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08. 憑依 8-3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

第三の眼を開くと、廊下の構造がはっきり見えた。


馬三娘が鎮めているのは、この建物に長く居座って散り散りになれず腐れず、死に切れない残霊たちだ。数は多い、しつこい、人の声や顔を真似る。でも本質的には地場のものだ。


俺が処理すべきなのは、その残霊たちに絡みついている外来の汚染だ。


あの黒赤い糸は、糸じゃない。ドイツ語の歌によって運び込まれた「声」だ。実体にはなりきっていない。でも低級の汚れたものを全部串刺しにして、廊下の奥の核心へ向けて力を供給している。


俺は糸を追って前へ踏み込み、まず左の壁の腐りかけた装飾画に一刀叩き込んだ。


額縁が割れた瞬間、中にあったのはキャンバスじゃなかった。薄い黒い水の層だ。その中に、半枚のレコードの溝が浮かんでいる。まるで誰かが一つの旋律をそのまま水に漬けたみたいだ。鎌が触れた瞬間、黒い水が炸裂し、耳の中のドイツ語の歌が一拍、途切れた。


効く。


なら話は早い。


「左に三部屋、右に二部屋、ドアの古い真鍮プレート、壁の反射面、それから照明のシェードも」俺は走りながら悪態をついた。「この野郎、共鳴する場所を選ぶのだけは上手い」


馬三娘は返事をしない。する必要がない。


廊下の中ほどに立ち、手を一度上げるだけで、彼女が追い出した残霊たちは全員その場に釘付けになる。一体二体が階段口の方へ逃げて、後ろの四人に近づこうとした瞬間、彼女は頭も向けず、ただ静かに言った。


「退け」


その数体が壁に弾き飛ばされた。


階段の踊り場では、四人の顔色がもう「悪い」では表現できない領域に入っていた。


ルナはまだ持ちこたえていた。自分も怖いくせに、本能で残り三人の前に手を張り出している。何があっても先に隊形を作ろうとする。でも葉綺安を見る目は、もう普段の「またか」という呆れじゃなかった。深く、静かな、見知らぬものを見る目だ。


疎遠になったわけじゃない。


一から、見直している。


オーロラが一番直接的だった。普段は場を引っ張って、空気が重くなっても笑いに変えてしまえる子だ。でも今は余計な言葉を一つも思い出せなくて、ただ手すりを白くなるまで握り、葉綺安のあの横顔を見ていた。よく知っているはずの顔なのに、今は完全に別の骨格で成り立っているみたいな顔を。


俺には見えた。「ステラはただ口が悪くて気が荒いだけの、普通の人間」という彼女の中の固定観念が、今この瞬間、跡形もなく砕かれていくのが。


ノヴァは彼女たちより静かだった。


でも、一番しんどそうだった。


葉綺安の線を踏んだことは一度や二度じゃない。相手の感情が読みやすく、反応が取りやすい相手だと、ずっとどこかで見ていた。でも今、目の前に立っているのは、彼女が見積もる資格すらない存在だ。馬三娘が借りた後のあの冷たさには、隙間がない。ノヴァみたいに隙間から入るのが得意な人間にとって、隙間のない人間が一番やりにくい。


ようやくわかったはずだ。今まで自分がやってきた、あのそれとない試し方が、どれだけ刃の背を指先で撫でるみたいな行為だったかを。


ベガはずっと馬三娘の動きを見ていた。


見物じゃない。「どうやっているか」を見ている。その表情には、薄いけれど確かな——落ち着きがあった。この建物に何かがおかしいとずっと感じていて、今ようやく、それよりずっと「正しい」ものが立ち上がったのを見た。そのせいで、むしろ半分ほぐれている。


いい。


少なくとも一人は、ただ怖がっているだけじゃない。


---


俺は廊下の奥まで斬り進んで、ようやくその部屋を見つけた。


ドアプレートはとっくに落ちている。でもドアだけが他の部屋より完全で、完全すぎて逆に不自然だ。木のドアの表面は濡れた黒一色で、まるで内側から絶えず湿気を養われているみたいだ。ドイツ語の歌はここから漏れている。近づけば近づくほど旋律がはっきりして、その音節の中にある貪欲さ、掴み足りなさ、死んでも手放したくない感触が、もう顔の前まで迫ってくる。


手を伸ばして押した。ドアは開かない。


詰まっているんじゃない。内側から何かが逆向きに押さえている。


付き合う気はない。鎌を横に構えて、ドアの合わせ目の中央から直接叩き込んだ。


ドアが裂けた。


中は客室じゃなかった。


かつてのラウンジか小型の映写室、といった感じだ。カーテンは全部腐っていて、床は割れたガラスと水を吸ってふやけた古い布で埋まっている。部屋の中央に、一台の古い蓄音機が置いてある——あるいは、かつて蓄音機だったもの、と言うべきか。


