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49.寝台列車 49-1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ブカレスト北駅の夜は、残業を死んでも認めない官庁みたいな明るさだった。


観光絵はがきに載るような光じゃないし、ヨーロッパ映画で恋でも始まりそうな、あのロマンチックな光でもない。冷たくて、白くて、どこか古い金属の反射を引きずった、硬い光だ。ホームの床はちょうど拭き終えたばかりらしく、水拭きの跡がまだ乾いておらず、ディーゼルの匂いと、レールの熱気、安っぽいコーヒー、それから長距離移動の人間から漂う、どうやっても洗い流せない疲労の匂いが混じり合っている。電子掲示板がときどき瞬き、遠くで列車が入ってくる気配。鋼鉄の車輪がレールの継ぎ目を踏むたび、その音が屋根全体を転がってきて、誰かが鉄棒で骨をゆっくり叩いているみたいに響いた。


俺はホームの端に立ち、チケットホルダーを片手に、これからハンガリー行きの夜行列車になる車両を眺めていて、ふと、ひどくバカバカしい気分になった。


つい三日前まで、俺はルーマニアの山中で古城を爆破して、吸血鬼と、治安機関と、地下実験施設と、「死人と言っていいのかどうか怪しいものども」と取っ組み合いをしていた。その俺が今は、いかにも文明的で、いかにもまともで、「お金持ちが寝ている間に国境を越えるための発明品です」とでも言いたげな高級夜行列車に乗って、ブダペストへ向かおうとしている。


しかも、すぐ隣に立っている同行者のパスポートには、十四歳と書いてある。


「間の抜けた顔をしておるぞ」


エリザヴェータが俺の左側で、淡々と言った。


今夜の彼女は、派手すぎはしないが、決して地味でもない。濃い色のロングコートに、手にはいつもの黒い日傘。足元にはあの小さなトランク、肩にはいつものバッグ。駅の照明が彼女の顔を照らし、その、あまりに若すぎる外見を、よけい作り物めいて見せている。夜行列車に乗るというより、十九世紀の貴族ホテルに入っていって、そのままオーナー一家を不眠症にして帰ってきそうな雰囲気だ。


「計算してただけだ」俺はチケットホルダーをぱちんと閉じる。「俺の魂をベルタスに質入れしてまで作ってもらったブラックカード、今日の運賃に見合ってんのかどうか」


エリザヴェータはちらりとこちらを見た。


「見合っておる。少なくとも今宵、貴様はプラスチック椅子に尻を乗せずに済む」


俺は鼻を鳴らし、否定はしなかった。


それは事実だ。


ベルタスのブラックカードが一度切られれば、話は気味が悪いほどスムーズに転がる。チケットは普通席ではないし、寝台もただの寝台じゃない。鍵付きの個室で、簡易の洗面と最低限のプライバシーが保証された上等なコンパートメントだ。駅員の視線も、他の客に向けるものより二割増しで丁寧になり、荷物タグ、乗車案内、国境越えの書類に至るまで、すべてが何か見えない手にあらかじめ片付けられているかのように用意されていた。そのスムーズさが、かえって腹立たしい。よく分かるからだ——世の中の面倒ごとの多くは、「解決不能」なんじゃない。ただ俺たちが、ふだん「じゅうぶん汚くて、じゅうぶん高価な道具」を持っていないだけなのだと。


後ろの連中は、俺たち以上にぐったりしていた。


林雨瞳(リン・ユートン)の顔色はまだ白い。傷は一応ふさがっているが、HPが全快からほど遠いのが分かる。葉綺安(イェ・キアン)は腕を組んでホームに立ち、「生きてはいるが、今日、人情に訴えかけてくるやつは誰であれ噛みつくぞ」という低気圧を身にまとっている。(シキ)はまだ、さっき駅の売店で買った何かがいかに不味かったかブツブツ文句を言っていたが、体力回復だけで言えばいちばん早い。ミルチャは見送りには来ていない。ルーマニア当局としては、俺たちを安全圏まで送り出した時点で任務完了。そこから先、どう国境を出て、どう他国の地図からフェードアウトするかは、こっちの知ったことだ。


