07.本領発揮 7-2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「周士達っ!」ロラの声が裏返る。
「黙ってろ、位置から動くな!」
俺は反転して符を一枚引き抜き、そのまま銃床に貼り付けた。黄紙が触れた瞬間、燃え上がる。火はオレンジじゃない。底冷えするような青白い炎だった。二発目を撃つ。今度こそ、そいつははじけ飛んだ。汚水袋をパンパンにしてから破裂させたみたいに、黒い液体が飛び散る。だが床に落ちたそれは、水音を立てなかった。代わりに、何人もの人間が同時に息を呑んだような音だけが響いた。
ダイニングが、一秒だけ静まり返る。
その一秒で——鏡が動いた。
ダイニングの側面に並ぶ飾り鏡。元々はダサいホテルみたいな内装の名残でしかなかったそれぞれの枠の中に、一つ、また一つと人影が立ち始めた。
俺たち六人じゃない。別の何かだ。
鏡の奥に、誰かが立っている。外側を向いて。顔を一つずつ、ゆっくりと上げながら。
ベガが、それをいちばん最初に見つけた。
「後ろ」声は限界まで低い。
振り向いた俺は、その光景を見て、内臓の位置が一段下がるのを感じた。
一体なら、まだ何とかなる。
一列に並ばれると、こっちが死んだふりしたところで無意味だ。
鏡の中の連中は、昨夜みたいに輪郭が薄くなかった。ドイツ語の歌が、奴らの中身をパンパンに膨らませてしまっている。先頭の一体は、鏡に手を押し当て、指をゆっくりと開いた。ガラスが外側へ膨らみ、人の手形に盛り上がる。あと一秒もあれば、あいつはそのままこっち側に身体をねじ込んでくるだろう。
クソッ。
今日は、出し惜しみしてる余裕はなさそうだ。
本当は、もう少し「普通の運転手」だの「口の悪いおっさん」だのでごまかすつもりだった。せいぜい、彼女たちの見えないところで後片付けをする程度に留めて。ところがこのゴミみたいな別荘は、わざわざ全員の前でテーブルをひっくり返してくれた。このまま引っ込んでいたら、そのうち片づけるのは幽霊じゃなくて、死体になる。
「伏せろ」俺は鏡列を睨みながら、声を一段ずつ冷やしていく。「今から俺の言うこと以外するやつは、知らねえからな」
誰も文句を言わない。
鏡の中から、最初の手がにゅっと出てきた。
今日の夜を凌げたとしても、明日の朝には——
こっちの素性も、ほぼ確実に丸出しになってるだろう。
冷たさが指の付け根から肘まで一気に駆け上がった。氷の錐を骨の隙間に直接ねじ込まれたような感触。あの歯ぎしりしたくなるほど馴染みのある死の気配が這い上がってきた瞬間、視界が一段ズレた。普通の光が半分押しのけられて、代わりに別の汚れた色が滲み出してくる——灰、黒、暗い赤。全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って、腐水と影をかき混ぜてこのダイニング全体にぶちまけたみたいだ。
第三の目を無理やりこじ開けられる感覚は、相変わらず中二臭くて、相変わらず鬱陶しい。
だが、役には立つ。
鏡の中の塊どもが姿を現した瞬間、状況が完全に読めた。元々この建物に散らばっていた下級の騒霊ども——ドアを押したり、声を真似したり、夜中にこそこそ這い回るくらいしかできなかった連中が、あのドイツ語の歌を腹一杯食わされて、輪郭からはみ出すくらいに膨れ上がっている。先頭の一体は濡れた黒い光を纏っていた。動く死体布を鏡の枠に押し込んで、半分だけ外へ絞り出したみたいな姿だ。
「全員、伏せろ!」
今度は誰も逆らわなかった。
葉綺安でさえ歯を食いしばって横へ退くだけで、「なんで従わないといけないの」とは言わなかった。いい。怖がれる人間の方が、助けやすい。
鏡から最初の一体が全身を乗り出してきた瞬間、俺は浄塩弾を一発ぶち込んだ。
散弾が空中で炸裂して、浄塩の粒子が刃のようにそいつに突き刺さる。半分の肩を吹き飛ばされても倒れない。歪んだ姿勢のままこちらへ突っ込んでくる。昨夜のドア叩きや声真似のやつとは、もう比べ物にならない速度だ。俺は身体をひねって躱し、踵を軸に回転しながら刀を抜いて押し当てた。
「燃えろ」
一瞬で火が走る。
普通の炎じゃない。底冷えするような青白い光が刀身を伝ってそいつの胸まで駆け上がる。次の瞬間、あの幽霊は内側をごっそり抉り取られたみたいにパンと弾けて、黒い水がテーブルの脚、タイル、俺のズボンの裾まで飛び散った。
ロラが後ろで息を呑む。
