↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
384/594

99.秩序の書き換え 99-1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ヨゼフが死んでから、俺は振り返らなかった。


強いからじゃない。あの場所にもう回収する価値のあるものが何もなかったからでもない。あの古い校鐘職人の工房脇の狭い路地から撤退した瞬間、プラハの夜の拍子が完全に変わっていたからだ。遠くの爆発音の間隔は、もう散発的な交戦のリズムじゃない。サイレンが鳴っては途切れるタイミングもおかしい。街角から吹き込んでくる風の匂いさえ、ここ数日と違っていた。湿った石壁と川の匂いじゃない。熱を帯びた金属、粉塵、近距離爆発が残した火薬の苦味。


エリザヴェータが先頭を歩き、余計な言葉は一切出さない。表通りを通らない。広場を通らない。橋を通らない。一目で「最短で、最直線で、逃げ道として一番らしい」場所には絶対に近づかない。彼女が選ぶのは新市街の商業ビル裏の設備用路地、仮設工事フェンスの隙間、外壁点検用足場と換気シャフトの死角を縫う線だ。きれいな経路じゃない。でも今夜、きれいな経路から先に死ぬ。


ヴィクトリアは道中、一言も発しなかった。右手の掌の縁が砕けた鉄とレンガで擦り切れ、血が乾いて皮膚の上で灰と黒い油と混ざり、暗い薄い殻みたいになっていた。痛みなど感じていないみたいに、その手をただ体の脇に垂らしていた。俺には分かる。彼女が落ち着いているんじゃない。自分をひっくり返しかねない巨大な何かを、胸の奥に力ずくで押し込んで、今は爆発させないようにしているだけだ。


エリザヴェータが十字路の手前で突然手を上げた。五本の指を揃えて、低く押さえる。


俺はすぐに壁際に張り付き、ヴィクトリアも止まった。遠くに警察車両が二台、交差点を塞ぐように横向きに止まっている。警光灯はまだ点いているが、角度がおかしい。一台は車首が斜め外側を向いていて、臨時に突っ込んで封鎖したみたいだ。もう一台は半分歩道に乗り上げ、ドアが開いたままだ。後続の支援車両は来ていない。完全な避難誘導もない。封鎖点全体が時間に挟まれて固まったみたいで、青い警光灯だけが規則正しく点滅し続けている。


それから、街区の奥から低く鈍い爆発音がした。


銃じゃない。手製爆弾でもない。もっと厚くて短い、壁を壊し、扉を壊し、車を壊すために作られたものが、硬い構造物に直接作用した時の音だ。衝撃波が押し寄せてきた瞬間、交差点のドラッグストアのガラス一面が同時に白く光ったが、すぐには割れなかった。


「一か所じゃない」エリザヴェータが言った。


俺は返さなかった。返す必要がない。工房を出た瞬間から、今夜はもう一本の追撃線の上を走っているんじゃない。街全体の複数のブロックが、同時に押し潰されている。


俺たちは警察車両の視界を外れ、新しく建った二棟のビルのあいだにある、空調の室外機とゴミの分別箱しかない細い通路を抜けて、ホテルに戻った。ホテルの外壁は相変わらず、何も起きていないみたいにきれいだった。ガラスの反射は均一で、エントランスの照明は完璧で、車寄せの石畳にはコンシェルジュの白手袋が拭いた跡さえ残っていた。だからこそ、事態がどれほど深く悪化しているか分かる。 本当の制御不能は、街全体が叫ぶことじゃない。表面が全部普通に見えながら、その普通を支えていたシステムが、もう別のものに入れ替わっていることだ。


上の臨時拠点に戻ると、葉綺安(イエ・チーアン)、リン・ユートン、シキが全員戻っていた。テーブルには何枚かの違うバージョンの市街図、手書きの経路、半分破れたホテルのメモ用紙、電池が切れかけた携帯が二台、ネジ外し用のドライバーが一本、キャップを外したペンが数本。誰もヨゼフのことを先に聞かなかった。それが、この部屋にいる全員を救った。


俺はテーブルの前に立ち、一言だけ言った。


「まだ使える道はどこで、まだ生きている人間は誰で、触ってはいけない場所はどこだ」


葉綺安がまず、ぼやけた写真を滑らせてきた。写真には横転した警察車両の屋根と、重いもので薙ぎ払われたみたいな壁の亀裂が写っていた。「一般の警察が先に着いたけど、制圧じゃなくて、直接打ち抜かれた。あまり近づかなかったけど、封鎖線が立ってからそんなに経たないうちに、青色回転灯ごとひっくり返った」


リン・ユートンが透明なトレーシングペーパーを主図の上に重ねた。赤、灰色、青の三色の線が交差して、見づらい輪郭を作っている。「赤が既知の封鎖点、灰色が異常に静かすぎるエリア、青が行政的な動きはあるけど拍がおかしい場所。単純な戒厳令じゃない。どちらかというと……」


