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トライノット ―旅路の結び目―  作者: ヤソタケル


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21/22

第21話 上出来だろう

朝焼けが、妙に綺麗だった。


 東の空は淡い赤に染まり、千切れた雲の端まで金色に光っている。長い夜の終わりに眺める景色としては、悪くない。


 その真下にあるものが、昨日まで領主館だった瓦礫の山でなければ。


「……どうすんだよ、これ」


 腰に手を当てて見上げてみたが、見上げたところで屋根は戻ってこない。


 むしろ朝日がよく差し込むようになったぶん、被害の全貌だけが親切に照らされていた。屋根はほとんど残っておらず、大広間も半分以上が吹き飛んでいる。崩れた壁や梁は庭まで散乱し、外塀にぽっかり開いた大穴は、最後にセドリックが通過した跡だ。


 通過というか、飛ばされたというか。


 本人の意思ではなかったことだけは確かだ。


「屋根ってのはな。なくなって初めてありがたみが分かるもんじゃねえんだぞ……」


 あの柱はいくらする。


 壁は。


 屋根は――考えるのをやめた。


 俺の給料では、数えたところで何の慰めにもならない。


 夜のうちに戻ってきた衛兵たちは、負傷者を運び、瓦礫をどけ、縛り上げた黒装束を一か所へ集めている。どいつも疲れ切った顔で動いていたが、ときどき崩れた館を見上げては途方に暮れていた。


