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S2第二十七章 魂の帰宿――八十年の待機

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

車は猛然と深遠な山脈のトンネルへと突っ込み、外界の清廉な日光は一瞬にして闇に呑み込まれた。

タイヤと路面が擦れる音がトンネルの壁面で幾何級数的に跳ね上がり、天井の灯はジリジリと電流の音を立てて明滅を繰り返す。引き延ばされた影が全員の顔に張り付き、まるで闇の中から伸びてきた何かが、彼らをトンネルの壁の中へと引きずり込もうとしているかのようだった。

俺は禁煙飴を舌の反対側へと転がし、その辛味が喉を焼くのを感じていた。

三万人。一本のトンネル。海の向こうへ。

出口に待っているのが、俺の知っている平凡な青空であることを願う――だが、おそらくは違うだろう。

神代弥生じんだい やよいは霊圧感応儀をきつく握りしめていた。指針はレッドゾーンで狂ったように跳ね、歯車が噛み合う耳障りな音を立てている。ガラス瓶に閉じ込められた熱病の秋虫のような鳴き声だ。彼女は顔を蒼白にさせ、トンネルの出口にある微かな灰色の光を凝視していた。その呼吸は、吐き出す息が眠っている「何か」を呼び覚ますのを恐れるかのように、細く、慎重だった。

ジョウさん……もうすぐです」

こもった車内に、彼女の空虚な声が響く。「向こうの『場』は、想像以上に重い。……三万人の執念が、あちらの海風と共鳴し始めています」

窓の外、トンネルの壁を流れる残像を見つめる。死神の指輪が放つ黒光りが、密閉された闇の中で周囲の空気を緩やかに侵食していた。それは海港に近づく感覚というより、鉄錆と遺憾で築かれた深淵へと墜落していく感覚に近い。そしてその深淵の底では、三万の人間が俺を受け止めるために待ち構えているのだ。

「집으로 돌아가고 싶어……(家へ帰りたい)」

あの韓国語の囁きが指輪の奥から滲み出し、トンネルの壁に反射して増幅され、窓ガラスを微かに震わせる。一つではない――数百、数千の声が、異なる階調とリズムで、だが全く同じ願いを口にしていた。

車内には、誰の言葉もなかった。




日本海

トンネルの出口で白光が爆ぜ、直後にすべてを飲み込む深淵な鉛色に取って代わられた。

バスが山脈を抜けると、右手に広がっていた京都の瓦屋根や松の木は消え失せ、天地を貫く金属的な冷光を湛えた日本海が姿を現した。今夜は月がない。厚い雲層が波間に押し潰されるほど低く垂れ込め、海面は息の詰まるような漆黒を呈していた――だが、その黒の深淵から、えもいわれぬ幽かな微光が漏れ出している。

その光は反射ではない。

海底数千メートルの底から、冷たい緑を帯びた燐光りんこうが緩慢に滲み出しているのだ。波の起伏に合わせて、その光は規則的に収縮と拡散を繰り返す。まるで巨大な鋼鉄の生物が、一万メートルの深海で重苦しい呼吸を続けているかのように。

「……あれは、大和の残影か?」

新田唯にった ゆいが窓ガラスに押し当てた指先は、極度の冷気で白く強張っていた。その声にいつもの硬さはなく、信じがたいものを見た時のように微かに震えている。

「いや」俺はその燐光を見つめた。「あれは、三万の老郷ラオシャンたちが『路』を見つけた光だ」

右手の指輪が鋭い共鳴を一度だけ放ち、直後に死のような静寂に包まれた。それは安らぎではない。すべての騒音を飲み込み、死を覚悟した末に残る沈黙だ。三万の声は、この瞬間に囁きを止めた。

