだけが、他のどの場所よりも「次の何かを準備している」感じがする。
俺はシュトゥルムシュライターを見ながら、ふと思った。
「昨日、工場で初めて見たとき、すぐにわかったか。こいつがおまえに合うって。」
ヴィクトリアは二秒、黙った。
技術より個人的な質問だ。彼女は普段、こういうのに答えたがらない。
でも、答えた。
「合う、じゃない。」彼女は言う。「一目見て、これは度胸のない人間が乗るものじゃないってわかった。」
俺は彼女を見た。
彼女は機体を見ていた。俺の方じゃない。
「ああいうものは、座った瞬間にわかる。」彼女は言う。「こいつは、あなたが生きたいかどうかを問うてくるんじゃない。あなたに、こいつも生かす力があるかどうかを問うてくる。」
軽い言い方だった。でも、重かった。
俺は何も返さない。
言葉を継いだ瞬間に、何かが変質してしまう気がしたからだ。
俺はただ、もう一度あの機体を見て、彼女の言葉を記憶に刻んだ。
こいつは、あなたが生きたいかどうかを問うてくるんじゃない。
あなたに、こいつも生かす力があるかどうかを問うてくる。
いい。
これから先、こいつを戦場に出すたびに、思い出す言葉になりそうだ。
俺は作業台から手を離し、背筋を伸ばした。
「カミラに場所の話をしに行く。」俺は言う。
「今行ったら、先に二時間寝てこいって追い返される。」
「じゃあ後で行く。」
「賢明ね。」
彼女は視線を落として、改造のラフスケッチを並べ直した。クレーン車の図。肩のロケット分列モード。腰部補正と緊急停止フロー。順番は明確だ。頭の中では、もう次の数日分の作業が組み上がっているらしい。
いい。
これはもう、機体と図面を手に入れただけじゃない。
俺たちは、次の手順を育て始めている。
格納庫の出口まで歩いて、振り返った。
ヴィクトリアは作業灯の下に立っている。背中を向けて。目の前には全高三メートルの鋼鉄の歩行機。背後には広げたばかりの改造スケッチが並ぶ作業台。彼女は小さく見えた。でも、硬かった。まるで一本の釘が、この機体と俺たちのこれからの道の間に、誰かに打ち込まれたみたいだった。
わかってる。シュトゥルムシュライターが次に動くとき、多くのものが変わる。
戦術。リズム。敵の反応。カミラの俺たちへの見方。それから、俺たち自身の戦い方。
扉が背後でゆっくり閉まった。
金属の錠が落ちる。
大きな音じゃない。
でも俺にはわかってる。次にこの扉が開くとき、中にあるのはもう「戦場から帰ってきたばかりの機体」じゃない。
再調教が始まり、試走を待つ、鋼鉄の獣だ。
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