S2第二十四章 マッサージ師――尋問の最高境界
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
■ AM 10:45 大阪、中之島フェスティバルタワー 17階ロビー
手続きは完了した。懐にある、蝉の羽のように薄く、朱肉の余熱を帯びた「臨時引渡許可証」が、規則的なカウントダウンのごとき微かな振動を返してくる。
俺たちは代表処のセンサードアを抜け、淀屋橋に停めた車へ向かおうとした。だが、広々とした明るいエレベーターホールは、一瞬にして氷点下まで凍りついた。
石川大志と佐藤拓巳の自衛官二人が、ダボついたフーディーを着て黒縁眼鏡をかけた短髪の女を、左右から力ずくでねじ伏せていた。女は顔を真っ白にし、滑らかな大理石の床を蹴って必死に抗っている。その手には、明らかに特殊な改造が施されたマイクロカメラ付きのデバイスが握られていた。
「尉官、コソコソ嗅ぎ回っている奴を捕らえました」
石川の巨躯が廊下の半分を塞ぎ、その声は錆びた鉄塊のように冷たい。「ビルに入った時からずっと我々をつけていました。先ほどは入り口に遠隔センサーを設置しようとしていたところです。どこぞの三流記者でしょうか?」
俺は足を止め、味のしなくなった禁煙飴を噛み砕いた。泳ぎ回る女の卑屈な視線と、恐怖に目を見開いてこちらを伺う日本の公務員たちを見やる。
血塗られた「保証人宣言」にサインした以上、今さら文明的な礼儀を説くつもりはない。
「まあまあ、そう熱くなるな。お嬢さん、ここは風が強い。場所を変えてゆっくり話そうじゃないか」
俺は気味の悪い、悪意に満ちた笑みを浮かべた。灯りに照らされた右手の滲む包帯がいっそう凄惨に見える。「職業病」的な過敏状態にある二人の自衛官に合図を送り、地底から響く錆びた音のような声で命じる。
「石川、佐藤。この女を車まで運べ。『丁重にもてなして』やれ。いいか、喉を潰すほど叫ばせるんじゃないぞ」
「はっ!」
二人の自衛官は一糸乱れぬ動作で応じ、女をまるで雛鳥でも扱うかのように軽々と吊るし上げた。
「放して! この卑劣なチンピラども……うぐっ!」
女の悲鳴は、佐藤の無骨な掌によって強引に塞がれた。
周囲の人々が蜘蛛の子を散らすように避けていくのを見て、俺は自嘲気味に笑った。これでいい。今や神代弥生の目には、俺は「引渡人」から「国際的な人身売買組織のボス」か「安物のマフィア」にまで成り下がったことだろう。
「周士達、その面構え。悪役を演じさせたら右に出る者はいないわね」
葉綺安が魔法瓶を提げ、冷ややかな視線で俺の横を通り過ぎる。だが、その口角はわずかに愉悦を描いていた。
「行くぞ。サツが来る前に、車内で『記者さん』の真の御職業について伺おうじゃないか」
■ AM 11:15 京都方面へ向かう高速道路、ワンボックスカー車内
「お嬢さん、最後にもう一度だけ聞くぞ」
俺は禁煙飴を転がし、包帯の巻かれた右手を見せびらかしながら、極めて不快な偽笑を浮かべた。
「その改造デバイスに仕込まれた『霊感応シャッター』、一体誰に貰ったんだ? 誰の差し金だ? 素直に吐けば、今すぐこのお兄さんたちに心斎橋まで送らせて、薬でも何でも買い放題にしてやるぞ」
「ペッ! この台湾の裏切り者が!」
女は猛然と顔を上げると、俺の靴の縁に唾を吐きかけた。その口調は俺の先祖の墓まで暴きかねないほど毒々しい。
「日本兵を連れて同胞を捕らえるなんて、よくもまあそんな面して条件が出せたものね! この犬! 売国奴!」
俺の頬がピクリと引き攣り、右手の死神の指輪が怒りに呼応して微かな黒光りを放った。
「誰が漢奸だって?」
俺は声を潜めた。その響きは氷のように冷徹だ。「俺は台湾人だ。この三万人の同胞を連れて帰る。これは俺と彼らの問題だ。お前は今、その三万人の道を塞いでるんだぜ、わかるか? 俺の故郷じゃ、道を塞ぐ奴にろくな末路は待ってないんだ」
女は狂ったように身をよじり、地域差別と台湾人への侮辱が入り混じった罵詈雑言をぶちまけてきた。
「島で細々と生き永らえてる雑種どもめ! いずれ歴史のゴミ箱に捨てられる運命なのよ! 私を不当に拘束するのは『ハーグ条約』と国際人権法への違反よ! 弁護士が来るまで黙秘権を行使するわ!」
「ハーグ条約?」
俺は一瞬呆気に取られ、次いで彼女のその義憤に駆られた様子を見て、怒りを通り越して失笑した。涙が出るほど笑い転げた後、俺は右手に握った熱を帯びる「臨時許可証」を弄りながら、彼女の耳元で囁いた。
「お嬢さん、忘れてないか? ……台湾が国連を脱退してもう長いんだ。国際法だと? 寝言は寝て言え。ここではな、俺が国際法なんだよ」
俺は隣でニヤニヤしながら見物していた老高に目配せを送った。「老高、例の特製品を貸してくれ」
