S2第一章: 擦れ違う赤の他人
禪房の硬い木製ベッドの上で、俺はゆっくりと意識の再起動を行った。天井に刻まれた大円満のレリーフを見つめる。脳内には、一瞬の空白が広がっていた。
この「佛光山」という名の高位セキュア・エリアに、一体どれほど留まっていたのか。数日か、数週間か、あるいは俺のような不浄な人間を根底から書き換える(リビルド)のに十分な月日だったのか。強制的な拘留生活は、苦痛というより、静寂すぎて発狂しそうな代物だった。午前四時の開静板の耳障りな音、味覚をデリートしたような精進料理、そして延々と続く掃き掃除という名の修行。
俺は竹箒を手に、広大な石畳を機械的に往復させていた。皮肉なものだ。かつて因果の隙間を縫い、法律のバグを突いて生きてきたこの俺が、今や老僧たちの手によって四門皆空を体現する「生ける仏」へと強制フォーマットされているのだから。
だが、「平穏」という名の執行猶予も、今日で終わりだ。
俺がかつてバラ撒いた「業力のバグ」が四大宗派のパッチ適用によって収束し、核放射線のごとく漏れ出していた俺の「八両七銭の霊気」は、神聖な鉛の蓋で完全にカプセル化された。今の俺は、悪鬼たちの目には「賞味期限切れのカビたドッグフード」にしか映らないだろう。超自然災害を引き起こす「極上の餌」でなくなった以上、慈悲深い大師たちにこれ以上、俺に無駄な飯を食わせる義理はないというわけだ。
霊魂のシステムが安定し、国家安全保障上の脆弱性が消えたと見なされるや否や、禿頭の連中は躊躇なく俺を山門の外へと蹴り出した。
せめて駅まで送ってくれてもいいだろうに。高雄の大樹区なんていう、鳥も寄り付かない未開の地では、タクシーどころか自転車すら希少種だ。視界を埋め尽くすのは終わりのない緑の田園と、腰を曲げて労働に励む、俺の汚れた魂を照らし出すような純朴な農民たち。そして俺は、田舎の風景に致命的なエラー(違和感)を叩きつけるような安物のスーツと白シャツ、磨き上げられた革靴で、炎天下のアスファルトに立ち尽くしていた。その姿は、解雇通告を受けたばかりの、人生のどん底にいる保険外交員そのものだ。
汗を拭い、仕事鞄の中から没収されていたスマホを抽出する。幸いにも、バッテリーは半分ほど生き残っていた。
俺は自嘲気味に連絡先をスクロールした。あの半年間の大乱闘を経て、俺という「霊魂詐騙犯(詐欺師)」の名は三界に轟いているはずだ。今の俺に、誰が応答するというのか。
指先が冷たい画面を滑り、やがて、消去しきれなかった名前に停止した。
「林雨瞳――発信」
コール音は、俺の脆弱な心臓を叩く法槌のように単調に響く。
「……誰?」
案の定、氷の欠片を投げつけられたような冷徹な応答。
俺は覚悟を決め、地平線まで続く田んぼに向かって咳払いをした。
「俺だ……周士達」
「……電話の一本くらい、もっと早くできなかったの?」
声は依然として冷たいが、その奥に隠しきれないノイズが混じっているのを、俺の耳は見逃さなかった。
「半年よ。半年間も消えていたのよ、分かってるの?」
クソッタレ。あの和尚たちは、俺を半年もオフラインにしていたのか。一ヶ月程度だと思っていた。
俺は電話を続けながら、無意識に財布の内側を確認した。幸いなことに、分厚い諭吉たちは無事だった。あの出家者たちが俺の世俗の垢(現金)まで浄化していなかったことに安堵する。もし「寄付」でもされていたら、今すぐ山門に殴り込み、ブッダに「魂の詐欺」とは何たるかを叩き込んでやるところだった。
「今、大樹にいる。高雄だ。明日には台北に戻る……」
俺は言葉を切った。南部の熱風を肌に感じながら、喉元まで出かかった問いを吐き出す。「……他のみんなは、どうしてる? 今はどこにいるんだ」
「政府が用意した、信義区のセーフハウスにいるわ。ウィショー(威秀)の隣にある『含舍謙寓』の最上階」
雨瞳の声が僅かに淀む。背後からは、微かに牌を混ぜる洗牌音が聞こえてきた。
「……今は、エリスリードに麻雀を教えてるところ」
「…………」
俺の脳裏に、あの冷酷な北欧執行官がシルクのネグリジェ姿で「一筒」と「白板」の違いを真剣に考察している光景が浮かび上がった。悪夢よりもシュールな光景だ。
「いいわ、明日迎えに行く」
俺の沈黙を不吉に捉えたのか、雨瞳が珍しく妥協案を提示してきた。
「いい、来るな。連中が揃うと目立ちすぎる。特にあの狂ったアイドル……」
言い終わるより早く、鼓膜を物理的に粉砕しかねない絶叫が受話器から爆裂した。続いて、ヤンデレ成分を極限まで濃縮した咆哮が突き刺さる。
「周士達! 喉元過ぎれば熱さを忘れるってか!? 今、スピーカーモードなのよ! もう一度『狂った女』って呼んでみなさい、今すぐ本気で狂ってやるから!」
