19. 交錯する証言 19-1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
D-5 モルディブ——マダガスカル
朝七時半、俺は陽光に叩き起こされた。
貧乏人の家みたいに、カーテンを引いたら埃が空気を漂う——そういう陽光じゃない。金持ちの陽光だ。清潔で、暖かく、機嫌が悪くない。まるで「お前の人生はまだ救いがある」と教えるためだけに存在しているかのように、スイートのフルフラット窓から惜しみなく差し込んで、ベッドの裾のウールラグを、温められたバターみたいに照らしている。
目を開けると、部屋が馬鹿みたいに静かだった。
エアコンの風は、あるかないか分からないくらい細い。コーヒーメーカーはまだ動いていない。波が船体を打つ音すら、遠く柔らかい。こういう静けさは高い。高すぎて、「もしかして俺、貧乏人お断りの平行世界に迷い込んだか?」と疑いたくなるくらいだ。
昨夜は遅く戻ったから、昼まで寝倒すつもりだった。
だがベッドサイドの端末が、礼儀正しいお化けみたいに光り、一行の文字を浮かべた。
『おはようございます、周士達様。ご予約の「ブルータイド・シークレットアイランド・プレミアムツアー」は午前九時四十分より乗艇開始です。ルームサービスのご朝食をご希望の場合は、八時までにご注文くださいませ』
俺はその文字を二秒見つめてから、起き上がって頭を掻いた。
そうだ、今日は有料上陸がある。
昨日の午後、十二階のサンデッキバーでシキが夕日より赤い顔をして飲んでいる最中、このツアーの案内ページを見つけて目を輝かせた。危うく電子カタログを一ページ丸ごと擦り切るかと思うほどの勢いだった。
極光号(オーロラ・インペリア)がトップクラスの旅客向けに開いているアドオンパッケージで、名前からして退職した教授に健康食品を売りつけそうな雰囲気だが、中身は本物だ。水上飛行機での移送、プライベートサンドバー、限定ランチ、マリンアクティビティ、専属フォトグラファー——価格は先祖の墓まで買い取る気かというレベル。
俺は最初、「船でたっぷり食って飲んで遊べばそれで十分だろ、わざわざ金払って塩漬けになりに行く必要はない」と言いかけた。
そこへ葉綺安が価格表をさらりと一瞥して、コンビニの弁当の栄養成分表でも読むような語調で言った。
「この船に乗っておいて、これで渋るのは情けなさすぎる」
その一言で、財布が自動的に開いた。
人間、意地を張っているわけじゃなくても、誰かに目線で軽く踏まれると、ポケットが反射的に動くことがある。
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顔を洗い、熱いシャワーを浴びて、軽めのシャツとリネンパンツに着替え、サングラスをポケットに突っ込んだ。鏡の中の顔は悪くなかった。十分寝た、二日酔いなし、クマも爆発していない。少なくとも、豪華クルーズのビュッフェで残り物をこっそりつまみ食いするような人間には見えない。
ドアを開けると、朝食カートがすでに廊下に止まっていた。
「……マジかよ」
左右を見渡したが、廊下には誰もいない。銀白色のカートが、足でも生えているかのように佇んでいる。もちろんスタッフが届けたのは分かっている。ただ、この船が一番得意なのは、サービスを「魔法」に見せることだ。旅をしているんじゃなく、見えない富豪の神様に奉られているような気分にさせられる。
朝食の中身はシンプルで、かつ罪深い。
ふわふわのスクランブルエッグ、カリカリのクロワッサン、スモークサーモン、小さなフルーツカップ、そして完璧な温度のブラックコーヒー一ポット。バルコニーに立って食べると、海風が正面から吹き上げてくる。遠くの海面は、偽物みたいに青い。数艘のスピードボートが白い光の中を走り、細長い航跡を引いている。インド洋全体が、広告より広告っぽく見えた。
クロワッサンを二口目に齧ったところで、端末が光った。
今度はシステム文字じゃない。シキからの音声メッセージだ。
