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21. いい日

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

D-7 ケープタウン——外海


ケープタウンの朝は、まるで普通の世界が、もう一日だけ人間を引き取ってくれるみたいな顔をしていた。


スイートのバルコニーから外を眺めたとき、最初に目に入ったのは港でも海でもなく、あの理不尽なほど平らなテーブルマウンテンだった。山は街の背後にどっしりと座り、雲は誰かがナイフで削いだみたいに薄い。港のクレーン、倉庫、観光施設が、その足元にびっしり敷き詰められている。


リアルで、硬くて、極光号(オーロラ)とはまるで別物だ。


この数日、俺は「食欲も感情も動線も消費衝動も、全部お膳立てしてくれる巨大な怪物」の腹の中で暮らしていた。だから今、勝手に漂ったりしない、俺に微笑みかけてこない、リストバンドで朝食メニューを推薦してこない「本物の陸地」を目の当たりにして——最初に湧いた感情は、安堵だった。


人間ってのは、本当にしょうもない生き物だ。


快適すぎると、今度は「面倒くささ」が恋しくなる。


十二階のレストランは、いつもより賑やかだった。


ケープタウンは、この航程で最後の「ちゃんとした都市規模」の寄港地だ。下船して空気を吸いに行くつもりの顔が、そこかしこに見える。カメラを背負った奴、紙の地図を広げた奴、旅行広告みたいな格好の奴。ただ朝飯を食ってるだけなのに、恩赦を受けた囚人みたいな表情の奴もいる。


シキ(シキ)は俺を見るなり、コンセントから直接電気を引っこ抜いてきたみたいなテンションで手を振った。


「シーダー! 今日は絶対長く歩こうね! ちゃんとした世界、踏みしめたい!」


「その言い方、ここ数日どっかに監禁されてたみたいだぞ」


「ちょっとそんな感じだったじゃん」彼女は悪びれもせずワッフルを切る。「船がどんなに豪華でも、やっぱ船は船。毎日食って飲んで、買って賭けての繰り返しでしょ。あたし今、道端にテキトーに停まってる車とか見たい気分」


席につき、コーヒーを一口。……土臭いけど、やけに的を射てる。


林雨瞳(リン・ユートン)は今日、シンプルな格好だ。黒のパンツに白シャツ、髪はまとめている。顔に表情はないが、船内で「高級カジュアル」を着飾っている連中より、よっぽど「現実世界で生きている人間」に見える。俺を一瞥して言う。


「今日はようやく、南国詐欺師みたいな服じゃない」


「それ、いつまで引っ張る気だよ」


「あんたが許されるに値するかどうか次第」


葉綺安(イェ・キアン)は向かいで、船が配ったポートエリアのガイドを眺めていた。今日はライトグレー一色で、腹立つくらい清潔感がある。顔も上げずに刺してくる。


「少なくとも、テーブルマウンテンがあんたの花柄シャツに侮辱されずに済む」


「朝から見事な連携プレイだな」


シキが肩を震わせて笑っている。


結局、予定はシンプルに決まった。まずテーブルマウンテンに上り、港で飯を食って、あとは適当に歩く。目の前に街一個分が丸ごと広がってるのに、わざわざ極光号(オーロラ)のお仕着せコースに突っ込むバカはいない。


下船した瞬間、風が正面からぶつかってきた。潮気、排気、人の声、街特有の雑然とした空気。


普段なら一文の価値もない、むしろ煩わしい種類のノイズだ。でも今は、それがたまらなく心地いい。埠頭では大声で話す奴がいて、車が転回し、露店が客を呼び、道に迷った奴がいて、列を間違えた奴がいる。何一つ「ちょうどいい」場所に収まっていない。


だからこそ、「人間が生きてる場所に戻ってきた」実感が湧く。


ロープウェイの中で、シキはほぼガラスに張り付いていた。「やば、きれい」「映画みたい」のループが止まらない。


俺は横に立って、山と港と海と、遠くに浮かぶ白すぎる船を見下ろした。この高度から見ると、極光号(オーロラ)もようやく「完璧なシステム」の皮が剥がれて、ただの「ちょっとデカすぎる客船」に見えてくる。


山頂は風が強く、視界はさらに広かった。


海と街が足元に丸ごと広がり、テーブルマウンテンの縁には観光客がびっしり並んでいる。写真を撮る奴、コーヒーを買う奴、風で髪をぐちゃぐちゃにしながら話す奴。


ホフマン教授の言う通りだ。人間には、こういう場所が必要だ。啓示を得るためじゃない。自分がいかにちっぽけかを、思い出すために。


葉綺安が手すり越しに海を見ているところに、ちょうど通りかかった。彼女は買ったばかりのブラックコーヒーを持っていて、耳元の髪が風で乱れている。


「なに?」振り向かずに聞いてくる。


「今日はやけに静かだなと思って」


「ここ、リストバンドが『次の予約はいかがですか』って聞いてこないから」


「だいぶ恨みが入ってるな」


ようやく横目でこちらを見て、口角がわずかに動く。


「あんたは?」


考えてみれば、山に上がる前にも通知が来ていた。『本日の歩行ペースと滞在傾向に基づき、今夜のオフショア・パーティをおすすめします』。見た瞬間、「うっざ」としか思わなかった。


