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37.真祖 37-1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

もともと俺は、ルーマニア政府がホテルに押し込んでくれた後は、今夜だけでも二時間くらいは静かにしていられると思っていた。


甘かった。


水を飲み干しきらないうちに、外から音がした。ドアじゃない。窓だ。


コン、コン、コン。


指の関節みたいな音だった。鳥のくちばしみたいな音とも言える。振り返った瞬間、風呂で頭でも洗いすぎたんじゃないかと自分を疑った。ここは高層階で、外は海風と夜の闇だ。記者のドローンでもない限り、まともなものが俺の窓に貼り付くはずがない。それなのに、一枚の紙が窓枠の隙間からするりと差し込まれ、ゆっくりカーペットの上に滑り落ちてきた。


拾い上げて、裏返す。


描かれているのは狼の頭一つ。その下に住所の羅列。そして、ひどく歪んだ英文が一行。


If you want answers, come alone-ish.


最後の「alone-ish」を三秒ほど眺めた。


「クソったれが、なんだこの文法。」


ドアの外にはルーマニアの私服が二人。下の階には国安要員。ホテル中、目という目が光っている。普通の人間なら、まず人を呼んで、報告して、「ちゃんと協力してますよ」という顔をするべき場面だ。だが、この二日間で俺はひとつ確信したことがある――当局は常にトラブルより半歩遅れる。そして超自然のトラブルは、公文書の承認を待ってくれない。


だから俺は葉綺安(イェ・キアン)にメッセージを一本送っただけだ。


ちょっと出てくる。


返信は早かった。


一人で英雄ごっこしようとしてるなら、半殺しにしてから担いで連れ戻すから。


俺は返した。


誰かに呼ばれた。お前と(シキ)は遠めについてこい。近づくな。


二秒後、こう来た。


買春じゃないでしょうね。


スマホを見て、思わず目を剥いた。


そんなわけあるか。狼が迎えに来る。


それ以降、返信はない。分かった、ということだ。


十五分後、俺はたいして防寒にもならないジャケットを羽織って、ホテル裏の業務用通路から抜け出した。ルーマニアの警備は決して甘くない。ただ、「あいつが大人しく部屋にいる」という前提で組まれているだけだ。その誤解を正してやる気は、もうとっくにない。


迎えの車は趣味が良かった。今にも分解しそうな年代物のダチア。ドアを閉めると棺桶の蓋が合わさるような音がする。ハンドルを握っているのは、昼間ホテルの廊下で清掃カートを押していた女だ。今は革ジャンに着替え、火をつけていないタバコを口にくわえ、銀色の狼牙のピアスを揺らしている。


一言だけ言った。「乗れ。」


助手席のドアを引いて座り込む。車内には酒の匂い、火薬の匂い、それからかすかに獣の匂い。ペットの類じゃない。野生のものだ。山の奥から来る類の。血が毛皮に染みて、日に晒されたあとの匂い。


「L.U.P.って、事前に一声かけるって習慣はないのか。」


女はエンジンをかけた。声に抑揚がない。


「これでも礼儀正しいほうだ。」


「もっと礼儀知らずだとどうなる。」


「まず殴って気絶させてから、目隠しして連れていく。」


「なるほど、今日はサービスが向上してるわけだ。」


女の口元が、かすかに動いた気がした。笑ってはいない。


車は市街地を抜けて走り続ける。港の灯りが後ろに流れ、道は山腹へと登り始め、路肩の家が減っていく。代わりに現れるのは、老木、石垣、半分折れた街灯、そして東欧特有の寒さだ。日本の雪の匂いを含んだ寒さでも、台湾のじっとり湿った寒さでもない。石と墓地が夜気をたっぷり吸い込んで、ゆっくり吐き出す、そういう寒さだ。


三十分近く走って、車が一軒の酒場の前に止まった。


いかにも何かが起きそうな場所だった。


山腹の中腹、古びた看板が斜めに傾いて、木の外壁は風雨に晒されて黒ずんでいる。一階の窓からは薄暗い灯りが漏れ、入口には年代物のジープが二台と、武器商人から直接買ってきたような見た目の荷物トラックが一台。店の名前は読めない。ルーマニア語の文字が、木の板に呪いを刻んだみたいに並んでいる。ドアを開けると、タバコ、酒、煮込み肉、汗の匂いが一斉に顔に叩きつけてきた。ウォッカに浸したタオルで頬を引っぱたかれたみたいだ。


店内にはいくつかのテーブルに人が座っている。


飲んでいる者、刃物を研いでいる者、銃の手入れをしている者。一見、ただの荒くれ山男の集まりに見える。だが、もう少し眺めると分かる。こいつらは普通の酒客じゃない。静かすぎる。全員が、相手が先に動くのを待っているような静けさだ。


車を運転してきた女が俺をカウンターの奥へ案内する。バーテンが一瞥してきたが、声はかけない。ただ、石油ランプを横にずらしただけだ。カウンターの裏に細いドアがあった。女がそれを押し開けると、鉄錆の匂いがどっと押し出してきた。