『士達! 起きてる? 私もうビーチカバーアップ選んでるんだけど! 今日絶対いっぱい写真撮る! あと雨瞳が派手なのは着ないって言ってるけど、全然信用できなくて、さっきの白いカバーアップが完全に——』
そこで音声が途切れた。たぶん林雨瞳に止められた。
俺は笑いながらコーヒーを飲み干し、財布とルームカード、端末をまとめて持って部屋を出た。
今日のツアーは、要するに金持ち版のピクニックだ。草地が海に変わり、テントがフルサービスのチームに変わり、参加者全員の自尊心が過不足なく満たされる。それだけのことだ。
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九時少し前、十二階の中庭集合エリアに着くと、すでにほとんど揃っていた。
シキが一番に手を振った。ソファから飛び上がりそうな勢いだ。
今日は明るい色のショート丈カバーアップを着ていて、中の水着は色がはっきりしていて清潔感がある。わざわざプレゼントの包装紙みたいに着飾るタイプじゃなく、彼女そのもの——直接的で、テンポが良くて、何でも新鮮に見える。肩には船でレンタルした防水カメラをかけ、手には新しく買ったワイドブリムハット。秘島に行く人間というより、夏の特集号を撮りに来たカメラマンみたいだ。
林雨瞳はその隣に座り、サングラスを頭の上に押し上げていた。白いロングカバーアップの下は、カットがきれいなダークカラーの水着。脚を組み、アイスコーヒーを手にしている。全体の雰囲気は、高級リゾートホテルのバカンス系ムック本から抜け出してきたみたいだ。
彼女は俺を見て、まぶたを少しだけ上げた。
「珍しく、遅刻してない」
「俺の信用って、お前の中でそこまで底値だったっけ?」
「だいたい、それくらい」
「いいね。誠実で」
葉綺安は反対側で海を眺めていた。今日は他の二人より抑えめな格好だ。薄手の黒いシャツを羽織り、その下はシンプルなダークブルーの水着。腰のラインが腹立つほどきれいだ。
彼女は振り返り、俺を一瞥した。視線がシャツから靴まで一往復して戻ってくる。無言のセキュリティチェックみたいだ。
「その格好で行くの?」
「他に何着るんだよ。スーツでビーチに行って、そのまま砂浜で取締役会でも開くか?」
「少なくとも、昨日の花柄シャツよりはマシ」
「昨日のは、立派なトロピカル仕様だろ」
「熱帯詐欺グループのユニフォーム、って感じ」
横でシキが、文字通り腰が折れるほど笑っていた。
俺は少し考えてから、今日のところはこの女に噛みつくのをやめにした。どうせ金を出してるのは俺で、この後プライベートサンドバーでシャンパンを飲むのも俺だ。
男が時に折れたり伸びたりするのは、成熟したからじゃない。どっちがより快適か、ちゃんと分かっているからだ。
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ホフマン教授も、今日は顔を出していた。
ライトカーキのカジュアルウェアにサンハット。手には船から配られた行程パンフレット。海へ遊びに行くというより、世界遺産の視察にでも行くような出で立ちだ。
隣にはリード夫妻(the Reids)。ジョナサン・リード(Jonathan Reid)はカメラを背負い、サラ・リード(Sarah Reid)はシンプルなサンドカラーのワンピース。何かを見抜いているが、わざわざ暴く気はない——そんな笑い方だ。
少し離れたところには、キム・ジヌ(Kim Jin-woo)とパク・ソヨン(Park So-yeon)。どこへ行っても、自前のライティングを持ち込んでいるような夫婦だ。ジヌは、明らかにいい値段がするネイビーカラーのリゾートウェア。ソヨンはアイボリーのストローハットを被り、朝の光の中で髪の一本一本にまでレタッチが入っているみたいだ。
受付テーブルの向こうには、アドナン。
今日はクルーユニフォームではなく、アクティビティ用の動きやすい服装だ。袖を肘までまくり上げ、相変わらず「仕事のできる男」の笑みを浮かべている。
