表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/364

34. 裏の言い値 34-3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

二番目はイギリスだった。


リードが自分のファイルフォルダーを置く時の所作は、ウォルシュより遥かに優雅で、遥かに腹立たしかった。


「我々は、住居や税制優遇でご無礼するつもりはありません」と奴は言う。


俺は顔を上げた。


「その一言、アメリカ人に聞こえたら外交問題になるぞ」


「彼はここにいますからね」リードは静かに言う。


ウォルシュが軽く笑った。口は挟まない。


イギリスの提案は、やはりイギリスらしかった。


資源をストレートにぶつけてくるのではなく、全てを「品のある形」に包む。


特別居留資格、王国レベルの安全保護、文化・歴史保存機関の名義を借りた上級顧問ポスト、指定された複数の協力地域への自由往来、それに付随する保護と資源調達の権限。噛み砕いて言えば——システムの中に収める、ただし紳士のコートを着せてやる、ということだ。


「我々が提供できるのは、保護だけではありません」リードは言う。「十分な距離も提供できます。あなたは明らかに、国家機構に密着されるのを好まない。しかし機構の中にも、他のものより静かな機構というものがあります」


俺は軽く笑った。


「その言い方、実にイギリスらしいな」


リード(Jonathan Reid)が意外にも頷いた。


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


「調子に乗るな」俺は背もたれに体を預ける。「次だ」


---


フランスは、もう少しストレートだった。


モロー(Moreau)は手袋を外してテーブルに置き、香水の広告みたいに滑らかな声で言う。


「パリなら、もう少し心地よいバージョンを用意できます」


「たとえば?」


「合法的な身分、文化保護名目での長期滞在、欧州大陸での移動の自由、医療とセキュリティチーム、それから研究・政策決定層へのアクセス権」奴は俺を見る。「そして少なくとも、あなたを国家の戦利品として包装するようなことはしません」


俺は奴を見た。


「その一言、アメリカへの当てつけか、イギリスへの当てつけか、どっちだ?」


「フランスは、当てつけにこそこそする必要がありませんから」と奴は言う。


いかにもフランスらしい。


そして実に殴りたい。


俺は評価するのも面倒になって、手を振って続きを促した。


「もし道具として扱われることに嫌気がさしているなら、我々はより……文明的な協力の形を提供できます」


「文明的?」俺は頷く。「フランス人は本当にその言葉が好きだな」


モローはただ、かすかに微笑んだ。


「少なくとも、選択肢があるという錯覚くらいは提供しますよ」


この一言には、思わず俺を笑わせた。


「それは今夜一番正直な発言だ」


---


ドイツが一番実務的だった。


ケラー(Keller)は昼間に一度痛い目を見ているせいか、今回は姿勢がずいぶん低い。条件はアメリカほど派手じゃなく、英仏ほど包み方もうまくないが、安定感では勝っている。


合法的身分、完全な医療と安全保護、事件の後続調査における共同主導権、欧州域内の長期居住手続き、技術と証拠保全における協力体制。


「我々は虚栄を約束しません」ケラーは言う。「しかし、秩序を約束します」


俺は奴を見た。


「今日の昼間、あの箱を開けた時のお前は、秩序のかけらもなかったがな」


ケラーの口元が一瞬固まった。


「……あれは、ミスでした」


「よし。やっとまともな言葉が出てきた」


---


ロシアは、他の面々みたいに書類を並べなかった。


ソコロフ(Sokolov)はただ俺の向かいに座り、あまり美味くない酒を飲んでいるような顔で、淡々と言った。


「ロシアはアメリカみたいに市民権の値札をつけたりしない。ヨーロッパ人みたいに綺麗な言葉で包んだりもしない」


「ほう」


「一つだけ提供する」奴は言う。「誰もお前に気軽に手を出せない場所が必要なら、用意できる。サンプルとして切り刻まれたくないなら、それも保証できる」


「脅しを招待状に包んだみたいに聞こえるな」


「国家が人間に与えられるものなど、元からほとんどない」


これはこれで、正直な言い方だ。


俺は頷いた。


「まあ、自分の限界をわかってるだけマシだ」


---


韓国とサウジは、あそこまで露骨じゃなかった。


(パク)室長は直接の引き抜きをしてこない。どちらかといえば、まず縁を結んでおきたいという本音が透けて見えた。


「もし今後、東アジアへの滞在、医療、メディア回避、あるいは低プロファイルなルートの確保が必要になった時、我々は協力できます」と奴は言う。「今は取引条件の話ではなく、まず人としての(よしみ)の話をしています」


