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100.諸君、逃げるぞ 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

新ホテルの外壁沿いにある設備用の狭い通路を降りてから、俺たちは一度も上の窓を振り返らなかった。


未練がないからじゃない。あの建物から本当に離脱した瞬間、あそこはもう俺たちのものじゃなくなったからだ。あれは「拠点からの撤退」なんて大層な話じゃない。もうすぐ閉じ切られる収口区(しゅうこうく)のマス目から、自分たちを前倒しで引き抜いただけだ。あと三十分遅れていたら、引き抜くどころか、そのまま挟み潰されていただろう。


エリザヴェータは人員を三陣に分けて降ろした。時間差を大きく取り、ルートも全部ずらす。第一陣は、普通に部屋替えをする宿泊客を装った二人組。一人が少し前を歩き、もう一人が続く。手に持つのは、どう見ても重要物資には見えないソフトバッグだけだ。第二陣は貨物用エレベーターで駐車フロアへ降り、ホテルとオフィスビルが共用している搬入用スロープから外へ出る。俺とエリザヴェータとヴィクトリアが最後の組として、設備保守用の扉から外壁の狭い通路へ出て、普段は消防点検員しか使わない金属製の非常階段を下のプラットフォームまで降りた。


その間、誰一人口を開かなかった。


みんなが落ち着いていたからじゃない。「俺たち、もう行くところないんじゃないか」という言葉を誰かが最初に口にしたら、その瞬間に全体のリズムが崩れると、全員が痛いほどわかっていたからだ。


地面に降り立った後も、エリザヴェータは誰一人、同じ方向にまとまって向かわせなかった。まず、新しいオフィスビル二棟の間にある風の通り道の陰を切り抜け、まだ工事中の荷捌き場を横断し、そこから三ブロック離れた、使われていない印刷資材の倉庫でようやく全員が合流した。


あらかじめ決めていた安全地点じゃない。エリザヴェータがその場で選んだ死角だ。鉄骨は十分に厚く、外壁に大きなガラス面はない。隣には封鎖された貨物ホームがあり、正面には視線を遮る半地下式の車路がある。何より重要なのは、この場所が旧市街の骨格にも入っておらず、新市街の商業動線にも乗っていないことだ。隠れ家にも見えないし、撤退拠点にも見えない。


中に入って最初にやったのは、明かりを点けることじゃない。扉を塞ぎ、音に耳を澄まし、それぞれの持ち場に散ることだった。


葉綺安(イェ・キアンが外側の車路口を見張る。シキは後方の設備ピットが第二の脱出口として使えるか確認しに行く。林雨瞳(リン・ユートン)は広げられる紙を全部、埃まみれの梱包台の上に展開する。ヴィクトリアは引っくり返った木箱の上に腰を下ろし、ようやく傷ついた手を持ち上げてちらりと見た。今になって初めて、自分が血を流していたことを思い出したみたいに。


俺は鉄柱に背を預け、ここで初めて、吸い込む空気がホテルのそれとは違うと気づいた。湿った紙、錆、インク、古い木板が黴びた匂い。それが、むしろ安心感をくれた。誰かが丁寧に維持してきた「秩序の表皮」じゃない匂いだったから。


「点呼だ」俺は言った。


エリザヴェータは俺を見ないまま、淡々と報告する。 「全員揃っておる。軽傷三名、重傷なし。紙の核心資料は確保、偽装資料も残した。ホテル内の痕跡消しは七割方済ませたが、二度目に戻る時間はなかったゆえな」


俺は頷いて、林雨瞳に目を向ける。


彼女は三枚の透明なトレーシングペーパーを重ねて押さえながら、声は低いが手は全く揺れていない。


「西線、現在最悪。一般市民のパニック逃走、南西の高速と幹線道路に集中開始。軍警、必ず大通り封鎖優先。北線、理論上最短。でも今夜、北側旧市街外縁、すでに外掃区(がいそうく)に食われた。あそこ通行、自ら飛び込みと同じ。東線——」


彼女がそこで一度止まる。指先が、市街東縁と工業地帯の境界線に沿ってゆっくりと外へ滑っていく。


「東線、汚い、遅い、見栄え悪い。でも現状、一番『主要逃走ルート』らしくない」


エリザヴェータが続ける。「一番、まだ隙間ありそうにも見えるということじゃな」


シキが後方の設備ピットから戻ってきて、首を振る。 「第二出口は使えるけど、一人ずつしか通れない。全員での移動には向かないね。外の通りは今のところ本格的な混乱にはなってないけど、音がおかしい。遠くで人が走ってる気配はある。でも近くに車の流れがない。こういう時の静けさが一番厄介なんだよね」