八十年待ち続けた者が、ついに目的地を目にした時、もはや言葉など必要ないのだ。

窓の隙間から入り込む海風には、魂を凍てつかせるほどの塩分と鉄錆の匂いが混じっていた。

引渡船の待つ港は、あの光の果てにある。



舞鶴港、入り口


バスは港の入り口でゆっくりと停車した。

ドアが開いた瞬間、流れ込んできたのは予想していた刺すような寒風ではなかった。それは重厚で、湿り気を帯び、どこか体温に近い温もりを感じさせる濃霧だった。

その霧には悪意も、呉で見せたような腐食性の死意もない。それは濃厚な潮の香りと、乾いた木材や使い古された作業着のような、干し草に似た香りが混じり合っていた――脅威ではなく、古く、懐かしい何かの気配。それは車を降りる一人ひとりを優しく包み込んだ。まるで数十年の間、何度も洗い、使い古されてきた古い毛布のように。

老神官が、最初に車を降りた。

彼は木杖を突き、木箱を脇に抱え、真っ白な霧の中に立った。枯れ木のような掌で、目の前の白い障壁を優しく撫でる。まるで旧友に「来たぞ」と声をかけるかのように。その眼差しからはかつての鋭さは消え、時代を超越した「諦念」と「解放」が混じり合っていた。八十年もの間、独りで待ち続けた老人は、ようやく自身の「待ち時間」をも終着点へと運び入れたのだ。

「この霧は、彼らが誰か来たことを悟った証拠だ」

湿り気を帯びた空気の中で、彼の声は格別に優しく響いた。「これは三万人の吐息なのだよ。彼らはこの一呼吸を――八十年もの間、待ち続けていたのだ」

俺は、霧の中へと足を踏み入れた。

右手の死神の指輪から、あの鋭利な氷冷感が消えていた。代わりに伝わってくるのは、軽やかで規則正しい鼓動。まるで、一刻も早く胸の中へと戻りたがっている心臓のようだ。指輪の中の韓国語や台語(台湾語)の囁きも焦燥を捨て、今は溜息に近い沈黙へと変わっていた。


岸壁

俺たちは湿った石段を踏み締め、歳月に削られた舞鶴港の古い岸壁の先端へと向かった。

霧はここでは透き通るほどに薄くなっていたが、依然としてあの温かな潮の香りを纏っている。静まり返った埠頭に足音が響くたび、輪郭のぼやけた影たちが、錆びついたクレーンの下から、岩の割れ目から、波打つ影の中から、緩やかに、そして静かに浮き上がってきた。

呉港にいたような、捻じ曲がり焦げ付いて「天誅」と吠える黒泥の怪物ではない。

それは、ボロボロの作業服を着て、粗末な草鞋を履き、手に帆布の鞄や木箱を提げた数万人の男や少年たちだった。霧の中の顔は蒼白で平穏。瞳に怒りはなく――ただ、すべての力を使い果たし、八十年の歳月が沈殿させた「静寂」だけが宿っていた。

彼らは岸壁の縁に整然と並んでいた。まるで一度も遅れたことのない、それでいて八十年も遅刻してしまった定期船を待っているかのように。誰も叫ばず、誰も押し合わない。その極限の死寂は、どんな咆哮よりも痛切に胸を締め付けた。

「……彼ら、痛みを訴える力さえ、残っていないのね」

新田唯にった ゆいが足を止め、無意識に軍刀の柄から手を離した。

彼女は海平線を見つめる数万の瞳を見つめていた。徴用され、運ばれ、搾り取られ、最期には異郷の土に葬られた瞳。職業軍人としての優越感は、沈黙する労働者の影たちの前で粉々に砕け散った。音も立てずに。彼女の手は微かに震えていた。制服の下にある自分の身体もまた、彼らと同じ肉でできているのだと、初めて気づかされたかのように。

彼女はそれ以上、何も言わなかった。言葉にすれば、この重みが軽くなってしまう気がしたのだろう。

老神官はすでに岸壁の傍らに祭壇を設えていた。木箱から祭具が一つずつ取り出される。その一点一点に、数十年の手垢が染み付いている。彼は急がなかった。緩やかな動作は、積もり積もった負債をようやく返せる安堵の表れだろう。一つひとつの所作を、必要以上に丁寧に行っていた。

