106.境界線 6
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
北東方向第二封鎖線の軍警要員が最新状況の更新を受け取ったとき、目標車両が視認距離に入るまで、残り七分。
封鎖線は、一本の田舎道と、二級工業連絡路が交差する地点に設けられていた。
普段ここを通るのは、農機とトラック、それから時々迷い込むよそ者くらいのものだが、今はここに、コンクリート製のドラゴンティースと蛇腹鉄条網、移動式サーチライトに、一台の装輪装甲車まで引っ張ってきてある。
理屈の上では、戦車さえいなければ、ここを突破できる車両は存在しないはずだった。
理屈の上では、だ。
封鎖線指揮官は路肩に立ち、部下たちが最後列のスパイクベルトを張り終えるのを見守っていた。
手袋のひらは、汗でぐっしょり濡れている。寒さのせいでもなければ、普通の銃撃戦が怖いわけでもない。
彼が恐れているのは、別のものだ。
リヴァイアサン装甲擲弾兵の追撃許可が、すでに降りていた。
それはつまり、そう遠くないうちに、目標車両だけでなく、軍警の指揮系統の外側にいる「何か」が、同じ方向から雪崩れ込んでくるということを意味する。
封鎖線の役目は「人間」を止めることであって、あいつらの踏み台になることではない。
「長官、本当に突っ込んできたら、車を撃つべきですか? それとも、後ろの連中を?」
一人の部下が、低い声で尋ねる。
指揮官はすぐには答えなかった。
夜の闇に沈む田舎道を一瞥する。まだ何も見えない。ただ、ずっと向こうから、風が切れ切れに運んでくる重いエンジン音が、かすかに聞こえるだけだ。
「まずは車だ」
彼は言った。
部下は一秒ほど黙り込んだ。
が、その答えに意外さはなかったようだ。
「もし、後ろのほうが先に着いたら?」
指揮官は唇を一本の線に結んだ。
「そのときは、横にどけ」
彼は言う。
笑う者はいなかった。
反論する者も、いない。
そこに臆病さはなく、ただ「場数」だけがにじんでいたからだ。
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舗装路に乗り上げた瞬間、俺たちはほとんど同時に、胸の奥で息を一つ抜きかけて、次の瞬間にはその空気を丸呑みし直していた。
舗装路ってことは、こっちも飛ばせる。
同じだけ、あっちも飛ばせるってことだ。
前方には、二車線の田舎道が一本、まっすぐに伸びている。両脇には真っ黒な畑が広がり、ときどき低い農家の輪郭が、影になって浮かぶ。
視界が一気に遠くまで開ける。
月明かりと、遠くの街の照り返しが、地平線を汚れた灰白色に塗りつぶしている。
こんな場所じゃ、隠れる場所なんてどこにもない。
勝負になるのは、どっちがより狂暴か、それだけだ。
後方の追っ手が、一斉に加速する。
重装警察車両、装輪装甲車、それから型式のよくわからない軽車両がいくつも。
そのヘッドライトが、夜の中でゆがんだ蛇みたいな光の列になって伸びてくる。
さらにそのずっと後ろで、あの冷たい連中が、ときどきヘッドライトの隙間をかすめて走り抜ける。地面に張り付いて疾走する影のように。
「完全に本気出してきたな」
俺は言う。
「むべなるかな」
エリザヴェータは、前方の地図と、かろうじて読める道路標識の残骸を交互ににらみながら、信じられない速さでまくし立てる。
「この先四キロほど行ったところに、小さな工業用の中継ヤードと、国境二級検問線がある。理論上は大規模な国境ゲートではないが、完全封鎖を張るには十分な構造じゃ。あそこが、連中にとって最も都合よく網を閉じられる場所じゃろうな」
「理論上、ね?」
「理論上で申せば、そもそも妾らは今夜ここまで生き延びておらぬはずじゃ」
「それは、まあ、ごもっともで」