言いたいことはわかった。プラハはまだ、表面上の全面混乱には入っていない。みんなが一斉に通りに飛び出しているわけじゃないし、店が軒並み叩き壊されているわけでもない。多くの窓には、いつも通りの灯りがついている。でもこの静けさは「何もない」じゃない。都市の骨格を動かしていたリズムが根元から抜かれて、表面だけがまだ光っている、そういう静けさだ。


ヴィクトリアがようやく口を開く。 「撤退を、次の安全地点を探すこととして考えるのはもうやめないと」


声は相変わらず、摩擦ゼロの平坦な冷たさだ。でも俺には聞こえた。彼女は立ち直ったんじゃない。まったく別の方向に向かって、内側から凍り始めていた。


「これからは、まだ『狩り場のルール』に翻訳されていない隙間を探すしかない」


誰も続かなかった。彼女の言っていることが正しいと、全員がわかっていたから。


俺は台の方へ歩いて、ヨゼフから受け取った半月型の真鍮の鍵と、何度も折り畳まれてくたくたになった数枚の紙を置いた。ここまでずっと肌身離さず持っていたが、道中で誰も開かなかった。開きたくなかったわけじゃない。あのホテルでもう三十秒でも余分に止まっていたら、俺たちより先に収口が完成していたかもしれなかったからだ。


「まずこれを見る」俺は言った。


ヴィクトリアがその鍵を見た瞬間、眼差しにほんの短い間があった。柔らかくなったわけじゃない。鍵を見ながら同時に、ヨゼフが最後に逆向きのロックレバーを限界まで押し込んだあの姿を見ていた。俺は急かさなかった。


数秒後、彼女は手を伸ばして鍵を取り上げ、親指で半月形の外縁と、底部のほとんど見えないほど細かい刻み目をなぞった。


「これ、純粋な開錠鍵じゃない」彼女は言った。


「どういうこと?」


「外周に二次構造がある」


彼女が頭を下げ、爪でほとんど目に見えない凹点を押し込む。真鍮の鍵の尾端が、ごく小さくカチッと鳴って、ガスケットほど薄い内芯が一片飛び出した。紙でも普通の金属片でもない。細長く、微細な刻み印のついた配準片(はいじゅんへん)だ。


エリザヴェータが身を乗り出して覗き込む。「座標か?」


「違う」ヴィクトリアは言った。「どちらかといえば、回路の指示と圧力レベルの表示に近い」


その薄片を灯りの下に持っていくと、彼女の顔色が少しずつ変わった。青くなるんじゃない。もっと硬くなった。折り畳まれた紙の束から、一見何の変哲もない機械部品の整備リストみたいな一枚を抜き出し、指の関節で角を丁寧に伸ばしてから、その内芯をはめ込んだ。


さっきまで意味をなさなかった部品コードと手書きの記号が、ぴたりと一致した。


彼女の喉が、小さく動いた。


「言え」俺は言った。


ヴィクトリアが顔を上げる。眼差しは、冷たく光っていた。


「彼は撤退ルートだけを残したんじゃない」


指先で、紙面の上の、わざと部品番号として書かれた一連の文字列を軽く叩く。


「ある『もの』の起動前手順を残してた」


倉庫の中の全員が、黙った。


エリザヴェータが先に口を開く。「何のものじゃ?」


ヴィクトリアはすぐには答えなかった。圧力レベルと回路の表示をもう一度だけ読み直し、見間違いじゃないと自分に確認させるように。


「古い機巧節点(きこうせってん)よ」彼女は言った。「プラハ市内じゃない。東線の工業地帯を延ばした先にある、古い整備区。もともとは圧力調整と保守のステーションのはずだったんだけど、後から改造されてる。中に武装機構が隠されてる。普通の防衛施設じゃない——独立稼働できる、一つの完結した暴力の枠組みよ」


葉綺安が眉をひそめる。「つまりヨゼフは機巧兵器を残してたってこと?」


「私が言ってるのは、最後の手段として残した『もの』があるってこと」ヴィクトリアは顔を上げた。「それに今は動力が足りてない」


俺は詳細を急いで聞き出そうとしなかった。今一番重要なのは、そのものがどれほど強力かじゃない。この情報が、俺たちの次の動きの性質を根本から変えたということだ。


東へ向かうのは、もう逃げるだけじゃない。受け取りに行くことになった。


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