これだ。怒りっぽく、神経質で、非論理的。俺は背後にそびえる清廉な山を見上げ、ふと思った。……やっぱり山に戻って、一生掃き掃除をしていた方がマシだったんじゃないか。
南無阿弥陀仏。出家者は嘘をつかないが、この女たちは間違いなく魑魅魍魎よりタチが悪い。
「明日の朝、潮州駅で」
LINEに届いた雨瞳からの一方的なパッチを見つめ、俺は乾いた苦笑を漏らした。半年経っても彼女の強気は健在で、俺に交渉の余地を与える気は毛頭ないらしい。自嘲気味に首を振り、場違いなほど「OK」な可愛いスタンプを返信した。
即読。
……この女の行動速度、正直言ってホラーの領域だ。
炎天下、三十分ほど迷いながら歩き続け、ようやく田んぼの果てに「九曲堂」駅をサルベージした。体内の浮躁が止まらず、そのまま台湾西部の終着点――枋寮まで流れ着いた。
一度も来たことのない街。海風に吹かれながら適当な店で腹を満たし、冷えたビールを数本買い込む。夜の帳が降りる頃、ようやく潮州駅へと引き返した。
駅の近くで見つけたのは、壁紙が剥がれ、照明が死にかけている遺物。昭和、あるいは民国六、七十年代のモノクロ映画から切り取ったような、強烈な退廃感を放つ部屋だ。
スマホが震えた。トーク画面には「車に乗った。待ってて」の一言。
上にスクロールすると、さっきの「明日の朝、潮州駅で」というメッセージは既に送信取消されていた。行動力があるなんてレベルじゃない。これはもはや、電撃戦だ。
夜の十時。彼女から電話が入った。簡潔で力強い、わずか四文字。
「下にいるわ」
窓から見下ろすと、素朴なロングドレスを纏い、銀色のスーツケースを引く雨瞳の姿があった。街灯が彼女の影を長く引き伸ばし、孤独な強情さを際立たせている。旅館の入り口で、俺たちは言葉を失った。この半年という時間の隔絶感が重すぎて、呼吸すらままならない。無意識に抱擁しようとしたが、身体が錆びついたように動かなかった。
「周士達、久しぶりね」
その機械的な挨拶が、胸の奥を酸っぱく刺す。俺は黙って彼女の荷物を受け取り、二階の蒸し暑い小部屋へと向かった。
ドアを閉めた瞬間、後悔が襲ってきた。大樹から直接台北に戻っていれば、こんな気まずいセッションは必要なかったはずなのに。
湿り気を帯びたベッドの端で、俺は雨瞳に背を向けて縮こまっていた。半年の清修生活は俺の感覚を異常なまでに鋭敏にさせていた。彼女の髪先から漂う淡いシャンプーの香りが、干からびた俺の魂にガソリンをぶち撒けるような劇薬として機能する。
「周士達、寝たの?」
雨瞳の声は微かに震え、鼻声混じりの響きが、逃げ場のない狭い部屋を充満していく。
「……まだだ」
閉じた瞼の裏で、自分の声が砂を噛んだように掠れていることに驚いた。
温かな手が不意に肩へと置かれる。薄いシャツ越しでも、彼女の指先が微かに震えているのが分かった。俺が寝返りを打つと、闇の中で彼女の瞳が驚くほど発光していた。半年分の悔しさ、焦燥、そして再会の狂熱が混ざり合い、室内の空気は一瞬にして粘着質なものへと変質する。
「痩せたわね」
彼女が顔を寄せ、熱い吐息が首筋を撫でる。
俺の理性の糸が、危険なビープ音を鳴らして千切れかけた。伸ばした指先が彼女の頬をなぞる。この半年間、幾度となくシミュレートした触感だ。身体を支え、互いの唇が数ミリまで接近し、心拍数が同期しようとしたその瞬間――。
「――ッ!!」
骨の芯まで凍りつかせるような悪寒が、心臓の中央で爆発した。感電ではない。マイナス五十度の氷の楔を、脊髄に直接打ち込まれたような衝撃。熱を帯びていた指先は、一瞬にして死人のように青白くデッド化した。
「周士達? どうしたの?」
突如放たれた冷気に雨瞳が身を震わせ、熱に浮かされていた瞳が瞬時に覚醒した。
俺は無様に飛び起き、左胸を必死に押さえた。心筋梗塞の末期患者のような有様だ。理解した――これは沈博文が残した、最悪のイースターエッグだ。情欲によって俺の霊気が激しく変動したことを検知し、強制的に俺を物理シャットダウンしやがったのだ。
「……なんでもない。エアコンが効きすぎただけだ」
荒い呼吸を整えながら、俺は必死に言い訳を捻り出す。
雨瞳は一秒の沈黙の後、冷徹に指摘した。
「……この部屋、エアコンなんて付いてないわよ」
俺は天井を仰ぎ見た。
「……知ってる」
煽情的なムードは、その強制エラーによって粉々に粉砕された。窓の外で点滅する檳榔スタンドのネオンを自嘲気味に眺めながら、俺は心の中で、この欠陥システムを構築した連中の全家系を呪った。これはただの監視じゃない。霊魂レベルで装着された貞操帯だ。
「寝よう」
再び背を向け、挫折感に満ちた声を出す。「明日の朝……台北に帰るぞ」
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