04. 略奪者 4-1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
朝食後、全員が表面上はごく自然に散っていった。
自然すぎて、逆に嘘くさいくらいに。
ルナ(Luna)は今日のスケジュール確認に向かい、ロラは自分でも整理できているか怪しい振り付けノートの束を抱えて地下室へ。ノヴァ(Nova)はのんびりとカップを洗いながら、ついでに俺が使ったものまで一緒にさっと流した。まるで他人の尻拭いをするのが元々の習慣であるかのような、自然な手つきで。ベガ(Vega)はほとんど手をつけていないホットミルクを持ったまま、一階の掃き出し窓の前にしばらく立ち尽くしていた。ぼうっとしているのか、それとも何かを聞こうとしているのかは分からない。葉綺安は不機嫌全開の顔で食器をシンクにドンと置くと、そのまま踵を返して二階へ上がった。今誰かが余計な一言でもかけようものなら、そいつをその場でフライパンに放り込みそうな勢いだった。
一人ずつ散っていく背中を眺めながら、胸の中のざらつきは消えるどころか、さらに一段重く沈んだ。
これが一番厄介なパターンだ。
誰も崩れない。
誰も聞かない。
昨夜何を聞いたか、何を夢に見たか、どこかおかしいと感じたか——誰も、一言も口にしない。
だが、だからこそ、事態が本当に「本格的」になり始めている。
昨夜小雪と話し込んだあの時間が、俺の中で一つのことをはっきりさせた。
——道具の準備は、先にしておくべきだ。
何もかもが土壇場になってから「ああしておけば」「準備さえあれば」なんて泣き言をほざくわけにはいかねえ。そんなセリフ、何の役にも立たないどころか、ただひたすらみっともないだけだ。
他の奴らには二度目のチャンスがあるかもしれない。
俺にはない。
獵魔人に、やり直しなんかねえ。
俺は彼女たちと一緒に地下室へは向かわず、まず本館を回り込んで、前庭の駐車スペースへ歩いた。
朝の山風は昨夜より少しだけ澄んでいて、日差しも強い。だが、この別荘は昼間明るければ明るいほど、逆に妙に腹立たしい錯覚を起こさせる——まるで必死になって自分を「普通の合宿施設」に洗い直して、昨夜のことを「気にしすぎだったんじゃないか」と思わせようとしているみたいに。
知らねえよ。
ダッジ・チャレンジャーは元の場所に停まったまま、黒い車体が日光を浴びてギラギラと熱を帯びていた。トランクを開けて、昨日山に持ち込んだ雑物の箱をいくつか脇へ退け、車内側に手を伸ばして隠し区画のスイッチを探り当て、押し込んだ。
カチリ、と小さな音。
トランクの奥の偽装パネルが内側へスライドし、俺が本当に安心できる部分が姿を現した。
——プライベート・アーセナル。
覗き込んだ瞬間、朝食のテーブルを囲んでいた時よりも、ずっと地に足のついた落ち着きを感じた。
世の中には複雑なことが山ほどある。アイドルグループの内輪もめとか、ドイツ語の歌とか、昨夜誰が何を聞いたのに死んでも認めないか、とか。
だが、とてつもなくシンプルなこともある。
たとえば、ナイフはナイフだ。
弾丸は弾丸だ。
お前を生かしてくれるものは、大抵、回りくどい駆け引きなんてしてこない。
黒い武器バッグを引きずり出し、ジッパーを開け、まずは使い勝手のいい道具を放り込んでいく。短刀、符弾、特製弾薬を二箱、折りたたみ式の拘束ワイヤー。それから、普段はそうそう出番がないが、いざ使うとなれば事態が相当ヤバいことを意味する細々としたガラクタをいくつか。動きは速くないが、よどみない。身体がとっくに覚え込んでいるルーティンをこなすように。
バッグに詰め込みながら、それでもつい、低い声で愚痴がこぼれた。
「ただの俺の考えすぎならいいんだがな……あの歌も、生前の趣味が絶望的に悪かっただけの馬鹿の仕業ならいいんだけどよ……」
自分で言ってて笑いそうになった。
台中の山奥にある廃訓練センターでドイツ語の歌を口ずさむような幽霊に、趣味の良し悪しなんて関係ない。
問題は——なぜそいつがここにいるか、だ。
最後の弾薬箱をバッグにねじ込み、ジッパーを閉め、持ち上げて重さを確かめる。
うん。ずっと気分がマシになった。
少なくともこれで、この後地下室で何かアホな代物が俺に喧嘩を売ってきても、手ぶらでそいつと人生相談をする羽目にはならない。
