116.継承性 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺がブリーフィングルームを出たときには、廊下はさっきより明るくなっていた。
照明が強くなったわけじゃない。人間が起き始めたのだ。
夜勤と早番がちょうど引き継ぎ中だ。衛生兵が空の担架を押して戻っていく。工兵たちはスチールケーブルや溶接トーチ、工具箱を担いで下層へ駆けていく。壁のスピーカーは一定間隔で鳴り出して、エリア封鎖、通行権限、補給物資の受け渡しを読み上げている。この基地に、本当の意味での「昼」はない。あるのは、少しだけオープンな忙しさだけだ。
俺はメインの廊下をたどって、格納庫へ向かった。
途中で何人か、A.K.-DUCHの面々とすれ違う。連中は俺を見ると、みんな半秒ほど動きを止める。敬礼でもない。敵意でもない。どちらかといえば、「厄介事の中から生きて戻ってきて、ついでにその厄介事まで持ち帰った男」を見る目だ。
まあ、当然だ。
昨夜、俺たちがF.A.B.R.I.K.から持ち帰ったのは、戦果だけじゃない。新しい爆弾でもある。ただ、今度のは脚が生えていて、銃を背負っていて、コクピットまで付いている。その上で、保険のつもりなのか、数箱分の設計図までおまけで付いてくる。
第三重機械倉庫の前には、警戒線が二重に増えていた。
一つ目は人。武装した歩哨が二名。構えは崩れていない。銃口は高すぎも低すぎもしない、「すぐ反応できるが、挑発ではない」絶妙な角度。
二つ目は物理的な封鎖。金属製の伸縮フェンス、赤白の警告テープ、入退室の記録板、工具搬入出のサイン表。それから、あわてて貼り出したらしい手書きの注意書きが一枚。
許可なき者、主機体二メートル以内への接近を禁ず。
第一技術責任者の許可なき者、いかなる外装パネルの開放も禁ず。
カミラの指示なき機体移動を禁ず。
いい。
こいつをきちんと「共同作戦資産」として扱う気がある、ってことだ。口先だけじゃなく。
俺は名前を告げる。歩哨がリストを確認して、ゲートを開ける。
扉をくぐると、中の熱気はまだ完全には抜けていなかった。
高温ではない。長時間の機械稼働と火器発射、油圧オーバーロードを経験してきた鉄と空気と油の匂いに、薄く残った余熱だ。シュトゥルムシュライターの背中と両脇には冷却ホースがぶら下がっている。床の鋼板には、新しく固定レールが数本増えている。傍らにはツールトラックが二台。一台には各種の計測器。もう一台には分解用トレイ、タグ付きの表示札、洗ったばかりのパーツケースが積まれている。
例の機体は、格納庫のど真ん中に立っていた。
昨日より静かだ。昨日より、死体っぽくも見える。
戦闘を終えた兵器というのは、一時的に必ずこういう感じになる。撃っているあいだは生き物みたいだが、止まった途端に、ただの鋼板とボルトとパイプと人間の妄想に戻る。
シュトゥルムシュライターも同じだ。
ただ、こいつは十分にデカくて、十分に重くて、十分に高価で、十分に危険だ。完全に停止していても、背中を向ける気にはなれない。
胸部と左肩の外装装甲は、すでに何枚か外されている。中のメインハーネス、油圧ライン、一部のリンク機構まで露出している。右腕の下にぶら下がっていたPanzerfaust発射ユニットは、丸ごと外されて作業台の上。火炎放射モジュールの外殻も取り外されていて、その横には受け皿が置かれ、中には真っ黒な残渣油がたまっていた。
ヴィクトリアは、機体の左前に据え付けられた作業用リフトの上に立っていた。
服装は、先ほどよりさらに工兵寄りになっている。濃色の作業用パンツに、グレーがかった黒のワークジャケット。袖は肘までまくり上げている。髪は高い位置で束ね直し。右手には温度センサー付きのプローブ。左手にはハードカバーの記録帳。顔色はまだ悪いが、意識は完全に「自分の場所」に戻っている。
