73.第二号公告 73-1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺たちが門の内側に引っ込んで、まだ大して時間も経っていないのに、先に爆発したのは希のほうだった。
一通のメッセージじゃない。壁一面、同時多発だ。
彼女がプロジェクターを大広間に叩きつけると、スクリーン全体が炎上中の外務省みたいに真っ赤に燃え上がる。オーストリア、ポーランド、チェコ、ハンガリーが真っ先に躍り出てきて、ドイツのメディアまで窓口はどこだと問い始めている。さっきまで冷ややかに傍観していただけの国際チャンネルも、急に「ドラキュリヤ=バートリ大公永遠領」の綴りを完璧にマスターしたらしい。
俺はその光景を見ながら、口笛を一つ鳴らした。
「最高だな。国際社会ってのは、扉が開いたと気づいた途端、観光客より速いスピードで列作りを始めやがる」
希は顔も上げず、キーボードを戦闘モードで叩きながら言う。
「列なんかじゃない。初回受付番号の争奪戦だよ。オーストリアは正式な接触窓口の確認、ポーランドは法的地位と領内代理の有無、チェコは文化観察代表を派遣できるかどうか、ハンガリーは一番ストレート――『先に人を一組送っていいか』だって」
林雨瞳が横で、流れていくメッセージを冷たい目で追う。
「さっきまで高見の見物。今は椅子取りゲームの奪い合い」
俺は笑った。
「人間の二大特技だな。野次馬と、席取りだ」
ヴァヴラがタブレットを受け取り、一瞥しただけで眉一つ動かさず、仕分けを始める。
「正式な接触要請は三種に分類する。国家、メディア、法務オブザーバー。具名なし、所属なし、連絡先なしは、全部後回し」
俺は首を傾げて彼を見る。
「お前、どんどん国境管理センターっぽくなってきたな」
「お前より使えるだけマシだ」
「それ、事実に基づいた人格攻撃だぞ」
エリザヴェータは大広間の中央に立ち、壁一面に流れる情報を、淡々と眺めている。その顔は冷え切っているが、無関心なわけじゃない。あの女は、一面の騒ぎをまず目の中で計量してから、どこから血を流させるか決めるタイプだ。
彼女が口を開く。
「政府側はどうしておる?」
希が、もう一枚の画面へと切り替える。
今度は国内ニュースチャンネルの速報ウォールだ。
赤いテロップが次々と流れていく。
政府、緊急の省庁横断会議を招集 首相府、口裏合わせを要求 『新実体の承認』という表現の使用を禁止 財務・内務・文化・司法の四省、全面的に危機対応モードへ移行 外国からの接触要請が急増 政府、『暫定接待秩序』を検討開始
俺は実に気分よく眺めていた。
「最高だ。今度はあいつらの番だ。会議室で内輪噛み合い祭りだろ」
林雨瞳が鼻を鳴らす。
「会議で言ってること、だいたい想像つく。一言目:誰の許可で一年一ユーロなんて書いた。二言目:誰の許可で本当に扉を開けた」
「三言目」俺が付け足す。「今から誰のせいにするか」
葉綺安はソファの肘掛けに腰掛け、悪い笑みを浮かべて足を揺らす。
「四言目が一番面白いわ――『あの文言、今からでも撤回できないか』」
俺はエリザヴェータを見る。
「あんたの見立てだと、あいつら、どう帳尻合わせに来る?」
彼女は投影を見たまま、平板な声で答える。
「まず言葉を切り離す。次に責任の所在を切り離す。最後に、対外窓口を奪い返しに来る」
ヴァヴラが頷く。
「奴らは『外国との接触は政府経由であるべきだ』と主張してくる。永遠領を『国内の特殊な取り決め』に押し込めて、外部とのやりとりを一度すべて自分たちの手の中に通してから、ふるいにかけるつもりだ」
俺は聞いた瞬間、笑い出した。
「道理だな。家を貸し出したくせに、玄関番の椅子に居座って宅配便を代理受領する気でいやがる」
エリザヴェータはそこで彼を振り返る。
「ゆえに、第二号公告を、今この場で出す」
財務次官一派がこの一言を聞いたら、その場で寿命が三分は縮むだろう。
ヴァヴラが顔を上げる。
「内容は?」
彼女はすぐには答えず、階段のほうへ二歩ほど移動した。これから放り投げるもののために、空間を空けているかのように。
「臨時の徽記。対外窓口。受け入れの順番。そして一文――」
一拍置く。
「永遠領は、接触は受ける。代弁は受けぬ」
俺は即座に笑い出した。
「最高だ。その一行で死人が出る」
希はもうキーボードを叩き始めている。
「まず三バージョン作る。法文版、メディア版、外国語ショート版」
林雨瞳が補う。
「ビジュアル版も。これは単なる告知じゃないって、一目で分からせる。『コメント』じゃなく『ヘッダー』だってね」