ラッパの口はすっかり錆び腐り、ターンテーブルも一角が欠けている。それでも機械全体が黒赤い濡れた光に包まれていて、ターンテーブルの上には昨日下の階で見つけたのと同じ種類のレコードの破片がいくつか嵌まっていた。一番気持ち悪いのは、ターンテーブルの中央が回転軸じゃないことだ。喉みたいな、肉色の影の塊がそこにある。ドイツ語の歌に合わせて開いたり閉じたりしている——まるで誰かが一曲丸ごとを死人の腐りきれない発声器に詰め込んで、永遠に繰り返させているみたいだ。


汚染の核心が、姿を現した。


「マジで気持ち悪い」俺は低く吐き捨てた。


部屋に一歩踏み込んだ瞬間、あの喉みたいな塊がドクンと膨らんだ。


次の瞬間、三階全体がエコーした。


廊下で馬三娘に押さえられていた残霊たちが一斉に頭を上げた。まるで同時に引っ張られたみたいに。ドイツ語の歌声が一気に増幅して、今度は部屋の中だけじゃなく、フロア全体が歌い始めた。完全な人の声じゃない。壊れかけた口腔、喉、肺が寄り集まって作り上げた合唱だ。壁が歌っている。ドアが歌っている。天井の染みまで震えている。


「全員の声を引き込もうとしてる」俺は怒鳴った。


馬三娘が、今度は少しだけ大きく動いた。


廊下の中央に立ち、右手を上げ、五指を見えない糸を掴むように広げる。次の瞬間、葉綺安の声帯を借りて、あの増幅された鬼の叫びをまっすぐ押さえ込んだ。


「此処は汝の舞台にあらず。黙れ」


その言葉が落ちた瞬間、廊下全体が一発、横から張り倒されたみたいになった。


全部の音が一拍、歪んだ。


ドイツ語の歌は止まらない。でも初めて、明らかに拍がずれた。あの喉みたいな核心も一緒に収縮した。本当に痛いところを踏まれたみたいに。


今だ。


鎌を押し下げ、左手の指輪が極限まで冷える。もう一方の手で符を二枚抜いて刀柄に直接叩きつける。死神の鎌のくすんだ冷光が一瞬で引き伸ばされ、もっと薄く、もっと鋭い白い線になった。俺は踏み込んで、あの壊れた蓄音機と中央の鬼の喉に向かって、真っ直ぐ斬り下ろした。


一刀目では断ち切れなかった。


思ったより粘い。刃が入った感触は、水を吸ったレコードと髪の毛が詰まった池を斬るみたいで、刃が食い込むたびに耳障りな高音が鳴る。まるで歌声で刃を磨こうとしているみたいだ。


頭に火が上った。


「歌ってる場合か」


逆手に持ち替えて二刀目を補う。今度は喉を狙わず、先に底部の黒赤い糸が集まっている結節点を斬った。糸が断ち切られた瞬間、核心全体が明らかに揺らいだ。馬三娘が外でそれを見計らっていたみたいに、静かに言った。


「鎮」


フロア全体が一度に沈んだ。


廊下の残霊が全員、膝をついた。ドアの一番近くにいた数体まで、その場で伏せた。供給が断たれた核心の喉が、ようやく本当の姿を晒した。怪物じゃない。レコードの破片、古い鏡の反射、湿気、死人の残声が幾重にも巻きついて作り上げられた「声の核」だ。目もない、顔もない。ただ一本の裂け目が開いたり閉じたりするだけ。旋律を吸い込んで、汚染を吐き出すためだけに存在している。


こういう類が一番厄介だ。地場の霊じゃない。ヨーロッパのあの線が無理やり詰め込んできた、外来の汚い種だ。


俺は深く息を吸い、鎌を押し下げ、半歩踏み込んだ。


「お前の故郷へ帰って歌え」


三刀目で、蓄音機ごと斬った。


今度は、切れた。


核心全体が中央から割れ、裂け目が一気に広がり、黒赤い声の波が破片数枚と一緒に俺の顔へ向かって炸裂した。腕を上げて防いだが、手の甲に血の線が一本走った。指輪が骨まで噛みつくくらい冷える。でも鎌は止まらない。その裂け目に沿って、最後まで切り抜いた。