この言い方の方が、まだ受け入れやすい。


俺は奴を一瞥した。


「この言い方は、少なくとも人を買う感じがしない」


朴室長は苦笑した。


「大国みたいに人を買えるほどの余力は、我々にはありませんから」


俺は頷く。


「少なくとも、あいつらほど厚かましくないことは自覚してるようだな」


ファイサル(Faisal)はさらにシンプルだった。


「静かな場所が必要なら、我々にも用意できます。メディアから遠く、尋問から遠く、余計な人間から遠い場所を」


「悪くない」俺は言う。「ただ、そっちは暑すぎる」


ファイサルが、初めてごく薄い笑みを浮かべた。


「エアコンは問題ありません」


---


この一巡が終わった時点で、会議艙の空気はすっかり変わっていた。


ここ数日は各国が互いに牽制し合い、噛み合い、責任を押し付け合っていた。


それが今は、公開の引き抜き合戦になっている。制度内での人材争奪戦。しかも各国とも、自分の食い方をなるべく品よく見せようと懸命だ。


山口多聞(ヤマグチ・タモン)は一言も口を挟まなかった。


断言できる。この老亡霊は今、機嫌がすこぶるいいはずだ。算盤を弾きながら互いに牙をむく生きた人間を眺めるのが、奴は一番好きだからだ。


全員が話し終え、艙内が静まり返った。


全員が、俺の返答を待っている。


計算している目。

観察している目。

どの値段に俺が笑うか、賭けているような目。


俺は一通り見回して、指でテーブルを二度叩いた。


そして一言だけ返した。


「このヨーロッパ出張で死ななかったら、考える」


三秒間、沈黙が落ちた。


イギリス人が先に、顔を伏せて笑った。

フランス人も笑った。

アメリカのウォルシュ(Walsh)は、最初からこの答えを予想していたかのように、ただ頷いた。

ロシア人は笑わなかったが、不満の色もない。

韓国とサウジが、一番落ち着いていた。


全員がわかっていたからだ。


この一言は、何も約束していない。


だが、扉を閉めてもいない。


それで十分だった。


俺は立ち上がり、今夜はここまでだと示した。


「他にあるか?」


誰も口を開かない。


「なければ、帰れ。明日は下船がある。今夜お前らに煩わされて眠れなくなるのは御免だ」


リードは書類を片付けながら言う。


「国際協力に対するご自身の姿勢を、これほど包み隠さない方も珍しい」


俺は奴を見た。


「お前らも、俺を買いたい気持ちを包み隠さなかったじゃないか」


モローが笑いながら補足する。


「少なくとも、ちゃんと列に並びましたよ」


「ああ、感動したよ」俺は言う。「感動しすぎて、診察券でも発行してやろうかと思ったくらいだ」


そうして、この場は終わった。


---


翌日、ルーマニアの港湾外海は天気が良かった。


良すぎて、少し腹が立つくらい。


晴れた日は、記者が増える。


案の定だった。遠方には港湾誘導船、警戒艇、海軍艦艇に加え、匂いを嗅ぎつけたメディア船が大群を成している。岸の方は考えるまでもない。カメラはとっくに並んでいるはずだ。


俺は飛竜(ひりゅう)の舷梯上部に立ち、眼下に広がる人の波、制服、トランシーバー、岸壁のクレーン、そして蝿より鬱陶しいレンズの群れを眺めながら、また頭が痛くなってきた。


