第15話 賞金首と行商人と汚職監察官
どうしてこうなった。
《ボルク商店》の奥にある小さな卓を囲んでいるのは、俺、赤のダリア、緑髪の行商人エルン、それから店主のボルク。
どう見ても国家監察官が開く会議の顔ぶれではない。
賞金首と、行商人と、町の商店主。
王都でこんな報告書を出したら、中身を読む前に担当者が頭を抱えるだろう。もっとも、今一番頭を抱えたいのは俺だ。
「それで」
腕を組んだボルクが、卓の向こうから俺たちを見回した。
「なんで俺の店で、こんな物騒な話をすることになってんだ?」
「俺も聞きたい」
「ガストンさんがついてきたからですよ」
エルンが即座に返した。
さっきまで命懸けで走り回っていたとは思えないほど正確に責任の所在を突いてくる。
「俺だって好きで来たんじゃねえ。殺されかけてたんだぞ」
「だからって僕についてこなくてもよかったじゃないですか」
「一人で路地裏に残れってのか?」
「……その言い方、ずるいですよね」
眉を寄せたまま、それ以上は言ってこない。
やはりこいつ、押すところさえ間違えなければ弱い。
「結果的に皆様揃ったのですから、よろしいではありませんの」
横ではダリアが、出された茶を両手で包みながら上機嫌に微笑んでいる。
「お前はいいよな。襲われたばっかりとは思えねえくらい機嫌がいい」
「ええ。今日はなかなか面白い一日でしたわ」
こっちは寿命が縮んだというのに。
人生はもう少し公平であるべきだと思う。
「で、何が起きてる」
ボルクが話を戻した。
「さっきから聞いてりゃ、領主だの軍用品だの、しまいにゃ殺されかけただの。順番に話せ」
「そうする」
俺は今日の確認中に控えておいた品目と数字を書いた紙を、卓の上へ広げた。
「まず、ヴァルターが税をごまかしてる。そこはほぼ黒だ」
「そんなもん、町の連中は前から知ってるぞ」
「町の噂と、役所で立証できる不正は別物だ」
紙を指先で叩くと、ボルクは「役人は面倒だな」と鼻を鳴らした。
面倒だから俺たちがいるんだ。
まあ、その面倒を適当にやり過ごしてきた結果、今の俺はもっと面倒なことになっているが。
「ただ、ヴァルターの脱税だけならまだよかった」
「よくはないと思いますけど」
エルンが小声で挟む。
「俺にとっては、だ!」
「そういう意味でしたか……」
若いくせに、いちいち正論を置いていくな。
俺は咳払いを一つした。
「問題はその先だ。昨夜、領主館の様子を少し探った」
「少し?」
エルンが首を傾げる。
横からダリアが、茶の縁越しに楽しそうな目を向けてきた。
「おじ様。盗み聞きとおっしゃった方が分かりやすいですわよ」
「言い方!」
「違いますの?」
「……違わねえけど、もっと役人的な言い方があるだろ」
「盗聴?」
「悪化した!」
ボルクが額を押さえ、エルンはますます怪しいものを見る顔になった。
国家監察官という肩書きが、卓の上でじわじわ値崩れしている気がする。
「とにかくだ。そこで聞いた話が妙だった」
俺は声を落とした。
「ヴァルターとセドリックが、今日の東倉庫の視察について話してた。見せるのは備蓄と街道補修用の資材。帳簿の方は『整えてある』とな」
「それだけなら」
エルンが少し考える。
「領主さんの不正を隠すためってことですか?」
「俺も最初はそう思った。多少数字をごまかして、俺に見せたいもんだけ見せる。そこまでは想定内だった」
「想定内なんですのね」
「地方監察を何だと思ってる」
「厚意をいただくお仕事?」
「誰が教えた!」
ダリアが楽しそうにカップへ口をつける。
絶対分かって言っている。
「問題はヴァルターがいなくなったあとだ。セドリックが知らねえ男と話し始めた」
俺が続けると、エルンの表情から笑いが消えた。