カシャン。


骨折じゃない。


何かの「繋がりが断ち切られた」音だ。


次の瞬間、ドイツ語の歌がついに音程を失った。


ただの音外れじゃない。音階全体が下へ崩れていく。まるで反対側で誰かが突然喉を押さえられたみたいに、入り込もうとしていたものが全部、支点を失った。三階の黒赤い糸が一本一本崩れ始め、廊下に伏せていた残霊たちは、あの気持ち悪い合唱からようやく解放されたみたいに、濡れた黒い影のまま床へ崩れ落ちた。


「まだ終わってない!」俺は廊下へ向かって怒鳴った。


馬三娘への合図じゃない。踊り場の四人に、今緩んでいい場面じゃないと伝えるためだ。


案の定、核心が割れた後、最後の反撃が来た。


支えを失った声の核は、もう取り繕うのをやめた。燃え破れた肺みたいに、残った汚染を全部一気に外へ吐き出した。ドア、壁、天井、カーペット——全部から黒い霧が溢れ出す。幽霊の影じゃない。ただの「汚れ」だ。人の頭の中に入り込んで、一番先に乱れた人間を引き込もうとする。


オーロラが最初に危なかった。元から一番慌てやすい。黒い霧が階段口へ向かって噴き出した瞬間、彼女の顔が瞬時に蒼白になり、目の焦点が散った。次の瞬間には何かに引きずり込まれそうな目になっていた。


ルナが反射的に手首を掴み、鋭く名前を呼んだ。「オーロラ!私を見て!」


効いた。でも足りない。


黒い霧はまだ噴き出し続けている。


馬三娘がようやく振り返り、四人を見た。


葉綺安の顔を借りたまま、冷たい目で一度だけ掃った。怒鳴りもしない、なだめもしない。ただ、頭から冷水を一桶ぶちまけるような目だった。


「立て。怖くていい。乱れるな」


その一言で、四人全員が本当に動きを止めた。


怖くないからじゃない。初めて本当に理解したからだ。葉綺安の日頃の強がり、扱いにくさ、刺々しさ——全部ただの表面だった。その奥に、彼女たちが一度も見たことのない、触れる資格もなかったものがある。今それが表に出てきた。だから、乱れようにも乱れられない。


ノヴァの反応が一番はっきりしていた。


混乱の中でも自分の体裁を保つのが得意な子だ。でも今回は体裁を拾いに行くことすら忘れていた。ただ馬三娘を見つめて、その目から初めて計算が消えていた。試し方も、探り方も、何もない。ただ直接的な、揺さぶられた目だ。撞鬼に遭ったからじゃない。「自分が今まで持っていたあの人への理解が、笑えるくらい浅かった」という、その認識に揺さぶられている。


ベガがひと言、低く言った。


「ずっと、あなたたちが見ていたものとは違った」


誰も返さなかった。


今ここにいる全員が、それが正しいとわかっているから。




あいつらの世界観がガラガラ崩れていく様子を、のんびり眺めてる暇はねえ。


コアが最後に吐き出したあの汚ねえ噴出物が、もうドアの敷居まで迫ってきてた。俺は死神の(デスサイズ)の切っ先を床にガツンと突き立て、空いた手で封印袋からレコードの破片を引きずり出す。符火を点して、まだ痙攣してる音核の裂け目めがけて、全部まとめて叩き込んだ。


「てめえの残飯でも喰ってろ」


今度の符火は燃やすんじゃねえ。爆ぜる。


部屋全体が一瞬ギラッと光って、そのまま内側へぐしゃりと潰れた。あのポンコツ蓄音機が、中央のどす黒い喉の塊ごと、限界まで膨らんでた肺から一気に空気を抜かれたみてえに収縮していく。無数の赤黒い細線が同時にキュッと縮んで、ブツッと断ち切れて、そして——


ドン。


世界がついに、静かになった。


大爆発もねえ。灰が舞い散ることもねえ。


あるのはただ、耳の奥がざわつくほど徹底した、ひどく馴染みのねえ静けさだけだ。


あのドイツ語の歌が止んだ。


本当に、止んだ。


床に散らばった破片と焦げカスの中に立ち、俺はまだ肩に力入れたまま二秒待つ。第二拍もねえ、余韻もねえ、どっか別の壁の隅から誰かが歌い継ぐ気配もねえ。それを確認してから、ようやくゆっくりと鎌を収め、長く息を吐いた。


外の廊下では、馬三娘(マー・サンニャン)に押さえつけられてた残霊どもも、この瞬間に一斉に散り始めた。魂が消滅したわけじゃない。無理やりステージに引っ張り出されてた連中が、ようやく退場を許されて、壁の中へ、床の下へ、空気の隙間へと、一つずつ引いていく。馬三娘は追撃しなかった。ただ空中で手を一振りし、この階の歪みきった気を、強引に正位置へ戻してやる。


