S2第十六章 護國の番人
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
午後二時三十分 広島護國神社、鳥居の下
目の前にそびえ立つ、傲慢なまでに壮麗な拝殿を仰ぎ見る。空気は、魂から脂を焼き出すのではないかと思えるほどに乾燥し切っていた。
「弥生、ここのオーナーが本当に馬三娘にビザを発行してくれるんだろうな?」
僕はポケットを軽く叩き、中でぶるぶると震えているアピスを宥めた。この腰抜けめ。電車を降りた途端に僕の懐に潜り込みやがって。さっきまでの「北欧貴族」のプライドはどこへ行ったんだ。
神代弥生は深く息を吸い込んだ。その眼差しは厳粛で、微かな虔誠ささえ帯びている。
「周さん、これは商売ではありません」
弥生ちゃんは声を潜めて言った。「これは『神系交渉』です。護國神社の諸神はこの祭壇を守護しています。もし彼らが、馬面様をあまりに凶残な存在だと判断すれば、私たちを侵入者として即座に鎮圧にかかるでしょう」
「ちっ、つまり交渉が決裂すれば、広島城の中で九万人を超える老兵たちとやり合わなきゃならんってわけか。最高だな」
「周さん!」
「分かった、分かったよ。黙ってりゃいいんだろ」
僕は口を噤み、ウィンチェスターの感触を確かめながら、静寂という名の刃が突きつけられた参道へと足を踏み出した。背後では、林雨瞳と葉綺安が、それぞれ異なる温度の殺気を纏いながら続いている。
拝殿の奥から、数千、数万もの「意志」が、冷徹な法官のような重圧をもって僕らの全身を舐めるように品定めし始めた。
午後二時四十五分 広島護國神社、社務所内殿
神社側に事情を説明した後、僕らは拝殿の奥にある「斎館」へと通された。厚みのある畳が敷き詰められたその部屋には、長年蓄積された白檀と古い紙の匂いが充満している。
「周さん、くれぐれも慎ましく」
神代弥生が僕の耳元で低く警告した。彼女は今、両膝を揃えて畳の上に端正に跪いている。膝の上で握りしめられた彼女の指先は白く強張っていた。この死寂とした空間で、それだけが唯一の不安なリズムを刻んでいる。
「分かってるって。今は猫より大人しくしてるよ」
僕は襟元を緩めた。右手のポッケに入れた漆黒の「飛龍」の魂釘ソウル・リベットが、熱を帯びた氷塊のように存在を主張し、この部屋の清浄な空気と激しく反発し合っている。
林雨瞳と葉綺安は入室を拒まれ、廊下で待機させられていた。ユートンは回廊の柱に背を預け、火眼金睛かがんきんせいこそ見せていないものの、その霊圧は神社の結界の境界線を執拗に探っている。一方のキアンは、魂を失った狙撃銃を握りしめ、この「ビザ面接」の出口を忌々しげに見張っていた。
ギィ……と、重々しい音を立てて襖が開いた。
濃紫の狩衣を纏った、白髪の老者が入室してきた。彼が一歩踏み出すたびに、畳が物理的な重みを超えた何かで沈み込む。それは宮司という立場が背負う、廣島九万の戦歿者たちの重量そのものだ。
「神代の末裔、それに……死気を纏った異邦の者か」
宮司は上座にどっしりと腰を下ろし、深邃な眼差しを弥生ちゃんに向け、最後には僕のポケットの中にある右手に留めた。
「この祭壇において外邦の鬼将を喚ぶ……それが何を意味するか、分かっておるのか?」
「意味なら分かってますよ。俺たちに戦うチャンスが生まれるってことだ。もし失敗すりゃ、廣島ごと瀬戸内海の底に沈むことになる」
