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60.「前向きに検討」の嘘 60-1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

政府側の反応は、俺の予想より早かった。


もちろん、問題解決が早いわけじゃない。


外へのコメント発信が、やたらと早かった。


さっきの小会議室を出てまだ大して時間も経っていないのに、(シキ)が俺の目の前にスマホを突き出してくる。画面には配信されたばかりのニュース速報。見出しの現地語はよく分からなかったが、下に混ざっている英単語はいくつか読めた。


official response under legal review historical property claim


その文字列を見た瞬間、こめかみがピクリと跳ねた。


「来たな」俺は言った。「やっぱり来やがった」


林雨瞳(リン・ユートン)は隣に立ったまま、淡々とした声で言う。


「先手。ナラティブの奪取」


「ああ、しかも一番タチの悪いやり方でな」俺はスマホを(シキ)に返した。「否定もしない、認めもしない、責任も負わない。ただ『依法研議』って一言だけ放り出して、何かやってるように見せかけながら、実際には案件を沼地に蹴り落とす」


葉綺安(イェ・キアン)は前方の廊下を見据えたまま、ぼそっと言った。


「よくあること」


「そんなことは分かってる」俺は頭をかいた。「でもよくあることだからこそ、余計に腹が立つんだよ」


エリザヴェータは窓際に立って、最初から顔色一つ変えていなかった。


死んだ水面みたいに、平らだった。


だからこそ、俺は落ち着かなかった。


この女がその場でテーブルを叩き割ってくれた方が、まだ対処のしようがある。今みたいな冷え方は、よっぽど厄介だ。怒りが消えたわけじゃない。全部、内側に押し込んでいるだけだ。


(シキ)がすぐに次の情報を引き出す。


「三十分後に記者ブリーフィングだって」


俺は振り返った。


「そんなに急いで?」


「外がもう抑えきれなくなってる」彼女は指を滑らせる。「今は地元メディアだけじゃない。海外メディアも拾い始めてる。政府が早めに出てこないと、裁判所前の映像だけが一人歩きする」


俺は目を閉じた。


最高だ。


これが一番嫌いなパターンだ。


本格的な殴り合いに入る前に、両陣営が先にPR合戦を始めるやつ。


しかも、こっちの当事者は、素直に後ろに下がって弁護士のコメントだけにしておきます、なんてタイプから一番遠い。


俺はエリザヴェータの方を向いた。


「まさか、行くつもりじゃないよな?」


彼女はすぐには答えなかった。


ゆっくりと手袋を整え、袖口を直してから、俺を見る。


「奴らが外に向けて吠えるというなら、妾が聞いてやらぬ道理があるか?」


……だよな。


聞いた時点で負けだ。


俺は深く息を吸って、諦めた。


「先に言っとく。俺は反対だ」


「承知した」彼女は言う。


「まだ言い終わってない」


「汝の申すことは、すでに分かっておる」


「せめて聞いてるフリくらいはしろ」


「その必要はない」


クソったれが。


この女の一番ムカつくところは、俺が次に何を言うか、本当に分かっていることだ。


林雨瞳(リン・ユートン)は壁にもたれ、腕を組んだまま彼女を見た。


「今行ったら、現場は確実に炎上する」


「行かずとも炎上しよう」エリザヴェータの声は静かだった。「違いは、奴らだけで勝手に物語を紡がせるか、妾の目の前で紡がせるか、それだけのことじゃ」


筋は通っている。


厄介なのは、この女が筋を通せば通すほど、俺たちの明日以降が地獄になることだ。


結局、行くことになった。


全員が賛成したからじゃない。


誰にも彼女を止められないからだ。それに、本当に一人で行かせたら、記者会見の現場で報道官の誰かを言葉だけで脳卒中に追い込みかねない。


記者会見の会場は、ある行政ビル一階のメディアブリーフィングルームだった。広くはないが、人の数は異常だった。カメラ、三脚、集音マイク、照明、そして血の匂いを嗅ぎつけた記者たちが、空間を高級魚市場みたいに埋め尽くしている。


俺たちが横の入口から入った瞬間、会場がわずかにざわついた。


俺のせいじゃない。


当然だが。


エリザヴェータのせいだ。


今日は特に着飾っているわけじゃない。それでも、黒のドレス、手袋、生きている人間とは思えないほど白い肌、そして口を開かなくても周囲の空気を一段下げてしまうあの気配だけで、ありとあらゆるレンズが勝手に向きを変えた。


彼女の隣に立ちながら、俺はふと馬鹿馬鹿しい感想を抱いた。


この女は何もしなくても、ただここに座っているだけで、政府にとってはストレステストになる。


前方の壇上には三人が座っていた。


一人は文化担当、一人は法務系、そして一人は、急遽尻拭い担当として引っ張り出された広報連絡官。三人の顔には典型的な表情が張り付いている——自信ではなく、無理やり維持している秩序感だ。


