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トライノット ―旅路の結び目―  作者: ヤソタケル


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19/22

第19話 ようやく本番ですの?

「おじ様」


「なんだ!」


「ずいぶん楽しそうに追いかけられていましたけれど、あちらの方々は?」


「楽しそうに見えたか!?」


「少なくとも、追いかける側は」


 おじ様の眉間に、また一本皺が増えた。


 ずいぶん走らされたらしい。髭は少し乱れ、肩で息をしながらも、片手だけは懐の帳簿をしっかり押さえている。その後ろでは領主様がエルンの肩越しにこちらを窺い、壊れた扉の向こうからは全身を黒いローブで覆った五人が広間へ入ってきていた。


 手には剣や短剣。袖口や首筋に覗く黒い文様にも見覚えがある。


 どうやら、おじ様が新しいお友達を連れてきたわけではなさそうだ。


「セドリックの部下だ! ヴァルターを殺して、俺たちに全部被せる気らしい!」


「まあ。それはずいぶん欲張りなお話ですこと」


 脱税に軍用品に殺人まで。


 一晩で随分と盛りだくさんになったものだ。


「では、こちらの方々は斬ってもよろしくて?」


「今それ聞くのかよ!」


「だって先ほどは、衛兵さんを壊すなとおっしゃいましたでしょう?」


「そいつらは衛兵じゃねえ! 好きにしろ!」


「まあ。それなら話が早いですわ」


 思わず口元が緩んだ。


 それを見たおじ様が、露骨に嫌そうな顔をする。


「お前、絶対それ言わせたかっただろ」


「何のことですの?」


「その顔で誤魔化せると思うな!」


 失礼ですこと。


 こんなに美しい笑顔なのに。


 先ほどの衛兵さんたちには随分と気を遣った。投げるにも殴るにも、あとで使い物にならなくならないよう加減していたけれど、今度はその必要もないらしい。


 ようやく剣を使える。


 それだけで少し気分がよくなった。


「では――遠慮なく」


 剣を抜く。


 五人もほとんど同時に散った。


 けれど、こちらへ向かってきたのは二人だけ。残る三人は左右へ大きく回り込み、その先にいる領主様を狙っているらしい。


 あら。


 せっかく許可までいただいたのに、素通りされては困る。


「お急ぎのところ申し訳ありませんけれど――」


 一番近い一人の剣を外へ流し、その肩口へ刃を走らせる。武器を落としたところへ左手を添えて押し返すと、ちょうど後ろから来ていた二人目へまともにぶつかった。


「少々、お付き合いくださいな」


 二人目がよろめいた隙に足を払い、床へ膝をついた肩へ柄を落とす。


 残る三人の足が止まった。


 顔はローブに隠れて見えないけれど、それまでばらばらだった剣先が、すっとこちらへ揃う。


 ふふ。


 ようやく相手をしてくださる気になったらしい。


「五人もいらっしゃるのですから、もう少し強気でもよろしくてよ」


 三人が左右と正面から踏み込んできた。


 正面の剣を半歩ずれてかわし、その腕を取って左から来た一人の進路へ押し込む。二人がぶつかって足を止めたところへ、右から短剣が伸びてきたので、それだけ剣で弾いた。


 すれ違いざまに腕を浅く斬る。


 三人目も武器を落とした。


 残った二人はすぐに離れ、今度は少し距離を空けて左右から来る。


 先ほどよりはいい。


「そうそう。せっかく人数がいるのですもの」


 一人の突きをかわし、その勢いのまま背中を押す。


 向かった先には、もう一人。


 二人がぶつかって体勢を崩したところへ、片方には柄を、もう片方には剣の腹を一つずつ。


 仲良く床へ沈んだ。


 最後に残った一人が背後から剣を振る。


 半歩横へずれるだけで十分だった。


 空を斬った腕を掴み、そのまま勢いを殺さず前へ送ってやると、黒い身体が広間の床を派手に転がっていく。


「はい、おしまいですわ」


 思ったより早かった。


 少し静かになった広間で、五人とも床に転がっている。