「そこまででございます」


淡々とした声。


その一言で、フロア全体の照明がようやく安定した。


部屋を出ると、三階の廊下はついに、廃墟だが正常な階の姿を取り戻していた。さっきまでの、半分ヨーロッパで半分台湾、半分幽霊で半分合唱団みてえな、吐き気を催すキメラ空間じゃねえ。


階段のほうは、やけに静かだった。


顔を上げると、あの四人がまだその場に立ち尽くしてる。誰一人、動いてねえ。


林晴夏(リン・チンシア)は目を真っ赤にしていた。泣いてるんじゃない。極限の恐怖で、まだ魂が戻ってきてねえだけだ。あいつは葉綺安(イェ・キアン)を、三年間苦楽を共にしたメンバーの真の姿を初めて見たような目で見つめ、二度ほど唇を震わせた後、ようやく一言だけ絞り出した。


「……ステラ、あんた、普段一体どんなヤバいもん隠し持ってんのさ?」


いい質問だ。


遅すぎるけどな。


陳暁晴(チェン・シャオチン)はあいつほど直情的じゃなかったが、葉綺安を見つめる眼差しは、これまでになく深かった。責めてるわけでも、単にショックを受けてるわけでもねえ。リーダーがついに気づいたんだ。自分がずっと一番扱いにくいと思ってたメンバーが、実は誰よりも重いもんを一人で背負って、ここまで、ほとんど弱音も吐かずに歩き続けてきたっていう事実に。


蘇依依(スー・イーイー)は、異様なほど沈黙してた。


表情は軽い。だが俺にはわかる。常に自分の逃げ道を用意しておくあいつのあの余裕が、今は本気で少しひび割れてる。あいつは葉綺安を、もう「ちょっと試してみよっかな」「どこまで踏み込めるかな」「自分の魅力どこまで通じるかな」っていう、お遊びのターゲットとしては見てねえ。


底の見えねえ井戸を覗き込むみてえな目だ。


方思琪(ファン・スーチー)が、かえって一番落ち着いてた。あいつは馬三娘が憑依してる葉綺安を、ずっと感じてた予感が今日ついに確信に変わった、とでも言うように見つめてる。その表情には、ほんのわずかな安心感すら混じってた。


上出来だ。


少なくとも、このアイドルグループはまだ全員腰を抜かしたわけじゃねえ。


馬三娘は廊下の中央に立ち、ゆっくりと四人に視線を巡らせた。それは慰めでも威圧でもねえ。葉綺安の代わりに、収めるべき場を最後にもう一度収めてやってる、そんな振る舞いだった。


「本日の光景、ゆめゆめお忘れなきよう」彼女は静かに言い放った。「分かろうとせずともよい。詮索も、無用のことでございます」


この一言に、誰も口を挟めなかった。


普段一番口の減らない林晴夏でさえも。


俺は身をかがめ、あの赤い保温ボトルを拾い上げた。相変わらずパッとしねえ見た目だが、さっきより少しだけ温かくなってる。中におわす御方が仕事を終え、部屋に戻る準備をしてるみてえに。


馬三娘は保温ボトルを見下ろし、それから俺を見た。


「この場の大方は片づきました」彼女は言う。「残るは、尻尾のみにございます」


「尻尾は俺が刈る」俺は答えた。


彼女は短く頷いた。


次の瞬間、葉綺安の肩がわずかに揺れた。


たった一度だけ。


誰かが彼女の体から、すっと一歩後ろへ退いたかのように。


フロア全体を押さえつけてたあの冷気がゆっくりと引いていき、台帳でも眺めるようなあの焦りも苛立ちもねえ落ち着いた眼差しも、一寸ずつ消え去っていく。数秒後、その場に立ってたのは、元の葉綺安に戻ってた——同じ顔、同じ人間。だが額には汗がにじみ、呼吸も少し荒くなってる。さっきの大仕事は決してノーダメージじゃなかった。ただ、あいつにとっては「演じる必要がねえほど慣れてる」だけだ。


あいつはまず眉をひそめた。俺と四人がまだ自分をジロジロ見てるのが、心底鬱陶しいとでも言うように。


「何見てんのよ」


少し掠れたその声は、ようやく普段のステラらしさを取り戻してた。


よし。


戻ってきたな。


林晴夏は、その悪態にホッと息をついて、その場で笑い出しそうになった。途中で「今は笑う場面じゃねえ」と気づいたのか、無理やり言葉を捻り出す。


「……悪態つけるってことは、本人だよね」


「じゃあ誰ならよかったわけ?」


「ううん、今のあんたのほうが、よっぽど親しみやすいなって」


葉綺安は盛大に白目を剥き、それ以上刺し返す気力もねえのか、俺に向かって手を差し出した。


「ボトル」


俺は赤い保温ボトルを渡した。


あいつはそれを受け取ると、ごく自然な手つきでボトルをくるりと回し、キャップをカチンと締める。その動作は異常なほど手慣れてて、冥界の大物を仮住まいに送り返したばかりじゃなく、お出かけ用のマイボトルを片付けてるようにしか見えねえ。


