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37.真祖 37-2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

自分の衣服が擦れる音が聞こえるほど。遠くのどこかで水の音もする。後続の車の連中が背後から近づいてきて、手振りで二組に分かれた。グレゴールが俺を引き寄せ、低く言った。


「ここは船の上じゃない。英雄ごっこはするな。この辺のものは壁の中から、煙突から、排水口から出てきて噛みつく。」


「毎回、励みになる言葉をかけてくれるな。」


「生きて帰れればそれでいい。」


「ずいぶん低い基準だ。」


グレゴールは小さなイヤホンを一つ俺に押しつけた。「弓が使えないからといって、勝手に動くな。俺についてこい。見えたら撃て。見えなければ撃つな。」


「俺が手当たり次第に撃つ人間に見えるか。」


グレゴールは二秒俺を見た。


「先に悪態をついてから、もっとひどい判断をするタイプに見える。」


反論しようとして、やめた。わりと正確な評価だ。


俺たちは後方から建物に近づいた。


外壁には鉄柵があり、黒い蔦が絡みついている。いくつかの窓にまだ灯りがあるが、光は弱い。まるで、屋内にいる者だけに向けた灯りのようだ。グレゴールが先に一組を監視カメラと裏口の電源を落とすために送り出し、別の一組が側壁を越えて侵入した。俺はグレゴールに続いて厨房側から入る。銀のナイフは腰の後ろ、散弾銃の握り方はまだ慣れていないが、逆さに持つほどではない。


ドアをこじ開けた瞬間、あの甘ったるい匂いが一気に濃くなった。


踏み込んだ最初の一秒で分かった。ここは人が住むだけの場所じゃない。


厨房は異様に清潔だ。調理台に塵一つなく、刃物は整然と並んでいる。だが冷蔵庫は業務用の大型保冷庫で、隅には血液保存箱が二台。覗き込むと、本当に血液バッグが入っていた。ラベルはばらばらで、病院のものもあれば手書きの日付のものもある。流し台の下にあるのは洗剤じゃない。注射器とアンプルが箱ごと積まれている。


「なるほど。」俺は低く言った。「この家の主は、飲み物にこだわりがあって、しかも衛生意識が高いわけだ。」


イヤホンに別の組の声が入った。「地下に動きあり。」


グレゴールが即座に手振りで下を指した。


階段はダイニングの奥にあり、暗赤色のカーペットが敷かれている。踏み出した瞬間、妙な感覚が来た。この場所はずっと前から誰かが来るのを待っていたような感覚。待ち伏せじゃない。主がもともと今夜は客が来ると知っていて、だからわざわざ鍵をかけなかった、そういう種類の待ちだ。


地下は地上より研究室に近かった。


白いタイルの床、手術灯、スチール製のテーブル、ガラスキャビネット、それから拘束ベルト付きのベッドが何台か。壁の一方には氷桶と遠心分離機。もう一方の壁には銀の鎖、革ベルト、中世の拷問器具のような固定架が掛かっている。現代医療と古代の残虐が並んでいる。まったく調和していないが、だからこそ余計に、ワイスマンが残していきそうな場所に見える。


テーブルの上にノートがあった。


その隣には開いた金属製のトレーがあり、中にいくつかの歯が入っていた。


人間の普通の歯じゃない。長すぎる。尖りすぎる。血の色を帯びている。まるで、誰かの口から今しがた生きたまま引き抜いてきたような歯だ。


それをじっくり見る間もなく、右手の廊下の奥から低い唸り声が響いた。


犬じゃない。


犬より少し人間に近い。そして人間より犬に遥かに近い。


次の瞬間、何かが影の中から直接飛びかかってきた。


反射的に銃を上げる。ほぼ同時に、グレゴールの銀のナイフが一閃した。その何かは空中で一筋の切り傷を刻まれ、そのまま壁に激突し、重い鈍音を立てた。ようやく正体が見えた。純粋な狼男でも、人間でもない。四肢が異様に長く、膝は逆方向に折れ曲がり、顔は半分だけ人間の面影を残している。だが口は耳元まで裂け、歯は不規則に乱立し、眼白は黄色く濁り、首には患者の名札のようなプラスチックのプレートが下がっていた。


「混血だ。」グレゴールが冷たく言い放った。


そいつがすぐに起き上がろうとした。


俺は引き金を引いた。


ドン。


至近距離の散弾が地下室中に轟き、鼓膜が痺れる。銀の鋼球が胸にめり込み、真っ赤に焼けた鉄板に塩をぶち撒いたように、焦げた臭いと白い煙が立ち上がった。怪物は胃の中身を逆流させそうな悲鳴を上げて後ろに吹っ飛び、胸が一帯ごっそり弾け飛ぶ。それでもまだ、立ち上がろうとする。