俺は銃口を後ろへ向け、いちばん距離を詰めてきている重装警察インターセプターに向かって、少し長めのバーストをお見舞いする。
今回は、吹き飛ばすのが目的じゃない。速度を落とさせるためだ。
大口径弾がそいつのフロントと、その手前の路面を、跳ねるように叩きつける。
あの車はすぐさま車体を左右に振り始め、さっきみたいに素直に真っすぐは寄ってこなくなった。
そこでヴィクトリアが俺の腕をがしっと押さえる。
「もういい。銃身、また真っ赤になってきてる」
「わかってる」
「あんた、全然わかってない。毎回そうやって——」
彼女の言葉は、その先を一つの甲高い衝撃音に持っていかれた。
右側の車体が、いきなり大きく揺さぶられる。
外から誰かが、バカでかいハンマーで思い切りぶん殴ったみたいな衝撃。
弾丸なんかじゃない。
もっと重くて、もっと速い何かが、直接側板にぶち当たってきた一撃だ。
俺が振り返ると、一頭のリヴァイアサンが、いつの間にか右後輪の上の外側ブラケットに乗り上げ、半身を車体の外へぶら下げた格好で、爪を車内に突っ込もうとしていた。
一番近いのは、牛小琴だ。
「右!」
俺は怒鳴る。
牛小琴は、ほとんど条件反射みたいにそっちに身をひねり、重力シールドは完全には展開できなかったものの、横向きの衝撃波だけをぎゅっと絞り出して、その怪物の胴に叩きつけた。
リヴァイアサンの上半身がぐにゃりとねじ曲がり、その爪は彼女の鼻先五十センチに満たないところをかすめて、側板に四本の深い傷跡を残す。
俺が射角を取り直すより早く、林雨瞳が足元に転がしてあった、散弾銃じみた近接火器をひったくみ、その頭部めがけて一発ぶっ放した。
あれは殺すためじゃない。車体から顔を引きはがすための一撃だ。
そいつの頭が跳ねた刹那、俺の銃口がすぐさまそこへ重なり、肩から首筋、胸から腹にかけて、大口径弾を一直線に叩き込んでいく。半身を、物理的にちぎり飛ばす勢いで。
千切れた残骸が転げ落ちた瞬間、その位置に、ちょうど後方の装輪装甲車が差し掛かった。
運転手はそれを避けようとハンドルを切り、車体を半車線分も外側に振り出した——その側面に、左後方の闇の中から、まだ姿を見せていなかった別のリヴァイアサンが突然飛びかかり、その右フロントにまともに食らいついた。
金属が捩じ曲がる悲鳴は、こんな距離を隔ててもはっきり聞こえる。
あのリヴァイアサンは、俺たちを助けたいわけじゃない。
ただ、一番近くにある肉に噛みついただけだ。
装輪装甲車のドライバーが必死でハンドルを切り返しても、車体は横へとすべり出し、その後ろの軽車両を一台巻き込んで、まとめて路外へ突き飛ばした。
遠くで火花が弾け、一瞬だけ炎が上がる。何かにぶつかったのか、燃料ラインが飛んだのかは知らない。
「リヴァイアサン同士で、噛み合い始めたわね」
ヴィクトリアが言う。
「もっと噛み合ってくれりゃ上等だ」
俺は返す。
前方に、ひときわ刺すような白い光が現れた。
月じゃない。ヘッドライトでもない。サーチライトだ。
三本の光柱が遠くから同時に掃き寄せられ、路面の上で三本の長い刃みたいに交差する。
そのすぐあとで、道路の先に、コンクリートのドラゴンティースと蛇腹鉄条網で無理やり築かれた一本のラインが見えた。
脇には工事車両と装甲車、即席の土嚢バリケード。
一番外側には、スパイクベルトまで張られている。
「収網点じゃな」
エリザヴェータが言う。
舌の先で上顎を押し上げる。
口の中が、血の味しかしない。
——いい。
ようやく今夜、最後にぶち破らなきゃいけない場所まで来た。
「距離は?」
俺は訊く。
「千二百」
彼女が答える。
「三回は死ねるな」
「一度きりで済ませい」
葉綺安は何も言わず、その代わりにアクセルをもう一段踏み込んだ。
エンジンの咆哮が一段と軋んだ音色に変わる。
限界まで酷使された老獣の背中を、さらに鞭で打って最後の疾走を強いている、そんな音だ。
