34. 裏の言い値 34-3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
二番目はイギリスだった。
リードが自分のファイルフォルダーを置く時の所作は、ウォルシュより遥かに優雅で、遥かに腹立たしかった。
「我々は、住居や税制優遇でご無礼するつもりはありません」と奴は言う。
俺は顔を上げた。
「その一言、アメリカ人に聞こえたら外交問題になるぞ」
「彼はここにいますからね」リードは静かに言う。
ウォルシュが軽く笑った。口は挟まない。
イギリスの提案は、やはりイギリスらしかった。
資源をストレートにぶつけてくるのではなく、全てを「品のある形」に包む。
特別居留資格、王国レベルの安全保護、文化・歴史保存機関の名義を借りた上級顧問ポスト、指定された複数の協力地域への自由往来、それに付随する保護と資源調達の権限。噛み砕いて言えば——システムの中に収める、ただし紳士のコートを着せてやる、ということだ。
「我々が提供できるのは、保護だけではありません」リードは言う。「十分な距離も提供できます。あなたは明らかに、国家機構に密着されるのを好まない。しかし機構の中にも、他のものより静かな機構というものがあります」
俺は軽く笑った。
「その言い方、実にイギリスらしいな」
リード(Jonathan Reid)が意外にも頷いた。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「調子に乗るな」俺は背もたれに体を預ける。「次だ」
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フランスは、もう少しストレートだった。
モロー(Moreau)は手袋を外してテーブルに置き、香水の広告みたいに滑らかな声で言う。
「パリなら、もう少し心地よいバージョンを用意できます」
「たとえば?」
「合法的な身分、文化保護名目での長期滞在、欧州大陸での移動の自由、医療とセキュリティチーム、それから研究・政策決定層へのアクセス権」奴は俺を見る。「そして少なくとも、あなたを国家の戦利品として包装するようなことはしません」
俺は奴を見た。
「その一言、アメリカへの当てつけか、イギリスへの当てつけか、どっちだ?」
「フランスは、当てつけにこそこそする必要がありませんから」と奴は言う。
いかにもフランスらしい。
そして実に殴りたい。
俺は評価するのも面倒になって、手を振って続きを促した。
「もし道具として扱われることに嫌気がさしているなら、我々はより……文明的な協力の形を提供できます」
「文明的?」俺は頷く。「フランス人は本当にその言葉が好きだな」
モローはただ、かすかに微笑んだ。
「少なくとも、選択肢があるという錯覚くらいは提供しますよ」
この一言には、思わず俺を笑わせた。
「それは今夜一番正直な発言だ」
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ドイツが一番実務的だった。
ケラー(Keller)は昼間に一度痛い目を見ているせいか、今回は姿勢がずいぶん低い。条件はアメリカほど派手じゃなく、英仏ほど包み方もうまくないが、安定感では勝っている。
合法的身分、完全な医療と安全保護、事件の後続調査における共同主導権、欧州域内の長期居住手続き、技術と証拠保全における協力体制。
「我々は虚栄を約束しません」ケラーは言う。「しかし、秩序を約束します」
俺は奴を見た。
「今日の昼間、あの箱を開けた時のお前は、秩序のかけらもなかったがな」
ケラーの口元が一瞬固まった。
「……あれは、ミスでした」
「よし。やっとまともな言葉が出てきた」
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ロシアは、他の面々みたいに書類を並べなかった。
ソコロフ(Sokolov)はただ俺の向かいに座り、あまり美味くない酒を飲んでいるような顔で、淡々と言った。
「ロシアはアメリカみたいに市民権の値札をつけたりしない。ヨーロッパ人みたいに綺麗な言葉で包んだりもしない」
「ほう」