グレゴールが一歩踏み出し、銀のナイフを顎の下から突き入れて、上へと払った。


後頭部がその場で割れた。


「クソったれが。」床に広がる黒赤い液体を見下ろしながら言う。「この返金システム、ずいぶん複雑だな。」


「体験コースへようこそ。」グレゴールが言った。


だが、この体験コースは一問だけで終わらせてくれる気はないらしい。


左手のガラス扉が突然砕け散り、中から二体の、さらに痩せ細り、さらに白い何かが飛び出してきた。今度は狼男じゃない。低位の吸血鬼だ。動きが速い。顔立ちは人間だが、痩せ方が常軌を逸しており、唇に血の気がない。照明を受けた眼が、薄い氷の下に釘が二本打ち込まれているみたいにぎらりと反射する。一体は真っ直ぐ若いハンターに飛びかかり、もう一体は俺に向かって一直線だ。


横へ跳んだが、半拍遅れた。肩を爪でかすめられ、布地が裂ける。


そいつが口を開いて噛みついてきた。


あの甘ったるい匂いが一気に濃くなり、頭皮が痺れる。俺は反転しながら銀のナイフを脇腹に突き込んだ。刃が肉に入った瞬間、そいつは焼かれたみたいに全身を縮め、口から鉄臭く甘い黒い血を噴き出す。反対側では、グレゴールが散弾を撃ち、若いハンターに襲いかかっていた個体を撃ち倒した。同時に、イヤホンから外の組の叫びが飛び込んでくる。


「上階に二体逃げた!」


「森に入らせるな!」グレゴールが怒鳴り返す。


一度混戦になれば、綺麗事は通用しない。


この狼の群れが「優雅さ」を語らない理由が、ようやく分かった。この手の場所には、そもそも優雅という概念が存在しない。あるのは、壁、血、光、悲鳴、散弾の反響、そしてまともに死のうとしない連中が床を這い回る音だけだ。二体目の吸血鬼を蹴り飛ばしたとき、そいつは俺の右手を掴もうと伸ばしてきた。指が指輪に触れた瞬間、そいつの顔がぐにゃりと歪んだ。見えない何かに怯えたように。


「ほう?」俺はちらりと自分の手元を見た。「お前もこれが怖いか。」


細いシューという唸りが返ってきた次の瞬間、グレゴールの一撃でそいつの顔の半分が吹き飛んだ。


戦闘はすぐに終わった。


あるいは、こう言うべきか。今回の波が小さいぶん、短く済んだだけだ。


混血の狼男が二体。低位吸血鬼が三体。それから、手術台に縛り付けられ、変化が完了する前に放置されていた失敗作が一体。そいつが一番惨かった。上半身は少年の体つきだが、下半身にはもう毛が生え始めている。口には噛みつき防止具が押し込まれ、目は見開かれたまま。長いこと苦しんでいたのが、一目で分かる。若いハンターが止めを刺そうとしたとき、グレゴールが先に歩み寄り、銀のナイフで手早く喉を切り裂き、胸にも一突き加えた。


俺はその光景を見つめ、二秒ほど言葉を失った。


「この仕事、メンタルの準備が相当要るな。」


グレゴールはナイフを拭きながら、顔を上げもしない。


「お前の仕事だって同じだろう。」


その一言に、返す言葉が詰まる。


地下のラボからは、色々と見つかった。血液バッグ、標本、ノート、薬液、それから精神病者の落書きみたいな図が数枚。図面には、人間の骨格、狼の骨、蝙蝠の翼膜、そして神経束のような黒い枝が一緒に描き込まれ、脇にドイツ語とルーマニア語、それから見覚えのない記号が書きつけてある。ワイスマンの臭いが濃すぎて、紙そのものがカビ臭く思えるほどだ。


「C.U.I.B.か。」俺は訊いた。


グレゴールはノートを何ページかめくり、さらに顔を険しくした。


「全部がそうというわけじゃないが、あいつらの人間が出入りしている。」


「それはいい知らせか、悪い知らせか。」


「悪いほうだ。」老人はノートを一冊袋に押し込みながら言った。「ここは本命じゃない。犬に餌をやる厨房みたいなものだ。」


「ルーマニア人の比喩は、どれも食欲をそそるな」と言いかけたところで、イヤホンに甲高いノイズが走った。


続いて、息切れした声が飛び込んでくる。


「本館のほうで灯りがついた!」


全員が動きを止めた。


グレゴールが顔を上げ、上の階を仰ぐ。


「どの本館だ。」


イヤホンの向こうの声は震えている。


「屋敷じゃない! 上だ――城のほうだ!」


嫌な予感が、頭をもたげた。


「ペレシュか。」


グレゴールがルーマニア語で罵り言葉を吐いた。


そして一秒だけ考えた。


「ここは二人残って証拠を確保しろ。残りは俺と一緒に上へ行く。」


俺は老人を見た。「昼間、お前、今夜は本館には手を出さないって言ってなかったか。」


「計画は変更になった。」


「ずいぶん行き当たりばったりだな。」


「怪物は計画を読まない。」


十分後には、俺たちは屋敷を離れ、林道をさらに上の建物に向かって進んでいた。


木々の隙間からペレシュ城が見えたとき、認めざるを得なかった。昼間なら、きっと観光名所として最高だろう。だが夜になると、城全体が月光から生え出した骨格のように見えた。白い壁、尖塔、黒い窓、急な屋根。その全てが、あまりに美しく、あまりに冷たい。そこにあるのは、生者のための美しさではない。長い時間、老いずにあり続けた何かが、自分のために磨き上げた美しさだ。


