01. 同じ屋根の下で 1-2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺はリビングの長椅子に寝転がっていて、首が折れそうになっていた。テレビはつけっぱなしで、国際ニュースがヨーロッパ情勢不安だの国境緊張だの、どこそこの政党が政権返り咲きだのを、明日にも世界がまとめて沈没するみたいな、妙にイラッとくる口調で垂れ流している。
顔をガシガシと掻きながら起き上がり、がらんとしたリビングを見回して、ようやく記憶が戻ってくる。
希と神代弥生は大武山に行っている。弥生は最近、台湾の原住民族の祖霊にやたら興味を持っていて、別のシステムからなんかしらパッチを探してるらしい。
林雨瞳は、そこそこギャラのいい会計のバイトを見つけたとかで、今はそこで働いている。社長が人手不足で、現金払いしてくれるって話だ。
アストリッドとアピスは北欧に帰った。当分戻ってくる気配はない。
高國城と林曉葳は、ようやくこの前「ご栄職復帰」したばかりで、今ちょっかい出しに行くのはただの自殺行為だ。
ソファに腰を下ろしたまま二秒ほどぼんやりしてから、俺は正直に結論を出した。
「マジかよ……ってことは、今この家ん中、俺とあのイカれ女しかいねーのか」
部屋の中から、即座に爆発みたいな声が飛んできた。
「はあ!? 周士達、あんた今、小声ならアタシに聞こえねえとでも思ってんのかコラァ!」
ガス爆発クラスの音量だ。こっちはまぶた一つ動かない。長く一緒に住んでりゃ、そのへんの耐性は勝手に育つ。
「もうちょい口に気をつけろよ、アイドル様」時計を見る。そろそろ夕飯の時間だ。「おい、イカれ女。飯、食いに行くか?」
「クソ食らえ」
「ずいぶんご機嫌斜めだな」立ち上がって、リモコンをソファに放り投げる。「ま、いいや。食わねーなら勝手にしろ」
キッチンに行って、冷蔵庫に何が残ってるか確かめようとしたところで、葉綺安の部屋のドアがバンッと開いた。
ドア口に彼女が立っていた。髪はボサボサ、顔は「今さっき自分のベッドに地雷仕掛けられた」みたいな怒りっぷりで、スマホを握りしめている。いつもの、噛みつきながら罵倒してくるタイプの不機嫌顔とは違う。もっとややこしいやつだ——本当は誰かを引き裂きたいのに、最終的には飲み込むしかなかった時の顔。
俺はキッチンの入口にもたれながら、彼女を見る。
「今度は何だよ」
彼女は俺を睨みつけ、先に殴るか先に罵るか、真剣に検討しているようだった。二秒ほどしてから、スマホをテーブルにたたきつける。
「明日から合宿だって」
眉をひとつ上げる。
「おめでとさん。大スター様ご復帰ってわけか」
「おめでとさんは、あんたの母ちゃんに言いなさいよ」冷たく笑って見せてから続ける。「完全クローズド。山の上。三日二晩スタートで、その後延長の可能性あり。『コンディションの再調整』『チームワークの再構築』『イメージ刷新』だとさ」
そこまで聞いて、俺の頭にまず浮かんだのは「出張」そのものじゃなく、彼女が口にした『完全クローズド』って単語に乗ってた不機嫌さだ。葉綺安って女、普段は文句多いくせに仕事はわりと我慢強い。そんな彼女が、通知読んだだけでここまで殺気立つってことは、その現場はまずロクな場所じゃない。
「場所は」
「台中の山の中。鬼屋かよってレベルのボロい別荘」彼女は吐き捨てるように言う。「名前もまたムカつくのよ。新興宗教の合宿所か、マルチ商法の研修センターかってくらい、胸焼けするネーミング」
俺は何も返さず、ただ彼女を見る。
彼女も俺を見る。
その一瞬、彼女の目の奥で何かがきらりと揺れた。ほんの一瞬だが、見逃さなかった。怖さでも、ただの面倒臭さでもない。もっと近いのは——本人すら認めたくない種類の、不安。
そして、それを即座に押し殺す。
「なにジロジロ見てんの」
「ようやく普通の人間みたいに、『クローズド合宿』を嫌がること覚えたのかと思ってさ」
「周士達」
「なんだよ」
「明日、送って」
「葉綺安」返事はせず、名前だけを呼ぶ。
「なに?」
「いや」俺は真面目な顔で彼女を見る。「最近さ、とくにイライラしてねえ? ……生理、不順なんじゃね?」
「周士達!! あ、あんた、なんで——」彼女の顔が一気に真っ赤に染まる。「この変態! まさかアタシの生理周期、勝手に計算して——!」
「計算なんかしてねえよ」診察室にいる内科医みたいな真顔で手を上げる。「希と雨瞳のサイクルと、お前のをちょっと照らし合わせただけで、大体見当つくだろ。こう見えてもな、最近ちょっとくらいは婦人科の知識、仕入れてんだよ。必要なら相談乗るぞ」
「消えろ!」
目覚まし時計がひとつ、俺の顔めがけて飛んできて、このラウンドはきっちり終了となった。
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「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