「あるよ」コーヒーを一口。「でも今日は、聞こえないふりをすることにした」


港でのランチは、船のレコメンドを無視して、海沿いで適当に流行ってそうな店に入った。


店内は騒がしく、サービスも早くない。隣の席の子どもは泣いてるし、ビールの冷え具合も完璧じゃない。ステーキは予定より五分遅れて出てきた。


それでも、肉を切りながら、俺は最高に気分がよかった。


ここは、俺の次の行動を先読みしない。ビール二口目で「今夜はカジノとバー、どちらになさいますか」なんて計算を始めたりしない。


林雨瞳が、俺の緩んだ顔を見て眉をひそめる。


「また何ニヤニヤしてるの」


「料理を待つのって、意外と癒しだなと思って」


葉綺安は顔も上げない。


「完全に船に飼い慣らされてる」


「そう言いながら、お前もちゃんと食ってるじゃないか」


「食べ物に罪はない」


「立場がはっきりしてるな」


シキは、ポストカードから手作り石鹸、用途不明の雑貨まで、細々したものを買い込んだ。一番楽しそうに歩き回り、写真を撮り、俺たちをカラフルな壁の前に並ばせて強引に記念写真を撮った。


林雨瞳は最初「めんどくさい」と嫌がったが、最後はちゃんと並んだ。葉綺安は心の中で白目を剥いていたはずだが、自分がカメラ映えすることを知っているので、誰よりポジション取りが完璧だった。


夕方、港へ戻ると、極光号(オーロラ)が海上に停泊していた。白く、この場所には馴染まないほど綺麗だった。


埠頭から振り返って眺めながら、シキが数日前に言った「勝手に動くホテル」という言葉の意味が、ようやく腑に落ちた。


そこにあるのは、清潔で、巨大で、完結していて、あらゆる「雑さ」をシャットアウトするシステムそのものだ。だが背後にはケープタウンがあり、山があり、風がある。その対比で、極光号(オーロラ)はますます「過剰に磨き上げられたオブジェ」に見えてくる。


「なんか、早く戻りたくないかも」シキが小さく言う。


笑う気にはなれなかった。俺も同じだったから。


でも結局、戻るしかない。


船に足を踏み入れた瞬間、「また受け止められた」感覚が戻ってきた。冷えたおしぼり、完璧に調整された室温、すでに部屋へ届けられたショッピングバッグ、更新されたイベントボード。極光号(オーロラ)は優秀な執事みたいに、陸から戻ってきた全員を、さりげなく自分の秩序の中へ回収していく。


出港前、デッキで華やかなサンセット・パーティが開かれた。


生バンド、シャンパン、海風、遠ざかっていくテーブルマウンテン。文明を離れる前に、もう一度「ラグジュアリー」を目に叩き込んでやろうという意図が見え見えだ。


認めるよ。見事だった。あの瞬間の極光号(オーロラ)は、本当に夢みたいだった。光って、動いて、人間の煩悩を全部きれいに拭き取ってくれる夢。


しかも、その夢の中には、まだ全員が揃っていた。


シキは八階で夜食を探しがてら、アドナンを捕まえて次の航程に隠しイベントがないか聞くと言った。


ホフマン教授は上の階に戻って、今日本屋で買った資料を整理するつもりだと言った。


葉綺安は七階をひと回りしたいと言った。船に戻ってから、ろくな買い物をしていないと。


林雨瞳は、キム・ジヌ(Kim Jin-woo)とパク・ソヨン(Park So-yeon)と少し話していた。荷物の預かりか何かの段取りについてのようだった。


俺は、スイートに戻ってシャワーを浴びたかった。港で一日歩いた分の風と埃を、お湯で流してしまいたかった。そのあとカジノに行くか、どこかで酒を飲みながらぼんやりするかは、あとで決めればいい。


出港すると、ケープタウンの灯りがゆっくり遠ざかっていき、最後は遠くに光の帯が残るだけになった。


スイートに戻ったとき、リストバンドに今夜最後の通知がポップアップした。


『素晴らしい夜をお過ごしください、周士達(ジョウ・シーダー)様。極光号(オーロラ)は、お客様の夜航に寄り添ってまいります』


一瞥して、テーブルに放り投げる。シャツのボタンに手をかけながら、バスルームへ向かう。


そのとき俺は、まだ知らなかった。


——これが、俺たちにとって最後の「まともな夜」になるってことを。

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