もっとも不気味なのは窓だった。


いくつかの窓には灯りがともっている。数は多くない。だが、「中に何者かがいる」と理解させるには十分だった。あるいは、「何か」が、実に余裕たっぷりにこちらを待っている、と。


俺たちは正面玄関を避け、側面の石段から登った。


途中、グレゴールがひと言だけ投げてきた。「霧を見たら、まず退け。」


「どういう意味だ。」


「先に知りたいことじゃない。」


「お前ら地元人は、どうしていつも半分しか喋らない。」


「最後まで喋ったやつは、たいてい長生きしない。」


「それは、説得力あるな。」


そう言い終えたとき、先頭を行くハンターが腕を上げた。


全員が足を止める。


風が変わった。


さっきまでのは、ただの山の夜風だった。今は、その中にかすかな香りが混じっている。さっき屋敷で嗅いだ、吐き気を誘うような血の甘臭さではない。もっと古く、もっと澄んでいて、もっと性質の悪いもの。バラの花、湿った石壁、古酒、それから言葉にできない金属の匂いを、一つの棺に詰めて五百年寝かせてから蓋を開けたような香りだ。


グレゴールの顔が、初めて本気で強張った。


「おかしい。」


俺は老人を見た。「何がおかしい。」


グレゴールは答えず、銃口を上げただけだ。


次の瞬間、前方の石の回廊の突き当たりで、灯りがついた。


一灯ずつではない。誰かが指を鳴らしたみたいに、壁の燭台が一列まとめて灯り、暖かな金色の光が回廊を宮廷晩餐会前の廊下みたいに照らし出した。


そして、そこに「誰か」が立っていた。


背は高くない。


むしろ、あまりにも小柄と言っていい。


少女の姿をした影が、回廊の中央に立っていた。濃い色のロングドレスに、ほとんど黒に見える毛皮めいたショール。肌は生気を感じさせないほどに白く、長い髪は緩やかに波打ちながら垂れ落ち、光を受けて、濃いワインに古い血を一滴混ぜたような色に見えた。立ち方は、あまりに無造作だ。一方の手を欄干に添え、夜中に塀をよじ登ってきた不審者どもの騒ぎで起こされて、「どこの犬が吠えているのか見に来てやった」とでも言いたげな顔つきで、こちらを眺めている。


月光と灯りが、その顔を同時に照らす。


美しかった。


ただの美しさじゃない。


最初の瞬間、絵画に見える。だが一拍遅れて、違和感が追いついてくる――これはおかしい。この「完成度」は異常だ。現実世界に存在するべき輪郭ではない。造作は完璧で、一切の無駄がない。大きく深い瞳、自然な血色を帯びた唇。見た目の年齢は、せいぜい十五、六歳。だが、問題はそこだ。幼すぎる。若すぎる。なのに、重すぎる。外側には繊細な装飾が彫り込まれ、中には何百年分もの夜を溜め込んだ井戸のようだ。


直感した。


こいつは、さっき地下で切り刻んだような連中とは違う。


低位でもない。


半端物でもない。


これは、生きている伝説だった。


彼女は俺たちを見つめ、まず小さく首をかしげた。少しだけ不思議そうに。それから、信じられないことに、ふっと軽く笑った。


「またであるか。」


英語じゃない。俺が知っているどの言語でもない。だが奇妙なことに、そのニュアンスだけははっきりと理解できた。


うんざり。


それどころか、どこか厭世的ですらある。


グレゴールがゆっくりと銃を上げた。


俺は反射的に「待て」と叫ぼうとしたが、遅かった。


「退け――」


ドン。


銃声が石の回廊に炸裂した。


純銀の散弾。至近距離なら低位吸血鬼の胸をごっそり抉り取れる威力だ。だが少女は、銃声が響く一瞬前に、消えた。


回避じゃない。


高速移動でもない。


風に吹き散らされるように、全身が極めて淡い灰紅色の霧と化し、その場から溶けた。霧が散り、次の瞬間には、もうグレゴールの目の前に凝っていた。


速い、という次元を超越している。


速すぎて、結果しか見えない。


細く白い影が空中を薙いだ。夜の闇に爪で引っ掻き傷をつけたみたいに。


グレゴールの頭が、飛んだ。


あっさりと。


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