「一つだけ提供する」奴は言う。「誰もお前に気軽に手を出せない場所が必要なら、用意できる。サンプルとして切り刻まれたくないなら、それも保証できる」
「脅しを招待状に包んだみたいに聞こえるな」
「国家が人間に与えられるものなど、元からほとんどない」
これはこれで、正直な言い方だ。
俺は頷いた。
「まあ、自分の限界をわかってるだけマシだ」
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韓国とサウジは、あそこまで露骨じゃなかった。
朴室長は直接の引き抜きをしてこない。どちらかといえば、まず縁を結んでおきたいという本音が透けて見えた。
「もし今後、東アジアへの滞在、医療、メディア回避、あるいは低プロファイルなルートの確保が必要になった時、我々は協力できます」と奴は言う。「今は取引条件の話ではなく、まず人としての誼の話をしています」
この言い方の方が、まだ受け入れやすい。
俺は奴を一瞥した。
「この言い方は、少なくとも人を買う感じがしない」
朴室長は苦笑した。
「大国みたいに人を買えるほどの余力は、我々にはありませんから」
俺は頷く。
「少なくとも、あいつらほど厚かましくないことは自覚してるようだな」
ファイサル(Faisal)はさらにシンプルだった。
「静かな場所が必要なら、我々にも用意できます。メディアから遠く、尋問から遠く、余計な人間から遠い場所を」
「悪くない」俺は言う。「ただ、そっちは暑すぎる」
ファイサルが、初めてごく薄い笑みを浮かべた。
「エアコンは問題ありません」
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この一巡が終わった時点で、会議艙の空気はすっかり変わっていた。
ここ数日は各国が互いに牽制し合い、噛み合い、責任を押し付け合っていた。
それが今は、公開の引き抜き合戦になっている。制度内での人材争奪戦。しかも各国とも、自分の食い方をなるべく品よく見せようと懸命だ。
山口多聞は一言も口を挟まなかった。
断言できる。この老亡霊は今、機嫌がすこぶるいいはずだ。算盤を弾きながら互いに牙をむく生きた人間を眺めるのが、奴は一番好きだからだ。
全員が話し終え、艙内が静まり返った。
全員が、俺の返答を待っている。
計算している目。
観察している目。
どの値段に俺が笑うか、賭けているような目。
俺は一通り見回して、指でテーブルを二度叩いた。
そして一言だけ返した。
「このヨーロッパ出張で死ななかったら、考える」
三秒間、沈黙が落ちた。
イギリス人が先に、顔を伏せて笑った。
フランス人も笑った。
アメリカのウォルシュ(Walsh)は、最初からこの答えを予想していたかのように、ただ頷いた。
ロシア人は笑わなかったが、不満の色もない。
韓国とサウジが、一番落ち着いていた。
全員がわかっていたからだ。
この一言は、何も約束していない。
だが、扉を閉めてもいない。
それで十分だった。
俺は立ち上がり、今夜はここまでだと示した。
「他にあるか?」
誰も口を開かない。
「なければ、帰れ。明日は下船がある。今夜お前らに煩わされて眠れなくなるのは御免だ」
リードは書類を片付けながら言う。
「国際協力に対するご自身の姿勢を、これほど包み隠さない方も珍しい」
俺は奴を見た。
「お前らも、俺を買いたい気持ちを包み隠さなかったじゃないか」
モローが笑いながら補足する。
「少なくとも、ちゃんと列に並びましたよ」
「ああ、感動したよ」俺は言う。「感動しすぎて、診察券でも発行してやろうかと思ったくらいだ」
そうして、この場は終わった。
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翌日、ルーマニアの港湾外海は天気が良かった。
良すぎて、少し腹が立つくらい。
晴れた日は、記者が増える。
案の定だった。遠方には港湾誘導船、警戒艇、海軍艦艇に加え、匂いを嗅ぎつけたメディア船が大群を成している。岸の方は考えるまでもない。カメラはとっくに並んでいるはずだ。
俺は飛竜の舷梯上部に立ち、眼下に広がる人の波、制服、トランシーバー、岸壁のクレーン、そして蝿より鬱陶しいレンズの群れを眺めながら、また頭が痛くなってきた。
背後から、足音が一つ、また一つと近づいてくる。