 気持ちはよく分かる。


 俺だって同じだ。


 ヴァルターは捕まえた。黒装束も全員確保。裏帳簿も無事で、国家監察官として見れば大成果も大成果だ。


 その代わり、領主館がなくなりかけている。


 何事にも程度というものがあるだろう。


「おじ様、朝から難しいお顔ですこと」


「誰のせいだと思ってんだ」


 隣を見ると、ダリアが朝日に透ける髪を指先で整えていた。


 昨夜あれだけ暴れ回ったとは思えないほど清々しい顔で、赤い上着についた埃を軽く払っている。しかも壊れた館を眺める目には、どこか満足げな色まで浮かんでいた。


「わたくしは、ここまで壊しておりませんわよ?」


「途中まではお前も壊してただろうが。しかも楽しそうにな」


「楽しくない戦いなど、損ではありませんの」


「お前の損得勘定だけ、俺と方向が違いすぎるんだよ」


 ダリアは悪びれもせず、口元へ手を添えて笑った。


 反省は期待するだけ無駄らしい。


 少し離れた瓦礫の上では、エルンが白銀の髪の娘に捕まっていた。


 オルレア。


 昨夜、領主館より大きな姿になってセドリックを空の彼方へ吹き飛ばした張本人だ。


 今は長い白のワンピースを着た、小柄な娘に戻っている。昨夜の姿を知らなければ、どこから見ても普通の若い娘だ。


 普通という言葉が、ここまで信用できなくなる相手も珍しい。


「本当に怪我してないの?」


「ないよ。さっきから何度も言ってるじゃないか」


「腕は? あの変なのを受け止めてたでしょう」


「平気だって。ほら」


 エルンが両腕を広げて見せても、オルレアは納得しない。肩から腕までぺたぺた触り、今度は顔を覗き込んでいる。


「頭も打ってない? 足は?」


「どっちも平気。本当にどこも痛くないから」


「……ならいいけど」


 ようやく安心したらしく、オルレアの険しかった眉が少しだけ下がった。それでも手は離さず、今度は袖についた埃まで払っている。


 昨夜は屋敷を壊すほどでかかった娘が、今は婚約者の袖についた埃を払っている。


 女というものは分からん。


 いや、ドラゴンだった。


 もっと分からん。


「あら」


 そこへダリアが、いかにも面白いものを見つけた顔で近づいていった。


「ずいぶん大事にされていますのね、エルンさん」


「ダリアさん?」


 エルンが嫌な予感でもしたように振り返る。


 その反応を見たダリアの目が、ますます楽しそうに細くなった。


「先日はあれだけわたくしと走り回っておりましたのに、今朝は婚約者様に付きっきりですのね」


「言い方が変ですよ!」


 オルレアの手がぴたりと止まった。


「……走り回ってたの?」


「事件に巻き込まれてただけだよ」


「そうですわね。お食事をして、一緒に追われて、一緒に逃げて。そのうえ昨夜は、領主館までご一緒しましたもの」


「ダリアさん、絶対わざとですよね!?」


「あら。全部本当のことですわよ?」


 ダリアが涼しい顔で微笑むほど、オルレアの眉間に皺が増えていく。


「食事もしたの?」


「たまたまだって」


「一緒に逃げたの?」


「僕だけ逃げようとしたら捕まったんだよ!」


「誰に?」


 エルンが一瞬黙った。


 その視線が、ゆっくりダリアへ向く。


「……ダリアさんに」


「エルン?」


「だからそういう意味じゃないって!」


 完全に墓穴を掘った。


 オルレアはしばらくエルンをじっと見上げていたが、やがて何を思ったのか、その腕へぴたりと抱きついた。


「……ふーん」


「オルレア?」


「別に」


 別にと言う割には、腕を離す気配がない。むしろエルンを自分の方へ引き寄せ、肩までぴったり寄せている。


 ダリアの口元が、実に楽しそうに持ち上がった。


「まあ。可愛らしいですこと」


「何がよ」


「何でもありませんわ」


「絶対なんかあるでしょ」


 オルレアがむっとして、さらに腕へ力を込める。


「ちょっと、オルレア?」


「何よ。婚約者なんだから、このくらいいいでしょ」


「それはいいけど……」


「でしたら、わたくしも先日くらいは――」


「駄目!」


 オルレアが食い気味に言った。


 一瞬だけ、朝の瓦礫の前に妙な静寂が落ちる。


 ダリアは目を丸くしたあと、とうとう堪えきれなくなったように肩を揺らした。


「ふふっ。冗談ですわよ」


「……分かってたわよ」


「お顔は全然そうおっしゃっていませんけれど?」


「ダリアさん、もうその辺にしてください!」


 エルンが本気で困っている。


 完全に遊ばれていた。


「朝っぱらから何やってんだ、お前ら」


「おじ様には分かりませんわ」


「分かりたくもねえよ」


 エルンが助けを求めるようにこちらを見る。


「ガストンさん、何とかしてくださいよ」


「断る。お前らの痴話喧嘩に国家監察官の権限を持ち込む気はねえ」


「痴話喧嘩じゃないわよ!」


「ほら始まった」


 俺は早々に視線を逸らした。


 昨夜あれだけ働いたんだ。朝くらい命を大事にしたい。


 しばらくして、ようやくオルレアも落ち着いた。ただし最後までエルンの腕だけはしっかり掴んだままだった。


「じゃあ、私は戻るわ」


「もう帰るの?」


「あなたが無事だって分かったもの。それに、まだ商売を続けるんでしょう?」


「うん。そのつもり」


 エルンが頷くと、オルレアは少しだけ寂しそうな顔をしたものの、すぐにいつもの強気な表情へ戻った。


 そして手を離す前に、ちらりとダリアを見る。


「……変な女についていかないでよ」


「僕がついていったみたいに言わないでくれる?」


「あら」


 ダリアが自分の頬へ指を添えた。


「わたくしのことかしら?」


「他に誰がいるのよ」


「オルレア……」


 エルンが頭を抱える。


 ダリアはそんな二人を眺め、いかにも楽しそうに微笑んだ。


「安心なさって。エルンさんを取ったりいたしませんわ」


 そこで、わざと一拍置く。


「今のところは」


「何ですって?」


「ダリアさん!」


「冗談ですわ、冗談」


 オルレアの頬が露骨に膨らんだ。


 面白がって火に油を注ぐな。


「もう帰る!」


 ぷい、と顔を背けたまま身体がふわりと宙へ浮く。領主館の残骸より少し高いところまで上がると、一応こちらへ向き直って礼儀正しく頭を下げた。


「それじゃあ皆さん、さようなら」


「ええ。またお会いしましょうね」


 ダリアがにこやかに手を振る。


「できればエルン抜きで」


「まだ言うの!?」


 エルンの声を無視し、オルレアはさらに上へ昇っていった。


 途中で一度だけ止まり、こちらを振り返る。


「エルン! 無茶しないでよ。それから、女の人にも気をつけて!」


「そっちも!?」


 横でダリアが楽しそうに肩を震わせた。


 次の瞬間、オルレアの身体が一気に膨れ上がった。白銀の鱗が人の輪郭を飲み込み、長い首が朝焼けの空へ伸びていく。背中から巨大な翼が左右へ広がると、その影が瓦礫の上を大きく横切った。