イリナも、当然来ていない。ああいう人間は、見送りには向かない。山道の端に立って煙草を吸い、テールランプが見えなくなるまで見送り、それから黙って振り返って、「まだ死にきっていないもの」を片付けに戻る方が似合っている。


何で急に彼女の顔を思い出したのか、自分でも分からない。ただ、何かの土地を去るとき、人は無意識に、何枚かの顔を一緒に荷物に詰め込むものだ。


周士達(ジョウ・シーダー)


(シキ)が肘で小突きながら近づいてきた。


「これ、本当に安全なんでしょうね? 寝て起きたらオーストリアのどっかに売り飛ばされてました、みたいなオチ、無いわよね?」


「お前はまず、自分で自分のいびきで車両一両起こさない心配をしろ」俺は言った。


「失礼ね、あたし寝相すっごくいいんだから」


「寝た途端に布団を総取りするやつが言う台詞か」


「それは戦術展開って言うの」


相手にするのが馬鹿らしくなって、そこで口を閉じる。


そこへ駅員が近づいてきて、流暢すぎて逆に怪しいレベルの英語で、コンパートメントとパスポートの確認をしてきた。俺が書類を渡すと、向こうはそれを手早く確かめ、俺たちを本当に「ただブダペストに遊びに行くだけの東アジアからの旅行者」として扱う。世の中でいちばん不気味な現象の一つは、「現実と十万八千里ずれていても、ハイレベルなサービス精神が崩れない」というやつだ。


ドアが開き、暖房の匂いが先に飛び出してきた。


俺たちは順番に乗り込む。


通路はそれなりの幅があり、濃い色のカーペットが敷かれている。照明は落としてあって、壁やドア枠には、古いヨーロッパ製の交通機関特有の木の質感が残っている。「長距離輸送」という現実を、どうにかして「上品な移動」に見せかけようという努力のあとが見えた。個室は思っていたより広い——少なくとも、昔、台湾で乗ったどの寝台列車よりもマシだ。二つのベッドに、折りたたみのテーブル、ハンガー掛け、小さな洗面台、ペットボトルの水。窓にカーテン。必要なものは一通り揃っていて、安っぽさはない。


俺はドアを閉め、荷物を片付ける。


エリザヴェータは、入るなり自分の物の配置を始めた。


日傘をどこに立てかけるかに、彼女なりのこだわりがある。小さなトランクをどこに置くかにも、こだわりがある。バッグは通路側に出しすぎてはいけない。カーテンは一度、自分の手で最後まで閉まるか試してみる必要がある。テーブルの読書灯ですら、一度じろりと値踏みする。その三分の間に、このコンパートメントは「高級車両」から「彼女が一時的に使用を許可した空間」へと、格上げなのか格下げなのか判然としない変化を遂げていた。


彼女が傘を隅に立てるのを見て、つい口を挟む。


「分かってんだろうけど、これはルーマニアからハンガリーに行くだけで、実家の城に戻って遺産の目録でも取る旅じゃねえからな?」


エリザヴェータは振り向きもしない。


「なぜそう言い切れる?」


言葉が喉に詰まった。


……言われてみりゃ、その可能性もある。


彼女のバッグの中身については、昨夜、すでに「私財だ」という回答をもらっている。俺はそれ以上追及はしなかったが、忘れたわけじゃない。あの中に詰まっているのは、彼女の秘密だけじゃない。もっと厄介な懸念も一緒に詰まっている——誰かが、歴史のまるごとひと区画を抱えて列車に乗ってきたと分かっていても、見せてもらえるのは革張りの外側だけ、みたいな。