三枚のリベット(魂釘)。

右手の死神の指輪が、微かで温かな共鳴を放つ。

老郷ラオシャン、待たせたな」

遺憾によって形作られたこの長い列を見つめ、俺は懐にある熱を帯びた三枚のリベットに右手を添えた。

岸壁を包む温かな霧が猛然と波紋を描いて広がり、暗い海域の底で冷たく光っていた緑の燐光が突如として収束した。それは一本の真っ直ぐな航跡となり、濃霧の深淵を指し示す。

そして――。

鋼鉄の輪郭が、布を引き裂くように霧の向こうから姿を現した。


初雪はつゆき

駆逐艦「初雪」の残影だ。

耳を突く戦闘警報も、主砲が回転する金属音も、ましてや呉の「大和」が放っていた君臨者の殺気もない。スマートで、どこか頼りなげな艦橋が、音もなく海面に浮遊していた。灰色の装甲板には深海の塩害と錆が浮き、マストは傾いているが、決して折れてはいない。彼女は岸から五十メートルも離れていない水域に留まり、すでに存在しない喫水線を冷たい海水に洗わせていた。

彼女は墓地を守る孤狼のように、荷物を抱えた三万の影を静かに見つめていた。

それは攻撃前のロックオンではない。極めて静かな、どこか困惑すら孕んだ「待機」だ。彼女はこの異郷の人々を見つめ、俺の右手で光る指輪を見つめている。八十年遅れのこの引渡しが、本当に最後の救いとなるのかを確かめるかのように。

ジョウさん……あの子、私たちを見ています」

神代弥生じんだい やよいが岸辺に立ち、水琴神社の「水路魂契」を掲げた。霧の中でそれは温かな白光を放つ。彼女は神楽鈴かぐらすずを鳴らさず、ただ静寂の艦橋を見つめていた。その瞳には、同類に対する哀れみが満ちている――一隻の船と三万の人間。それは、全く同じ「待ちぼうけ」の果てにいた。

「彼女は砲火を待っているんじゃない。自分もまた、すべてを下ろしていいのだという『答え』を待っているんだ」


俺は掌を見つめた。

海風に煽られ、厚く巻かれた包帯が解けていく。その下から現れたのは、漆黒に歪み、深海のタールの臭いを纏った三枚の魂釘ソウル・リベット――「飛龍ひりゅう」、「扶桑ふそう」、「青葉あおば」。

舞鶴港のこの温かな霧に触れた瞬間、それぞれに異なる怨念を宿し、反発し合っていた鋼鉄の残骸たちが、俺の掌で同時に、激しく脈動した。

「――オンッ」

三つの響きではない。一つだ。

初めて完全に同期した共鳴。三枚の釘から放たれる微かな紫光が一つに連なり、水平線を指し示すコンパスの針となった。それは路を示しているのではない。あの船に伝えているのだ。――ここに人がいる。お前を連れ去るのに十分すぎるほどの人々が、ここにいるのだと。

指輪の中にいた三万の老郷ラオシャンたちの囁きが、この瞬間、音のない濁流となって腕を駆け抜け、海面に佇む沈黙の「初雪はつゆき」の艦橋へと強引に注ぎ込まれた。

俺は顔を上げた。

新田唯にった ゆいは息を呑み、神代弥生じんだい やよいが掲げる魂契こんけいの白光がいっそう輝きを増す。いまだ沈黙を貫いていた馬三娘マー・サンニャンですら、魔法瓶の隙間から粛然とした鉄の気配を漏らしていた。それは真に大きな「舞台」でしか、彼女が表に出さない本物の重みだった。

俺は「初雪」の、もはや回転することのないマストをじっと見つめた。右手の死神の指輪が放つ黒光りは、この時、月光のような温かな銀白へと転じていた。

唇を動かす。

一秒の沈黙。

二秒。

「おい」

「この船、お前も乗っていけよ」


「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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