「借り物の器」シキが一枚の通知書をテーブルに叩きつけた。「さっき届いた消防協力書。判子は本物、書式は偽物。後方通路の備品庫と清掃車が誰かに漁られてた。盗まれたんじゃなくて、調べられた。探してたのも危険物じゃない。黒い油、金属製の箱、旧式の時計鎖、厚手の帆布製工具袋、そういうものだ」


ヴィクトリアが通知書を見ながら、冷えきった平らな声で言った。


「警察が抑えられないんじゃない」


部屋の全員が彼女を見た。


「警察の処理ロジックそのものが、最初から相手の承認範囲に入っていないのよ」


その通りだった。これは暴徒と国家の衝突じゃない。法律も手続きも完全に無視した力が街に踏み込んで、国家本来の処理フローを紙一枚みたいに剝がしている。 警察は「負けた」んじゃない。最初から、相手の認識の外にいただけだ。


エリザヴェータはテーブルの上のものを三つのブロックに分けながら言った。「今からここをセーフハウスと呼ぶのをやめよ。ここは一時停止点だ」


誰も反論しなかった。


---


バルトシュ警部補が交差点に立った時、まだ手続きで局面を収められると信じていた。


四十五歳、警察歴十九年。大規模なサポーターの乱闘、ナイトクラブでの銃撃事件、国際会議の警備、爆発物の偽通報、越境車列の追跡。制御不能とはどういうものか、制御不能の最初の一手が英雄主義じゃなく、まず現場を操作可能な枠に収めることだと、彼は知っていた。 封鎖、避難誘導、警告、段階的火力、特殊部隊の待機。全部、訓練が筋肉に刻み込んだものだ。


「アルファ3よりコントロール、北向き封鎖確立、南向き人流誘導中、現場に火光と重装と思われる人影を確認、距離八十から百メートル、特殊部隊と医療の前方展開を要請」


肩のマイクを押さえて、一語一語はっきり言った。


無線がすぐに返ってきた。「コントロール了解。URNAは出動済み、四分以内に接触予定。現場部隊は外周維持、主動的前進は禁止。繰り返す、主動的前進は禁止」


「アルファ3了解」


バルトシュは拡声器を受け取った。口頭警告で前方の武装部隊が武器を置くとは本気で思っていない。ただ手続きを完了させなければならない。 口頭警告がなければ後続の権限がない。権限がなければ、現場の全員があとで報告書と審査を背負うことになる。都市の秩序は信念で保つものじゃない。幾層もの手続きを積み重ねて保つものだ。


「前方武装要員に告ぐ、ここはチェコ警察——」


最初の衝撃が、その手続きを直接断ち切った。


右前方に横止めしていた警察車両が、近距離の重破障兵器で斜め下から掬い上げられたみたいに浮いた。ゆっくり転がったんじゃない。車体が先に地面との関係を失い、ドア、砕けたガラス、前に出すぎていた警察官一人を道連れにして宙を舞った。青い警光灯が空中でめちゃくちゃな反射を引きずり、そのまま地面に叩きつけられた。


「伏せろ!」バルトシュが怒鳴った。


交差点に銃声が上がった。二名が車の後ろから射撃、一名が倒れた仲間を路障の後ろへ引きずり、もう一名が二本目の封鎖線をさらに後方へ引こうとした。動作は全部正しかった。問題は、向こうの目標が、この治安事案の想定範囲に最初から収まっていないことだ。


煙塵の中から最初の重装の輪郭が出てきたとき、バルトシュはようやく全体を見た。胸甲が厚すぎて、装備を着けているというより、防護板を人体の前面に直接立てているみたいだ。肩に外付けの装甲、脚部の前傾設計は明らかに推進と障害物の踏み砕きに特化している。警告を発しない。威嚇もしない。火力源を確認するために立ち止まりもしない。ただ安定して前進する。あらかじめ番号を振られた工程を実行している解体チームみたいに。


「アルファ3よりコントロール!目標は重装防護あり、通常火力の効果は極めて低い、繰り返す、極めて低い——」


「コントロール了解。URNAが三分以内に引き継ぐ、封鎖を——」


二発目の爆裂が、無線の声が終わる前に交差点を打った。今度は車じゃない。警察が転進位置として使っていた低い壁と街灯の柱だ。コンクリートの護壁が一面砕け、補位しようとしていた二名が掩蔽物ごと吹き飛ばされた。


バルトシュの顔は粉塵まみれで、耳鳴りが通り全体を鋭い白いノイズに変えていた。若い警察官が横転した車体の後ろで射撃を続けているのを見た。次の瞬間、変形したドアが後ろの人間ごと大口径破障火力で後ろへ折り曲げられた。反対側では重装が長柄の器械を振り上げ、柱の角を砕き、扉の枠を割り、後ろに隠れていた警察官が完全に転位する前に掩蔽物から追い出した。


肩のマイクを掴んで、最後に怒鳴った。


「アルファ3、封鎖失敗!封鎖失敗!未到着の全部隊は表通りに切り込むな、切り込む——」


信号が、より近い爆発音に飲み込まれた。


プラハのその瞬間は、単純に「混乱した」んじゃなかった。本当に打ち砕かれたのは、警察が暴力を処理するために積み上げてきた言語そのものだった。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。