36.ルーマニアの狼 36-2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
老人は続けた。
「旧日本海軍の亡霊。動く腐乱水兵。命令に従う死者。それから、お前の船にあったあの……汚染。」老人は、もう少しましな言葉を探すように一瞬止まった。「ワイスマンの残滓。一般的な政府にとっては、あれは災害だ。だが、ある種の連中にとっては、あれは原材料だ。」
俺の手の中のタバコが半分まで燃え、風に煙が斜めに流れる。
「ある種の連中、というのは誰だ。」
グレゴールの顎が、わずかに強張った。
「Centru pentru Umbre Inominate și Biotehnologie(セントル・ペントル・ウンブレ・イノミナテ・シ・バイオテフノロジェ)。」老人はそのルーマニア語の名称をゆっくりと読み上げた。喉に引っかかった何か不快なものを吐き出すように。「略称、C.U.I.B.だ。」
俺は繰り返した。
「巣、か。」
老人がこちらを見た。俺がその語根の意味を知っていることに、わずかに驚いた様子だ。
「そうだ。巣だ。」
「名前からして、ろくなものじゃないな。」
「ろくなものじゃない。」老人は言った。「死を恐れる人間の集まりだ。本来死ぬべき時を超えて生き続けることに取り憑かれた連中だ。戦争、民族、純血、進化――そういう古臭いクソを新しい包装紙に包んで売り直している連中だ。医者もいる、生物学者もいる、富豪もいる、神父もいる、元軍人もいる。そして狂人も。狂人が多い。」
俺はバルコニーの床タイルにタバコを踏み消した。
「ワイスマンの人間か。」
「全員じゃない。」老人は言った。「だが、ワイスマンはあいつらに多くのことを教えた。十分すぎるくらいに。」
この一言は、前のどの言葉より腹が立った。
俺が今いちばん嫌いなのは、ワイスマンのあの「死にきれない」やり口だ。
あの野郎の本当に厄介なところは、あいつ自身がどれほど強いかじゃない。世界中に、ろくでもない種を撒き散らしていくことだ。ここに少し、あそこに少し、まるでペストに罹った鼠が逃げながら毛を落としていくみたいに。ようやく終わったと思って振り返ると、別の街で誰かがあいつの残した汚れた玩具を拾い上げ、宝箱でも開けたような顔をしている。
「官方(当局)は把握しているのか。」俺は訊いた。
グレゴールが鼻で笑った。
「当局は、一部を知っている。一部を信じている。そして、もっと多くを否定している。」
「よくある話だ。」
「だから俺は、お前を探しに来た。下にいるスーツ連中じゃなくてな。」
その一言で、俺は改めてそいつを見た。
「お前は、なぜ俺が信じると思っている。」
「お前は、本物を見てきた人間だからだ。」老人は言った。「下にいる連中は報告書しか見ていない。お前は、死人が立ち上がるのを見た。黒い汚染が自分でドアの隙間を探って這い込んでくるのを見た。戦争が過去形じゃないことを見た。お前は、あいつらより早く、匂いを嗅ぎつける。」
俺は数秒、黙っていた。
海から風が吹いてくる。遠くから、かすかにシャッター音が聞こえる。どこかの記者が、まだ夜通し幽霊船を張り込んでいるらしい。飛竜の方向でサーチライトが一本灯り、艦橋からゆっくり甲板へと流れていく。腐乱した水兵が何人か、その光の中を荷物を運びながら横切っていった。動きは揃っていて、とっくに終わったはずなのに退場を拒否している部隊みたいだ。
グレゴールも見ていた。
低い声で言った。「あれが海上に停泊しているだけで、眠れなくなっている人間が大勢いる。」
「自業自得だ。」
「その通りだ。」老人は一拍置いた。「だが、眠れない人間の中には、記者だけでも情報将校だけでもない連中がいる。」
俺は目を細めた。
「他に何がいる。」
グレゴールは俺を見た。次の一言を俺が受け止められるかどうか、測っているような目だ。
最終的に、老人は言った。
「ハンターだ。」
「何だと。」
「寄生体を専門に殺す人間だ。」老人は言った。「吸血鬼。死肉食い。憑依体。死んでいるのに死にきれない半完成品。血を啜り霊を喰う雑種。お前たちアジアにはアジアの分類がある。俺たちには俺たちの分類がある。」
「お前もその一人か。」
「もう年だ。」老人は言った。「今は、どちらかと言えば後始末屋だな。」
「なかなか詩的な言い方をするな。」
