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90.影に潜むもの 90-2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ヴィクトリアは木箱を開けた。


中に武器はなかった。代わりに、薄い金属片が三枚入っていた。古い懐中時計の内蓋に形は似ているが、縁が普通の部品より厚く、表面に極細の紋様が刻まれている。何の紋様かすぐにはわからなかったが、見続けていると少し居心地が悪くなる。装飾ではなく、何かを「近づけないため」に刻まれたものだという気がした。


「これは何だ?」俺は聞いた。


「応急の遮信片よ」ヴィクトリアは言った。「安全を保証するものじゃない。でも手ぶらで乗り込むよりはまし」


そう言いながら、一枚を俺の前へ押し出した。


俺はすぐには取らず、ただ彼女を見た。


「昨夜まで、俺たちが道を踏み潰すかもしれないって疑ってたんじゃないのか」


「今も疑ってる」彼女は言った。


「それでもこれをくれるのか?」


彼女は眉を一つ下げて、理屈も情けも省いたような声で言った。


「アンタが即死するところを見る気はないってだけ」


部屋がしばらく静まった。


自分でも言い方が悪いとわかっているだろう。だが昨夜の純粋な拒絶と比べれば、これはすでに不器用な譲歩だった。ただ彼女は明らかに、譲歩を譲歩らしく言うのが得意ではない。だから耳に届く言葉は、やはり硬い。


エリザヴェータは彼女を指摘する気もなさそうで、静かに残りの一枚を手に取り、指の腹で表面の細かい紋様をごく軽くなぞった。


「昨夜の旧ノードに残されていたものとは違いますね」彼女は言った。


ヴィクトリアは彼女を見た。


「違う」彼女は答えた。「あそこに残ってるのは大半が失敗作よ。これは使えるもの」


その一言を聞いて、俺はまた木箱に目を落とした。


使えるもの。


つまり彼女は昨夜、口では案内しない、話さない、信用しないと言っていたのに、夜が明けると自分から住所を確認しに行って、準備まで整えて戻ってきた。


まだ俺たちの側に立ったわけではない。


だがもう、完全に外側に立ち続けることもできなくなっていた。


俺は金属片を手に取った。思ったより重く、縁にまだかすかな温もりが残っていた。つい最近、別の場所から取り出されてきたような温もりだ。


「これ、どう使うんだ?」


「手放すな」ヴィクトリアは言った。「本当にまずいことになったら、まずそれを時計に近づけなさい」


「触れるなって言ってたじゃないか」


「むやみに触れるな、って言ったの」彼女は面倒くさそうに俺を見た。「死にかけてるときと普段が同じわけないでしょ」


エリザヴェータは三枚目を箱の中に残したまま手を出さず、顔を上げてヴィクトリアを見た。


「一緒に来てもらいます」彼女は言った。


問いではなかった。


ヴィクトリアはテーブルの傍に立ったまま、肩の線がわずかに張った。


早かれ遅かれ逃げられないとわかっていたのだろう。それでも面と向かって言われると、顔色がすぐに沈んだ。数拍黙ってから、低く息を吐いた。自分に向けているようでもあり、この面倒くさい朝全体に向けているようでもあった。


「案内はする」彼女は言った。「ただし現場では、最初にアタシが中を確認する」


「構いませぬ」エリザヴェータはあっさりと答えた。


俺は彼女を見た。「随分すんなり承諾したな」


エリザヴェータは静かな顔をしていた。


「今は意地を張るときではありませぬゆえ」エリザヴェータは言った。「彼女を試したくば、扉の前で彼女の目を奪うような真似はなさらぬこと」


淡々とした一言だったが、それで俺は完全に言葉を失った。


ヴィクトリアは何も言わなかった。ただ、ようやくエリザヴェータを真正面から見た。その目にはまだ保留があったが、昨夜と比べると、純粋な棘の分量が減っていた。この殿下は冷やかし半分でついてきているのではなく、場が崩れかけたとき、全員を静かに元の位置へ押し戻す人間だ。彼女はたぶん今この瞬間、ようやくそれを認めた。


窓の外から鐘の音が一つ、届いた。


昼間の鐘の音は夜より正常なはずだった。それでもその一打が耳に落ちた瞬間、どこかおかしいと感じた。音そのものではない。街全体が、その一瞬だけ一拍静まったような気がしたのだ。階下では旅館の主人が椅子を引きずる細かい音がしていたのに、鐘が鳴った途端、その音まで押し潰されたようになった。


ヴィクトリアが顔を横に向けて、窓の外を一瞥した。


顎の線が、わずかに引き締まった。


「今すぐ行くわよ」彼女は言った。


「鐘の音が理由か?」俺は聞いた。


今度は昨夜のようにすぐ跳ね返してこなかった。ただ一言だけ言った。


「他にも聞いた人間がいるから」


どんな説明よりも、その一言のほうがずっと役に立った。


俺は金属片を内ポケットに収め、懐中時計をポケットの奥へ押し込んだ。エリザヴェータはすでに立ち上がって手袋を整えていた。動作は急いでいないが、一切の無駄がない。ヴィクトリアは木箱をぱちんと閉めて、残りの一枚を自分の外套の中に入れ、振り返りざまに扉を引いた。


先頭を歩く彼女の背中は、昨夜より張り詰めていた。


怖いのではない。


誰かに時間を先に掴まれた、そういう苛立ちに近い緊張だった。


俺がついていくとき、エリザヴェータがすれ違いざまに低く言った。


「覚えておきなさい。今日から、この街で扉を探しているのは、わたくしたちだけではありませぬ」


俺は答えず、一度だけ頷いた。


扉が開かれ、廊下の突き当たりから朝の光が冷たく差し込んできた。階下では誰かが話している。表通りにはもう車の音もある。街全体がゆっくりと目を覚ましているようだったが、その目覚めは甦りとは違った。巨大な機構が夜のうちに命令を受け取って、一節ずつ噛み合い始めているような、そういう目覚めだった。


そして俺たちは、その中へ向かって歩いていた。


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