「知らない人?」
「ああ。領主の衛兵とは別の連中を、今日の倉庫で作業員に紛れ込ませるよう指示してた。それと、俺が余計なものを見た場合は――」
一度言葉を切る。
「『その時は私が判断します』だとよ」
ボルクの眉が寄った。
エルンも嫌そうな顔をする。
「……それ、かなり物騒じゃないですか?」
「だから護衛を雇った」
「それでわたくしですのね」
ダリアが嬉しそうに胸を張る。
「そこだけ聞くと正しい人選なんだよな……」
性格まで含めると話が変わる。
「で、今朝は予定どおり東倉庫を視察した」
「そこでも盗み――」
「視察だ!」
先回りして潰す。
エルンが口を閉じた。目だけが全然納得していない。
「東倉庫で、王国軍の管理印が入った木箱を見た。管理番号まで振られた軍用品だ。だが倉庫の記録には一切載ってねえ」
ボルクの顔が変わった。
さすがに、これは町の脱税話とは重さが違うと分かったらしい。
エルンも少し身を乗り出す。
「地方の倉庫に軍の物があること自体は、問題ないんですよね?」
「正式な移送ならな。記録なしで領主の倉庫に転がってるのは話が別だ。盗品か横流しか、どっちにしても監察官が見なかったことにはできねえ」
「それだけではありませんわ」
それまで茶を飲んでいたダリアが、静かにカップを卓へ置いた。
「倉庫にいた方の腕に、黒い印が浮かんでいましたの」
「黒い印?」
エルンが眉を寄せた。
何か思い当たったように視線が少し下がる。
「……それ、今日市場で見た人の腕にも、似たようなものがありました」
「何?」
今度は俺が身を乗り出した。
「一瞬だったので、ちゃんとは見てません。袖がずれた時に、手首へ黒い線が見えて。輪みたいな形だったと思います」
「輪?」
「はい。すぐ隠れちゃったので、それ以上は」
ダリアの目が細くなる。
「わたくしが見たものは、輪を三つほど切ったような形に、縦長の目が一つ。その中央にありましたわ」
エルンが少し考え、ゆっくり頷いた。
「……似てる気がします」
「その方々、どちらに?」
「市場で革を買ってました。三人です。油を積んだ荷車も引いてました」
「なるほど」
ダリアが口元へ指を添える。
「では、やはり同じお仲間かもしれませんわね。さっき、わたくしたちを襲ってきた方々にも同じ印がありましたもの」
俺も頷いた。
「その日の夕方、領主館を出たあと、今度は俺たちが五人に囲まれた。最初は普通の格好だったが、襲ってきた時に同じ印が出やがった」
エルンの眉がじわりと下がる。
「……そのうち二人が、さっきガストンさんを追いかけてきた人たちですか?」
「そういうことだ」
「先にそれ言ってくださいよ!」
「今言ってるだろ!」
「僕、ガストンさん個人に恨みがある人たちだと思ってましたよ!」
「国家監察官が五人に追われてんのを個人的な恨みで片づけるな!」
「ガストンさんなら、いても不思議じゃない気がして」
「どういう意味だ!」
何か言い返そうとしたところで、ボルクが卓を指で二度叩いた。
「喧嘩はあとにしろ。軍用品に、その黒い印の連中か。それがセドリックとどう繋がる?」
「そこだ」
今のところ、繋がっているように見える。
だが、見えるだけだ。
「盗み――」
「視察中の情報だ!」
エルンを睨む。
「まだ何も言ってません」
「顔が言ってた」
嫌な若者だ。
「ともかく、昨夜セドリックは怪しい連中を倉庫に紛れ込ませる指示を出してた。今朝、その東倉庫には記録にない軍用品と、襲ってきた連中と同じ印を持つ奴がいた。で、その日の夕方、領主館を出たところを同じ印を持つ五人に襲われた」
「そして」
エルンが少し考え込んでから口を開いた。
「今日、市場でも妙な買い方してましたよ」
「何?」