「……若、本気でやるのか?」老高は笑ってはいたが、足は無意識にドアの方へ退いていた。「これ、台北市警(マル暴)なら即座に懲罰委員会行きだぞ」
俺は構わず、女のキャンバスシューズと靴下を力任せに剥ぎ取った。
「何をするの!? この変態! 獣!!」
「騒ぐな。これは『中医学による経絡の疎通』ってやつだ」
俺は悪魔のような微笑を浮かべ、指先に死気を凝縮させると、彼女の土踏まずにある『湧泉穴』へと正確に突き立てた。
「あああああああああ――!!」
この世のものとは思えない絶叫が、ワンボックスカーの車内を貫いた。
傍らでは、神代弥生、林雨瞳、葉綺安の三人が横並びで座り、揃いも揃って顔を背けていた。その表情には「この男は救いようのないクズだ」という極限の軽蔑が張り付いている。新田唯にいたっては、沈黙したまま運転席の後ろへと移動していた。全員が行動で示していた――「我々自衛隊は、この虐待には一切関与していない」と。
「おっと! ここ、肝臓が弱ってるな。火気が相当溜まってるぜ!」
俺は力を込めて指をねじ込みながら、罵倒が悲鳴に変わり、やがて命乞いへと変貌していく様を眺めていた。どういうわけか、この引渡しの旅が少しずつ楽しくなってきた。
AM 11:30 京都方面、名神高速道路
ワンボックスカーの後部座席。
短髪の女の今の姿は、あの歪んだ命乞いの顔さえ見なければ、誰もが絶滅的な暴行が行われたと勘違いする惨状だった。小綺麗なフーディーは乱れ、はだけた襟元からは冷や汗に濡れた鎖骨が覗いている。両目は涙で腫れ上がり、数筋の髪が涙と唾液の混じった頬に張り付いていた。
全身の脱力、焦点の合わない瞳、震える呼吸。その有様は、まるで質の悪いアダルトビデオの現場から命からがら逃げ出してきたかのようだ。
「まだ吐かないのか? どうやら肝臓の火気だけじゃなさそうだな。もう一度『疎通』してやろうか」
俺は悪魔の笑みを浮かべ、指先に死気を溜めると、苦痛で丸まった彼女の白い足の裏に向け、再び『湧泉穴』を深く突いた。
「あああああ――!!! 頼む、やめて! 言う! 全部言うから!! ううっ……」
女は車窓を震わせるほどの凄絶な哀鳴を上げ、折り畳み椅子の上で高圧電流に打たれたかのように激しく痙攣した。彼女は崩れ落ちるように号泣し、魂の深淵から滲み出る恐怖に、最後の一片の「工作員としてのプライド」までもが霧散した。
車内前方には、死のような沈黙が流れていた。
「……最低ね」
ユートンは優雅にサングラスを直したが、その声は氷の礫を降らせるほど冷ややかだった。
「ゴミね」
キアンは魔法瓶を抱えたまま窓の外を見つめ、「この男は知り合いではない」という強固な意志を瞳に宿していた。
「周さん……そ、それはいくらなんでもやりすぎです……っ」
弥生は座席に力なく沈み、極度の気まずさと羞恥心から呼吸を乱していた。彼女の襟元から漂う白檀の香りが、絶叫の中で異様に際立っていた。
「これ、絶対訴えられるわよね? 検事さんに壁に釘付けにされるレベルよね?」
小葳は震える手でタブレットの録音ボタンを押し、自身のキャリアに対する絶望をその眼差しに浮かべていた。
「総員、傾注!!」
橋本健一は石像のように前方を見据えたまま、罪悪感をかき消さんばかりの大声で叫んだ。「いいか、よく聞け! 我々海上自衛隊は今回の暴行には一切、断じて関与していない! 今聞こえたすべての音は、空調の故障による共鳴現象だ! 新田、記録しておけ!」
「……了解、尉官」
新田唯は目を閉じ、手すりを握る指の関節を白くさせていた。心の中で俺を万回ほど銃殺刑に処しているのは明白だ。
「さあ、吐くか?」
俺は汗で濡れた女の頬を、ベテランの整体師のような手つきで軽く叩いた。
「話す……全部話すから……もう押さないで……お願い……」
彼女は啜り泣きながら、断片的に真実を吐き出した。この小娘、エリート工作員でも何でもなかった。某国領事館に高給で雇われた「霊能モニター」で、大阪の各領事館周辺にある異常な霊場の揺らぎを検知するのが任務だったらしい。
「さっきのは……そ、その魔法瓶が……」
彼女は怯えたように首をすくめ、キアンの足元にある瓶を見やった。「中の中身があまりに強すぎて、ビルごと引き裂かれるかと思ったの……その圧力に引き寄せられて様子を見に来ただけ。まさか、引渡し(いんど)の手続き中だなんて知らなくて……」
なるほど。馬三娘の千軍万馬を従える鬼気が、この「霊能ビギナー」を引き寄せ、不運にも俺たちの地雷を踏ませたというわけだ。
「よし、最初からそう言えばいいんだ」
俺は味のなくなった禁煙飴を吐き捨て、チンピラのような笑みを浮かべて彼女の肩を叩いた。彼女は飛び上がるほど怯えていたが。「わざわざ痛い思いをすることなかったのにな。京都に着いたら解放してやるよ」
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