トランクを閉めて、武器バッグを提げて本館へ戻る。
玄関に入る前から、地下室の方から音楽らしきものが聞こえてきた。
正確には、音楽じゃない。
音楽として出ようとして、出きれていない音だ。
低音がスピーカーの中で詰まってブーンとくぐもり、途中に何度かバチンと爆音が混じる。まるで死にかけの機材に無理やり一曲丸ごと詰め込んで、力任せに引きずり出そうとしているような音。
ホールに入ると、案の定、ロラが地下室へ続く階段の入り口に立って、今にも人を殺しそうな顔で下に向かって怒鳴っていた。
「昨日ちゃんと切ったってば! なんでこのポンコツ、勝手にまた電源入ってんの!」
「昨日も『塩買った』って言ってたよね」ルナが後ろに立ち、タブレットを手にしたまま、抑揚のない声で言う。「でも実際は買ってなかった」
「陳暁晴、あんた今日はわざとあたしの急所ばっか刺してない?」
「わざとじゃない」ルナはちらりと横目を向けた。「あんたのセリフが、全部自爆フラグなだけ」
その横を通り過ぎながら、俺は声をかける。
「おはよう、お二人さん。今日も仲良しで何よりだな」
ロラが振り返る。俺の手の黒い武器バッグを見るなり、目がぱっと明るくなった。
「え、周さん、それ何? まさか楽器まで自前で持ってきてるとか?」
「まあ、そんなとこだな」と俺。
「絶対違うでしょ」彼女はバッグの形をじっと見て、表情を微妙なものに変える。「中身、ロケットランチャーじゃなかったらいいけど」
「安心しろ」バッグの側面を軽く叩く。「室内でそこまでデカいのは使わねえよ」
一瞬きょとんとして、それから本当に吹き出した。
「やっぱあんた、頭おかしいわ」
「どうも。俺が今まで生きてこられたのは、全部そのおかしい頭のおかげだ」
ルナの視線が一瞬だけバッグに止まったが、何も聞いてこない。
賢い女だ。俺がこんなタイミングで武器バッグをぶら下げてうろつくわけがない、ってことくらい分かってる。そのうえで、今一番まともな選択肢は詮索することじゃない。今日のスケジュールを予定通り回すこと。そう判断できる人間だからこそ、逆に昨夜、何も感じていなかったはずがねえとも言える。
「先に降りるよ」ルナが言った。「地下のスピーカーがずっと勝手に切れたり繋がったりしてる。今日はまずフォーメーションだけ一度通す。音が安定しないなら、予備の機材に切り替える」
「予備ってどこにあんの?」俺が聞く。
ロラの笑顔が、その場で消えた。
「……台北」
俺は彼女を見る。
彼女も俺を見る。
二秒ほど経ってから、俺はうなずいた。
「最高だな。こりゃ売れるわ、このグループ」
ロラは俺に中指を立てて、そのまま先に階段を下りていった。
地下のフロアは、昼間見ると昨夜よりずっと「ちゃんとした練習場」に見えた。全面ミラーの壁が空間を広く見せ、フローリングもまだそこそこ真っ直ぐだ。天井の蛍光灯が一本ずつ灯っていて、わざとらしいくらいに明るい。でも、その脇にある使われてない室内プールは相変わらずそこにあって、底に沈んだ暗灰色の痕が、この角度からだとさらに生々しく見えた。水だけ抜かれて、何かがずっと底にへばりついて離れようとしない——そんな不気味さがあった。
俺は武器バッグを壁際のベンチの裏に置いた。目立たないが、いざという時には腕を伸ばせばすぐ取れる位置だ。
ノヴァはもう来ていた。
動きやすい服に着替え、髪をまとめていて、朝食時よりずっと「軽く」見える。完全に「プロのアイドルモード」に切り替わってるって顔だ。だが、その「軽さ」は本物のリラックスじゃない。自分を完璧に整えるのが上手すぎるだけだ。こういうタイプは、一番「何も感じてませんよ」を信じちゃいけない。
俺の武器バッグに気づくと、彼女はまず笑ってみせた。
「本当に最初から最後まで立ち会うつもりなんだ?」
「他に何するんだよ」俺は言う。「今の俺、ほぼお前らのマネージャー兼用心棒だからな」
「似合ってるじゃん、その役」
「俺もそう思う。マジで、お前らには俺が必要」
彼女は口の端を上げて、俺をちらりと見た。もう一言何か投げてくるつもりだった、そのタイミングで——
階段の上から、足音。
葉綺安が降りてきた。
今日はトレーニング用の黒いタンクトップとゆるいパンツ姿で、髪も高めの位置でまとめている。見た目だけなら朝よりシャキッとしているはずなのに——目つきは、やっぱり最悪だった。いつもの「あんたムカつく」じゃない。明らかに寝不足なのに、それを他人に悟られたくなくて余計にトゲトゲしている目だ。