俺は眉を上げる。
「徽記は?」
エリザヴェータは答えの代わりに、指輪を外してみせた。そのまま主卓の上に置く。
全員の視線が集まる。
黒金の石座には、古くて冷たい意匠が刻まれている。細長い盾形の輪郭、その中心に一筋の細い月。月の下には、下向きに伸びる双翼の線。そしてさらに下へと、血の滴にも、剣先にも見える垂直の紋が一本。
俺は数秒ほど見つめてから、思わず声を漏らした。
「……ほう」
葉綺安が横で吹き出す。
「その反応、文化的教養ゼロね」
「文化の問題じゃない」俺は指輪から目を離さずに言う。「これを言葉にした瞬間、本気で国章になりかねないのが怖いだけだ」
エリザヴェータは指輪を見下ろし、淡々と告げる。
「まずは暫定の徽記じゃ。本来の法徽は、今はまだ定めぬ」
ヴァヴラはすぐにメモを取る。
「名称は?」
彼女の答えは速かった。
「月翼血鋒とす」
俺はもう一度、その紋様を見下ろした。
納得だ。この女は本当に、「触ると血を見る」と誰にでも分からせる名前を付ける才能がある。
希がリングの面を撮影してシステムに取り込み、投影ウォールにはすぐにクリーンな線画版が浮かび上がる。黒地に、銀の月、一筋の赤い線が中央を真っ直ぐ貫く。簡潔で、冷たく、少しも好かれようとしていない。
大広間が、一瞬さらに静まった。
誰もが分かっている。この種のものが一度公告に載れば、それは単なる絵ではなくなる。
ヘッダーになり、刻印になる。
これから出ていくすべての文書、すべての回答が、その下に骨組みを生やしていく。
ヴァヴラは投影された線画を見上げ、低く言った。
「第二号公告のヘッダー、暫定徽記『月翼血鋒』」
エリザヴェータが頷く。
「そこに、対外窓口を付す」
「法務と行政だけに絞るか? それともメディアも入れる?」
「三つじゃ」彼女は言う。「法務と手続きの窓口。報道と公開情報の窓口。対外接触と接待の窓口」
俺は眉を上げた。
「城の中にそのまま外交カウンター作るつもりか」
彼女はちらりと俺を見た。
「他に、扉を開ける理由があると思うか?」
俺は吹き出す。
筋が通ってる。恐ろしいほどにな。
希は公告テンプレートを呼び出し、ヴァヴラが口述を始め、林雨瞳が文言を削りながら、メディア向けバージョンを、コピペしやすい長さに圧縮していく。
俺はその様子を眺めながら、妙な感覚にとらわれていた。
昨日の俺たちは、まだ裁判所の玄関先で、受付の流れを白状させていた。
今日は城の中で第二号公告を作り、内容は徽記、窓口、順番待ちのロジックだ。
世界がひっくり返るときには、やわらかな移行期間なんて、ほとんど用意されていない。
ヴァヴラが草案の読み上げを始める。
「ドラキュリヤ=バートリ大公永遠領 第二号公告」
「一、本領への対外接触の秩序を確保し、名乗りを上げぬ仲介者による詐称を防ぐため、本公告発出の時点より、暫定徽記『月翼血鋒』を正式に運用する。当該徽記は、本領名義の公告、書面、窓口および権限付与の暫定的な識別として用いる」
「二、本領は、下記の暫定対外窓口を設ける。法務および手続きの窓口。報道および公開情報の窓口。対外接触および接待の窓口。本領と接触を希望するすべての国家、機関、メディアおよび観察代表は、具名のうえ申請すること」
「三、本領は正式な接触は受けるが、いかなる第三者、政府部門、または未承認のプラットフォームによる代弁、代行のスケジューリング、代行の制限を認めない」
ここまで聞いて、俺は思わず手を打った。
「見事だ。その一行は、政府の指を切り落とすための刃だな」
林雨瞳が冷たく補う。
「さらに――『本領が確認していないいかなる外部の言説も、本領の立場を代表するものとはみなさない』」
ヴァヴラが頷く。
「加える」
エリザヴェータが続ける。
「四、第一陣の接触優先順序は、本件に直接の近接政治、交通、法務および文化上の利害を有する者を優先とする」
俺は眉を上げる。
「翻訳すると――まずは四つの隣国から通す。他はその後、ってことか」
彼女はこちらを向き、迷いなく頷く。
「そうじゃ」
俺は笑いを堪えなかった。
潔いにもほどがある。
希は素早く第二号公告をウォールに上げる。暫定徽記がヘッダーに据えられた途端、文面全体の印象がガラリと変わる。第一号公告が「宣言」だったとすれば、第二号公告が出たことで、永遠領という存在に、いきなり行政の背骨が通った。
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