その顔を見た瞬間、今日が始まったと俺には分かった。


案の定、出だしに意外性は皆無だった。


まずはメディアへの謝意、次に政府の真剣な取り組みの強調、続けて案件が歴史的文書・文化財・法的手続きに関わることの説明、そして——本番が来た。


「本件につきましては、現在、法に基づき慎重に検討するプロセスに入っております」


俺は下の席で、危うく吹き出しそうになった。


嬉しいからじゃない。「クソったれが、やっぱりそれか」という類の笑いだ。


隣で(シキ)が小声で聞いてくる。


「どういう意味?」


「別に何でもねえよ」俺は壇上の広報官を見たまま言う。「ただ人類文明に感心してただけだ。『引き延ばすつもりです』の一言で済む話を、十何文字にも膨らませて、いかにも何かしてるふうに聞こえるようにできるんだからな」


ステージ上はまだ続いていた。


省庁横断の調整がどうの、文書の鑑定がどうの、国際法理との整合性がどうの、手続きの完全性がどうの——。


どの言葉も綺麗に整っていた。


そして、どの一言も核心に触れていなかった。


核心は一つだけ。期限がない、ということ。


処理しないとも言わない。どう処理するかも言わない。だから全部を「法に基づき検討」という、箱の形をしたブラックホールに押し込んでしまう。


林雨瞳(リン・ユートン)は俺の反対側に立ち、声を極限まで押し殺して言った。


「そろそろ限界」


「分かってる」


「分かってないでしょ」(シキ)は前を見つめたまま、こめかみに汗が浮かんでいた。「右手を見ろって」


俺は視線を落とした。


エリザヴェータの右手は膝の上に置かれ、指先は微動だにしていなかった。


安定しすぎている。


テーブルに突き立てられたナイフみたいだ。動いていないのに、振り回されるよりもずっと薄気味悪い。


壇上の法務代表が次に口を開いた。さらに落ち着いた、さらに中身のない、さらに殴りたくなる声色で。


「正式な審査結果が出る前に、政府として、いずれの主張の真実性および効力についても、先行して判断を示すことは適切ではないと考えております」


その一言が落ちた瞬間、俺の隣の空気が、はっきりと一段階冷えた。


俺は振り返らなかった。


見なくても、今のエリザヴェータがどんな顔をしているか、分かっていたから。


怒りで歪んだ顔なんかじゃない。


むしろ、ひどく静かになる。


相手を、もうまともに言葉をかけるに値しない存在として扱うのをやめた時の、あの静けさ。


案の定。


次の瞬間、彼女は立ち上がった。


早くはない。


むしろ、とても静かな動作だった。


それでも会場全体が、その一瞬で水を打ったように静まり返った。


風すら、なかった。


ただ——さっきまでそこに立っていた人間が、次の瞬間、冷気と錆びた鉄の匂いを纏う血の霧に変わった。


会場の最初の一秒は、完全な死寂に包まれた。


二秒目、誰かの手からペンが落ちた。


三秒目、最前列のマイクが一本、ぱたんと床に倒れた。


俺はその場に立ち尽くし、その血の霧が前方からゆっくりと人の頭上を掠め、この時代には絶対に属さない色彩として、まっすぐにブリーフィングルームを出ていくのを見送った。


頭の中に残ったのは、一言だけだった。


クソったれが。


これでようやく、自分たちが何を怒らせたか、理解しただろう。


---


最初に制御を失ったのは、人間ではない。


音だった。


ブリーフィングルームはあの一秒の死寂の後、誰かが鉄槌でガラスを叩き割ったかのように、あらゆる音が一斉に爆発した。


息を呑む音。


罵声。


椅子を蹴飛ばして後ろにのけぞる音。


シャッター音、スマホの通知音、マイクのハウリング、足音、そしてどこのメディアか知らない女性記者が思い切り悲鳴を上げて、この記者会見を「政府説明会」から「国家級事故現場」に一瞬で押し上げた。


「What the hell was that?!」


「撮れたか?!今の撮れたか?!」


「どこ行った?!彼女はどこだ?!」


「警備!警備呼んで!」


壇上の三人の顔は、一人一人どんどん死人に近い白さになっていった。あまりにも多くの視線が彼女に集中していたから。カメラ、記者、政府関係者、会場の警備員、さっきまで猛烈な勢いでタイピングしていた記者たちまで、指の動きを一拍止めていた。