「保存食を扱ってる店で、昨日の夕方に大口の注文が入ったって聞きました。干し肉とか豆とか塩漬けとか、あるだけ欲しいって。注文を回してきたのは、セドリックさんのところの人たちらしいです」
「保存食か」
「それから、あとで薬屋の前を通った時に、包帯もまとめて持っていかれたって。そっちもセドリックさんの注文でした」
ボルクが眉を寄せる。
「保存食に包帯……」
「あと、さっき言った三人です。油を積んだ荷車を引いて、革屋で丈夫な革をあるだけ欲しいって言ってました」
「それもセドリックの注文か?」
「そこまでは分かりません。でも革屋さんが『昨日も随分持ってっただろ』って言ってました」
「昨日も?」
「はい。それでも足りないって」
俺は黙って卓の紙へ視線を落とした。
昨夜の盗み聞き。
帳簿にない軍用品。
倉庫で見た黒い印。
同じ印を持つ襲撃者。
セドリック名義で集められている保存食と包帯。
そして、似た印を持つ連中が集めている油と革。
どこまでが一本の線かは、まだ分からない。
だが、偶然で押し通すには少々数が多すぎる。
「……あいつ、何かやってやがるな」
「セドリックさんが?」
「何をやってるかまでは分からん。だが、『領主様の指示通り真面目に働いてるだけの側近です』って線は、もう捨てていい」
ヴァルターが全部承知でやらせているのか。
それとも、あの馬鹿領主の目を盗んでセドリックが別のことまで進めているのか。
そこもまだ分からない。
分からないことが多すぎて腹が立つ。
「……待てよ」
卓の紙を引き寄せ、控えてきた数字を追う。
「ヴァルターが脱税で浮かせた金、その一部がこっちへ回ってる可能性もあるな」
「こっち?」
エルンが卓へ身を寄せる。
「倉庫と物資だ。帳簿の上じゃ領地の備蓄や経費に見せかけて、実際には別のところへ金や物を流してる。その金で保存食や油、革なんかを買ってるなら、市場の大量購入とも繋がる」
「でも、それって領主様がセドリックさんに渡してるってことですか?」
「それも分からん。ヴァルターが承知で出してるのか、セドリックが経費に紛れ込ませて抜いてるのか。だから証拠が要る」
「ずいぶん大きなお話になってきましたわね」
ダリアだけは心底楽しそうだ。
「嬉しそうに言うな。俺は小さな不正を見つけて、適当に報告して帰る予定だったんだぞ」
「予定というものは変わるものですわ」
「変わりすぎなんだよ」
予定では、地方領主の不正を少し突いて、王都へ戻るはずだった。
今はどうだ。
軍用品が消え、怪しい印の連中がうろつき、領主の側近まで別口で動いている。
予定表があったら破り捨てたい。
エルンが紙へ顔を近づけた。
「……この保存食、本当にこの量なら安すぎますね」
「何?」
「まとめ買いで多少は下がりますけど、この値段じゃ合わないです。数量か金額、どっちかをごまかしてると思いますよ」
指差した先を見る。
監察官として見れば、数ある不自然な支出の一つだった。だが実際に品物を売買している人間には、数字だけで別の違和感が見えるらしい。
「お前、こういうの分かるのか」
「商人ですから」
エルンが少しだけ胸を張った。
そうだった。
逃げ足がおかしく、人を平手で一回転半させるせいで忘れかけていたが、こいつは行商人だ。
品物も値段も分かる。帳面も読める。足も速い。ついでに妙に頑丈そうだ。
……かなり使えるじゃねえか。
俺が値踏みするように眺めていると、何かを察したらしい。
エルンが椅子ごと、じり、と後ろへ下がった。
「何ですか、その顔」
「お前も来い」
「嫌です」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「言われる前に分かりました! 今日だけで何回巻き込まれたと思ってるんですか!」