 先ほどの方々と同じ程度なら、こんなものだろう。


「……すごいですね」


 後ろからエルンの声がした。


 振り向くと、目を丸くしたまま、床の五人とこちらを交互に見ている。


「ふふ。もっと褒めてもよろしくてよ」


「えっ」


 今度は困ったように眉が下がった。


「今、褒めたのでしょう?」


「そ、そうですけど……」


「でしたら遠慮なさらずに」


「自分から続きを要求する人、初めて見ました」


「あら。せっかくの正当な評価ですもの」


 褒められたのだから、素直に受け取ればいいだけなのに。


 エルンはまだ何か言いたそうだったけれど、おじ様の怒鳴り声が先に飛んできた。


「お前ら、呑気に話してる場合か! セドリックがまだいる!」


「あら。忘れていませんわよ」


「今ちょっと忘れてただろ!」


「失礼ですこと」


 忘れるわけがない。


 むしろ、先ほどから一番気になっている。


 すると、その名前を待っていたように、壊れた扉の向こうから足音が聞こえてきた。


 先ほどの五人とは違って、走ってはいない。


 こつ、こつ、と一定の間隔で近づいてくる。


 やがて姿を現したセドリックは、広間へ入るなり床の五人へ一度だけ目を向けた。それで終わりだった。


 眉も動かない。口元も変わらない。


 息一つ乱さず、昼間と同じ整った髪に、同じ落ち着いた顔をしている。


「……全員ですか」


「あら。ずいぶんゆっくりしたご登場ですこと」


「急ぐ必要がありませんでしたので」


「皆様は随分急いでいらっしゃいましたけれど」


「彼らには彼らの仕事がありますから」


 部下が全員床に転がっているというのに、まるで予定の一つが終わっただけみたいな口ぶりだった。


 どうやらこの方、自分が追い詰められているとはまだ思っていないらしい。


 そういう余裕は嫌いではない。


「大変ですのね、部下というのも」


「あなたには縁のなさそうな立場ですね」


「あら。よく分かっていらっしゃる」


 少し気に入った。


 少なくとも、おじ様よりは話が早そうだ。


「なんでそこで俺を見る!」


「見てませんわよ」


「今見ただろ!」


 おじ様が何か言っているけれど、今は放っておこう。


 セドリックの目がこちらの剣へ落ちる。


「あなたが赤のダリアですか」


「ご存じでしたの?」


「有名ですから」


 それは悪い気がしない。


 まあ、当然ではありますけれど。


 少し顎を上げると、セドリックの口元がほんの僅かに動いた。


「でしたら自己紹介の手間が省けましたわ。あなたのお名前も存じていますし」


「光栄です」


「それで――」


 剣先を軽く持ち上げる。


「あなたは、あちらの方々より楽しませてくださるのかしら?」


 昼間に見た時から、この男のことは少し気になっていた。


 領主様の側近として立っていた時には、目立つようなことは何一つしていない。あの黒い印の方々のような嫌な気配も、この男自身からは感じなかった。


 それでも、おじ様が倉庫の奥で何かを見た時、この男の目だけはきちんとそちらを追っていた。


 何を隠しているのかまでは分からない。


 ただ――隙がない。


 こういう方が、弱いとは思えなかった。


「期待に添えるかは分かりませんが」


 セドリックが腰の剣を抜いた。


「私も、あなたには興味がありました」


「あら。それは光栄ですこと」


 昼間は領主様の側近と、監察官の護衛。


 お互い、あの場でわざわざ余計なものを見せる理由はなかった。


 けれど今は違う。


「でしたら、もう遠慮はいりませんわね」


「ええ」


 次の瞬間、右から剣が来た。


 受け流し、そのまま返そうとした時には、セドリックはもう半歩下がっている。追えば、今度も剣先一つぶんだけ先に間合いを外された。


 なるほど。


 力で押すわけでも、速さだけで勝負するわけでもない。こちらが斬れる場所に長く居座らず、反撃へ移る瞬間だけを綺麗に外してくる。


 先ほどの黒い方々と一緒にしては失礼だった。