壇上の広報官は彼女が立ち上がるのを見て、明らかに固まった。それでも必死に口を開く。


「原告側がご希望であれば、政府としても適切な時期に、より多くの——」


「適切な時期?」


エリザヴェータが遮った。


声は大きくなかった。


それでも部屋の隅々まで、一言一言がくっきりと届いた。


「汝らは妾の文書を受け取った」


「訴状を受け取った」


「妾の前に座り、最後まで話を聞いた」


「それでも今ここに立ち、まだ『適切な時期』を待てというか?」


壇上の三人の顔色が変わった。


真ん中の広報連絡官がなんとか平静を保とうと、マイクを手に取る。


「閣下、どうかご理解ください。政府はすべての重大な公共案件に対し、法的手続きに従って——」


「これ以上、手続きでもって妾を侮辱するな」


その言葉が落ちた瞬間、シャッター音すら消えた。


本当に、一瞬で全部消えた。


俺は下の席で、ひどく明確な感覚を覚えた。


終わった。


今度こそ、本当に何かが起きる。


連絡官もまずいと分かっているはずだ。それでも職業本能が、言葉を最後まで押し出させた。


「侮辱する意図はございません、ただ依法研議——」


またその四文字だ。


依法研議。


俺はもう聞き飽きていた。


エリザヴェータはその言葉を聞いた瞬間、顔の表情がすっと消えた。


不満じゃない。


怒りでもない。


もっと乾いた、もっと完全な何かだった。


この連中が現代の官僚システムという泥で自分を引きずり下ろそうとするのを、もう許すつもりはない——そう決めたような、あの顔だ。


彼女は一歩前に出た。


たった一歩。


前列の記者が数人、無意識に半歩後ずさった。自分でも気づいていなかった。


「よく覚えておくがよい」


声はまだ低かった。


だが俺は断言できる。その瞬間、ブリーフィングルームの全員が聞いていた。


「妾は恩赦を乞いに来たのではない」


「どこかの省庁がようやく勇気を振り絞って、答えられないことを認めるのを待ちに来たのでもない」


彼女は顎を上げ、紅い双眸が二つの深い炎のように光った。


「妾は外西凡尼亞の月にして、龍の血脈を継ぐ者。カストロ主城が永久とこしえの女大公——エリザヴェータ・フォン・ドラキュリヤ=バートリ・ストックマンである」


最後の名前を口にする時、語調に一切の起伏はなかった。


叫ばない。脅さない。


ただ、事実をそこに置いた。


それなのに、あまりにも事実そのものだったから、会場はかえって静まり返った。


俺は隣に立ちながら、政府官僚たちの表情を見て、ただ一つのことを思った。


よし。


ここでようやく、分かったはずだ。


目の前にいるのは、路地でパンを売る少女じゃない。


古い血筋を自称するだけの狂人でもない。


ゴシックドレスを着て本物の文書を持ち歩く、厄介な観光客でもない。


本物だ。


ただ、気づくのが遅すぎた。


なぜなら壇上の法務代表が、まだ口を開こうとしていたから。


「閣下がいかに名乗られようとも、本案はなお——」


俺はその瞬間、目を閉じた。


クソったれが。


こいつは本気で死にたいらしい。


次の瞬間、エリザヴェータが笑った。


ほんの薄く。


唇の端がわずかに動いただけ。


そして彼女は言った。


「体面は、すでに与えてやった」


それだけだった。


二言目はなかった。


これ以上の警告もなかった。


言葉が落ちた瞬間、彼女という存在が現実から滲み出すように溶けた。


消えたんじゃない。


跳んだんでもない。


輪郭が、先に崩れたのだ。


肩から、髪の毛から、スカートの裾から、一寸一寸ほつれていって、濃く暗い血の色の霧に変わり、すべてのカメラの前で、すべてのスマホのレンズの前で、すべての政府官僚と記者の目の前で、静かに散っていった。


爆発音はなかった。


悲鳴もなかった。


風すら、なかった。


ただ——さっきまでそこに立っていた人間が、次の瞬間、冷気と錆びた鉄の匂いを纏う血の霧に変わった。


全場の最初の一秒は、完全な死の沈黙だった。


二秒目、誰かの手からペンが落ちた。


三秒目、最前列のマイクが一本、ぱたんと床に倒れた。


そして俺はその場に立ったまま、その血の霧が人の頭上を掠めてブリーフィングルームを出ていくのを見送った。


この時代には絶対に属さない色が、まっすぐに消えていく。


頭の中に残ったのは、一言だけだった。


クソったれが。


これでようやく、自分たちが何に喧嘩を売ったか、分かっただろう。


---


特にあの「依法研議」をまだ言おうとしていた法務代表は、半分腰が浮いたまま、手でテーブルの端を掴んで、表情は今まさに脳が必死に自分を説得しようとしているような顔だった——さっきのはただの照明効果だ、幻覚だ、自分はここ最近ストレスが溜まりすぎていただけだ、と。


残念ながら、そうじゃない。


会場には少なくとも二十本以上のカメラが、全部あの瞬間、彼女に向いていたんだから。


俺はその場に立ったまま、血の霧が消えた方向を二秒ほど見つめて、それからゆっくりと息を吐いた。


「クソったれ」


吐き捨てじゃない。


これは結審報告だ。


(シキ)はもう反応していた。俺の袖を引っ張る。


「行く?行かない?」


「今出たら、共犯構造として撮られる」


「今さらそんなこと気にしてんの?」


「気にしてない」俺は言った。「ただ、政府がどう死体を片付けるか見たい」


林雨瞳(リン・ユートン)は俺の隣で、まだ前を向いたまま、声を極限まで落として言った。


「本当にやった」


「ああ」俺は眉間を押さえた。「しかも、徹底的に」


葉綺安(イェ・キアン)は俺たちより落ち着いていて、一度視線を走らせただけで場全体を把握した。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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