15. オーロラ・インペリア 15-4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
十九階を後にして、俺たちは九階で二次会に突入した。
九階はこの船のエンタメ中枢だ。劇場、バー、シアター、レストラン、デザートラウンジが途切れなく連なり、人の密度も熱気も最高潮。
大劇場ではちょうどウォーミングアップ公演が一回終わったところで、ロビーは人で溢れ返っている。香水、アルコール、デザートの甘い匂いが混ざり合い、時間感覚を簡単に狂わせるような華やかさを作り出していた。
韓国人夫婦とまた鉢合わせした。キム・ジヌ(Kim Jin-woo)はすっかり出来上がっていて、葉綺安を見るなり思わず親指を立てる。パク・ソヨン(Park So-yeon)は笑いながら挨拶に来て、また時間があれば一緒に遊びましょうと声を掛けた。
葉綺安は軽く口の端だけで笑い返した。
承諾でも拒絶でもない、ちょうど真ん中の返し方。
ホフマン教授はちょうど劇場から出てきたところで、入り口付近で外国人旅客数人と音響と座席配置について熱く議論していた。俺の顔を見つけると、手にしたプログラムを真剣に掲げてみせる。
——この船に研究しに来た価値があったと、証明するように。
夜はそのまま、金のかかった賑わいの中を流れていった。
食って、飲んで、ショーを見て、喋る。どこへ行っても誰かがドアを開け、グラスを満たし、席へ案内してくれる。
シキは念願の十二階炙火レストランで二次肉攻めを達成し、山で値打ち物の鹿でも仕留めた猟師みたいな満足感を全身から放っていた。雨瞳は深夜にデザートラウンジへ「通り道だから」と言いながら、結局四人分のケーキを持ち帰ってきた。葉綺安は酒が回るにつれて珍しく少し緩んで、窓際で海風に吹かれている。いつも目尻に張り付いている冷たさがアルコールで薄まると、かえって危険な色気が滲んでくる。
深夜近くになって、俺たちはようやく部屋へ戻ることにした。
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廊下は静かだった。厚いカーペット、柔らかい照明。遠くから微かな音楽と、船が海を掻き分ける重低音だけが聞こえる。
こういう時間がいちばん、人の警戒心を溶かす。
一日分の過剰な飲み食いと騒ぎを経た後では、頭がもう疲れ果てて、何に対しても疑いを持つ気力が残っていない。ただシャワーを浴びて、ベッドに倒れ込むか、もっと頭を使わない何かをしたくなる。
シキは部屋に入るなり真っ先にバスルームへ突進し、豪快に宣言した。
「今夜、誰も私を起こさないで! 夜食以外は!」
雨瞳は戦利品を袋から一つずつ取り出し、手際よく整理し始める。葉綺安が自分の部屋へ戻る時、足取りこそしっかりしていたが、酒が回っているのは明らかだった。ドアを閉める直前、振り返って俺を一瞥する。
目が、ぼんやり緩んでいる。
酔いなのか、それとも別の何かなのか、判別がつかない。
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自分の部屋に戻り、シャワーを浴びて、バスローブ姿でバルコニーに出た。
海の上の夜は、陸の夜と違う。
陸なら、どんなに深夜でも街灯があり、車の音があり、人がいる。海の上には、風と黒い水と、船だけが残る。
なのに極光号(オーロラ・インペリア)はやたら明るい。自分で発光する陸地みたいに輝いていて、バルコニーに立つと「世界でまだ起きているのは、この船だけだ」という錯覚が生まれる。
ウイスキーを半分ほど注いだところで、ドアベルが鳴った。
開けると、林雨瞳が立っていた。
シャワー上がりで、髪はまだ半乾き。身に着けているのは丈の長い、ゆったりした濃い色のシャツで、裾が太ももをほとんど覆いきれていない。手には、九階で誰も手を付けなかったケーキが一皿。
俺を一瞥してから、許可も求めずに横をすり抜けてリビングへ入ってきた。
「やっぱりまだ起きてた」
「この入り方、ルームカード強盗みたいだぞ」
「本気で奪う気なら、昼間に動いてる」
彼女はケーキをテーブルに置き、俺のグラスを取り上げてひと口飲む。それから眉をひそ《ひそ》めた。
「重すぎる」
「ウイスキーはジュース代わりに飲むもんじゃねえよ」
「じゃあ、飲めるやつ注いで」