「皆さん、おはようございます」彼は手を叩いて、全員の注意を戻した。「本日のブルータイド・シークレットアイランド・プレミアムツアーには、水上飛行機での移動、プライベートサンドバーでのランチ、コーラル・シュノーケリング、フィッシング体験、そして日没前の帰船が含まれます。水に入らない場合でも、ビーチバーと冷房完備のラウンジスペースをご利用いただけます。日焼け、脱水、退屈——本日はどれも、発生いたしません」
「最後の保証は、特に信用したいな」俺が言う。
アドナンは俺に向かって笑った。「周さん。この船では、高価なものはたいてい、それに見合うだけの価値があります」
俺はうなずきつつ、内心で思った。
——その台詞、詐欺広告と紙一重なんだよな。
ただ、この船の一番すごいところは、「もしかして騙されてるのか?」と疑いながらも、財布からカードを出し続けさせる腕前だ。
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極光号(オーロラ・インペリア)の舷側から接続されたプラットフォームへ降り立った瞬間、俺は初めて理解した。
——「船を離れる」という行為にすら、金をかけるとはこういうことか。
普通の人間が海へ出るときは、行列に並び、ライフジャケットを着せられ、太陽の下で汗をかき、よく知らない連中と一緒に、ぐらぐら揺れる小舟に押し込まれる。
俺たちは、違う。
デッキにはノンスリップのウッドが敷かれ、サンシェードの下には冷えたおしぼりとジュース。さらに二人のスタッフが、帽子とライフジャケットの着用を手伝うためだけに立っていた。
ボートも、「このままじゃ誰か吐くだろ」と不安になるタイプじゃない。ラインが美しく、シートは柔らかく、エンジン音は可能な限り抑え込まれた、高級スピードボートだ。
しかも、そのボートで向かうのは、さらに先の海上プラットフォーム。その先で、水上飛行機に乗り換える。
浮き桟橋に足をかけたとき、俺は思わず振り返った。
極光号が、ど真ん中の青い海に浮かんでいた。
巨大な、一つの都市だ。白い船体は日差しを浴びて、現実味がなくなるほどきれいだ。層を成すデッキ、ガラスの壁、オープンテラス——交通手段というより、誰かが五つ星ホテルとショッピングモールとカジノとコンサートホールを、一つの海上モンスターに溶接したような姿。
シキはその横で「うわー」と声を上げた。
「外から見ると、ほんとヤバいね、これ」
「船っていうより、資本主義が咲かせた花だな」
林雨瞳が、後ろから冷静に付け足す。
「しかも、成功例」
葉綺安は何も言わなかった。ただ、スマホを取り出して一枚だけ写真を撮った。何でもかんでも撮るタイプじゃない女がわざわざカメラを向けるとき、それは本当に「記録に残す価値あり」と認定された時だけだ。
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水上飛行機は小さくて、キャビンに入るとレザーと金属と冷房の匂いがした。窓の外には、目が痛くなるほど明るい海。プロペラが回り出し、轟音が胴体の中を震わせる。水面すれすれの高さから、そのまま投げ出されるような感覚が少し高ぶる。
シキは窓際で、顔がガラスに貼りつきそうになっていた。
「やばい、絶対楽しいやつじゃん、これ!」
「飛んでから叫べ」俺は言った。
で、離水した瞬間、彼女は本当に叫んだ。
驚いてじゃない。純粋に、気持ちよすぎて。
一瞬で、海が足元に開ける。濃い青、薄い青、蛍光みたいに明るいラグーンが、パッチワークみたいに広がっていく。白い砂は誰かが海にばら撒いた砂糖みたいで、島々は水面に落ちた翡翠の欠片だ。
上から見ると、モルディブは島国じゃない。どこかの金持ちがジュエリーボックスをひっくり返した後だ。
林雨瞳でさえ、少し見入っていた。
シキのように騒いだりはしない。ただ、静かに外を見ていた。横顔に陽光が淡く差して、睫毛の一本まで見える。
俺は、その横顔を見ながら、少しだけ理解した。