彼女は振り返らない。
「足音でわかるわよ、あなた。」そう言った。
「今この辺、もっとガチャガチャしてるかと思ってたが。」
「ガチャガチャはしてる。」彼女はプローブをある接点から離し、視線を落として二、三行メモを書く。「でも、あなたいまの足取りには、『条件交渉を終えたばかりで、自分が損してないか確認しにきた人間の匂い』がするから。」
「足音でそこまでわかんのかよ。」
「人を見てるだけ。」
彼女はリフトを降り、手にしていたプローブをツールトレイに戻し、それからようやく俺を正面から見る。
「交渉は終わった?」
「ああ。」
「結果は。」
「資料の完全バックアップ権はあっちにくれてやる。機体はここに置いておく。技術ラインはおまえが仕切る。こっちは優先実戦使用権をもらう。それと、大型のクレーン車一台。」
彼女は一拍置いた。
「本当に引き出したのね。」
「俺が中に入ってたの、文学談義でもしてたと?」
「せいぜい『その場でテーブルをひっくり返されない』程度まで持ちこたえられれば御の字だと思ってた。」彼女は作業台の端から、描きかけのラフスケッチを一枚つまみ上げ、ざっと目を通す。「悪くない。思ってたよりは頭、使えるじゃない。」
「期待値、そんな低かったか。」
「あなたが銃を持ってるときは、わかりやすいのよ。条件で人を動かそうとする方は、まだ観察中。」
その言い方は、実にフラットだ。皮肉でも何でもない。ただの事実報告。
俺は言い返さない。
完全に間違っているとも言えないからだ。
俺は機体の足元まで歩き、見上げた。
近くで見ると、基地に戻ってきた直後より傷んでいる。外見というより、ディテールの話だ。剝がれたパネルの裏側には、オーバーロードでついた痕跡がそこかしこにある。部分的な変色。応力による白いスジ。シールのにじみ。装甲裏のこすり傷。ハーネスの固定ポイントが緩んでいる箇所もある。——全部、珍しいもんじゃない。高強度な戦場を生き延びた機械ってのは、大体こんな顔になる。ただ、シュトゥルムシュライターは構造そのものが複雑すぎて、一目見ただけで「猛獣の胸を今しがた開いたところ」を同時に見せられているような錯覚を覚える。
「どこから壊れる?」俺は訊く。
「元気づけるバージョンと、現実的なバージョン。どっちがいい?」
「現実的な方。」
彼女は記録帳を一枚めくり、そのまま読み上げる。
「左腕の火炎モジュール、供給圧が安定しない。モジュール本体の問題じゃなくて、外部ラインが高圧噴射のあとで負圧を起こして、炎が供給側に逆流しかけた。運よく、爆散は回避。」ページの上を鉛筆でコツコツと叩く。「右腕のPanzerfaust発射レールは熱で歪んでる。ガイドレール自体は使えるけど、精度は落ちる。肩のロケットポッド、右側第二列の給弾が一回詰まった。昨夜あなたたちが気づかなかったのは、アタシが火力配分を即座に切り替えたから。次。腰の重心補正が目に見えて遅延してる。Betzare-Ritusが急旋回と体当たりのとき、『重量』の一部は肩代わりしてくれたけど、『慣性』まではきれいに消しきれてない。」
「わかりやすく言うと。」
「わかりやすく言うとね。」彼女は顔も上げずに言う。「こいつが全力で突っ込むとき、パイロットの判断が半テンポ遅れたら、機体ごと前のめりにすっ転ぶ。」
だいぶ正直だ。
同時に、相当重要だ。
俺は、膝と腰のあたりについている、さっき泥を拭き取られたばかりの擦過跡を見る。
「昨夜、おまえ一回やりかけたな。」
「ギリギリで踏ん張った。」彼女は言う。「B1プラットフォームで、最初の鉄棺桶に体当たりしたとき。あれ、見た目よりずっと重かったのよ。シュトゥルムシュライターはBetzare-Ritusのおかげで静荷重はかなり抜いてるけど、『ぶつかる』って事象そのものは物理法則であって、奇跡じゃない。」