僕は遠慮なく、漆黒のリベットを取り出し、畳の上に叩きつけた。死気と神域の霊気が衝突し、鈍い衝撃音が室内に響く。宮司の眉がピクリと動き、弥生ちゃんは驚いて身を震わせた。
「……面白い」
宮司はリベットを凝視し、その眼差しに冷徹な色が混じる。「確かに『飛龍』の遺恨。だが、護國の戒律は動かせぬ。御札が欲しくば証明せよ。その『馬面』とやらか、この街を第二の地獄に変えぬという証をな」
「証明、だと?」
僕は鼻で笑った。「俺の仲間がその証明だ。綺安、入れ」
襖が開き、葉綺安が沈黙を守ったまま入ってきた。銃は持たず、両手を腿の横に垂らしたその姿は、馬三娘マー・サンニャンを失った虚脱感のせいでひどく華奢に見えた。それが宮司の威圧感の下では、より一層痛々しく強調される。
「……その器には、確かにあの鬼将の余熱が残っておるな」
宮司は視線を鋭い矢のようにキアンへ向けた。「だが、それだけでは足りぬ。異邦の者よ、この祭壇を納得させてみよ。喚び出すものが、新たなる災厄ではないことを」
宮司が不意に袖を振ると、純白の霊風が室内で爆発した。
弥生が押し殺した悲鳴を上げ、その圧倒的な階級差による圧力に耐えかねて前のめりになる。彼女は死に物狂いで身体を支え、喘ぐたびに焦げた白檀のような匂いが肺を満たしていく。
「宮司様!」
弥生が顔を上げ、その瞳に今までにない強固な意志を宿らせた。
「呉の『大和』が目覚めれば、この廣島の鎮魂壇すら崩壊します! 考えてください、もし鎮魂の結界が破られれば、溢れ出した二十万の亡霊がこの街を喰らい尽くすのですよ! 周さんの力は不吉かもしれませんが、彼は釘を抜き、この海を救おうとしているのです!」
蒼白な顔で必死に訴えかける弥生ちゃんと、霊風の中で青ざめながら耐えるキアンの姿。
僕は猛然と手を伸ばした。焦げ付いた右手の「死神の指輪」から漆黒の霧を噴出させ、宮司の純白の霊圧を強引に引き裂く。そして、震えるキアンの手を力強く握りしめた。
「いいか、ジジイ」
僕は宮司を睨みつけ、氷のように冷徹なトーンで言い放った。
「宗教美学に付き合ってる暇はねぇんだ。さっさとビザを出すか、それとも俺がこの熱り立った釘を持ってこの部屋を出ていくか選べ。後者を選べば、ウェイスマンウェイスマンの黒泥がお前のこの綺麗なオフィスを飲み込むのを指をくわえて見てることになるぞ」
沈黙が部屋を支配した。ポケットの中でアピスがガタガタと震える音だけが微かに聞こえる。
宮司は僕を凝視し、長い沈黙の末、その視線を弥生ちゃんへと移した。彼女の言葉や瞳ではなく、ただ、高階位の霊圧が衝突する極限状態で、紙のように白い顔をしながらも一歩も退かずに身体を支え続ける若い巫女の姿を、九万の人生を見届けてきたその眼で静かに見守っていた。
「……外邦招魂の御札を持ってまいれ」
宮司が屏風の裏に控える影衛に命じ、それから僕を射抜くような視線を向けた。
「だが忘れるな、異邦の者よ。この御札が使えるのは一度きり。もし貴様が喚び出した馬面が暴走すれば、その鬼将もろとも貴様ら全員を海底に封印してくれよう」
「交渉成立だ」僕は不敵な笑みを浮かべた。「プレッシャーのきついアフターサービスは、嫌いじゃないんでね」
宮司の枯れ枝のような指が微かに弾かれると、古びた黄金の光を放ち、黒い鎖状の霊紋が刻まれた『外邦招魂の御札』が畳の上へと緩やかに舞い落ちた。紙というよりは風乾させた皮革のような重厚な質感。そこからは日本諸神の排他的で冷徹な威圧感が漂っている。
「これが貴様たちの求めた『旅券』だ」