上着を脱いでかけ、ベッドの縁に腰をかけたところで、車体が小さく震えた。


「出たな」


「耳は聞こえておる」


列車はゆっくりとホームから這い出す。


ブカレスト北駅のライトが後ろへ流れていき、やがて窓ガラスの上を滑る帯状の反射になり、それがまた、遠くの地平線近くに押しつぶされた街の灯に変わる。速度が安定すると、あの規則的な金属音がはっきり出てくる。うるさいというほどじゃない。長距離の乗り物だけが持っている、背景の心音みたいなリズムだ。中に座っていると、自分が確かに移動していることは分かるのに、「速すぎて時間を忘れる」ほどではない、あの妙な加減。


みんな乗り込んだらすぐ静かになるだろうと思っていたが、二十分も経たないうちに、(シキ)がドアをノックして、半分だけ顔を覗かせてきた。


「うわ、なにこれ。超高級〜」


「何を想像してたんだよ」


「てっきりベルタスブラックカードって言っても、せいぜい『トイレのドアの隣だけは回避できます』くらいかと」


「それは、普通の人間が思い描く幸せのハードルが低すぎるんだよ」


(シキ)はくくっと笑い、視線がエリザヴェータに触れたところで、残りの悪ふざけを飲み込んだ。


エリザヴェータは顔を上げて彼女を見る。(シキ)は即座に言い換える。


「なんでもない。ちょっと様子見に来ただけ。こんな時に喧嘩してねーかなって」


「安心しろ」俺は言う。「今は機嫌がいい方だ」


「どこ見てそう判断してんのよ」


「まだ誰も噛んでねえ」


エリザヴェータが、見事な白眼を一つ寄越す。(シキ)は顔を歪めて笑いを堪え、結局耐えきれずに退散した。


ドアが閉まると、個室はまた静かになった。


窓の外には、もう見るべきものはほとんどない。ときどき通過する駅の灯りと、真っ暗な田園、遠くに散る小さな集落の明かりが、まばらに流れていくだけだ。エリザヴェータは下段の、窓側に腰掛け、横になりもせず、ガラスに映る自分と室内の光景を見ている。その姿勢は眠る前というより、「この列車に、妾を一つ国境の向こうへ運ぶ資格があるかどうか、見極めてやろう」という顔に近い。


俺は靴を脱いでベッドの縁にもたれ、ふと、あることを思い出した。


「そういや」


「む?」


「お前、列車って乗ったことあんのか」


彼女は二秒ほど黙り、それから口を開いた。


「これより遅きものなら、ある」


「そりゃそうだろ。お前の寿命からしたら、もっとポンコツなの、いくらでも——」


「これよりうるさきものも、これより汚きものも、これより家畜用の車に近きものも、乗ったことがある」


そこで一拍置いて、


「そして、本来走り出してはならぬのに、それでも前に進み続けたものもな」


俺は横目で彼女を見た。


別の奴が同じことを言えば、いかにも「意味深ですよ〜」と空気を作っているように聞こえただろう。だが彼女の口から出ると、ただ、積もり積もった古い回想の一ページを、何気なくめくっただけにしか聞こえない。その感じが、かえってタチが悪い。芝居じゃないと分かってしまうからだ。実際に見てきたものの量が、違いすぎる。


「で、こいつは?」俺は足元を蹴りながら尋ねる。


「高すぎる」彼女は淡々と評した。


思わず笑いが漏れる。


「それは、ごもっともで」


しばらくして、列車はどこかの国境前の駅で速度を落とした。通路に足音が増え、外の車内で低い会話と、ドアの開閉音がいくつか重なる。こういう長距離の国際夜行でいちばん面倒なのは、このタイミングだ。こっちは横になっているのに、国境線の方は、その事実を微塵も考慮してくれない。


俺はドアの方に目をやる。


「来るぞ」


エリザヴェータはバッグに手を突っ込み、のんびりとパスポートを取り出した。


それを俺に渡すときの手つきは、ワインリストでも手渡しているみたいに優雅だ。


「貴様が持って行け」


「なんでだよ」


「妾が直接渡せば、相手は年齢を見た瞬間、まず汝を疑い、次に妾を疑い、最後には人間社会全体を疑い出すやもしれぬ」


「大げさだ」


俺は二冊まとめて受け取り、立ち上がった。ちょうどそのとき、ドアが二度、ノックされた。


怪談に出てくる「不気味なノック」でも、「三回目まで絶対開けるな」とかいうルールのアレでもない。ただ、ごく普通で、ごく事務的で、容赦の欠片もない、国境審査のノックだ。だからこそ現実味がある。ドアの向こうに立っているのは、怪物じゃない。最も文明的な手段でこちらの神経を逆撫でする職員だ。