「違う。ただ、自分たちのことを怪物と呼びたくないだけだ。」
それは少し面白い言い方だった。
俺は新しいタバコに火をつけ、老人を見た。
「つまり、お前は俺をスカウトしに来たのか。」
グレゴールは、今度こそ本当に少し笑った。笑みは薄く、刃の峰に差す冷たい光みたいだった。
「お前みたいな人間は、どこにも属さない。」
「よく分かってるじゃないか。」
「だが、協力関係なら、あり得るかもしれない。」
「あり得ないかもしれない。」
「だから、まず床がどれだけ汚れているか見せに来た。」
老人は向き直り、ジャケットのもう一方のポケットから折り畳んだ紙を取り出した。今度は写真じゃない。地図だ。手描きで、絵は上手くないが、書き込みは細かい。コンスタンツァ港、いくつかの旧工業地区、郊外の廃修道院、内陸の山岳地帯へ続く二本のルート、それから丸で囲まれたいくつかの地点。そのうちの一つの脇には、不格好な狼の頭が描いてあった。
俺は受け取り、ざっと眺めた。
「これは何だ。」
「お前がそのうち行くことになる場所だ。」グレゴールは言った。
「なぜ俺が行く。」
「ワイスマンの友人たちは、お前を放っておかないからだ。」老人は言った。「あの船も放っておかない。船から降りてきたものも、放っておかない。」
俺は眉をひそめた。
「難民の中に問題があると思っているのか。」
「あの船から降りてきたものは、人間も含めて、すべて調べる価値がある。」老人は迷いなく言った。
俺は聞き終えても、怒らなかった。
なぜなら、俺自身もそう思っていたからだ。
飛竜が命の船だったのは事実だ。だが、あれは消毒済みの救命ボートじゃない。昭和の亡霊艦だ。ワイスマンの汚染が触れた場所だ。黒泥が這い回った鉄の殻だ。あの場所にいた人間が、全員きれいだと、誰にも百パーセント保証はできない。
「それで、お前たちはこれからどうするつもりだ。」俺は訊いた。
「まず、誰が最初に動くか見る。」グレゴールは言った。「当局、記者、各国情報機関、巣の中の虫ども、そして――」
老人が止まった。
俺は老人を見た。
「他に何がいる。」
老人はすぐには答えず、黒海のさらに遠い方角へ視線を投げた。俺には見えない何かを見ているような目だ。
「どの政府にも属さない、何かがいる。」老人は言った。
その言葉が終わると同時に、風が急に強くなった。
背後のバルコニードアが、かすかに揺れる。中にいた二人の私服が、さすがに話が長すぎると判断したらしく、一人がドアを押して出てきた。俺を見て、次にグレゴールを見る。
「あの、失礼ですが――」
グレゴールは振り向きもせず、ただ静かに手をポケットに戻した。
私服は老人の顔を正面から見た瞬間、表情が一瞬固まった。
知っているわけじゃない。
本能的な警戒だ。
グレゴールみたいな人間は、存在しているだけで警報だ。何者かを知らなくても、まず先に手が銃へ向かう。
俺は煙を吐き出し、助け船を出してやった。いや、むしろ火に油を注ぎに行った。
「俺の知り合いだ。」俺は言った。
私服は俺を見た。明らかに信じていない。
「お連れの方のご登録が――」
「今登録した。」俺は言った。「それとも今ここでパスポートを確認したいか。」
私服の口元が引きつった。
機嫌の悪い俺と手続きの話をするなという命令を受けているのだろう、最終的に一歩引いた。
「お早めにお切り上げください。」
「ああ、ルーマニア吸血鬼動物愛護協会の件が片付いたら戻る。」
私服には意味が分からなかったようで、仏頂面のまま室内に引っ込んだ。
グレゴールはそいつが遠ざかるのを見てから、淡々と言った。「お前は、当局に対してひどく辛抱が足りないな。」
「お前は当局に辛抱があるのか。」
「ない。」老人は言った。「だから今まで生きてきた。」
俺は短く笑った。
「それは認める。」
老人は笑いを返さず、ただ俺の手の指輪を指差した。
「その物は、もう港の中で噂になっている。」
俺の目が、少し沈んだ。
「何の噂だ。」
「死人に命令できると言う者がいる。魂を回収できると言う者がいる。それは鍵だと言う者もいれば、ある王冠の欠片だと言う者もいる。」老人は俺の右手を見た。「噂が本当かどうかは俺には関係ない。だが、噂を信じる人間が関係ある。」
「お前たちの巣は信じるか。」
「分解して中を見たいと思うだろう。」
俺は黙っていた。
それは、当たっていた。