背後から、足音が一つ、また一つと近づいてくる。


各国の連絡官、難民移送チーム、ルーマニアの受け入れ担当官、トルコの最終引き継ぎ要員——全員が揃っていた。


俺は振り返り、奴らを一瞥した。


ここ数日、全員が実に見事な暗黙の了解を保ってきた。


本当に触れてはいけない言葉は、誰も口にしなかった。

人前で俺の国籍を問う者はいなかった。

人前で俺が誰の代表かを追及する者もいなかった。

どの国も、深い穴の縁を慎重に回り続け、誰も先に飛び込もうとしなかった。


結構。


俺も、わざわざ代わりに穴を指差してやる気はない。


だが下船前に、言うべきことは言っておかなければならない。


そうしなければ、この官僚連中は本気で俺のことを「順番待ちで値段を交渉できる商品」だと思い込み続けるだろうから。


俺は舷梯の前で足を止め、すぐには降りなかった。


そのまま振り返り、連中を見据える。


人の群れが、即座に静まり返った。


俺は右手を上げ、袖口を少しだけ引き上げた。


死神の指輪(デス・リング)が、姿を現した。


黒い台座は、日光の下でもほとんど反射しない。むしろ周囲の明るさを一層分、吸い込んでいるみたいだ。ごく薄い紫の霧が、指輪の縁に沿って外へ滲み出している。吐き切れなかった冷気が、かすかに漏れているような。


何人かの表情が、即座に変わった。


鎌は出さない。


その必要はない。


時には「ドアノブ」を見せるだけで十分だ。扉全体を開ける必要はない。


俺は連中を見渡し、いつもと変わらない声で言った。


「取引したいなら、構わない」


誰も口を挟まない。


「だが次に値段をつける前に、一つだけはっきり見ておけ」


俺は右手をわずかに持ち上げた。


「これは勲章じゃない。お守りでもない」


紫の霧が、指の関節の間をゆっくりと一巡する。


「これは、ツケを回収するためのものだ」


港の風は強かったが、あの薄い紫の霧を散らすことはできなかった。むしろ風の中で、霧はより鮮明に巻き上がった。


デミル(Demir)が、無意識に顎を引き締めるのが見えた。

ウォルシュ(Walsh)の視線が、一段重くなった。

ソコロフ(Sokolov)の目に、薄い氷が張ったみたいだった。

英仏の二人は表面上は動じていないが、立ち方が変わっていた。

ルーマニアの受け入れ担当官たちまで、息を呑んだように静まり返った。


上出来だ。


これが俺の望む状況だ。


全部を知らせる必要はない。


一つだけわかればいい——


俺は、こいつらが好き勝手に値段をつけていい顧問じゃない。


俺は連中を見つめ、さらに一言付け加えた。さっきより声が低く、さっきより冷たかった。


「お前らは国家だ。銃も、船も、金も、法律も持っている。たいしたものだ、わかってる」


一拍置く。


「だが俺が管るのは、お前らが死んだ後のことだ」


この一言が落ちた瞬間、場が完全に凍りついた。


遠くの港湾クレーンが動く、金属音だけが聞こえた。


山口多聞(ヤマグチ・タモン)は俺の半歩後ろに立ち、何も言わない。だが俺にはわかる。この老亡霊は今、心の中で笑っているはずだ。


この一言は、硬い。そして黒い。


何より大事なのは——


これは、はったりじゃない。


俺は手を下ろし、袖口を元に戻した。


「だから話し合いたいなら、俺に余裕がある時に来い」

「協力したいなら、俺が話す気になった時に来い」

「俺を道具にしたいなら、まず自分がそれに値するかどうか、よく考えてからにしろ」


言い終えて、俺は振り返らずに舷梯を降りた。


振り返らない。


こういう場面で振り返るのは、拍手を待っているのと同じだ。


俺にはいらない。


後ろの連中がどんな報告書を書くか、どう話を伝えるか、俺の言葉をどう官僚的に書き換えるか——それは奴らの仕事だ。


ただ今日から、この官僚連中は少なくとも一つのことを覚えているはずだ。


周士達(ジョウ・シーダー)という人間は——


交渉できる。協力できる。引き込むこともできる。試すこともできる。


だが、おとなしくテーブルの前に座って契約書にサインを待つ存在だとは、絶対に思うな。


こいつが本気で牙を剥いた時——


傷つくのは、お前たちのキャリアじゃない。


命だ。


港の風が正面から吹きつけてくる。塩の匂い、軽油の匂い、遠くの人混みと報道カメラが発する、あの死ぬほど鬱陶しい熱気を乗せて。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