101.撤退じゃない、逃難だ 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
午後に入ると、東区と軍の間の通信はどんどん短くなっていった。
事態が減ったからじゃない。全ての部隊が、長い報告はもう意味がないとわかっていたからだ。残せるのはこれだけだ。位置、接触、方向、通行可否、切断の要否。
「East Police Net より全外口注意。市民の流出が工業地帯支線へ転じ始めている。十分な人員がない場合、全面阻止を試みるな。優先は分批放行と群衆阻止とする」
「Sector Two より East Actual、東南保守帯にて偽装交通処理ポイント発見。所属不明、接触するか?」
「East Actual 返答。能動的接触を禁ずる。座標記録、回避後、内部統制へ後送しろ」
「Medical Corridor One 失効。繰り返す、第一医療回廊失効。第三へ切り替え」
「Alpha Checkpoint より East Sector、人流超過。後尾切断済み」
「了解。後尾切断を維持せよ。百人以上の群衆形成を許すな」
平時なら、これらの命令は街全体を爆発させるだろう。後尾切断、迂回指示、接触回避、全面阻止の放棄——どれも「見捨てた」としか聞こえない。だが、こういう局面で本当に人を殺すのは、どこかの命令が「甘すぎる」ことじゃない。「全ての道を管理し、全ての出口を塞ぎ、全員の行き先を把握する」という、元の盤面の幻想に死にしがみつくことだ。
第601の区域指揮図では、東側工業地帯がすでに三色で塗り分けられていた。
赤は、確実に接近不可能な外掃延伸帯。 黄は、軍警検問口を設置したが完全封鎖には至らない混合境界。 灰色は、視認できるが現時点では兵力も正当な手続きも足りず、完全に呑み込むことのできない亀裂——貨物ヤードの裏側、排水帯、保守道、半廃線路、堤防裏の作業路。
ホラーク大佐はペン先で灰色区画を二度叩き、副官に言った。 「今日、ここに人間が入り始める。普通の避難群じゃない。方向を持った連中だ」
副官が問う。「収容しますか?」
「そんな余裕はない」ホラークは冷静に答えた。「今は赤区を押さえるだけで手一杯だ」
プラハから逃げ出す人間が多少でも頭を使えば、十中八九こういう場所に潜り込む。それはわかっていた。だが、国家機構は「知っている」だけでは手が届かない。知ることと、兵力、権限、合法性、リスク、優先順位——それは全く別の問題だ。
少し考えてから、彼は新しい命令を下した。
「東側全検問ラインの識別条件を更新。二名から六名、軽装、幹線回避、方向感あり、大流との合流を避ける移動目標に対し警戒度を上げろ。ただし、持ち場を離れての独断追撃は禁ずる。繰り返す、持ち場離脱追撃は禁止だ。発見時は座標記録、進行方向報告、灰区深入りの確認のみ」
副官はメモを取りながらも、やはり訊いた。 「なぜ追わないのですか?」
ホラークは図面を見つめ、冷たく直接的に答えた。 「本当にあそこを生きて抜ける連中は、こっちが気持ちよく追えるような道は歩かないからだ」
***
午後三時前後、俺たちはプラハ東外縁の古い貨物操車場の端に辿り着いた。
昔は相当忙しかった場所のはずだ。まだ完全に解体されていない線路の数と跨線橋の残骸を見ればわかる。今は機能の半分が死に、残りは荒れ果てた鋼鉄の地形と化していた。錆び付いた転轍機、油と泥で黒く染み込んだ枕木、廃棄されたフラットカー、潰れたコンテナ、封鎖された修車庫、そして誰も整備しなくなって久しい信号柱の列。