階段から降りきって、彼女が最初に見たのは、鏡でもルナでもなかった。
俺だ。
……正確には、俺の隣にいるノヴァだ。
眉間が、その瞬間きっちり寄った。
いいぞ。
やっぱりこの線、しっかりマークされてやがる。
「ステラ(Stella)、まずウォームアップ」ルナが言う。「五分後にフォーメーション合わせ」
「了解」
葉綺安はすぐ返事をしたが、その場で動き出しはしなかった。こっちに歩いて来て、自分の水筒を、俺の隣のベンチにドンと置く。そこが最初から自分の席か何かであるみたいな、主張の強い置き方で。
俺はその水筒を一瞥して、それから葉綺安を見た。
「なんだよ」
「別に」彼女は冷たく言った。「ここに置いちゃダメ?」
「ダメじゃないけど」俺はうなずく。「水筒にまで縄張り意識がある人、初めて見たから」
「あんたの見識が狭いだけ」
「なるほど」
ノヴァ(Nova)は横でそのやり取りを眺めていた。すぐには割り込まない。ただ、ほんの少しだけ口の端を上げた。目の前の光景が、なかなか面白い実験みたいに見えている笑い方で。
そして、本当に手を伸ばした。
タオルで手を拭きながら、ごく自然な動作で、自分のスポーツドリンクのボトルを同じベンチの上に置いた。葉綺安の水筒のすぐ隣——いや、むしろ俺に少し近い側に。
その動作が、あまりにも自然だった。
ここで露骨に噛みつけば、周りから「考えすぎじゃない?」と思われる側になるくらい、完璧な自然さで。
「周士達」彼女が顔を上げて俺を見る。声は相変わらず柔らかい。「もし音響がまた落ちたら、電源周りを見てもらえる?」
俺が答える前に、葉綺安が先に口を開いた。
「あいつは技師じゃない」
ノヴァが目をぱちりとさせる。
「でも何でもできそうじゃん」
「それ、褒めてんの?それとも俺を過労死させたいの?」俺は言う。
「両方かな」彼女は笑う。「能ある鷹はなんとやら、でしょ」
葉綺安が鼻で笑った。
「じゃあ自分でやれば?」
「あたし、歌が専門だから」ノヴァはさらりと言う。「分業って普通じゃない?」
「なるほど」俺は続けた。「お前が口を動かして、俺が手を動かす、ってことね」
言ってから気づいた。ただの流れで口から出ただけだったのに。
一拍、空気が止まった。
ロラ(ロラ)が最初に爆笑した。手に持っていたBluetoothレシーバーを落としそうになりながら。
「ちょ、周さんマジで何でも言うじゃん! アウトでしょ今の!」
ノヴァも笑ったが、ロラより半テンポ遅かった。その代わり、目がわずかに輝いた。あの一言がちょうど彼女の「面白い」と感じるツボに刺さったみたいに。
葉綺安だけが、その場で顔色をもう一段落とした。
何も言わずに、自分の水筒を掴んで、置き直した。俺にもっと近く、ノヴァのボトルからはもっと遠い位置に。
その子供っぽい小さな動作を見て、俺は危うく笑い出しそうになった。
堪えた。
ここで笑ったら、死ぬ。
「はい、立ち位置確認」ルナ(Luna)が手を一度叩いて、全員の注意を引き戻した。「Aurora、最初の八拍もう一回。Nova、二番サビの入りを半拍早める。Stella、昨日の回転が遅い、今日作り直す」
彼女が仕事モードに入った瞬間、場の空気がぴんと張り直された。
ロラが前に出て、音楽を再スタートさせる。イントロが流れ出した途端、地下室の雰囲気がようやく少しだけ「練習場らしく」なった。彼女はデモを見せながらカウントを取り続ける。動きに無駄がなく、力加減も正確だ。このグループで実際に場を支えているのが、ボーカルじゃなくて彼女だというのは、見ていれば分かる。
ルナはついていくのが安定していた。派手さはないが、一つ一つが正確だ。余計なものが一切ない、彼女という人間そのものみたいな踊り方。ノヴァの入りは滑らかで、ボディコントロールが上手い。歌専門の人間はダンスが必ずしも得意とは限らないが、彼女はどの角度が映えるかを本能的に知っている。練習中でさえ、「見られている」感覚を切らさない。葉綺安はどこか上の空で、反応が大きく遅れているわけじゃないが、回転のたびにわずかな引っかかりがある。
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