地下室だ。


階段は急勾配で、木の踏み板が一段踏むたびにきしむ。一歩降りるたびに、「今ならまだ引き返せる」と言われているみたいだ。だが、最近の俺の人生が証明していることがひとつある――「手遅れだ」と言われるときは、大抵本当に手遅れだ。


地下室に下りた瞬間、今夜は快適じゃないと分かった。


想像より広い。古い酒蔵を改造したらしく、石壁、アーチ天井、吊り下げ照明。壁には年代の見当もつかない刃物、短斧、クロスボウ、散弾銃が一列に並び、ラテン語とルーマニア語が混在したラベルの瓶がいくつか。テーブルには地図、弾薬、銀製の小十字、乾燥したニンニクの束、そして絶対にパン切り用じゃないのこぎり刃のロングナイフ。


最も厄介なのは、人間だった。


十数人のハンターが、全員俺を見ている。


社交場でのちら見でも、情報将校のような儀礼的観察でもない。こいつらの目は、市場で生きた豚を値踏みする屠殺職人のそれだ。歯の具合、四肢の状態、金になるかどうか、それと噛みついてくるかどうかを同時に確認している。右手の指輪を見ている者、首を見ている者、歩き方の重心を見ている者、大柄な髭面の男に至っては半歩前に出て、俺の体から匂いを嗅ごうとしている。


居心地が悪いにもほどがある。


「おい。」俺は低く言った。「ここは酒場か、それとも死体安置所か。」


誰も笑わない。


三秒後、グレゴールが角から歩み出てきた。


あの男は本当にその技術が上手い。あれだけ体格がいいのに、いつも壁の隙間から生えてきたように、音もなく現れる。今夜は一段と厚いジャケットを着て、手に二つのものを持っていた。一つは長く、一つは短い。


「祝聖された純銀のナイフだ。」短いほうを先に差し出してくる。


受け取って確認する。刀身は短く、両刃で、銀の表面に細かい刻紋が入っている。護拳は簡素で、装飾は一切ない。全体的に「ロマンの欠片もなく、真剣に刺すために作られた道具」という印象だ。柄には濃い色の革が巻かれ、握ると重みが前方に偏る。接近戦で深々と刺し込む用途で、見せびらかす用じゃない。


「心臓に刺すのか。」俺は訊いた。


「低位の吸血鬼、血の僕、半完成品には、大抵それで足りる。」グレゴールはもう一方を俺の手に置いた。「祝禱済みの純銀鋼球を込めた散弾だ。近距離なら胸でも顔でも足でも構わない。殺せなくても、止めることはできる。」


俺は散弾銃を見下ろした。


旧式のポンプアクション。木製ストックは使い込まれて光沢が出ている。明らかに飾り物じゃない。銃身には引っかき傷があり、乾いて拭い取れなかった黒ずんだ痕もある。それが血かどうか、訊かないことにした。


グレゴールが俺を見た。「弓は使えるか。」


「使えない。」


「よし。」老人は頷いた。「なら散弾とナイフだ。」


俺は銀のナイフを持ち上げて、思わず言った。「銀のナイフって、狼男に使うものじゃないのか。」


地下室で、ようやく誰かが笑った。


善意の笑いじゃない。地元の古参ハンターたちが、よそ者の新米が「半分正解で半分外れ」な質問をしたときの、あまり親切とは言えない笑いだ。誰かがルーマニア語で何か言い、別の誰かがテーブルを叩いた。ずっと黙っていたカウンターの小柄な女まで鼻を鳴らした。


グレゴールはさほど長くは笑わず、静かに説明した。


「吸血鬼は狼男を何匹か飼っている。それに、祝聖してあれば、どちらにも効く。安心しろ、俺たちは全員使ってきた。」


その「俺たちは全員使ってきた」という一言は、それ以前の説明全部より重みがあった。


これは意味するところがひとつだけある――こいつらは、ヴァン・ヘルシングの真似事をしているわけじゃない。


本当に仕留めてきた。


一度や二度じゃなく。


俺は銀のナイフを腰の後ろに差して、感触を確かめた。「先に言っておくが、優雅な使い方は保証しない。」


グレゴールは言った。「生きて帰れれば、優雅さは要らない。」


「それは俺の哲学と完全に一致する。」


老人は頷いて、テーブルのほうへ向かった。俺に来いと目で示す。テーブルには地図が広げられ、城外の山道と一棟の建物が丸で囲まれている。輪郭を見ただけで分かった。


「ペレシュ城か。」


「近くだ。」グレゴールは言った。「本体には今夜は手を出さない。」


「じゃあ観光に来たのか。」


「違う。」老人は指で、山の斜面の下方にある独立した建物を叩いた。「ここだ。旧管理人宅。その後、いくつかの財団と民間企業が順番に賃借していた。この三ヶ月、中から荷物の出入りがある。冷蔵コンテナ、医療消耗品、血液バッグ、動物の死体。そして二度、中に運び込まれたのが生きた人間だった。」