「うおっ!」


 翼が羽ばたき、巻き起こった風に、俺は反射的に両手で頭を押さえる。


「ガストンさん、またですか?」


「またとか言うな。髪は一度飛んだら自力で帰ってこねえんだぞ!」


 巨大なドラゴンは翼をもう一度大きく羽ばたかせ、その巨体を軽々と空へ運んだ。次に羽ばたく頃には領主館の残骸より遥か上にいて、昨夜あれだけ空を埋め尽くしていた身体が、みるみる小さくなっていく。


 最後には朝焼けの中の点となり、そのまま北の空へ消えた。


 俺は頭から手を離し、カツラがいつもの位置にあることを指先でもう一度確かめてから、隣のエルンへ顔を向けた。


「……あれが婚約者か」


「はい」


「大変だな」


「……はい」


 妙に重い返事だった。


 少しだけ親近感が湧いた。


 さて。


 昨夜からずっと聞こうと思っていたことがある。


「なあ、エルン。お前もドラゴンなのか?」


「そうですよ」


 あまりにも普通に返ってきたので、今度は俺の方が黙った。


「……そうですよ、じゃねえ!」


「え?」


「もうちょっと溜めろ! こっちは昨夜からずっと考えてたんだぞ!」


「聞かれたから答えただけなんですけど……」


 本当に何が悪いのか分からない顔をしている。


 ダリアは横で面白そうに笑っていた。


「やっぱりそうでしたのね」


「ダリアさんは気づいてたんですか?」


「確信まではしておりませんでしたけれど、昨夜のあれを見ればさすがに。セドリックの前脚を片手で止めて、拳一つで柱ごと吹き飛ばしておりましたもの」


「ああ……ちょっと腹が立って」


「お前は腹が立つたびに建物を壊すなよ」


「普段はやりませんって」


 俺は無言でエルンを見る。


 次に、昨夜セドリックが叩きつけられた折れた柱を見る。


 もう一度、エルンを見る。


 普段の基準から聞いたら負けな気がした。


「それで、オルレアもドラゴン。お前もドラゴン。あの娘はどのくらいなんだ?」


「オルレアは僕たちの一族の族長の娘で、最高位のドラゴンです。僕なんかよりずっと強いですよ」


「最高位……じゃあ、お前は?」


「僕は普通です。並ですよ」


 俺はもう一度、折れた柱を見た。


「……どこが並だ」


「ドラゴンの中では本当に普通なんですけど」


「人間の町でその基準を持ち歩くな。迷惑だ」


 すると横で、ダリアの目がぱっと輝いた。


「ということは、エルンさんよりお強い方がたくさんいらっしゃるの?」


「いますよ」


「まあ!」


「お前は食いつくな!」


 嬉しそうに両手まで合わせている。


「だって気になるではありませんの」


「俺は気になりたくねえんだよ!」


 これ以上、俺の人生に人外の強者を増やさないでほしい。


「それで、なんでドラゴンが行商なんかやってんだ?」


「結婚するためです」


「話が飛んだな」


「飛んでませんよ」


 エルンは少し困ったように笑った。


「僕たちのところでは、伴侶を迎える側がある程度の財を用意する習わしがあるんです。それで、オルレアと結婚するために各地を回って商売しています」


「待て。ドラゴンにも結婚資金が要るのか?」


「要りますよ」


 世知辛い。


 まさか人間だけでなく、ドラゴンまで金に追われているとは思わなかった。


 少しだけ親近感が湧く。


 必要な額は聞かないことにした。たぶん親近感が消える。


「……あれと結婚するために、ずっと稼いでんのか」


「あれって言わないでください」


「じゃあ、あの最高位ドラゴンと」


「言い直しても失礼な感じが残ってますよ」


 細かい奴だ。


「昔からそんな習わしなのか?」


「らしいですよ。昔は財を集める方法も、今とはずいぶん違ったみたいですけど」


「どう違う」


「人間の町を襲ったり、旅人から財宝を奪ったりして集めてたらしいです」


 思わず片手を上げた。


「待て」


 エルンは何がおかしいのか分からない顔をしている。