「お上手ですわね」


「余裕がおありのようで」


「だって、まだ楽しいですもの」


 少し試してみたくなった。


 今度はこちらから踏み込み、左へ回ろうとする。


 その先には、もう剣先が待っていた。


 寸前で足を止めると、刃が髪の先をかすめて通り過ぎる。


「まあ」


 思わず目を細めた。


 そういうこと。


 こちらが動いてから追っているのではない。肩の沈みや腰の向き、踏み出す足へ力が乗る瞬間――そんな小さな変化から先を読んで、こちらより早く待っている。


 ふふ。


 面白い。


 それなら、読ませて差し上げましょうか。


「今のはお見事でしたわ」


「ありがとうございます」


「褒められて嬉しくありませんの?」


「戦いの最中ですから」


「真面目ですこと」


 もう一度、剣を交える。


 右から来た斬撃を左へかわし、次も、その次も同じように左へ。


 三度。


 セドリックの目は、そのたびにこちらの肩や足元を追っている。


 ちゃんと覚えてくださっているようで何よりだ。この方なら、三度も見せれば十分でしょう。


「ところで、あの黒いお洋服の皆様は、どういう集まりですの?」


「戦いながら聞きますか?」


「黙って斬り合うだけでは退屈でしょう?」


「あなたは随分余裕ですね」


「今さらお気づきになったの?」


 セドリックの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「世界には、人より遥かに長く生き、人より強い者がいます」


「ええ」


「驚かないのですね」


「強い方がいることくらい、不思議でもありませんもの」


 むしろ歓迎だ。


「その力を欲しがる人間もいる。一方で、人の国から金や物資、情報を得たい者もいる。互いに必要なものを持つ者同士が集まっている――簡単に言えば、その程度の組織ですよ」


「ずいぶん現実的な集まりですのね」


「組織とは、大抵そういうものでしょう」


「それもそうですわね」


 世界を支配するだの、人間を滅ぼすだのと言われるより、よほど分かりやすい。欲しいものがあるから手を組む。そのくらいの方が話は早い。


「では、カレドもそのために?」


「拠点の一つに過ぎません。ここを失えば、別を探します」


「あら。領主様が聞いたら悲しみますわよ」


「もう十分悲しんどるわ!」


 少し離れたところから、ご本人の怒鳴り声が飛んできた。


 おじ様の後ろから顔だけ出し、真っ赤になってこちらを睨んでいる。


「人の館で好き勝手言いおって!」


「お前は今それどころじゃねえ!」


 おじ様に肩を押され、すぐ後ろへ引っ込んだ。


 ずいぶん器用に威張る方ですこと。


 こちらへ意識を戻すと、ちょうど四度目が来た。


 また右から。


 セドリックは当然、こちらが左へ逃げると読んだのだろう。斬撃より一足早く、空いている手が左側へ伸びてくる。


「捕まえました」


 ふふ。


 そう思いますわよね。


 だから今度は左へ行かず、そのまま半歩前へ出た。


 セドリックの手が誰もいない場所を掴む。その腕の内側へ入り、剣を持つ手首を取って引けば、身体が前へ崩れる。


 そこへ膝を一つ。


「ぐっ……!」


 初めて、セドリックの眉がわずかに動いた。


 それでも倒れないのは、さすがだった。


 そのくらいは頑張ってくださらないと、せっかくの楽しみが短すぎる。


 手首を放し、その横を抜けながら剣を走らせた。肩口が裂け、セドリックはそこで初めて自分から数歩距離を取る。


「……なるほど」


 傷へ指を当て、そこについた血をしばらく眺めてから、小さく息を吐いた。


「最初の三度は、わざとでしたか」


「ええ。三度も見せれば覚えてくださると思いましたの」


「私が読みに来るところまで?」


「あなた、頭は悪くなさそうでしたから」


「それは褒め言葉でしょうか」


「もちろんですわ」


「なかなか性格が悪い」


「まあ。褒めてくださってありがとう」


「褒めてはいません」


 そうなの?


