第13話 少し遊んで差し上げます
五人。
つい先ほどまで町のどこにでもいそうな作業着や薄手の上着を身につけていた方々が、今では揃いも揃って頭から足元まで真っ黒。深いフードに口元を覆う布。その手には、先ほど抜いた剣や短刀まで握られている。
どうやってあの格好を普段着の下へ全部収めていたのかは、やはり少し気になりますわね。
でも、それより――。
「お、おい」
隣から、おじ様の押し殺した声がした。
「なんですの?」
「こいつら、俺を見てないか?」
言われて五人へ目を向けると、その視線のほとんどが、わたくしを通り越しておじ様へ注がれていた。
「見ていますわね」
「やっぱり!?」
おじ様の肩が大きく跳ねる。
当然でしょう。
消したいのは護衛ではなく、東倉庫で何かを見てしまった監察官なのだから。
「ダリア」
「はい?」
「絶対、俺より前にいろ」
おじ様はわたくしの肩越しから五人を睨みつつ、こっそり半歩だけ後ろへ下がった。
「護衛ですから、そのつもりですわ」
「今だけはその言葉を信じるぞ!」
ずいぶん切実ですこと。
五人が静かに散った。
正面へ二人、左右へ一人ずつ。残った一人は回り込むように位置を変え、おじ様の後ろを塞いでいく。
わたくしを囲むのではない。
最初から狙いは一人。
昨日のお坊ちゃんの護衛たちとは、やはり違いますわね。
そう思った瞬間、右側の男が地面を蹴った。
短剣がこちらではなく、おじ様の胸へ真っ直ぐ伸びる。
「ひっ!」
おじ様の喉から、ずいぶん可愛らしい声が出た。
「させませんわ」
腰の剣を抜く。
黒い鞘の中央を走る深紅の飾り帯が揺れ、花弁を思わせる意匠の銀の鍔が夕日の光を弾いた。
抜きざまに短剣を横から叩く。
鋭い金属音とともに火花が散り、男の腕が外へ流れた。その隙を狙ったように正面の一人が長剣を振り上げ、わたくしの横を抜けようとする。
「うおおっ!?」
「動かないでくださいな」
「無茶言うな! 俺に剣が来てるんだぞ!」
振り下ろされた刃の間へ身体を滑り込ませ、剣を斜めに当てて軌道を逸らす。
長剣が石畳を叩いた。
同時に左から三人目。
こちらもわたくしには目もくれず、おじ様へ向かおうとする。
「どちらへ?」
空いた手で肩口を掴み、走る勢いを利用して強引に引き戻した。
「っ――!」
身体を半回転させ、そのまま長剣の男へ放り投げる。
二人がまとまって石畳を転がった。
「ダリア!」
「なんですの?」
「今のはいいぞ! すごく護衛っぽい!」
「最初から護衛しておりますけれど」
何を今さら。
転がった二人はすぐに起き上がり、残る三人も間合いを詰め直す。
誰も慌てていない。
一人がわたくしを押さえている間に別の一人がおじ様を狙い、それが失敗すればすぐに役割を入れ替える。目的だけは、実に分かりやすい。
「随分と人気者ですのね、おじ様」
「いらん! こんな人気はいらん!」
叫んだ直後、二人が同時に動いた。
一人が正面から剣を振り、もう一人はその陰へ隠れるように低く走る。
わたくしを止めている間に抜けるつもりでしょう。
正面の剣を受け、軽く手首を返して外へ流す。そのまま足を横へ出すと、駆け抜けようとした男の足首へ綺麗に引っかかった。
「ぐっ!」
男が勢いのまま前へ転がる。
「ですから、そちらは駄目ですわ」
「お前、今そいつ見てなかったよな!?」
「気配くらい分かりますもの」
「分かるのかよ!」
足元の男が身体を捻ったので、軽く跳んで離れる。
その間にも、別の一人がおじ様へ駆け出した。
本当にしつこい。
振り向きざまに剣の柄を突き出し、男の手首を打ち上げる。
武器が跳ねる。
そのまま懐へ入り、空いた手で胸元を押し返した。
黒ローブの身体が数歩よろめく。
「皆様、わたくしにはあまり興味がありませんのね」
少し寂しいですわ。
返事はない。
代わりに少し後ろにいた男が、短く何かを告げた。
四人の動きが止まる。
そして初めて、五人全員の視線がわたくしへ揃った。
「あら」
ようやく気づいたようですわね。
おじ様へ行きたければ、まずわたくしをどうにかしなければならないと。
「遅いですわ」
「何がだ!?」
「こちらの話です」