この何気ねえ動作が、さっきの馬三娘の威圧感よりも、さらに強烈に四人を打ちのめした。


あまりにも日常的すぎたからだ。


日常的すぎるってことは、これが奇跡でも、アクシデントでも、今日たまたま発狂したわけでもねえっていう証明だ。


これは葉綺安がずっと前から知ってて、ずっと前から慣れ親しんでて、ただあいつらにだけは絶対に隠してきた「日常」なんだ。


アイドルの作り出したシャボン玉は、ここで完全に弾け飛んだ。


残ったのは、フィルターでも、キャラクター設定でもねえ。


生身の人間、そのものだ。


俺はぐるりと見渡し、誰一人魂を落としてねえことを確認してから、武器袋を再び肩に担ぎ直した。


「よし、終わりだ」俺は言った。「メインの戦闘は終了。尻尾は後で俺が片付ける。お前らは今すぐ下へ降りろ。水飲んで、座ってろ。今日自分はちょっとタフだったかもなんて勘違いして、勝手にうろちょろすんじゃねえぞ。特にそこの四人、今日はもう十分すぎるほど見ただろ。脳みそが爆発すんのは、部屋に帰ってからにしろ」


林晴夏は今回ばかりは素直で、すぐにコクリと頷いた。


陳暁晴も反論はしなかった。ただ葉綺安のそばに歩み寄り、立ち止まった。聞きたいことは山ほどあるだろうに、結局、低く一言だけ声をかけた。


「……お疲れ様」


葉綺安は何かキツい言葉を返そうとしたのか、口元を少し動かしたが、結局、軽く鼻を鳴らしただけだった。


蘇依依は何も言わなかった。


ただ、ひどく複雑な目で葉綺安を見つめてた。そこには恐怖があり、遅れてやってきた不安があり、そして深く刻み込まれた自制があった。あいつはおそらく初めて理解したんだろう。近づけば触れられる人間ばかりじゃねえこと、踏み越えようと思えば踏み越えられる境界線ばかりじゃねえことを。これ以上前に進むなら、その代償を自分が払いきれるかどうか、まず考えなきゃなんねえと。


方思琪は下に降りる直前、俺がぶっ壊した三階の突き当たりの部屋を振り返った。


「歌が、止んだね」彼女は静かに言った。


「ああ」俺は答えた。「とりあえず、今日はな」


彼女は小さく頷いた。それで十分だと言わんばかりに。


俺は三階の廊下に立ち、四人が一人、また一人と階段を降りていくのを見送った。階段の吹き抜けから、正常な建物が発するべき音がゆっくりと戻ってくるのが聞こえる——足音、呼吸、手すりを握るかすかな軋み、誰かが押し殺した咳払い。


歌は、もうねえ。


上出来だ。


俺は首を傾げ、隣に立つ葉綺安を見た。赤い保温ボトルを抱えたあいつの顔色はまだ少し蒼白だったが、その表情はすでに、あのぶん殴りたくなるような平静さを取り戻してた。


「まだ立ってられんのか?」俺は聞いた。


あいつは横目で俺をねめつける。


「あんたこそ、自分の心配でもしてなさいよ」「さっきの喉のバケモノ、あんたの顔に思いっきり中身ぶちまけそうだったじゃない」


「そうだったじゃねえ、もうぶちまけられた後だ」


「キモっ」


「お互い様だろ」


あいつは口角を少し引きつらせた。笑おうとして、疲れてやめたような、そんな顔だった。


廊下の奥でゆっくりと散っていく陰湿な気配を見つめながら、俺は大きく息を吐き出した。


三日目の大一番は、これで片付いた。


この建物の上下は一通り掃除したし、ドイツ語の歌の汚染源も俺がぶった斬った。残ってるのは確かにただの尻尾だ。だが俺はよくわかってる。本当に厄介なのはこの建物自体じゃねえ。あの歌をここまで送り込んでくる「向こう側の線」のほうだ。


まあ、それは後の話だ。


少なくとも今は、この国民的アイドル候補生どもが、ドイツ語の歌の中で眠る必要はなくなったんだからな。

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