俺はうなずく。
納得だ。
どんなに優れた式でも、現実そのものを帳消しにはできない。そういう設計の方が、よほどマシだ。起動した途端に何でもアリになる機体なんて、ただのオモチャでしかない。
「他には。」
「人間を食いすぎる。」彼女は言う。
「どの意味で。」
「全部。」彼女は記録帳をパタンと閉じ、顔を上げて俺を見る。「パイロット負荷、弾の消費、整備工数、輸送条件、設置スペース。これは、好きなときに呼び出せるお守りなんかじゃない。一式まるごと『餌を食わせ続けなきゃいけないシステム』よ。昨夜あれだけ気持ちよく回ったのは、敵の胃袋から引きずり出した直後だから。コアもラインも武装も、全部『連続稼働前提』の設計状態だった。これから戦闘を一つ重ねるごとに、メンテの負荷は確実に右肩上がり。」
「だから大吊りトレーラーが要るわけだ。」
「他になんだと思ってたの。ドライブにでも行くため?」
彼女はそう言って、そばの大きな作業台に移り、描きかけのラフスケッチを何枚か広げた。
一枚は車体のフレームシルエット。もう一枚は吊り架の構造。さらに一枚には、固定ポイントの位置と角度がいくつか書き込まれている。さっきシャーシのデータを受け取ったばかりのはずなのに、もうシュトゥルムシュライター専用にクレーン車を作り替える算段を始めているらしい。
「動き出すの、早すぎじゃないか。」俺は言う。
「交渉が終わったなら、あとは動くだけでしょ。」彼女は言う。「機甲は、口約束じゃ動かない。次もあなたと一緒に戦場に行かせたいなら、今日の時点で、『どう運んで、どう縛って、道中で車から転がり落ちないようにするか』を決め始めなきゃ。」
言ってることは、まったくその通りだ。
重装ユニットが編成に組み込まれた瞬間から、一番面倒になるのは「撃てるかどうか」じゃない。「どうやって連れていくか」だ。ましてこれは、ただの装甲車じゃない。歩く。踏む。ぶつかる。つまり輸送のフレーム側で、重心、拘束、発進停止、それから非常時の切り離しまで考えなきゃならない。
俺はラフスケッチを覗き込んだ。
「どういじるつもりだ。」
ヴィクトリアは一番上の紙を引き寄せる。
「まずは、現実的なラインから。」彼女は言う。「トレーラーの荷台は二段固定にする。一段目のメインロックは脚と骨盤の外付けフレームを咬ませて、二段目で胸部とバックパック側の弾薬供給モジュールをバッファ付きで拘束。後部に折り畳みスロープを追加。ただし角度は緩く。急すぎると、自力で昇降するときに膝を痛める。それと、外部冷却とスタンバイ用電源のインターフェースを一本増設。そうすれば、戦場に着くまで半休眠状態でベースシステムをウォームアップしておける。毎回ゼロから死体を叩き起こす必要がなくなる。」
「聞いてるだけで手間がかかりそうだな。」
「あなたが欲しがってるのは、全高三メートルの戦闘二足歩行機であって、ママチャリじゃない。」
そう吐き捨てると、彼女は別の紙を引き抜く。
こっちはさっきのよりも雑だ。たぶん、さっきまで考えながら描いていたやつだろう。いくつかの赤丸が書き込まれていて、それぞれ肩のロケットポッド、腰のスタビライザー、膝の外側装甲、背部の弾薬供給モジュールを指している。
「これは。」
「次の改造候補。」彼女は言う。
俺は彼女を見た。
彼女の目に、少し光が灯った。興奮じゃない。技師が「いじれる余地のある代物」を目の前にしたときだけ宿る、あの危険な集中力だ。