「でも、今はそんな時代じゃないですから。普通に働いた方が揉めませんし、商売なら誰も困らないでしょう?」


「時代の問題なのか!? というか、あまりにも真っ当なこと言うから余計に困るんだよ!」


 どうやらドラゴンまで真面目に働く時代らしい。


 俺は無意識に懐の帳簿を押さえた。


 なんだか急に、自分だけ取り残されたような気がする。


「堅実ですわね」


 ダリアが感心したように頷く。


「そうでしょう?」


 エルンまで少し胸を張った。


「おじ様も見習ってはいかが?」


「誰が何をだ!」


 余計な方向へ話を持っていくな。


 その時、瓦礫の向こうから一人の衛兵が慌ただしく駆けてきた。


「監察官殿! 領主のご子息を発見しました!」


「生きてるか?」


「はい。瓦礫の下に隠れておられました!」


「救助じゃなくて発掘じゃねえか」


 しばらくすると、二人の衛兵に挟まれたアルヴィンが連れてこられた。


 服は埃まみれで髪もぐしゃぐしゃ。顔には細かい擦り傷があり、両手はしっかり後ろで縛られている。


 少し離れたところでは、同じように縛られたヴァルターが衛兵に見張られていた。


 親子揃って縄付き。


 こうして並べてみると、顔もそこそこ似ている。


 中身まで似なくてよかっただろうに。


「父上!」


「アルヴィン!」


「これはどういうことですか!」


「わしが聞きたいわ!」


「親子で聞き合うな!」


 二人揃ってこちらを見る。


「監察官! すぐに縄を解け! わしは領主だぞ!」


「その台詞、もう聞き飽きた」


 懐から裏帳簿を取り出して見せると、ヴァルターの顔が露骨に引きつった。


「国税のごまかし、帳簿の改竄、領地の金の私的流用。これだけ揃ってて、まだ領主面できると思うな」


「そ、それはセドリックが!」


「宝石も酒も絵も、全部セドリックが勝手に買ってお前の部屋へ飾ったのか?」


「そ、それは領主としての格式で――」


「酒樽何本分の格式だよ。あと宝石何個分だ。報告書に『格式』って項目でも作ってやろうか?」


 ヴァルターが口をぱくぱくさせる。


 昨夜も聞いた。


 今日も通じなかった。


「父上、まさか本当に……?」


「アルヴィン! お前は黙っておれ!」


「お前も人の心配してる場合じゃねえぞ」


 俺が顔を向けると、アルヴィンがびくりと固まった。


「町で好き勝手やったうえ、衛兵まで私物みてえに使ってたらしいな」


「そ、それは父上の領地なのだから当然だ!」


「だから親子で並んで縛られてんだよ」


 その横から、ダリアが一歩出た。


「先日はお世話になりましたわね」


 にっこり。


 それだけでアルヴィンの顔から見る見る血の気が引いた。


「ひっ……!」


 どうやら《葡萄樽亭》でのことは、まだ身体がよく覚えているらしい。


「さて」


 俺は裏帳簿を脇へ抱え、周囲を見回した。


 瓦礫を片づけていた衛兵たちが、いつの間にかこちらを見ている。昨夜までヴァルターの命令で俺たちを追っていた奴も混じっているだろう。


 こういうのは苦手だ。


 金を受け取って適当に話を合わせる方が、よほど性に合っている。


 だが、今は俺がやるしかない。


 髭を一度撫で、服の襟を正す。ついでに頭へ手をやり、カツラがずれていないことも確認した。


 人前で話すなら、せめて見た目くらいは国家監察官らしくしておきたい。


 胸を張ってみる。


 背丈までは増えなかった。


「全員、ちょっと手を止めろ!」


 声を張ると、衛兵たちが次々とこちらを向いた。


 朝焼けに照らされた瓦礫。その前に縛られた領主親子と黒装束。


 我ながら、とんでもない場所で演説する羽目になったものだ。


「ヴァルター・バルネスは、長期にわたって国へ納める税をごまかし、その一部を私物へ回していた。証拠はここにある。それだけじゃねえ。東倉庫からは記録にない王国軍の物資も見つかっている。こっちはセドリックが深く関わっていた可能性が高い。黒い印の連中も含めて、これから正式に調べる」