宮司の声は、砂礫が擦れ合うような老いを感じさせた。「だが肝に銘じよ、異邦の者。これは振り回して遊ぶ玩具ではない。この呪符を燃やせるのは一生に一度、九万の英霊の監視と繋がっておる。もし喚び出した鬼将がこの地で暴走すれば、九万の魂は枷と化し、貴様とその異国の神を瀬戸内海の泥濘へと沈めるだろう」
「ありがとよ、クソジジイ。保証期限付きのプレゼントは大好物だ」
僕は包帯の巻かれた右手を伸ばした。指先の「死神の指輪」から漏れ出す黒気と、御札の黄金の光が接触した瞬間、ジリジリと弾け合うような拒絶反応が起こる。僕は顔色一つ変えず、その重みのある切り札を懐へとねじ込み、胸元に密着させた。伝わってくる氷のような圧力が、わずかに僕の意識を覚醒させる。
「周さん……」
隣で神代弥生じんだい やよいが、それまで張り詰めていた背筋をようやく崩し、畳に頽おれた。高階位の霊圧が衝突する中、緩衝材としての役目を果たした彼女は、全身に汗を滲ませている。濡れた白衣が肩や背中に張り付き、荒い呼吸とともに、熱を帯びた生々しい吐息が漏れた。
「行くぞ。ビザは手に入れた。だが呉の深部までは、自力で辿り着かなきゃならん」
僕は脱力した神代さんを抱えるようにして立たせた。彼女の体温は高く、白檀の香りと高濃度霊圧の燃え滓のような匂いが鼻腔を突き、思考を強制的にクリアにさせる。門に目を向けると、葉綺安イェ・キアンが僕の懐を見つめていた。その瞳には、馬三娘マー・サンニャンへの渇望と、凡人としての不甲斐なさが入り混じった複雑な色が浮かんでいる。
「キ安、持っておけ」僕は懐の御札を叩いた。「これが最後の保険だ。だがその前に、お前の腕で道を切り拓いてもらうぞ。三娘がいなきゃ、お前はただの殺人鬼にもなれないのか?」
「人聞きが悪いわね。私の本業は国民的アイドルだって忘れたの?」
キアンは鼻で笑うと、狙撃銃のボルトを勢いよく引いた。金属同士が噛み合う澄んだ音が回廊に響き、暴力的な美学を描き出す。
「へぇ、歌声で悪霊退散でもしてくれるのか?」僕は下品に笑った。「悪いが、吟遊詩人は今、間に合ってるんだ」
「ジョウ・シーダー、あんたのその口、本当に……」
キアンは呆れたように目を剥いた。それはアイドルとしての体裁など微塵もない、いつもの彼女の顔だった。
だがその直後だ。彼女の視線がふいにとこか遠くを彷徨い、瞳の中から一切の戦意と殺気が霧散した。代わりにそこに宿ったのは、哲学的ですらある「空虚」と、抗いがたい生理現象に対する「悟り」だった。
まるで、騒がしかった世界から音が消え、脳内でポン、ポン、ポンと三つの孤独なドラム音が響いたかのように。
「……腹が、減った」
キアンは信じられないほど真剣な眼差しで僕を見つめ、まるで死地へ赴く戦士が最後に遺す「遺言」のような重圧を込めて、その一言を絞り出した。
「お好み焼きが食べたい。それも、鉄板の熱でソースが焦げる匂いがする、本物の広島焼きだ」
せっかく作り上げた出撃前の緊張感が、一瞬で瓦解した。僕が視線を向けると、エリスエリス様は優雅に爪の手入れをしながら「この茶番はどこまで続くのかしら」と言いたげな意地悪い笑みを浮かべている。ポッケのアピスアピスに至っては、いつの間にか羊羹の残りを頬張っていた。
「分かったよ、広島焼きだな。それも『肉玉そばダブル』の豪華版だ」
僕は溜息をつき、右手の漆黒のリベットを強く握りしめた。これから廣島を飲み込もうとしている地獄のヘドロよりも、空腹で暴動を起こしそうなこの女の方が、ある意味では恐ろしい。