「ワイスマンの人間と確認できているのか。」


「半分は確認済みだ。」グレゴールは言った。「残りの半分を、今夜確認しに行く。」


俺は建物の印を見つめた。


「昼間はまず匂いを嗅がせると言っていたが、その匂いというのが城郭エリアまで直行なのか。」


グレゴールがようやく皮肉めいた表情を見せた。


「匂いを嗅がせると言っただろう。」


周囲の連中を見回す。誰一人、払い戻しに応じてくれそうな顔をしていない。


「気に入らなければ返金してもらえるか。」


今度は笑う者が少し増えた。杯をテーブルに叩きつける者までいる。


グレゴールは笑わず、ただ言った。「気に入らないなら、生きて帰ってから文句を言え。」


それから装備の分配が始まった。


黒い厚手のジャケットを渡された。裏地に太い革ベルトと隠しポケットが何か所か縫い込まれていて、銀のナイフ、弾薬、懐中電灯、それから小瓶に入った透明な液体を収められるようになっている。グレゴールは、それは祝聖塩水で飲むものじゃなく撒くものだと言った。当たり前だ、と俺は答えた。そんな気になるわけがない。さらに銀糸で通した小十字のひと連なりを渡された。何に効くのかと訊くと、「一部のものには効かないが、自分が何と対峙しているかを知る手がかりになる」と言う。答えになっているようでなっていないが、ローカルの謎めいた組織らしい答え方ではある。


準備の間も、地下室の何人かはずっと俺を眺めていた。


とうとう、さっき俺の匂いを嗅ごうとした髭面が口を開いた。英語は怪しいが、グレゴールに向かってこう訊いた。「こいつが、お前の言ってた港の男か。」


グレゴールは答えた。「そうだ。」


髭面は俺の指輪を細目で見た。「死の匂いがする。」


「知っている。」グレゴールは言った。


「普通の死の匂いじゃない。」


「それも知っている。」


髭面は二秒黙って、最後にひとこと言った。「こいつが俺たちの味方でいてくれることを祈る。」


俺は目を剥いた。


「悪口を言うなら、せめてもう少し小声でやれ。」


髭面は本当に頷いた。合理的な提案として受け入れたらしい。


酒場を出る前に、俺は振り返ってその場の連中を眺めた。


歓迎の言葉をかける者もいなければ、気をつけろと言う者もいない。この狼の群れは、新入りに拍手を送るようなタイプじゃない。それぞれが自分の準備をしている。弾を込める者、刃に何かを塗る者、胸に十字を切る者、低く祈りの言葉を唱える者。その光景は戦場に向かう前にも見えるし、葬儀の前にも見える。違いはただひとつ――今夜死ぬのが誰かを、まだ誰も知らない。


二台の車に分かれて出発した。


グレゴールは俺と同じ車だ。ハンドルは狼牙のピアスの女。助手席には三日間眠れていないような顔の若いハンターが一人。後部座席には俺の他に、散弾銃が二丁、ロープ一束、黒いバッグが二つ、そしてシートの下から滲み出てくる犬の匂い。


視線を落とすと、足元に木の杭が一本転がっていた。


「本当に何の時代の道具でも使うんだな。」


グレゴールは言った。「長く生きているものは、大抵古い方法を恐れる。」


「なら松明と干し草フォークも持ってくればよかったんじゃないか。」


前の席の女がようやく口を開いた。「そのくだらない話を続けるなら、先に車から放り出す。」


「怖い。」


「礼儀だ。」


ライトを最小限に絞り、山道を登っていく。窓の外の木々が黒い肋骨のように並び、月明かりが枝葉に砕かれて、湿気を含んだ石畳の上に降り注いでいる。目的地に近づくにつれ、ある匂いが強くなってきた。血の匂いでも腐敗臭でもない。冷たい空気の中に甘いものが潜んでいる。甘ったるくて、しつこくて、バラの香水と古い酒蔵と歯科医院を全部混ぜたような匂いだ。


俺は鼻にしわを寄せた。


グレゴールが俺を一瞥した。「嗅いだか。」


「気持ち悪い匂いだ。」


「吸血鬼のいる場所はよくこうなる。」老人は言った。「死の匂いを隠す習性がある。」


窓の外を見ると、遠く木立の向こうに建物の輪郭が見えてきた。尖塔、石壁、古い窓。どこかの貴族が中世への幻想をまるごと一棟の家に詰め込んだような代物だ。ペレシュ本城ではないが、その雰囲気から遠くはない。可笑しいのは、昼間なら婚礼写真の撮影スポットとして人気が出そうな場所が、夜になると「中で人を吊るすのに向いている」という印象しか与えないことだ。


林の端に車を止め、全員が降りた。


夜は静かだった。

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