もっともだったので、そこはいったん無視する。
「それにな、俺はもうヴァルターから金を受け取ってる」
ボルクが眉を上げた。
エルンは、椅子を引いたまま露骨に嫌そうな顔になる。
「……賄賂ですか?」
「厚意だ」
「領主様からお金を?」
「厚意だ」
「それを普通は賄賂って――」
「厚意だ!」
三度言えば真実になるわけではない。
俺も分かっている。
分かっているが、認めたら負けだ。
ダリアが口元を手で隠している。笑ってやがるな。
「いいか。このまま俺が何も見なかったことにして王都へ戻って、そのあと軍用品の横流しだの何だのが発覚してみろ」
紙を閉じるように折り、エルンを指差す。
「現地まで監察に来て、領主から金まで受け取った俺が『知りませんでした』で済むと思うか?」
エルンが少し考える。
そして、とても申し訳なさそうに口を開いた。
「……共犯?」
「そう見えるだろうが!」
言わせておいて腹が立つ。
このまま帰って事件が表沙汰になれば、まず職を失う。共犯を疑われれば牢屋。それで済まなければ、首まで飛びかねない。
しかも最後だけは比喩じゃない。
無意識に頭へ手をやりかけ、途中で止めた。
今は髪より首の心配をするべきだ。
「じゃあ、王都へ報告すればいいんじゃないですか?」
「その前に殺される」
真顔で返すと、エルンも口を閉じた。
「今日実際にやられかけたんだぞ。証拠もろくにないままヴァルターやセドリックを正面から問い詰めてみろ。王都から人が来る前に『監察官殿は不幸な事故に遭われました』で終わりだ」
「……ありそうですね」
「少しは否定しろよ」
「さっき路地裏で追われてましたし」
腹が立つほど正しい。
「つまり」
ボルクが腕を組み直した。
「逃げて帰ってもまずい。今すぐ表で騒いでも危ない。だから先に証拠を取る、と」
「そういうことだ」
「東倉庫の軍用品じゃ駄目なんですか?」
エルンが首を傾げる。
「現物なんですよね?」
「証拠にはなる。だが、今夜狙うなら後回しだ」
「どうして?」
「まず、でかい」
「……はい?」
「俺たち三人で倉庫ごと王都へ持って帰れるか?」
「無理ですね」
「木箱一つ抱えて逃げたところで、『知らなかった』『誰かが勝手に置いた』でヴァルターは逃げられる。何より、俺が軍用品を見たことは向こうも分かってる。今頃もう別の場所へ移し始めててもおかしくねえ」
東倉庫そのものを押さえるには、人手がいる。
今のこちらには、賞金首と商人と俺しかいない。
数えるたびに頭が痛くなる。
「だから先に紙だ」
卓の上の控えを指で叩く。
「金がどこから出て、何に使われ、どこへ流れたのか。そこが取れれば話が変わる」
「裏帳簿?」
「それか、それに近いもんだ」
今日確認した帳面は、監察官に見せるため綺麗に整えられている。
本物の金の流れがこれだけ綺麗なはずがない。
「それで、証拠って何を狙うんです?」
「まずヴァルターだ」
エルンが目を瞬いた。
「そのセドリックさんの方は調べなくていいんですか?」
「調べたいさ」
むしろ、今一番怪しいのはあいつだ。
「だが、あいつについて分かってるのは『かなり怪しい』ってことだけだ。何をやってるのかも、証拠をどこに置いてるのかも分からねえ」
「でも軍用品も、物資も……」
「繋がってる可能性は高い。だからって今夜領主館へ入って、都合よく『セドリック秘密計画』なんて帳面が机の上に置いてあると思うか?」
「そんな名前で置いてあったら親切ですわね」
ダリアがくすりと笑った。
「置いてあったら俺だって楽なんだよ」
俺は控えの紙を軽く持ち上げる。
「その点、ヴァルターの脱税はほぼ確実だ。今日見た数字だけでも怪しい。表向きの帳簿とは別に、本当の金の動きを残したものがあるはずだ」