俺たちは横倒しになったコンテナの陰で立ち止まり、態勢を整えた。長い休憩じゃない。水を二口流し込み、何かを胃に押し込んで、足取りをもう一度固め直すだけだ。ここまでの道のりに本格的な交戦はなかった。だが交戦以上に神経を削った。封鎖、検問所、偽の封鎖口、乱れる群衆、断続的な軍警の号令——どれも直接俺たちを殺しはしないが、全てが確実に俺たちを消耗させてくる。
葉楷安がコンテナに背を預けて座り、圧縮ビスケットを少しちぎったが、食べ終わらないうちに言った。 「どこが一番怖いか、やっとわかった」
シキが訊く。「どこ?」
「戦いが始まってる場所じゃない」葉楷安は言った。「まだ始まってないふりをしてるけど、みんな本当は次は自分の番だってわかってる場所よ」
俺は何も言わなかった。ここまで歩いてきて、俺の腹の中にあったのもまったく同じ答えだったからだ。
ヴィクトリアは座らなかった。広げ直した紙の前に立ち続け、圧力レベルと回路指示を見つめながら、頭の中で地図と旧時代が残した骨格を重ね合わせていた。
「次の区間で、プラハ本体の縁から完全に離脱する」彼女は言った。
俺は顔を上げて彼女を見た。
「ここから先は」彼女が図面上の細い線を指でなぞる。「都市じゃない。工業残線よ。さらに東、最初のポイントは人が住む場所じゃない。旧配圧保守節点」
エリザヴェータが訊く。「そこが先に食われておる可能性は?」
ヴィクトリアは一秒沈黙してから答えた。 「理論上は低い。プラハの主猟区の外だし、今日の掃討面としての価値も高くない。でも、誰かがヨゼフの線を辿ってきているなら——」
彼女は言葉を切った。
俺が続きを引き取る。「俺たちが先に着かないといけない」
彼女は俺を一瞥し、頷いた。
その目は、これまでとは違っていた。信頼でも依存でもない。ヨゼフが死んでから今まで、次の一手という問題において、俺たち二人がすでに同じ責任の線に立っていると、彼女がようやく認めた目だった。
遠くから突然、短い重いエンジン音が響いた。
普通の民間車じゃない。俺は即座に手を上げ、全員が瞬時に身を伏せる。数秒後、軍用軽車両二台とハーフトラック後送車一台からなる小車列が、操車場外周のまだ通行可能な保守道を掠めて通り過ぎた。速度は遅くないが、一切の躊躇がない。各車に外側警戒の銃手がおり、車頂のアンテナが激しく揺れている。
先頭車両の無線の声が、風に乗って断片的に流れてきた。
「——East Convoy to Sector Three、補給完了次第即時撤収。灰区には留まらない。繰り返す、灰区には留まらない」
車列の後尾が消えた方向を見つめながら、俺の中で一つの事実がさらに明確になった。軍でさえ、俺たちの今いる場所を「灰区」と呼んでいる。安全区でも制御区でも敵区でもない、灰区だ。その呼び名自体が、ここにはまだ隙間があるが、誰も深く手を突っ込む度胸がないということを証明していた。
「もう少し進む」俺は言った。「日が落ちる前に、最初の中継点には触れる」
エリザヴェータは頷き、残っていた休憩時間を容赦なく切り捨てた。「五分後に出発じゃ」
誰も文句は言わなかった。
この東移線の本当の地獄がここから始まることを、全員がわかっていたからだ。ここまではまだプラハの縁だった。この先、俺たちが歩くのは街じゃない。都市が腐り落ちた後に流れ出した鉄と水と廃線と、半死半生の工業の骨格だ。
そこには事情を説明してくれる警察もいなければ、立ち止まれるホテルもない。綺麗で、わかりやすくて、まともな撤退路なんてあるわけがない。
だがそこには、ヨゼフが残した次の鍵がある。
俺はバッグの紐をきつく締め直し、立ち上がって、東へ向かって延びる線を一度見据えた。錆びた鉄と灰色の空と、遠くの工業煙柱によっていくつもの断片に切り刻まれた線を。
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