71.家に帰ろう 71-4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
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エリザヴェータは大広間に戻り、中央階段の前で立ち止まった。
その階段は上へと続き、奥の展示室と各部屋へと通じている。
彼女は二秒ほど見上げ、それから全員に向き直った。
「これより、領内第一の掟を布告する」
場内が、さらに深く静まり返る。
彼女はゆっくりと語る。一句一句が短く、取り繕う隙を一切残さない。
「許可なく、銭を取るな」
「許可なく、物を動かすな」
「許可なく、ファイル名を変えるな。ラベルを変えるな。言い方を変えるな」
「許可なく、暫定管理を固有の権利と偽るな」
「許可なく、歴史保護の四文字を、今の収益の隠れ蓑にするな」
彼女の視線が、一人ひとりの顔を射抜いていく。
「そして――」
館の職員たちに目を向ける。
「今日より、領内では言葉を正確に使え」
誰も声を上げない。
彼女は続ける。
「観光客に問われたら、権利交接と租回管理の発効により本日は通行証の販売を停止していると答えよ。記者に問われたら、一切は正式確認書に従い執行中と答えよ。官員に問われたら、ヴァヴラを訪ねるよう伝えよ」
俺は思わず彼に顔を向けた。
「お前、今日から本当にコールセンターになったな」
ヴァヴラがついに返してくる。
「お前がもう一言余計なことを言ったら、第一の掟に『お前は黙れ』を追加する」
「却下だ。それは人格権の侵害にあたる」
葉綺安が後ろで、実に悪い笑いを漏らす。
俺のその一言で空気が少し緩んだが、散りはしなかった。
釘で打つべきものは、すでに全て打ち込まれていたから。
これは演説じゃない。
新たなルールの着地だ。
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そのとき、外から一段と大きな喧噪が押し寄せてきた。
希の声がイヤホンから飛び込んでくる。
「海外メディアが『年一ユーロ租回管理』と『権利交接発効』の二段を速報に切り出した。オーストリアとポーランドが領内代理制度の詳細を追い始めた。チェコのメディアが領事館設置の可能性を問い合わせてる。ハンガリーは直接『大家の帰還』って見出し打ってる」
俺は吹き出しそうになった。
最高だ。
外が燃え上がりながら、内で掟が立ち上がっていく。
内外が同時に動いてこそ、国家という巨大な機械も、これが記者会見一つで揉み消せるような話じゃないと骨身に染みる。
エリザヴェータはそれを聞き終えると、一言だけ言った。
「重畳」
そして振り返り、ヴァヴラに目を向ける。
「代理の取り決め。今から申せ」
ヴァヴラはノートパソコンを閉じ、顔を上げた。
「今この瞬間より、領内に関わる全ての書面と行政窓口は、俺が一本化して受け取る。政府各部門、基金、地籍、文化財、財務監理、旧鉱業権案件、地域運営プラットフォーム――今夜六時までに第一陣の窓口名簿と実際の担当者を提出しろ。一つでも漏れたら、名指しで記録する」
ヴァヴラは一拍置いてから、続けた。
「第二に、二十一日以内の地籍分割初期標示、旧鉱業権重複の一次調査、収益保全名簿、過去の収益分類と保留意見の完全な添付書類――すべてカレンダー通りに進める。遅延について、『システムトラブル』は理由として認めない」
俺は横から一言挟む。
「『当部署の管轄外でして』ってたらい回しも却下な。今日はもう、配役ごっこは十分やっただろ」
向かいに並んだ連中は、反論する気力すら失せていた。
当然だ。俺の台詞が、あまりにも的確すぎる。
ヴァヴラが続ける。
「第三に、領内の現場連絡官は、館の責任者と書庫見証人エヴァが共同で暫定担当する。部屋の開封、倉庫の棚卸し、帳務の照合、監視映像のバックアップ――いかなる場合も、二人同時の立ち会いを必須とする」
館の責任者の顔色が変わり、エヴァは再び全身を石のように固めた。
上等だ。
太い釘と細い釘。二本あれば、ここはひとまず動かない。
エリザヴェータが最後に、俺に目を向けた。
「周士達」
「おう」
「妾と共に、上へ参れ」
俺は片眉を上げる。
「今すぐか?」
「いかにも」
「何をしに?」
彼女は上層へ続く階段を見上げ、とうの昔に決まっていた運命を確認するような、平坦な声で言った。
「まず見定めるのじゃ。どの階から、ここが妾の領分と呼ぶにふさわしいかをな」
俺の口元が、じわりと吊り上がる。
「そいつは気に入った」
俺は振り返り、大広間にまだ立ち尽くしている連中を一瞥した。
政府窓口、館の職員、基金の人間、代理人、見証人、そして外でまだ燃え上がり続けているメディアの波。
掟は立った。代理も決まった。租回管理は紙の上から、石の床を踏み鳴らす足音に変わった。
そして今、彼女は階段を上る。
その行為そのものが、どんな速報よりも雄弁な宣告だった。
俺は後に続き、靴底で階段を踏みしめる。一段、また一段と。
背後では、誰かが小声で鍵の引き継ぎを読み上げ、誰かが名簿を確認し、誰かがチケット販売用の印章を封印し始め、誰かが不在の権限保持者に「今すぐ現場に転がり込んでこい」と電話をかけている。城全体が、長い眠りから覚めたばかりの巨大な獣のように、まず骨をきしませ、次に血を巡らせ始めていた。
俺は彼女の半歩後ろを歩きながら、声を落として言う。
「なあ、あんた今、政府まるごと臨時の管理会社扱いしてる自覚あるか?」
彼女は振り返らない。
「それ以外に何と見よ?」
彼女は手を上げ、指先で階段の手すりをそっと撫でた。
「奴らは元より、いささか長く居座りすぎただけの仮住まいにすぎぬ」
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