五人の手や首筋へ、黒い筋が滲み始めた。
三か所が欠けた輪。その中央に、縦に細い瞳。
今朝、倉庫で一瞬だけ見たものと同じ。
黒い紋様が浮かぶにつれ、五人の構えまで変わった。腰が沈み、足の運びから余計な力が抜け、剣を握る手には先ほどまでとは違う張りがある。
なるほど。
見た目だけの印ではないようですわね。
「ダリア」
今度はおじ様が、わたくしのすぐ後ろから囁いた。
「なんですの?」
「なんか強くなってないか?」
「そうみたいですわね」
「なんで嬉しそうなんだよ!」
正面の男が踏み込んだ。
速い。
先ほどまでなら動きを見てからでも十分間に合ったのに、今は踏み出したと思った時にはもう刃が目の前へ届いている。
こちらの剣を合わせる。
返ってきた衝撃も明らかに違った。
先ほどなら簡単に流せた一撃が、今度はずしりと手首へ重さを残す。
「ふふっ」
思わず笑みが深くなった。
速さだけでなく、力まで増していますのね。
「笑うな!」
おじ様の悲鳴が飛んでくる。
「こちらの方がよろしいですわ」
「俺はよろしくねえ!」
右から短刀。
身体をひねってかわすと、左から三人目、さらに背後から四人目が踏み込んでくる。
先ほどより速く、剣戟も重い。そのうえ連携まで崩れていない。
いいですわね。
正面の剣を横へ払い、低く伸びてきた短刀を身体を沈めてかわし、そのまま相手の足元へ鞘を滑らせる。
男は小さく跳んで避けた。
先ほどなら転んでいたでしょうに。
「これなら、もう少し遊べそうですわね」
「遊ぶのか!?」
おじ様は、心底理解できないものを見るような声を上げた。
一人が長剣を振り下ろす。
半歩ずれて避けると、刃が石畳を叩き、小さな破片が弾けた。横から滑り込んできた短刀は剣の腹で軌道を逸らし、そのまま相手の手首へ峰を打ち込む。
武器が跳ね上がる。
空いた胸元へ掌底を入れる。
「ぐっ!」
黒ローブの身体が後ろへ滑った。
それでも倒れない。
先ほどまでなら、もう地面に転がっていたはずですのに。
「いいですわね」
「何がいいんだよ!」
後ろがやかましい。
けれど、その声を聞く余裕くらいはまだある。
五人が今度は一斉に動いた。
前、左右、背後。
もう誰一人、おじ様へ向かおうとはしない。
完全に標的を切り替えたらしい。
わたくしを先に片付ける。
ようやく正しい順番に気づいたようですわ。
「でしたら――」
剣を握り直す。
「もう少し遊んで差し上げます」
一人目の剣を流し、二人目の短刀を紙一重でかわす。三人目の蹴りを柄で打ち上げ、背後へ回った四人目には振り向きざまに空いた肘を叩き込んだ。
五人目が真正面から剣を押し込んでくる。
重い。
ですが、それだけ。
「力比べがお好きですの?」
刃を合わせたまま、ほんの少し腕へ力を込める。
相手の剣がじわりと押し返され、フードの奥の目がわずかに見開かれた。
「でしたら、もう少し頑張ってくださいな」
一気に弾く。
男の腕が大きく跳ね上がった。
そこへ柄頭を胸へ叩き込むと、息の詰まる音とともに数歩後ろへ下がる。
他の四人がすぐに穴を埋めた。
よく訓練されている。
黒い印で身体能力が上がっても力任せにはならず、その増した速さや力まで含めて使い慣れているように見える。
面白い。
もう少し見てみたい。
返事の代わりに三方向から刃が迫る。一本を身をひねってかわし、もう一本を剣で弾き、その勢いのまま相手の懐へ踏み込んだ。
肩口へ刃を浅く走らせる。
黒い布が裂け、その下に細い赤が滲んだ。
「ぐっ……!」
男が顔を歪める。
深くはない。
まだ動ける。
「今のは、少し遅かったですわね」
左右からさらに二人。
片方の剣を受け流し、もう片方の腕を空いた手で掴んで引き寄せる。その身体を盾にするように位置を入れ替えると、仲間の剣が寸前で止まった。
「仲間思いなのは結構ですけれど」
掴んでいた男を押し返す。
「その分、隙ができますわよ」
踏み込もうとした、その時だった。
「おじ様、先ほどよりずっと――」
何気なく横を見る。
「……あら?」
いない。
さっきまで、すぐ後ろにいたはずなのに。
「おじ様?」
本当にいない。
いつの間に?