その堂々とした態度を見ながら、俺は黙ってバーカウンターへ向かい、スパークリングを一本開けた。
部屋は静かだった。外は海、内側には灯りと酒。こういう時間帯は、人が昼間ずっと張り続けていた何かを手放しやすい。言葉も、少しだけ正直になる。
雨瞳はソファの端にもたれ、脚を引き上げて座り、俺に聞いた。
「今日、楽しかった?」
「その聞き方、旅行満足度アンケートみたいだな」
「答えて」
俺は少し笑って、向かいに腰を下ろした。
「まあまあ。寿司はうまかった、船はバカみたいに高い、部屋はでかい、シキは正気を失いかけるまで買い物した、葉綺安はカジノテーブルを私物化して通報されかけた。充実してたよ」
「あなたは?」
「今答えたじゃねえか」
彼女は首を振り、数秒、俺を見つめた。
「あなた自身の話」
俺はすぐに返せなかった。
他の誰かに聞かれたなら、適当に笑って流せる。だが雨瞳が聞くとき、いい加記に答えると、むしろ自分が嘘をついているみたいに見える。
少し考えてから、正直に言った。
「久しぶりだな、こういうの」
「どういうの?」
「堂々と人の金を使って、死体の処理をしなくていい日」
雨瞳が、ようやく笑った。
笑うと、彼女はいつもより随分と柔らかくなる。外側に張り続けていた冷たさが引いて、その奥にある、まだちゃんと生きている部分が少し顔を出す。
この船のチケットは、実は相当タチが悪い贈り物だ、と俺は思った。あまりにも「ご褒美」すぎて、うっかり「本当に休暇中なんだ」と信じてしまいそうになる。
酒はゆっくり減り、言葉も自然と少なくなっていった。
昼間のことを話した。シキがハイエンドの機能ウェアを山岳戦の装備みたいに買い揃えた話。葉綺安が無表情一枚で金持ちのテーブル全員を居心地悪くさせた話。あのアメリカ人夫婦のこと、ホフマン教授のこと、明日の午後の船底ガラス観察室のこと。
話しているうちに、雨瞳がふと黙った。
ソファに座ったまま、俺を見ている。
「士達」
「ん?」
「今日のあなた、少し生きてる人みたいだった」
「普段は違うか?」
「普段は、ギリギリ立ってる感じ」
俺がまだ返事をしていないうちに、彼女が近づいてきた。
そのキスは、ごく自然に来た。
「いいですか」という確認も、大げさな間も、何もなかった。酒気、夜の海、スイートの灯り、昼間の散財と喧騒に緩んだ神経——全部が、ちょうどよく揃っていた。
雨瞳は普段、言葉が冷たい。だが近づくときは、そうじゃない。唇にはスパークリングの冷たい甘さが残っていて、バスローブの襟元を掴む指の力は、決して軽くなかった。
こういう時間でも、負けを認めるつもりはないらしい。
俺はグラスを脇に置き、手を伸ばして彼女を引き寄せた。
彼女は避けなかった。俺の手が後ろ首に触れた瞬間、低く息を吸い込んで、それからもっと直接的に返してきた。
大人二人の間で起きることというのは、大体こういうものだ。昼間のうちは冗談と予定で隙間を埋めておけるが、深夜になって扉が閉まると、わざわざ言葉にする必要のないことは、言葉にしなくていい。
ソファの端から始まって、ベッドの裾まで辿り着く間に、彼女はスリッパを蹴り飛ばし、俺は自分のグラスを危うく倒しかけた。最終的に、多少みっともない格好で彼女をベッドの端まで引き戻すことになった。
彼女が俺の肩口に額を当てて、しばらく息を整えてから、目を上げた。
「まだ憎まれ口叩ける?」
「叩ける」
「言って」
「これ、完全に酒乱の暴行だと思うんだが」
彼女は顎の下にそのまま噛みついてきた。
その後のことは、そんなに複雑じゃない。
服は一枚ずつ、適当なところへ落ちた。ベッドは思っていたより柔らかく、窓の外の海面は真っ暗で、部屋の中には呼吸と、たまにヘッドボードにぶつかる鈍い音だけが残った。
互いにこれほど近くなるのが初めてではない。だが海の上で、部屋が良すぎて、アルコールがまだ抜けていないと、普段なら理性で押さえ込めるものが、やけに素直に流れていく。
雨瞳は普段は冷たい。でも、本当に声が出るときは、決して静かじゃない。俺は口ではまだ何か言い続けていたが、手の方がずっと正直だった。
もう言葉が要らなくなった頃には、夜はもう深かった。
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しばらく、彼女は俺の腕の中で横になっていた。
