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89.プラハの夜雨 89-1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

あの扉を出ると、外の空気はかえって薄く感じられた。


きれいになったわけでも、暖かくなったわけでもない。ただ地下に溜まっていた油煙と焦げた匂い、冷えた鉄の気配が一気に背後へ遠のき、地上に戻ってきたような錯覚を一瞬だけ与えてくれた。だがその錯覚も、数歩で消えた。プラハの夜は相変わらずだ。石畳は濡れて黒ずみ、両側の古い家々は窓を固く閉ざしている。高いところには灯りがあり、低いところはまるで意図的に暗くしてあるようだった。風が路地の入口から削り込んできて、襟元に滑り込む。重くはないが、やけに正確だ。


ヴィクトリアが扉に鍵をかけ直すとき、余分な音はひとつも立てなかった。


彼女がこういう動作をするとき、いつもほとんど吝嗇に近い手際の良さがある。痕跡を一分でも減らせるなら、半分も余計には残さない。銅板を壁に貼り直すとき、彼女は指の腹でその縁をなぞり、最後に残ったわずかな不自然な光沢を影の中に押し込んだ。


それが終わってから、ようやく振り返る。


路地は狭い。彼女がそこに立つと、俺たちが大通りへ戻る道をちょうど半分塞ぐかたちになった。街灯が斜めに差し込んで、外套の前身頃にこびりついた乾いた油染みと、指の節にまだ洗い落とせていない黒い汚れを照らし出す。さっき旧接点の中で残骸を見ていたとき、彼女は鞘から抜かれた道具そのものだった。外に出た今は、そのものをまた仕舞い込んで、さらに近寄りがたい殻だけが残っている。


「アンタの懐中時計、」彼女が口を開く。声は低い。「アンタが持ってきたの? それとも、それがアンタを連れてきたの?」


俺は彼女を見たまま、すぐには答えなかった。


答えにくい問いだった。意味がわからないからじゃない。早く答えすぎると、何かを認めたことになりそうだったからだ。


夜風が路地の入口から流れ込んで、ヴィクトリアの高い位置で束ねた髪の先を肩へとかすかに払った。その一瞬、ふと思った。この女は普段、声の圧で人を追い詰めるタイプじゃない。


どちらかといえば、何かを半分まで分解して、ふと顔を上げ「本当に続けるつもり?」と聞いてくるタイプだ。本当に居心地が悪いのは、声の大きさじゃない。彼女が口を開くころには、たいてい答えの半分はもう見えているということだ。


「はっきりわかってたら、今夜アンタについて下りてなかった」俺は言った。


彼女の目がわずかに動いた。この答えには不満そうだが、どこをすぐに突き返すか、見つかっていないようだった。


一歩前に出る。ブーツの底が濡れた石の上を踏んで、かすかな摩擦音を立てた。距離が縮まって、初めて気づいた。彼女の体から、さっきと同じ匂いがまだ漂っている。香りでも単純な油汚れでもない。革と金属と汗と、何か苦みのある薬剤が混ざり合った匂いだ。工房から出てきたばかりで、人に安心感を与えようなんてこれっぽっちも考えていない人間の匂い。


「アンタはわかってない、」ヴィクトリアは俺のポケットの位置を見据えたまま、声がさらに冷えた。「でも、それはわかってる。さっき下で反応したのは、アタシがあの残骸を動かしたからじゃない。アンタがあれを持ち込んだからよ」


その一言が落ちた瞬間、路地の中で風の音まで細くなったような気がした。


ポケットへ手を伸ばしはしなかった。ただ、懐中時計が布越しに太腿の横に張り付いている感触が、いつもより重く感じられた。時計は当然、動いていない。動いていないからこそ、かえって始末が悪い。どこかにとっくに打ち込まれた釘なのに、ずっと見ないふりをしていたような重さだった。