周囲を探そうとした瞬間、左右から二本の剣が迫った。
「もう」
仕方なくそちらへ向き直り、一本を弾き、もう一本は身体を反らしてかわす。
そのわずかな間に、黒ローブの一人が大きく後ろへ跳んだ。
もう一人も続く。
逃げる?
違う。
二人とも、おじ様の消えた方角へ顔を向けていた。
「あ」
そのまま走り出す。
「そちらは――」
追おうと踏み込む。
だが残った三人が、一斉に前へ出て道を塞いだ。
「なるほど」
二人でおじ様を追い、三人でわたくしを止める。
ずいぶん判断がお早いこと。
「退いていただけません?」
もちろん返事はない。
三人は互いの間隔を狭め、剣を構え直した。
ならば仕方ありませんわね。
わたくしは小さく息を吐き、剣先をわずかに下げた。
「では、少し急ぎましょうか」
三人が同時に来る。
先ほどまでと同じ連携。
けれど、もう動きは見た。
正面の剣を斜めに流し、左の男が振り抜く前に手首を峰で打つ。右から来た男には一歩踏み込み、肩口へ空いた拳を叩き込んだ。
一人が大きくよろめく。
その隙に正面へさらに踏み込む。
一撃目で剣を外へ弾き、返す刃を肩口へ浅く走らせた。
黒布が裂れ、赤い飛沫がほんの少し石畳へ散る。
「ぐっ……!」
それでも男は下がらない。
残る二人がすぐに両脇へ入った。
しつこい方々。
「まだ続けますの?」
三人がほんの一瞬だけ視線を交わした。
その次の動きは速かった。
一人が懐から小さな筒を取り出し、石畳へ叩きつける。
白い煙が一気に膨れ上がった。
「また、そういうものを」
袖で口元を覆い、そのまま煙の中へ踏み込む。
剣を振る。
手応えはない。
三つの足音が、それぞれ別の方向へ遠ざかっていく。
追えなくはない。
けれど今は、そちらではない。
煙が薄くなるのを待たず、耳を澄ませた。
遠くから聞こえる。
ばたばたと、ずいぶん必死な足音が一つ。
その後ろを追う、もっと静かで速い足音が二つ。
「…………」
煙が流れていく。
三人の黒ローブは、もうどこにもいない。
当然、おじ様もいない。
残っているのは、石畳に落ちたわずかな血と戦いの跡だけだった。
「これは、よろしくありませんわね」
護衛対象が逃げた。
しかも、二人ほどおまけを連れて。
あれだけ「俺より前にいろ」と頼んでおきながら、どうして護衛される側というのは、こちらがほんの少し目を離しただけで勝手なことをなさるのでしょう。
わたくしは剣を鞘へ戻す。
黒い鞘へ刃が収まり、深紅の飾り帯が小さく揺れた。
「困ったおじ様ですこと」
遠くで、何かに躓いたような音と、聞き覚えのある悲鳴がした。
まだ無事らしい。
なら、急ぎましょう。
わたくしは音のした方角へ身体を向け、そのまま地面を蹴った。
今度は遊んでいる場合ではありませんわね。