 裏帳簿を掲げると、小さなどよめきが衛兵たちの間を走った。


「昨夜までお前らが誰の命令で動いてたかは、今は問わねえ。領主の命令に従っただけの奴もいるだろうし、逆らえば仕事や家族に響く奴だっていたはずだ」


 何人かが顔を上げる。


「だが、ここから先は違う。お前らはヴァルター個人の私兵じゃねえ。カレドを守る衛兵だ」


 俺は縛られたヴァルターを親指で示した。


「町と国に仕えるつもりがある奴だけ残れ。まだそいつ個人に仕えたい奴がいるなら、一緒に王都まで来てもらう」


 誰も動かなかった。


 しばらく待っても、ヴァルターの方へ寄る奴は一人もいない。


「……賢明だな」


 思わず本音が漏れると、横でダリアがくすりと笑った。


「俺だって聖人じゃねえ。間違ったこともするし、金に弱いし、面倒事はできれば避けたい」


「おじ様、それは演説で自分からおっしゃることですの?」


「今さらここで人格まで粉飾してどうすんだ!」


 エルンまで苦笑している。


「ただな。それでも、越えちゃいけねえ線くらいは分かる。領主が町を食い物にして、その裏で何が動いてるかも分からねえ状態を放っておくわけにはいかん」


 今度は誰も笑わなかった。


「王都から正式な調査が来るまで、領主館、東倉庫、それと関係する帳簿は国家監察の管理下に置く。動ける奴を分けろ。領主親子と黒装束の監視、東倉庫の封鎖、怪我人の手当てを優先しろ。それから――」


 一度、背後の瓦礫を見る。


 領主館だったものが、朝日に照らされている。


「……こいつは後だ」


「よろしいのですか?」


「どこから直すんだよ!」


 聞かれた俺が知りたい。


 衛兵は一瞬困った顔をしたものの、すぐに敬礼して仲間へ指示を飛ばし始めた。


 ようやく、人がまともに動き始める。


 ヴァルターは何か不満そうにぶつぶつ言っていたが、もう誰も聞いていない。アルヴィンもダリアと目が合うたび、借りてきた猫みたいに大人しくなった。


 朝日もすっかり昇ってきた。


「これで一段落ですか?」


 エルンが隣へ来る。


「事件はな。俺の仕事はここからだ」


「まだあるんですか?」


「むしろ増えた」


 王都への報告、領主親子の処分、軍用品の確認、黒装束の取り調べ、セドリックの捜索、それに領地の暫定管理。


 考えれば考えるほど、やることが増えていく。


「大変ですわね、おじ様」


「他人事みたいに言うな」


「他人事ですもの」


「お前も事情聴取あるからな」


「嫌ですわ」


「即答すんな!」


 ダリアは涼しい顔でそっぽを向き、エルンはその横で苦笑している。


 まったく、どいつもこいつも。


 俺は崩れ果てた領主館へもう一度目を向けた。


 脱税を調べに来た。


 本当に、それだけだったはずだ。


 それが軍用品に、正体不明の組織に、化け物へ姿を変える側近。挙げ句の果てには行商人までドラゴンだった。


 その婚約者に至っては、領主館をこの有様にして空の彼方へ帰っていった。


「おじ様」


「今度は何だ」


 振り返ると、ダリアが珍しくからかう様子もなく、柔らかく笑っていた。


「お疲れ様でしたわ」


 その横で、エルンも小さく頭を下げる。


「ありがとうございました、ガストンさん」


「……おう」


 なんだ。


 そう言われると、少しくらいは悪くない気もしてくる。


 俺は無意識に頭へ手をやり、いつもの位置にあることを指先で確かめた。ついでに首も撫でる。


 領主は捕まえた。証拠もある。首も髪も、どうにか残った。


 上出来だろう。


「さて。あとは面倒な後始末だけだな」


 肩を一度回すと、あちこちから嫌な音がした。


 領主館だけでなく、俺まで修理が必要になる前に終わらせたいものだ。


 朝日はもう、瓦礫の向こうまでしっかり昇っている。


 やれやれ。


 左遷先の監察で、ここまで働かされるとは思わなかった。


 まあ――上出来だった。


 そういうことにしておこう。

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