ドアを開ける。


外には二人立っていた。一人は車掌、もう一人は国境審査の係官。表情はどちらもプロフェッショナルで、目はどちらも嫌になるくらい冴えている。


「Passport, please.」


俺はパスポートを差し出した。


先に俺のを確認され、特に問題なし。流れはスムーズだ。次にエリザヴェータのを開いた係官の手も、最初は同じテンポで動いていた——生年月日と写真に視線が落ちる、その瞬間までは。


一拍、動きが止まる。


それから、ゆっくり顔を上げて俺を見る。


再び視線を落とし、パスポートを見る。


もう一度、車内の彼女を見る。


三度目に、俺を見る。


その目つきは見慣れている。「あんた、問題ある?」じゃない。「今すぐ、まともな説明をしてもらおうか」という目だ。


心の中で、短く一語だけ吐いた。


——クソ。


係官はすぐにはパスポートを返さず、資料ページを前の方へ少しめくって、自分の見間違いじゃないことを確かめてから、非常に丁寧で、非常に抑制が利いていて、しかし俺を逃がすつもりがまるでない口調で言った。


「こちらのお嬢さんは……未成年、ですね?」


俺は無表情で答える。


「書類上は、そうですね」


係官はこくりと頷き、もう一度俺を見た。


「お二人のご関係は?」


一瞬、言葉が止まる。何をどう答えても地雷に見える質問だった。


「一緒に、旅をしているだけです」


係官の目が、さらに静かになった。その静けさが一番怖い。今この場で、俺を「人身売買」「国境をまたぐ誘拐」「要注意な成人男性」みたいなカテゴリに振り分けている最中だというのが、ありありと分かる静けさだ。


「一緒に」彼はオウム返しに繰り返す。「ご家族でも、保護者でもない?」


「違います」


「では、彼女は、あなた一人と一緒に国境を越える?」


「彼女は別に——」


言い終える前に、内側に座っていたエリザヴェータが、顔を上げて平板な声で口を挟んだ。


「現状では、そうであるな」


俺は思わず振り返り、睨みつける。


彼女は何食わぬ顔だ。その「何食わぬ」が腹立たしい。分かっていて、いちばん俺の立場が悪くなるような言い方を選んでいる。


係官も、その「現状では」という一語のヤバさは察したらしく、眉間にわずかなシワを刻み、ドアの脇に立ち位置を取り直した。「この男を今から別室へご案内する」準備に入った、と顔が物語っている。


車掌も、最初はただの付き添いだったはずだが、今は職業的な警戒心をこっちに向けている。「この男が、上等な夜行列車で下等な犯罪をやらかすタイプかどうか」を測っている目つきだ。


「お客様」係官の声はまだ穏やかだ。「彼女は、この旅の目的地について承知していますか?」


「俺より前から、分かってますよ」


「彼女は、自らの意思で同行していると?」


俺が答える前に、エリザヴェータが窓枠に肘をつき、首を傾けて係官を見た。その声は、相変わらず天気の話でもするかのようだ。


「今ここで妾が『いいえ』と申したなら、そこの男を連れて行くつもりか?」


目の前が暗くなる。


「おい、エリ——」


「お客様」係官は、さっと俺を見て、「動かないでください」の顔になる。


「発言の途中で割り込まないでください」


「割り込むつもりはない。ただ——」


「ほらな」エリザヴェータは手のひらをひらりと上に向け、係官に見せる仕草をした。「もう慌てておる」


その一言で、パスポートをそのまま丸呑みしたくなった。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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