俺にはわかる。
今、彼女が頭の中で計算しているものが。——車重、路面、ドラゴンティースの間隔、連中がどの距離で先に撃ち始めるか、そして俺たちの車頭が最後の一撃に耐えきれるかどうか。
「林雨瞳」
「いる」
「あと何発?」
「RPGはラスト一発。機関砲弾は、あんたが吠え散らかすくらいには残ってる」
「口も機関砲並みに悪いな、お前」
彼女はそれには答えない。
牛小琴は後ろで、まるで溺れかけの人間みたいに、息を荒くしている。
憑依状態が、すでに限界が近い。
呼吸は波打つように途切れがちで、今にも霧散しそうだ。
彼女は顔を上げて、前方でどんどん明るさを増していく封鎖線を一瞥し、少し上ずった声で言う。
「……正面なら、あと一回は張れる。最長で五秒や」
「十分だ」
俺は言う。
「今度こそ、本当にそれで十分だ」
ヴィクトリアがうつむき、最後のロケット弾のケースを開ける。
ヘルメットみたいな先端カバーを乱暴に引きはがし、そのまま林雨瞳に差し出した。
その手つきは、手術台の上でメスを渡す執刀医助手みたいに、無駄なく速い。
「装甲狙い? それとも障害物?」
林雨瞳が訊く。
これ以上なく的確な問いだった。
最後の一発のRPGに許される答えは、一つしかない。
俺は前方のラインを見据える。サーチライトの向こうで人影が走り回り、機関銃座がすでに回り始めていた。ドラゴンティース、鉄条網、スパイクベルト、土嚢のバリケード……そんなものは最大の障害じゃない。一番厄介なのは、斜めに構えて道を塞いでいるあの装輪装甲車だ。あいつが車頭をもう一歩前に出せば、俺たちは突っ込んだ瞬間、ラインの真ん中で止められて、両側からの火力で蜂の巣だ。
「装甲車のフロントの角を狙え」俺は言う。「吹き飛ばすんじゃねぇ、斜めに押しのけるだけでいい」
林雨瞳は無言でうなずく。余計な一言もいらない。
エリザヴェータがふいに口を開いた。「注意せい。軍警どもが全員で正面から突っ張ってくるとは限らぬ。後ろからリヴァイアサンが食らいついてくるのを見れば、側面に隙をつくるやもしれぬ」
俺は彼女の後頭部をちらりと見た。「つまり、ビビってるってことか?」
「道連れになるつもりはない、というだけの話じゃ」
まったくそのとおりだ。
もう一度、後ろを振り返る。
追っ手のライトはまだ続いているが、さっきよりバラけている。あの冷たい連中が本格的に追いついてきたからだ。少なくとも二頭のリヴァイアサン装甲擲弾兵がヘッドライトの隙間を高速で切り込み、もう一頭は横転した残骸を踏み台にして跳躍している。どれだけ俺たちを捕まえたくても、自分の命を全部捨てるわけにはいかない。
「上等だ」俺は言う。「あいつらがビビってる間に、力ずくでぶち抜くぞ」
前方の封鎖線が火を噴く。
最初に来たのは、サーチライトの背後に据えられた重機関銃だ。一点じゃない、面で撒いてくる。曳光弾が赤いノコギリの刃みたいに夜を切り裂き、次いで左右のバリケードと装甲車からの火線も一斉に加わった。路面全体が火花で爆ぜ、鉄の雨が降る。
葉綺安はアクセルを緩めるどころか、車頭をさらに真っ直ぐに押し込んでくる。ここで蛇行すれば、自分たちで横転するだけだ。抜けるなら、一本の釘みたいに正面からぶち抜くしかない。
「小琴!」俺は怒鳴る。
「わかってる!」
彼女は両手を前に突き出す。骨まで全部押し出したみたいな勢いだ。見えない重力シールドが再び車頭の前に展開される。球形でも壁でもなく、前方に斜めに圧し掛かる高密度の偏向帯。ど真ん中の機関銃弾道が無理やり逸らされて、車頭の両側と路面に炸裂し、火花が暴れ回る虫みたいに飛び散る。
「三秒!」彼女が叫ぶ。
「十分だ!」俺は半身を上げ、封鎖線左側で一番激しく火を噴く重機関銃へ、長めのバーストを叩き込む。大口径弾が土嚢も銃架もまとめてズタズタにし、人影が爆発の光の中へ吹き飛ぶ。