「まず、確実に捕まえられる方から?」
「そういうことだ」
エルンがようやく納得したように頷いた。
「ヴァルターを落とせば、領主として好き勝手に命令するのも止められる。衛兵も倉庫も館も、今よりずっと調べやすくなる。正体も分からねえ大物をいきなり釣るより、まず針に掛かってる奴から引き上げる」
「セドリックさんの証拠まで見つかったら?」
「大当たりだ。持って帰る。ただし深追いはしねえ」
今夜の最低目標は一つ。
「ヴァルターの裏帳簿だ」
言葉にすると、ようやくやるべきことが一本に絞れた気がした。
「どこを探すんです?」
「領主館。税の元帳、仕入れ、支払い、それと裏帳簿。でかい金を動かして、紙まで全部綺麗に消すのは難しい」
しかも、相手は俺が余計なものを見たともう知っている。
時間はない。
「今夜行く」
「今夜!?」
エルンの目が大きくなった。
「明日まで待って帳簿が残ってる保証がどこにある。俺を襲った時点で向こうも焦ってる。証拠を燃やすなり、軍用品を移すなりされる前に動くしかねえ」
ボルクも渋い顔で頷く。
「それはそうかもしれんな」
「でも、領主館に忍び込むんですよね?」
エルンの顔がみるみる曇った。
「僕、商人なんですけど」
「知ってる。だから連れていく」
「その前半と後半、繋がってませんよね?」
「俺が書類を見る横で、品物と値段を見ろ。今みたいに変なところがあったら教える。それ以上は何もしなくていい」
エルンは疑わしそうに目を細めた。
「本当に見るだけですよ?」
「ああ。見るだけだ」
「今朝も『倉庫を見るだけ』だったような気がしますけれど」
横からダリアが楽しそうに口を挟んだ。
エルンの手が即座に椅子の背へ掛かる。
「やっぱり帰ります」
「ダリア! 余計なこと言うな! エルンも座れ!」
「だって事実ですもの」
「今は事実が邪魔なんだよ!」
どうにかエルンを座らせる。
逃がすものか。
「今回はちゃんと得もある。お前を監察の臨時補助にしてやる」
「臨時補助?」
「ああ。昨日の騒ぎで衛兵に追われてるんだろ? 俺の監察に協力してる人間なら、領主の衛兵が勝手に捕まえるわけにはいかねえ」
エルンの動きが止まった。
「……それ、先にやってくれません?」
「今思いついた」
「やっぱりこの人、本当に監察官なのかな……」
「聞こえてるぞ」
「エルン」
ボルクが静かに呼んだ。
振り返ったエルンへ、店主は腕を組んだまま真面目な顔を向ける。
「俺も行けとは言わん。ただ、今日お前まであいつらに顔を見られたんだろ。何も分からんまま町を出て、後ろから追われる方が厄介かもしれんぞ」
エルンの口が閉じる。
「それに、監察官殿が本当に衛兵の件を止められるなら、今よりはましだ」
「本当に、は余計だ」
援護なのか疑っているのか分からない。
だが効いたらしい。
エルンはしばらく眉を寄せていたが、やがて肩を落として大きく息を吐いた。
「……品物と値段を見るだけですからね」
「それでいい」
「危なくなったら帰りますよ」
「俺も逃げるから安心しろ」
「そこは全然安心できません」
贅沢な奴だ。
とりあえず一人確保。
俺は隣へ顔を向けた。
「ダリア」
「はい」
待っていましたとばかりに、ダリアが背筋を伸ばした。
「お前は護衛だ。今夜は勝手に暴れるなよ」
「残念ですわ」
「残念がるな!」
頬をぷくりと膨らませる。
見た目だけなら、ちょっと不満そうな令嬢だ。
中身は今日、黒い印の連中を三人相手に楽しそうに斬り合っていた賞金首だが。
「忍び込む以上、見つからねえのが一番なんだ。分かったな?」
「ええ。見つかるまでは大人しくしていますわ」
「後半が不穏なんだよ!」
「先のことは分かりませんもの」