 小首を傾げると、セドリックがほんの少しだけ呆れたように息を吐いた。


 もう一度構えたものの、今度はこれまでと違って一気に距離を詰めてくる。剣を十分に振るには窮屈なほど近い。


 なるほど。


 こちらの動きを読み切れないなら、剣そのものを使わせなければいい、と。


 悪くはない。


 けれど、剣が振れないから何だというのだろう。


 右手を外へ逃がし、空いた左手で胸を打つ。セドリックの身体が浮いたところへ足を掛け、そのまま横へ崩した。


 転ぶ寸前に床へ手をついたのは見事だったけれど、立て直した時には、もう剣先を喉元へ向けている。


「剣を封じればどうにかなると思いました?」


「……少しは」


「あら。素直になりましたのね」


「否定しても仕方がないでしょう」


「賢明ですこと」


 満足して剣を引く。


 セドリックもゆっくり身体を起こし、肩の埃を払った。


 その時、広間の別の入口から複数の足音が響いた。


 今度は随分と急いでいる。


 現れたのは、また全身を黒いローブで覆った五人。その中には、先ほど煙に紛れて逃げていった方々も混じっているようだ。


「あら。また五人?」


「撤収のために戻していた者たちです」


「人数だけはきっちり揃えるのですね」


 五人は広間へ入るなり、ほとんど迷わず二手に分かれた。


 三人がセドリックのそばへ。


 残る二人は、おじ様たちの方へ向かう。


 なるほど。


 そう分けますのね。


 こちらには三人、向こうには二人。


 おじ様が戦えないのは見れば分かるし、領主様については数える方が失礼だ。となれば、エルンも戦力には入っていないらしい。


 二人で十分。


 そう判断されたのだろう。


 ふふ。


 それ、たぶん間違っていますわよ。


「エルン!」


 おじ様が叫ぶ。


「分かってます!」


 エルンは心底嫌そうに眉を下げたものの、すぐに領主様たちの前へ出た。腰を少し落としながらも、剣を抜くわけでも拳を構えるわけでもない。


 相変わらず、戦う人には見えませんわね。


 もう少しそちらを眺めていたかったけれど、こちらにも三人来る。一人が右、二人が左へ散り、その中央にセドリックが立った。


「三人もつけてくださるの?」


「あなたには、そのくらい必要かと」


「まあ。高く買っていただいて嬉しいですわ」


 四人が一斉に動いた。


 さっきまでとは違い、今度は左右から来る三人のどこを避けても、その先にセドリックの剣が待っている。部下にこちらの進路を絞らせ、その空いたところだけを狙ってくるらしい。