午後六時四十五分 広島駅 ekie「電光石火」
護國神社の古臭い神職共とやり合うのに、予想の倍以上の時間を食わされた。鳥居をくぐり抜けた時、広島の夕陽はとっくに過去のものとなり、代わりにネオンに照らされた重苦しい夜雲が空を覆っていた。
僕は足を止め、包帯が巻かれたまま鈍痛を放つ右手を振った。腕時計を確認し、疲れ切った女たちに向かって宣言する。
「予定変更だ。今夜は腹一杯食って、ホテルで泥のように眠る。呉の硬い骨を齧りに行くのは、明日だ」
広島駅の喧騒は相変わらずだ。通行人にとって、これは単なる火曜日の忙しい夕暮れに過ぎない。だが、死神の指輪と神道のパスポートを抱えた僕ら狂人共の目には、灯火の灯るこの駅舎すら、地獄行きの待合室に見えていた。
若草町を抜け、徒歩五分で広島駅北口へ戻る。葉綺安が先頭を切り、三日三晩飢えた黒豹のような勢いで ekie 一階の広島焼きコーナーへ突っ込んでいった。
空気中に漂う濃厚な豚脂と、わずかに酸味を帯びたソースの焦げる匂い。この生者の熱気に満ちた香りは、護國神社のあの乾いた白檀の死寂とは対照的だった。
「ここに決めたわ」
キアンは 電光石火 の鉄板の前で急ブレーキをかけた。彼女の視線は、職人の手で黄金色の卵に包まれ、半球体のように美しく成形された広島焼きに釘付けになっている。
「この構造……驚異的ですね」
神代さんが居心地悪そうに腰を下ろした。メニューを覗き込む彼女の神域の容積が、厚みのあるカウンターにずっしりと預けられ、隣の席の中年男たちの視線を無意識に奪っている。彼女は鉄板の上で弾ける麺の音とキャベツの甘い香りに、ようやく安堵の色を見せた。
「お前のその構造力学に比べりゃ、これは基本形だよ」僕は口の苺飴を吐き捨て、「電光石火」三つと、広島産の牡蠣を贅沢に乗せた海鮮焼きを二つ注文した。
「シーダー、その右手でコテが握れるのかしら?」
僕の向かいに座る林雨瞳の瞳に、鉄板の火光が危険な紅い光となって反射する。彼女はソースの絡んだ麺を優雅に持ち上げながら、僕の包帯を射抜くような視線で捉えた。その眼差しは、ガーゼの奥に潜む重油のような傷跡すら見通しているかのようだ。
「引き金が引けるうちは、動かしてやるよ」
僕は右手の疼きを堪えながら、職人が鮮やかにコテを操る様を眺めた。ソースが弾ける「シーッ」という音が、凍りついた僕の魂をわずかに解かしていく。
隣にはシキが沈黙して座っていた。彼女の無言の重力場は今、驚くほど安定しており、見えない盾となって鉄板の油煙をカウンターの下へと押し込めている。彼女は熱気溢れる広島焼きを見つめ、その瞳に極めて稀な、存在への渇望を滲ませていた。
「ジョウ……重力の配分が、完璧だ」
キアンはといえば、もはや究極の戦闘状態だった。馬三娘との断絶以来、彼女は凡人としての狂気に陥っている。巨大な広島焼きを処刑するかのような手際で等分に切り分け、一口ごとにその空虚を埋めるように飲み込んでいく。神との対峙を前にした飢餓感が、今この瞬間、束の間の報酬を得ていた。
「……美味しい」
彼女が不明瞭に呟くと、ようやく顔色に赤みが戻り、瞳に宿っていた凡人ゆえの刺々しさがわずかに和らいだ。
広島焼きの熱気が僕らの間に立ち上り、それぞれが傷を負ったこの集団を、一時的にまともな風景へと変えていく。懐に隠したあの熱い御札が、この世の「煙火」を吸い込んでいるかのようだった。明日の戦いのために、人の世の温度を蓄えている。