こいつを護衛に選んだのは間違いだったかもしれない。
だが強さだけなら、これ以上ない。
世の中、便利なものにはだいたい欠点がついている。
「証拠を押さえたら、次は表でヴァルターを追い詰める」
俺は卓を囲む三人を見回した。
「脱税の裏帳簿を突きつけりゃ、少なくとも領主は言い逃れできねえ。そこまで行けば町の衛兵だって事情が変わる」
「衛兵が領主さんを捕まえてくれるんですか?」
「全員がヴァルターと心中するほど忠義者だと思うか?」
エルンは少し考えて、首を横へ振った。
「思いません」
「だろ。今は領主の命令だから俺たちを追ってるだけだ。国への脱税まで証拠付きで突きつけられて、それでも一緒に捕まる馬鹿ばかりじゃねえ」
まともな奴なら手を引く。
もっとまともなら、捕縛に協力する。
「領主の私兵じゃねえんだ。町を守る衛兵なら、誰を守るべきかくらい分かるだろ」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
ずいぶん役人らしい台詞が出たものだ。
誰か褒めてもいい。
誰も褒めなかった。
「そこでヴァルターを押さえる。領主館と倉庫をこっちで調べられるようになれば、セドリックが何をやってるのかも追いやすくなる」
「そこでまだ抵抗する方がいたら――」
ダリアの顔がぱっと明るくなった。
「わたくしの出番ですわね」
「そこだけはお前が一番信用できる」
「あら。ようやく分かってくださったのね」
「褒めてるようで褒めてねえからな」
「わたくしには褒め言葉ですわ」
そうだろうな。
「ヴァルターを押さえ、倉庫を調べる。セドリックの件は、そこで取れるだけ取る。それから王都か隣領へ正式に知らせて兵を呼ぶ。そこまで行けば、あとは俺たちが全部やる必要はねえ」
俺が領主を縛って王都まで引きずっていく必要もない。
得体の知れない連中を最後の一人まで追い回す必要もない。
まず確実に取れる証拠を取る。
ヴァルターを落とす。
衛兵をこちら側へ引き戻す。
そのうえで倉庫を押さえ、セドリックの尻尾を掴む。
これが一番ましだ。
そして何より――。
俺がちゃんと不正を見つけ、危険を顧みず調査を続けた証明になる。
うまくいけば共犯どころか功績だ。
左遷まがいの地方監察から一転。
悪徳領主の大規模不正を暴き、その裏で動いていた怪事件まで掘り当てた国家監察官。
……悪くない。
いや、かなりいい。
「……なんか急に嬉しそうですね」
エルンがじっとこちらを見ていた。
「気のせいだ」
「口元、上がってますよ」
慌てて真顔に戻す。
「役人はいろいろ考えるんだよ」
「自分のことばっかりじゃありません?」
「お前、どうでもいいところで鋭いな!」
ダリアが楽しそうに笑い、ボルクは深々とため息をついた。
「とにかくだ」
俺は椅子から立ち上がり、改めて三人を見た。
「今夜、領主館へ入る。狙うのはヴァルターの裏帳簿。セドリックの証拠が見つかれば拾う。ただし、そっちは深追いしねえ。まず確実に領主を落とすぞ」
「僕、まだ完全には納得してないんですけど……」
「もう諦めろ」
「押し切っただけですよね?」
「結果は同じだ」
「全然違いますよ!」
ダリアが声を立てて笑い、ボルクはとうとう額を押さえた。
ひどい面子だ。
賞金首に、行商人に、汚職監察官。
しかも今からやることは、夜の領主館への忍び込み。
王都へ報告したら、担当者は中身を読む前に倒れるかもしれない。
だが、逃げても詰む。
証拠もなく表で騒いでも詰む。
だったら確実に落とせる奴から落として、足場ごとひっくり返すしかない。
無意識に頭へ手をやり、そっと位置を確かめる。
よし。
髪も首も、今のところはついている。
今夜が終わったあとも、そうであることを祈ろう。