各国の連絡官、難民移送チーム、ルーマニアの受け入れ担当官、トルコの最終引き継ぎ要員——全員が揃っていた。
俺は振り返り、奴らを一瞥した。
ここ数日、全員が実に見事な暗黙の了解を保ってきた。
本当に触れてはいけない言葉は、誰も口にしなかった。
人前で俺の国籍を問う者はいなかった。
人前で俺が誰の代表かを追及する者もいなかった。
どの国も、深い穴の縁を慎重に回り続け、誰も先に飛び込もうとしなかった。
結構。
俺も、わざわざ代わりに穴を指差してやる気はない。
だが下船前に、言うべきことは言っておかなければならない。
そうしなければ、この官僚連中は本気で俺のことを「順番待ちで値段を交渉できる商品」だと思い込み続けるだろうから。
俺は舷梯の前で足を止め、すぐには降りなかった。
そのまま振り返り、連中を見据える。
人の群れが、即座に静まり返った。
俺は右手を上げ、袖口を少しだけ引き上げた。
死神の指輪が、姿を現した。
黒い台座は、日光の下でもほとんど反射しない。むしろ周囲の明るさを一層分、吸い込んでいるみたいだ。ごく薄い紫の霧が、指輪の縁に沿って外へ滲み出している。吐き切れなかった冷気が、かすかに漏れているような。
何人かの表情が、即座に変わった。
鎌は出さない。
その必要はない。
時には「ドアノブ」を見せるだけで十分だ。扉全体を開ける必要はない。
俺は連中を見渡し、いつもと変わらない声で言った。
「取引したいなら、構わない」
誰も口を挟まない。
「だが次に値段をつける前に、一つだけはっきり見ておけ」
俺は右手をわずかに持ち上げた。
「これは勲章じゃない。お守りでもない」
紫の霧が、指の関節の間をゆっくりと一巡する。
「これは、ツケを回収するためのものだ」
港の風は強かったが、あの薄い紫の霧を散らすことはできなかった。むしろ風の中で、霧はより鮮明に巻き上がった。
デミル(Demir)が、無意識に顎を引き締めるのが見えた。
ウォルシュ(Walsh)の視線が、一段重くなった。
ソコロフ(Sokolov)の目に、薄い氷が張ったみたいだった。
英仏の二人は表面上は動じていないが、立ち方が変わっていた。
ルーマニアの受け入れ担当官たちまで、息を呑んだように静まり返った。
上出来だ。
これが俺の望む状況だ。
全部を知らせる必要はない。
一つだけわかればいい——
俺は、こいつらが好き勝手に値段をつけていい顧問じゃない。
俺は連中を見つめ、さらに一言付け加えた。さっきより声が低く、さっきより冷たかった。
「お前らは国家だ。銃も、船も、金も、法律も持っている。たいしたものだ、わかってる」
一拍置く。
「だが俺が管るのは、お前らが死んだ後のことだ」
この一言が落ちた瞬間、場が完全に凍りついた。
遠くの港湾クレーンが動く、金属音だけが聞こえた。
山口多聞は俺の半歩後ろに立ち、何も言わない。だが俺にはわかる。この老亡霊は今、心の中で笑っているはずだ。
この一言は、硬い。そして黒い。
何より大事なのは——
これは、はったりじゃない。
俺は手を下ろし、袖口を元に戻した。
「だから話し合いたいなら、俺に余裕がある時に来い」
「協力したいなら、俺が話す気になった時に来い」
「俺を道具にしたいなら、まず自分がそれに値するかどうか、よく考えてからにしろ」
言い終えて、俺は振り返らずに舷梯を降りた。
振り返らない。
こういう場面で振り返るのは、拍手を待っているのと同じだ。
俺にはいらない。
後ろの連中がどんな報告書を書くか、どう話を伝えるか、俺の言葉をどう官僚的に書き換えるか——それは奴らの仕事だ。
ただ今日から、この官僚連中は少なくとも一つのことを覚えているはずだ。
周士達という人間は——
交渉できる。協力できる。引き込むこともできる。試すこともできる。
だが、おとなしくテーブルの前に座って契約書にサインを待つ存在だとは、絶対に思うな。
こいつが本気で牙を剥いた時——
傷つくのは、お前たちのキャリアじゃない。
命だ。
港の風が正面から吹きつけてくる。塩の匂い、軽油の匂い、遠くの人混みと報道カメラが発する、あの死ぬほど鬱陶しい熱気を乗せて。
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