 なるほど。


 人数を増やすなら、こう使いますのね。


 少し楽しくなってきた。


「先ほどより、ずっといいですわ」


「それはどうも」


 右から来た剣を流し、左の短剣をかわしたところへセドリックが踏み込んでくる。半歩下がれば、今度は三人が一気に間を詰めた。


 追い込んでいるつもりなのだろう。


 なら、少し混ぜて差し上げよう。


 一番近い一人の腕を掴んで引き寄せ、そのままセドリックとの間へ押し込む。振りかけていた剣がぴたりと止まった。


「皆様、少々近すぎませんこと?」


 横から来た一人の足を払い、今押し込んだ男へ重ねるように倒す。三人目の剣はしゃがんで避けると、頭上を通った刃が起き上がろうとした仲間の剣へぶつかった。


「あらあら。仲良しですこと」


 甲高い音が響く中、身体を起こしながら一人の脇腹へ剣の腹を叩き込む。よろめいた身体をもう一人へ押しつければ、二人まとめてまた床へ崩れた。


 残った一人だけが距離を取る。


 黒いフードの奥は見えないけれど、剣を握り直した手にはさっきまでより少し力が入っていた。


「せっかく三人もいらしたのに、もうお帰り?」


 返事の代わりに剣が来た。


「つれない方ですこと」


 踏み込んできた刃を横へ流し、そのまま手首を押さえて軽く捻る。武器が床へ落ちたところへ柄を一つ入れれば、それで終わりだった。


 人数が増えれば、もう少しくらい困らせてもらえるかと思ったのだけれど。


 その時、広間の反対側から聞き慣れた声がした。


「ご、ごめんなさい!」


 あ。


 謝りましたわね。


 思わずそちらへ視線を向ける。


 二人の黒い方のうち、一人がエルンへ剣を振り下ろしていた。エルンはいつものように身体をするりとずらしてかわし、そのまま相手の手首を掴む。


「本当にごめんなさい!」


 腰を落として身体を入れ替えた次の瞬間には、黒い方の足が床から浮き、綺麗に背中から落ちていた。


 もう一人はその隙にエルンを迂回し、領主様へ向かおうとする。


「そっちは駄目です!」


 エルンが慌てて追いつき、振り向きざまの剣をひょいとかわした。今度は腕と肩を取り、相手が踏み込んできた勢いをそのまま横へ流す。


「すみません!」


 また一人、綺麗に宙を飛んだ。


 先に倒れた仲間のすぐ横へ落ち、それきり二人とも起きてこない。


 思わず少し見入ってしまった。


 力が強いだけではない。相手が踏み込んできた勢いに逆らわず、崩れる方へ身体を運んで、そのまま投げている。


 そのくせ本人は、倒した二人を見下ろしながら、今にも介抱を始めそうなほど眉を下げていた。


「すみません……本当に……」


「エルン」


「はい!?」


 びくっと肩が跳ねる。


「あなた、ちゃんと戦えるではありませんの」


「だから戦いたくないんです!」


「二人とも綺麗に飛びましたわよ?」


「そこ褒めないでください!」


 ふふ。


 やっぱり面白い方だ。


 敵の皆様にはお気の毒だけれど、二人で十分という判断は見事に外れたらしい。


「お前ら、戦闘中に談笑すんな!」


 おじ様の怒鳴り声が広間へ響いた。


「わたくしはもう終わりましたもの」


「僕も終わりましたけど、余裕はありません!」


「何で勝ったお前が一番疲れてんだ!」


 領主様まで、エルンの背中から恐る恐る顔を出して倒れた二人を見ている。


「……お前、本当に商人なのか?」


「領主さんまで言わないでください!」


 賑やかな方々ですこと。


 広間を見回せば、さっきまでいた黒いローブはもう全員床の上だった。こちらへ来た三人も、エルンへ向かった二人も、最初の五人も誰一人立っていない。


 残った敵はセドリックだけ。


 ようやく、余計な方々がいなくなった。


「……認めましょう」


 セドリックが静かに剣を下ろした。


「あら。何を?」


「剣技も、読み合いも、近距離での技量も、あなたが上です。部下を交えても結果は変わらない。少なくとも、この姿のままでは、私はあなたに勝てない」


「賢明ですこと」


 思ったよりずっと素直だ。


 満足そうに顎を少し上げると、セドリックがこちらを見たまま数秒黙った。


「驚かないのですね」


「何に?」


「普通は、多少なりとも謙遜するものかと」


「なぜ?」


 今度は本当に言葉を失ったらしい。


 上だと言われて、その通りだと思っただけだ。わざわざ違うと言う方が失礼でしょう。


「最初から申し上げてもよかったのですけれど」


「それでは私が納得しなかったでしょう」


「でしょうね」


 だから実際に確かめていただいた。


 その方がお互いに話が早い。


 けれど、セドリックは負けを認めたわりに降参するつもりはないらしい。剣を下ろしたままこちらを見据え、むしろここからだとでも言いたげだった。


「ですが、それはあくまで、この姿のままであればという話です」


 その声が少し低くなる。


 昼間から感じていた引っかかりが、ようやく答えを見せてくれるらしい。


「先ほど、人より長く生き、人より強い者がいると申し上げましたね」


「ええ」


「私も、そちら側なのですよ」


 セドリックの指先がゆっくりと変わり始めた。


 爪が硬く伸び、手そのものが大きくなる。肩も服を内側から押し上げるように持ち上がり、その奥から骨が軋むような嫌な音まで聞こえてきた。


 後ろで領主様が息を呑み、そのままエルンの背中へ半分ほど隠れる。おじ様もさすがに口を閉じ、無意識なのか片手が頭へ伸びて、カツラの位置だけはしっかり確かめていた。


 エルンだけは何も言わず、眉を寄せながら変わっていくセドリックを見ている。


 普通なら、ここで少しくらい怖がるものなのかもしれない。


 けれど、わたくしにはもっと大事なことがあった。


 人ではない。


 そして、今より強くなる。


 つまり――まだ続きがある。


 それだけ分かれば十分だ。


 剣を握り直し、一歩前へ出る。


「ふふ」


 自然と笑みが深くなった。


「ようやく本番ですの?」

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