「オリジナルの構造は完璧じゃない。」彼女は言う。「というか、あいつらの完璧は、元々のイカれた設計者どもの戦術前提の上に成り立ってる。でも、アタシたちはあいつらじゃない。A.K.-DUCHも違う。あなたの戦い方は、なおさら違う。だから、こいつが本当にあなたたちと一緒に走るつもりなら、いくつかの場所は遅かれ早かれ、メスを入れることになる。」
彼女はまず、肩のロケットポッドを指さした。
「第一に、肩のロケットポッドは残していい。でも給弾と発射制御は作り直す。オリジナルは斉射による制圧に偏りすぎてて、単純粗暴。固定陣地には有効だけど、混戦環境では無駄が多すぎる。二つのモードに改造したい。全弾一斉と分列発射。そうすれば毎回、昨夜みたいにロケットを撃っただけで廊下の半分ごと吹き飛ばすなんてことにならずに済む。」
「昨夜のあれ、十分有効だったけどな。」
「有効だった。」彼女はちらりと俺を見る。「それと同時に、自分の仲間まで道連れにしかねなかった。」
それには異論ない。
彼女は今度、腰と膝を指さした。
「第二に、重心と歩行補正を一から調整し直す必要がある。」彼女は言う。「Betzare-Ritusのおかげで、こいつは『重量』という問題でチートができてる。でも、パイロットの入力、地面反力、機体慣性は、依然として機械システムが受け持たなきゃいけない。つまり今のこいつは、式の力で速く走れてるだけで、きれいに止まる方法はまだ完全に身についてない。昨夜はアタシの反応が間に合ったから助かった。次に斜面、湿地、砕けたコンクリート面、あるいは塹壕越えが絡んできたら、問題はもっと大きくなる。」
「じゃあ、どうやって教える。」
「テストラン。」彼女は言う。
その二文字が出た瞬間、格納庫の空気がわずかに静まった。
大きな声で言ったわけじゃない。ただ、これが次のステップだというのは、誰もが知っていたからだ。俺も知ってた。彼女も知ってた。カミラだって当然わかってるはずだ。ただ、誰かが口にするまでは、「いずれ必ずやること」の棚に乗ったままだった。
「ここで?」俺は訊く。
「基地の中は無理。」彼女は首を振る。「スペースが狭すぎる。リスクが高すぎる。壁が多すぎる。人も多すぎる。走って、曲がって、急停止して、障害物を越えて、できれば武器テストを二ラウンドこなせる場所が要る。廃工事現場、採石場、閉鎖された坑口エリア、どこでもいい。」
俺は彼女を見た。
「もう場所まで考えてたのか。」
「昨日、工場からこいつを走らせた瞬間から考えてた。」彼女はラフスケッチをテーブルにパンと置く。「試走なしで動かしたら、こいつの癖がわからない。癖がわからなかったら、次は敵を先に潰すんじゃなくて、自分の仲間を先に潰すことになる。」
これは全然大げさじゃない。
シュトゥルムシュライターが昨夜あれだけ暴れられたのは、半分は奇襲性のおかげで、もう半分はヴィクトリアが根性で反応し続けたからだ。あれは安定した運用とは言えない。成功した賭けだ。
俺が必要としているのは、次も使える機体であって、一発限りの奇跡じゃない。
「カミラは首を縦に振るか?」俺は訊く。
「テストランの目的が、彼女の共同作戦資産を『動く鉄塊』から『制御可能な兵器』に引き上げるためだと理解させれば、頷く。」ヴィクトリアは言う。「ただし、好き勝手には遊ばせてくれない。護衛、エリア封鎖、射界規制、安全条件の一式。それは当然の話。」
「あんた、だんだんカミラのことわかってきたな。」
「自分が吹き飛ばされたくない人間のことなら、誰でもわかる。」
彼女はそう言って、油性マーカーを取り、作業台の端にいくつかの文字を書き出した。
テストラン前必須項目:
一、主構造再点検
二、冷却回路圧力テスト
三、歩行補正調整
四、武装単項テスト
五、緊急停止手順の訓練
字は硬い。本人と同じだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