ヴィクトリア(ヴィクトリア・ローヴォヴァ・ベン・ベザレル)が俺の銃を支えながら怒鳴る。「もっと短く! ここで銃身溶かす気なの?」
「今焼かなきゃ、この先焼く暇なんかねえだろ!」
俺は銃口を右側のバリケードに向ける。そこでは軍警二人が二本目のスパイクベルトを引き伸ばそうとしていたが、俺の弾道に伏せるしかなかった。中央の装輪装甲車も撃ち始めたが、まだ角度が完璧じゃない。車頭がわずかに動き、進路を完全に塞ごうとしている。
「林雨瞳!」俺は叫ぶ。
彼女はすでに立ち上がっていた。
最後の一発のRPGが肩にあり、尾翼がまだわずかに揺れている。彼女の立ち姿は、激しく上下する荷台とはまるで別世界の存在。照明、火線、サーチライト、車体の震動、風——何一つ、彼女を一ミリも揺らせない。
「正面じゃ」エリザヴェータが言う。
「見えてる」林雨瞳が短く返す。
彼女は引き金を絞る。
ロケット弾が発射筒を飛び出し、炎が彼女の横顔をナイフで彫ったように白く照らし出す。ロケットは煙の尾を引いて、バリケードの中央じゃなく、装輪装甲車の左フロントとホイールアーチの間、嫌らしいほど正確に突っ込む。爆発音は最大じゃないが——効き目はエグい。装甲車の前半分が横に吹き飛び、塞いでいた車頭が一気に外へ逸れる。タイヤが一つ破裂し、車体が斜めにドラゴンティースの山へ突っ込んだ。
「道が半分開いたぞ!」エリザヴェータが叫ぶ。
「半分で十分だ!」葉綺安が即答し、アクセルを床まで踏み込む。
この時点で、車頭と封鎖線の距離は五十メートルを切っていた。機関銃はまだ唸り、サーチライトが俺たちを手術台の臓器みたいに白々と照らす。軍警の顔も、肉眼で見える距離だ。まだ撃つ者、すでに脇へ退く者、視線が俺たちじゃなく、もっと後ろの黒い「何か」に向かっている者。
……ビビってやがる。
いいね。 俺は、他人がビビるその一秒が一番好きだ。
「全員、つかまれ!」俺は叫ぶ。「これは道路じゃねぇ——輪廻転生の受付だ!」
その言葉が口を出ると同時に、車頭は一列目のスパイクベルトへ突っ込んでいた。タイヤが胸を締め付けるような破裂音を上げるが、完全には割れない。重トラックの重量で、ベルトを無理やり引き裂きながら進む。次はコンクリートのドラゴンティース。フロントバンパーなんてとっくにスクラップ、今は変形した鉄骨とエンジンで正面から受け止めるしかない。ドン! 一つ目のドラゴンティースを押しのけ、二つ目はタイヤと路肩に挟まれて真っ二つに砕ける。蛇腹鉄条網が車頭に絡みつき、狂った金属の蔦のようにまとわりつく。
俺は銃を握ったまま、一番近くでまだ火を噴く機関銃座にありったけの弾丸をぶち込む。バリケードの陰で誰かが倒れ、また別の誰かが横に飛び退く。ヴィクトリアが耳元で何か怒鳴っていたが、聞き取れない。耳の中は、衝突音と銃声、エンジン音で埋め尽くされた白いノイズだ。
車体が激しく揺れる。
RPGで斜めに吹き飛ばした装輪装甲車の脇をかすめ——いや、右側の車体全部で、そいつの前面装甲を思い切りこすり抜ける。頭皮がビリビリするほどの金属摩擦音。荷台の右側板がまたごっそり削り取られ、火花が滝みたいに後ろへ降り注ぐ。
「まだ抜けてない!」エリザヴェータが叫ぶ。
顔を上げると、一番奥に工事用フェンスと、道を半分塞ぐホイールローダーが居座っていた。戦闘用じゃないくせに、これ以上なく邪魔な位置だ。止まって迂回すれば死。突っ込めば運次第。
「突っ切れ!」俺は怒鳴る。
「突っ切ってるわよ!」葉綺安の声はもう掠れていた。
その時、後ろからさらに狂ったような銃声と叫びが湧き上がる。俺たちの車じゃない、封鎖線の後方だ。
振り返ると、一瞬だけ焼き付く光景——少なくとも二頭のリヴァイアサン装甲擲弾兵が本当に食らいついていた。俺たちの後を追ってきたんじゃない。退ききれていない軍警や車両に、直接襲いかかっていた。サーチライトが乱舞し、火線が一気に崩壊。まだこっちを撃つやつもいれば、後ろを撃ち始めるやつもいる。封鎖点全体が、一瞬で沸騰した油鍋みたいに混沌と化す。