C.U.I.B.みたいな組織は、名前を聞いただけで、遠くから観察して満足する連中じゃないと分かる。触りたい、分解したい、採血したい、切片を取りたい、値段をつけたい、捕まえたい、理解できないものはすべて手術台に縛り付けたい――そういう人間は世界中にいる。違うのは、免許と旗の種類だけだ。
グレゴールは俺を見て、もう一言付け加えた。
「だから、もう一度言う。あの船は近づけるな。死人は上陸させるな。お前の連中は、むやみに動き回るな。特に夜は。」
「特に夜、というのは?」俺は老人を見た。「この辺の夜は何かあるのか。」
老人は二秒沈黙した。どこまで話すか考えているような間だ。
最後に、一言だけ投げてきた。
「昼間は人前に出たくないものがいる。」
なるほど。
この土地の説明というのは、どうやら全部、古臭いゴシックホラー仕立てらしい。
俺は最後の一口を吸い込み、タバコを揉み消した。
「最後に一つだけ訊く。」
「訊け。」
「お前は、結局誰の代表だ。」
グレゴールは今度は遠回りしなかった。
内ポケットから何かを取り出し、直接手すりの上に置いた。
古い徽章だった。銀色の地に、牙を剥いた狼の頭が刻まれている。周囲を、粗削りな文字が一周している。お役所が作るような精巧なものじゃない。どちらかといえば、古参兵が自分で鍛冶屋に頼んで叩いてもらった記念章みたいな代物だ。実用的で、不格好で、それでいて妙に頑丈そうだ。
俺は視線を落とした。
L.U.P.
老人は親指でその徽章を押さえ、口を開いた。
「Liga pentru Uciderea Paraziților。」
一語ずつ、古い仇敵の名前を読み上げるように。
「お前に分かる言葉に訳すなら。」
「寄生体殲滅同盟。」老人は言った。「俺たちのことは――狼と呼んでもいい。」
俺は顔を上げ、老人を見た。
「お前たちが自分から俺に接触してきて、下の連中に知られるのは怖くないのか。」
「知られるのを恐れるような連中なら、今まで生きちゃいない。」グレゴールは言った。「それに、あいつらもいずれ気づく。俺たちより遅いだけだ。」
そう言い捨てて、老人は徽章を俺のほうへ少し押しやった。
「明日の夜、もしそれまでに厄介事を持ち込んでくる奴がいなかったら、この住所へ来い。」
老人は指先で、地図に描かれた不格好な狼の頭を軽く叩いた。
「もしそれより前に、出しゃばるべきじゃない『何か』がお前の前に現れたら――」
老人は言葉を切り、俺の背後へ視線を走らせた。
つられて振り返る。
廊下の突き当たりに、いつの間にか清掃用のカートが置かれていた。脇にはホテルの制服を着た女性スタッフが一人、うつむき加減で立っている。どこからどう見ても、ごく普通の光景だ。だが、カートのハンドルには、細い黒布が結びつけられていた。垂れ下がった布の先には、銀色の小さな牙が一つ。
狼の牙だ。
俺が向き直ったときには、グレゴールはすでに手を引っ込めていた。
「どうやら、明日まで待つ必要はなさそうだ。」老人は言った。
女は顔を上げ、遠くから俺を一瞥すると、カートを押してゆっくりと近づいてきた。足取りは異様に安定している。面倒事を避けたがるホテルの従業員なんかじゃない。自分がどこを踏めば足音を消せるか、一歩の狂いもなく熟知している人間の歩き方だ。俺たちの目の前まで来ると、女は足を止め、かすかに頭を下げた。そして、ひどく静かで正確な英語で口を開いた。
「ミスター・ジョウ。今夜のうちに、お話ししたい方がおります。」
言い終えると同時に、女はカートに積まれたタオルの山の下から、茶封筒を一枚引き出した。
宛名はない。ただ、黒いインクで描かれた狼の頭が一つあるだけだ。
俺は封筒に視線を落とし、それからグレゴールを見た。
老人は海風の吹き込む影の中に立ち、無表情を貫いている。最初から、こうなる筋書きを知っていたかのように。
遠く、黒海に浮かぶ飛竜には、まだ古びた灯りがいくつか点っている。
眼下では、記者たちのシャッター音がまだ鳴り止まない。
そしてホテルの中では――正真正銘の厄介者たちが、当局よりも一足早く、俺のドアを叩きに来たというわけだ。
封筒を受け取りながら、俺の頭に浮かんだのは、たった一つの感想だけだった。
クソったれが。
どうやらルーマニアって土地には――本当に狼が棲んでるらしいな。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