窓の外、闇へと沈んでいく広島の山々を眺める。
明日。揺り籠であり祭壇でもある呉港が、血塗られた釘とともに僕らを待っている。
午後八時三十分 広島、若草町「二葉ビューレジデンス」テラス
広島焼きの脂の匂いがコートに残っている。民宿に戻った後、皆は明日の装備を整えていた。弥生ちゃんは既に窓際のベッドで眠りにつき、ユートンはリビングで老高と呉の地形図を確認している。
僕は掃き出し窓を開け、テラスへと出た。広島駅北口のレールが、月光を浴びて冷たく銀色に光っている。
「……やっぱり、ここにいた」
背後から、掠れた声が聞こえた。キアンはトレードマークのタクティカルキャップを脱ぎ、黒髪を夜風に乱している。手には開けていないビールの缶を持ち、空虚な眼差しで南方の呉の方角を見つめていた。
「寝ないのか? 明日は大和と命のやり取りをするんだぞ」
僕は煙草を咥えたが、火はつけず、ただその感覚を確かめる。
「眠れないわよ」
彼女は自分の掌を見つめた。重火器を扱い慣れたその手が、今は微かに震えている。
「周 士達、正直に教えて……三娘を欠いた今の私に、明日の勝算がどれだけあるか」
「勝算、か」
僕は笑った。「この商売に勝算なんて最初からないさ。佐世保で黒泥に飲み込まれそうになった時、勝算なんて考えたか?」
「……それは違うわ。あの時は三娘がいた。私が耐えきれなくなれば、彼女が代わってくれるって分かっていたから」
キアンは自嘲気味に口角を上げ、凡人ゆえの挫折感を滲ませた。「今は……ただの、銃を撃てるだけのアイドル。もしあのリベットから噴き出す霊圧が私のキャパを超えたら、私は弥生の肉盾になる資格すらないのよ」
彼女は室内で眠る神代さんを一瞥し、複雑な感情を瞳に宿らせた。
「あの神域の容積だって……癪に触るけど、彼女の天賦の才能であり、武器だわ。それに引き換え、私は? 自分の神様すら見失って」
「キアン」
僕は向き直り、右手を欄杆に預けた。包帯の下の死気が微かに脈動する。
「馬三娘がお前を器に選んだのは、スタイルがいいからでも家柄がいいからでもない。お前の中に、鬼神すら恐れる『凶暴なまでの意志』があるからだ」
僕は彼女の瞳を射抜くように見つめた。スポットライトを浴び、そして血の海に浸かってきた、あの瞳を。
「明日、長迫公園で必要なのは『馬面』じゃない。台北の路上で悪霊を息絶えるまで追い詰めた、あの葉綺安だ。たとえ凡人だろうが、弾丸さえ正確に撃ち込めれば――」
キアンは長く沈黙し、不意にビールのプルタブを荒々しく引き上げた。そして、喉を鳴らしながら一気に煽る。
「ジョウ・シーダー、あんたのその安っぽい慰め、ますます腕が落ちたわね」
彼女は口元を拭い、その瞳から空虚さが消え、鋭利な殺気が戻ってきた。「でも……ありがと。明日、もし私が死んだら、あの御札を私に焼いてちょうだい。地獄で三娘に挨拶しなきゃならないから」
「お前は死なない」僕は鼻で笑った。「次回のコンサート、まだ楽しみにしてるんだからな」
「……ちっ。だったら、ちゃんとアリーナ席のチケットを買いなさいよ」
彼女は背を向け、室内へと戻っていった。その足音は、かつての迷いのないリズムを取り戻している。僕はその背中を見送り、再び南方の沈黙する闇へと目を向けた。
広島の夜が、ようやく深い静寂へと沈んでいった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