エリザヴェータの読みは的中した。
この封鎖線は、最後の一秒で緩んだのだ。
情けじゃない、恐怖だ。
その〇・五秒の恐怖が、葉綺安がアクセルを踏み抜くには十分すぎる。
車頭がホイールローダーのリアコーナーにぶち当たった瞬間、俺は本気で横転すると思った。タトラ(Tatra)の車体がまず左に浮き、右側のタイヤが宙に浮く。だが、突進の慣性と車重が、アウトリガーを下ろしきっていなかったホイールローダーを丸ごと押し倒した。ショベルが車体側面の幌架をこすり、最後に残った真っ直ぐな鋼管まできれいに曲げていく。膝が抜けて、あやうくメインガンナー席から吹っ飛びかけたが、グリップに死に物狂いでしがみつく。
次の瞬間、道が一気に開けた。
ドラゴンティースも、土嚢も、俺たちを照らすサーチライトもない。前方に広がるのは、さらに深い闇と、遠くに見える別の国の街灯だけ。
半拍遅れて、ようやく突破したことに気付く。
「——抜けたぁ!」牛小琴が真っ先に叫ぶ。声が裏返って、泣き笑いみたいだ。
「まだだ、フライングで浮かれてんじゃねぇぞ!」俺は本能的に言い返す。
でも、その言葉を口にしながら、胸の奥にずっと突っかかっていた鉄の棒が、一気に引き抜かれたような感覚に襲われる。身体の中身が全部抜けたみたいだった。
後ろは、まだ混沌だ。
封鎖線のあたりでは、炎、サーチライト、逃げ惑う人影、這い回る黒い影が全部ごちゃ混ぜになっている。チェコ側はもう俺たちを追うどころじゃない。俺たちが引き連れてきた狂犬どもに逆襲されている最中だ。あの線を越えた先、前方の道路は一時的に空白地帯になっていた。安全になったわけじゃない。ただ、向こうの勢いを俺たちが物理的にへし折っただけだ。
「燃料は?」エリザヴェータが尋ねる。
「このクソみたいな場所から抜け出す分には足りる」葉綺安が答える。
「ならば、まだ止まるな。この先二キロ進んでから——」
彼女が言い終わる前に、俺はもう後ろを振り返っていた。
命令でも理性でもない。
ただ純粋に、その瞬間、後ろのクソ野郎どもに、見せつけたかっただけだ。
俺は半身を荷台から乗り出す。風が顔に煤と血と火薬の匂いを一気に叩き返してくる。後方の国境線の灯りは離れていくが、十分に明るい。だから、向こうからでも見えるはずだ。俺は両手を思い切り高く掲げ、そっちに向けて、全力で中指を二本立ててやる。
たいした動作じゃない。
ガキっぽい真似だ。
でも、その瞬間だけは、どうしてもこれをやりたかった。
風が耳元で吠え、車はまだ前へ突進している。後ろのチェコ側の灯り、銃火、サーチライト、カオスと化した封鎖線が、次第に遠ざかる泥の海みたいに見える。俺は後ろに向けて中指を振りながら、プラハ東側の工業地帯から、冷凍倉庫から、あの爆散したゴーレムから、幾重もの封鎖線と、何度も横転しかけた車体の中で積もり積もった怒りの炎を、この一撃で全部吐き出す。
「——くそくらえだ」俺は低く吐き捨てる。
手を引っ込めて、どさっと荷台に座り込んだとき、手の甲がいつの間にかまた新しい裂け目だらけで、風に当たるたび血が滲んでいた。
誰もすぐには口を開かなかった。
車内には、エンジンの音と、鉄の震動と、死地から戻ったばかりの全員の、まだ現実に追いつけない呼吸だけがある。
林雨瞳が冷たく俺を一瞥する。
「周士達」彼女は言う。「あとで、どうにかして、プライス大尉とお揃いのブーニーハット、買ってあげよっか?」
荷台が一瞬静まり返る。
次の瞬間、牛小琴が背中ごと反り返って大笑いし、危うく隣の弾薬箱を引っくり返しそうになった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