エリザヴェータは隣に立ったまま、傘をまだ開いていなかった。最初からずっと口を挟まずにいたが、このとき初めて静かに言葉を出した。


「先ほどの魔偶(ゴーレム)は、残骸の中に文字を残しただけではありません。応答も残しておりました。同じ種のものが近づかねば、あれほど素直には反応しませぬ」


ヴィクトリアがそれを聞いて、彼女のほうへ目を向けた。


感謝の目ではなく、確認の目だった。目の前のよそ者が、きれいごとを並べるだけの人間ではないか、あるいは曖昧な言い回しで自分を探っているだけではないか、そういう確認だ。二拍おいて、視線をまた俺へ戻した。今度はポケットではなく、俺の顔を直接見ている。


「アタシが一番嫌いなもの、わかる?」


俺は受けなかった。


「こういうやつよ」彼女は言った。「厄介なものを手に持ってて、自分では半分しかわかってない。聞いても知らないと言う。聞かなければ、どこへでも麻煩を引きずり込んでいく」


声は上がっていない。それでも一語一語が硬い。わざとらしく鋭くしているんじゃなく、誰かのために踏み台を残そうという気が最初からない、そういう硬さだ。彼女はたぶん、そもそも境界線を引くタイプじゃない。少なくとも、場の収まりのために、刺すべき場所を先に丸めておくような人間ではない。


俺は彼女を見ながら、ようやく合点がいった。


なぜ彼女があの旧接点を今まで守り続けているのか。


特別に義理堅いわけでも、過去を誰より懐かしんでいるわけでもない。ただ彼女には、わかっている人間の手から離れたものの行き先が、リヴァイアサン装甲擲弾兵(リヴァイアサンそうこうてきだんへい)に奪われるのと大差ない、ということが骨の髄までわかっているだけだ。


「面倒が嫌なら、最初から俺たちを連れていかなかったはずよ」俺は言った。


彼女の目がわずかに沈んだ。


「連れていったんじゃない」すぐに返ってきた。「アタシが確認しに行ったの。今日、あの爺さんがなぜ手を引いたかをね」


「確認できた?」


「だいたいね」


「で、結論は?」


ヴィクトリアは俺を見たまま、すぐには答えなかった。


夜の遠くから、また鐘の音が届いた。今度は旧接点の中で聞いたときほどくぐもっていない。むしろはっきりしている。だがはっきりしているからこそ、かえっておかしかった。余韻が長すぎる。まるで鋳造したとき、金属に何か混ぜてはならないものを混ぜてしまったかのように、一打ごとに正常より少しだけ長く空気の中に引っかかっている。


ヴィクトリアはその音を聞きながら、顔色は変えなかった。ただ、顎の線をわずかに引き締めた。


「結論はね、」ようやく口を開く。「あの懐中時計を持ったままプラハをうろつくつもりなら、今夜見たものが地下だけに留まると思わないことよ」


言い終えると、彼女は手を伸ばしてきた。俺の外套のポケットめがけて、まっすぐに。


素早い動作だった。予告もなく、遠慮もなかった。


俺は本能的に手を上げて、彼女の手首を掴んだ。


手は温かかった。ただ、手首の骨が思ったより硬い。長年、工具と重いものに磨かれてきた感触だ。彼女もまさか俺が直接止めるとは思っていなかったらしく、眉間にしわが寄り、もう片方の手がほとんど上がりかけた。その一瞬、距離がぐっと詰まって、彼女の目の奥にある、ごく細い琥珀色の光が見えた。明るくはない。だが銅の中で火が燃えているような光だ。


「離して」彼女が言った。


「先に手を引っ込めろ」俺は返した。


「今、あれが静かかどうか確かめたいの」


「だからって、いきなり手を突っ込む理由にはならない」


彼女は引かなかった。その近さで、彼女の汗と油の匂いはもう工房の匂いじゃなく、何か露骨な侵犯の感触を帯びていた。わざとやっているわけじゃない。分を知らないわけでもない。もっと正確に言えば、「分を先に立てる」という発想が、最初から彼女の中にないのだ。確かめたければ直接動く。触れたければ触れてから考える。

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