「これのどこが『まだ大丈夫』なの? これで『雑魚』なわけ?」
「昨日は雑魚だった。今日は飯食った後だ」俺は振り向かない。「文句は後で聞く。盾になるものを探せ!」
ルナが最初に動いた。顔は白いが、手は震えていない。振り返りざまに椅子を二脚蹴り倒して、廊下側の一番狭い出入り口を強引に塞ぐ。
「オーロラ、後ろへ!」声に隊長の芯が戻ってくる。「鏡に近づくな!」
「そんなの言われなくても近づきたくないっての!」ロラは口で言いながら、手はもうノヴァの腕を掴んでいた。
ノヴァは引きずられながらも、よろけない。今日は本気で怖がっている。いつも表面に貼り付けているあの柔らかさが、数枚分剥がれている。でも怖がりながらも、目は動いている。幽霊を見ているんじゃない。俺を見ている。
その見方が鬱陶しい。
怖がりながら、計算も止めていない。
ベガがようやく一歩下がった。でも視線は鏡から離れない。
「左の一枚、先に割れる」静かに言う。
俺が首を向けると、壁際の飾り鏡の中央に蜘蛛の巣状のひびが浮き上がっていた。罵倒が喉まで来る前に、その鏡面が丸ごと外側へ膨れ出した。水に浸かってぐずぐずになった顔が、口だけ裂けるほど開いて、ガラスの裏に貼り付いている。次の瞬間——
バン。
鏡が爆発した。
破片が水みたいに飛び散る。俺は腕で顔を庇いながら、ポンプアクションを引いて次弾を装填する。
葉綺安が銃を見て、目を細めた。
言いたいことは千はあるだろう。でも今は時間がない。
二体目が床に降り立つ。一体目よりずっとひどい見た目だ。年齢の違う顔を何枚も縫い合わせて濡れた布に貼り付けたみたいで、手足の関節が枯れ枝みたいに細い。着地するなりノヴァの方向へ走り出す。速さが幽霊のそれじゃない。汚泥から這い出たばかりの獣みたいだ。
引き金を引く。
ダイニング全体が雷に打たれたみたいに揺れた。
浄塩弾がそいつの胸の中心を直撃して、炸裂したのは血じゃなく、朱砂の灰が混じった白い火花だ。あいつは後ろへ吹き飛んで壁に叩きつけられ、濡れた黒い表面を炎が舐め上がっていく。焦げた甘い匂いが、かすかに漂う。
ロラが悲鳴を寸前で飲み込んで、代わりに吐き出した。「何この匂い——」
「嗅ぐな!」俺は即座に遮る。
臭いんじゃない。この種の匂いは「染みつく」。何かに似ていると思えば思うほど、そいつが脳の中に居場所を作る。
でも場面は、俺に一息つく暇を与えなかった。
鏡が一枚ずつ黒ずんでいく。ダイニングのシャンデリアの下の装飾金属にも、あるはずのない人影が映り始めた。ドイツ語の歌は、最初の途切れ途切れから、廊下の突き当たりで誰かが壁に背中を預けてそっと口ずさんでいるような音に変わっていた。歌詞は聞き取れない。でも感情は聞こえる。悲しんでいるわけでも、脅しているわけでもない。長くて、粘っこい、欲張りな感情だ。一度で全部食うつもりはなく、この建物の中にある引き出せそうな亀裂を全部、まず一通り撫で回しておきたいだけ、という感じ。
「周士達!」ルナが叫ぶ。今度は声に亀裂が入っている。「鏡だけじゃない!」
振り向くと、ガラスドアの外の手形はもう手形じゃなかった。廊下に薄い水の膜が張っていて、ドアの隙間からじわじわと浸み込んでくる。その水の中で何かが動いている。形になりきれていない小さな影が、何体も重なって床を這っている。
なるほど。
大きいのは鏡から。小さいのは床から。あの腐れた歌、なかなか手際がいい。
俺は銃をテーブルに置いて、浄塩封弾と駆煞符を三枚取り出しながら、頭の中で線を引いた。ただ叩き続けても埒が明かない。この場所の「出口」を塞がないと、奴らは際限なく湧いてくる。
「Luna!」
「言って」ルナがすぐに返す。
「あの古いコンポ、見えるか?」
彼女は点滅し続けているコンポを一瞥して、眉をひそめる。「壊せばいい?」
「壊さなくていい。電源抜いて、コード全部外して、ひっくり返してでもいいから、とにかく黙らせろ」
「もしあれが原因じゃなかったら——」
「それでも雑音が一個減る」
彼女はうなずいた。それ以上は何も聞かない。椅子を一脚引っ掴むと、コンポに向かって駆け出す。普段は冷静沈着に見えるが、いざとなれば躊躇いがない。
椅子を振り下ろすと、外装が半分陥没し、赤いランプが狂ったように点滅する。それと同時に、響いていた歌声がわずかによろめいた。
その一拍さえあれば、十分だ。
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