——だから、こんな金を出す奴がいるんだな。
この景色を見るためだけに。
一瞬だけ、「世界のどこかには、そこまで腐っていない場所があるのかもしれない」と信じられるから。
葉綺安はシートに背を預け、指先でアームレストを軽く叩いていた。彼女の「眺める」は、他人と違う。風景を楽しむというより、そのすべてが「値段に見合うか」を測っているようだ。
少しして、彼女はふいにこちらを向いた。
「気づいてる?」
「何を」
「この船に乗ってから、ずっと時間の感覚を狂わされてる」
「楽しいからだろ?」
「それだけじゃない」彼女は小さく笑った。「噛み砕いてくれてるからよ。『次に何をするか』を、自分で一切決めなくていいように」
「それが高級サービスってもんだろ」
「そうね」彼女はそれ以上言わなかった。「だから、みんな中毒になる」
返事をしようとしたところで、水上飛行機が降下を始めた。海面が近づき、白い波のラインが窓の下を流れ去る。パイロットが滑らかに、静かなラグーンへ機体を落とし込む。短くタクシーして、完全に止まった。
目の前のサンドバーは、理不尽なほどきれいだった。
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「リゾート天国」という四文字を立体化したら、こうなる。
細く長い白い砂が、海のど真ん中に突き出している。その周りは、海底の模様まで見える透明な浅瀬だ。砂は白く光り、踏み込むと細かく沈むが、足にまとわりつかない。
島には低い木造建築しかない。どれも「素朴ぶっている超高級ホテル」みたいな顔をしている。ナチュラルウッドのフレーム、白い布のキャノピー、ラタンのスウィングチェア、ミスト噴射、手をかけるとスッと動く上質な質感。
ウェルカムドリンクは、そのまま手に渡された。ココナッツウォーターとシャンパンを合わせたカクテル。冷たく、甘く、かすかに苦い。
一口飲んで、俺は理解した。
——このツアーが高い理由。
ここは「海で遊ばせている」のではない。「せっかく来たのにガッカリする要素」を、金の力で片っ端から潰し、「快適さ」を液状にして飲ませている。
シキはすでにサンダルを脱いで、海に突進していた。
「士達! 水、ヤバいくらい綺麗! 早く来て!」
「俺の靴、そこそこ高いんだけど」
「今、その台詞をここで言う? 殺意湧くんだけど」
「金持ちになったら、『殺意を買う』のも一種のライフスタイルだ」
林雨瞳はカバーアップを脱いで、そのままデッキチェアに放り、一直線に浅瀬へ向かった。水が膝下まで上がると、陽光が水面で砕けて、彼女の下半身ごと光の中に切り出されたみたいに見える。
彼女は砂浜に立ち止まっている俺を振り返り、眉を片方上げた。
「まさか、本気で日焼け怖いとか言わないわよね」
「俺は今、自分の貴重な男性的尊厳を、塩分と紫外線に預けるか真剣に検討してるところだ」
「簡単に言って」
「どこで寝っ転がってサービスされるのが一番得か、考えてる」
葉綺安が鼻で笑い、俺の脇を通り過ぎる。
「その点は、よく自分を分かってる」
最終的に、俺も海へ入った。
水は心地よく冷たくて、一歩踏み込んだ瞬間に頭がしゃっきりする。足裏に、細かい砂が横に逃げていくのが分かる。水面の反射が白く眩しく、小型犬みたいにシキが浅瀬を駆け回り、林雨瞳を半ば無理やり写真に巻き込んでいた。
雨瞳は「面倒くさい」と口では言いながら、結局何枚も写ってやっていた。
ジョナサン・リードは少し離れた所で三脚を立て、サラは日陰で酒を飲みながら、ときどき顔を上げて海を眺めている。ホフマン教授はどこからかビーチチェアを調達し、「ここを研究するつもりで来たが、実際は日光浴しているだけの人」の典型的な姿勢で横になっていた。
キム・ジヌとパク・ソヨンは、プライベートデッキで夫婦写真を撮っている。毎年、自腹でトラベルカレンダーを作っていそうな手慣れたポージングだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