呼吸がゆっくり落ち着いて、手はまだ俺の腰に乗っかったまま、すぐに自分の部屋へ戻るつもりは全くないらしい。
今夜はそのままここで寝るのかと聞こうとした。
その前に、ドアベルが鳴った。
俺たちは同時に黙った。
雨瞳が先に俺を見た。表情は、この件が自分とは何の関係もないとでも言いたそうな、完璧な平静さだ。
「出れば?」
「その言い方、完全に他人事だな」
「他人事よ」
俺はバスローブを羽織って、ドアへ向かった。
開けると——葉綺安が立っていた。
彼女もシャワーを済ませたばかりで、髪がわずかに湿っている。薄い黒のガウンを羽織いていて、肩のラインと鎖骨が廊下の灯りの下でちょうどよく露わになっている。手には空のグラスを持ち、俺を一瞥してから、その視線をすぐに奥へ流した。
ベッドの端に座っている雨瞳を見て、葉綺安の目に浮かんだのは驚きじゃない。
「そっち、まだお酒ある?」
俺はドア枠に寄りかかった。
「この時間に来て、酒を取りに来ただけか?」
「じゃあ何だと思ってたの?」彼女はさらりと言う。「部屋の点検でもしに来たと思った?」
後ろで、雨瞳が小さく笑った。
俺は黙って脇に退いた。
葉綺安は部屋へ入り、テーブルの上のケーキ、飲みかけの酒、ベッドの端に散らばった衣類を、さらりと一巡させた。
表情は、相変わらず動かない。
雨瞳が開けたスパークリングを手に取り、自分のグラスに半分注ぐと、バーカウンターに背を預けてゆっくりと飲み始めた。本当に続きを飲みに来ただけ、という顔だ。
雨瞳がだるそうに彼女を見る。
「自分の部屋、酒なかったの?」
「あった。飲み切った」
「一人で?」
「じゃあ誰と? 確率サロンの人に付いてきてもらうの?」
俺は、どこから突っ込んだらいいか、一瞬見失った。
部屋の空気が、急に妙なことになった。
気まずいってわけじゃない。どちらも先に引く気がない二人が、今夜は誰も気前のいいフリをしなくていいと、ふと気づいてしまったような——そういう空気だ。
葉綺安は酒を二口飲んでから、ようやく俺を見た。語調は相変わらず、淡い。
「周士達」
「ん?」
「こっち来て」
俺が歩み寄ると、彼女は手を伸ばして俺の襟元を掴み、少し引き下ろした。雨瞳の目の前で、俺の唇の端に口づけた。
深くはない。だが、はっきりとした口づけだった。
それは短くて力の要らない、一種の宣言みたいなものだ。挑発と呼ぶには軽すぎる。でも、その意味を読み違える者は、この部屋に一人もいない。
「おやすみ」と彼女は言った。「今夜これでチャラだなんて、思わないことね」
そう言って、グラスを持ったまま踵を返す。ドアの手前まで来たところで、何かを思い出したように振り返った。
「明日の午後、船底ガラス観察室でしょ。寝坊しないで。夜遊びが過ぎた二人に付き合って時間を無誕にするつもりはないから」
ドアが閉まった。
部屋が、二秒ほど静まり返った。
雨瞳はヘッドボードにもたれ、俺を見ていた。それからこらえきれず、笑い出した。
「士達」と彼女は言った。「今夜、ほんとに充実してたわね」
「俺が今一番気になるのは、明日の朝メシを四人で食べるかどうかだ」
「食べればいいじゃない。なんで?」
「気まずくねえか?」
「私が気まずがる理由、ある?」彼女は掛け布団を少し引き上げ、語調は平坦なまま。「どうせ明日、何事もなかったフリをしたい人間が、私だけってわけでもないでしょ」
俺はその顔を見て、思わず笑った。
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この船の初日。
食って、飲んで、買って、賭けて、夜までこうなった。
「休暇じゃない」なんて言い張る方が、もう無理がある。
窓の外では、海面がゆっくりと南へ押し流されている。部屋の灯りは柔らかく、人を眠りに誘い込もうとしているみたいだ。
俺はベッドに横になり、隣の雨瞳へ目をやった。頭の中に残ったのは、ひとつだけ、バカみたいに単純な考えだった。
——これから先の数日も、今日みたいに過ごせるなら、このヨーロッパ行きは、最初に思っていたより、ずっと悪くないかもしれない。
少なくともこの夜だけは、俺は素真面目にそう信じていた。極光号(オーロラ・インペリア)は、人を喜ばせるのがうまい、でかい船だ。
明日のことは——
明日でいい。
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