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翔~舞台メンバーの紹介談(表舞台には居ないヒーロー達 改訂版 )  作者: 龍冶


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第5話 陽炎の意外な正体

 


 初夏の午前八時、ベッドに射す朝の日差しで、すかっり汗ばんでしまった翔は、うとうとしながら何か耳障りな音がするのに気が付いて目が覚めた。

 同時に母の美奈に、

「さっきから何度も電話が鳴りっぱなしじゃあないの、うるさくてかなわないわ。早く出なさいよ」

 と、起こされた。

「うわっ、遅刻だ。何で起こさないんだよう。連休なんかくれるわけ無いだろう」

 驚いた翔は、スマホに出ずにそのまま切ってしまい、慌てて飛び起きた。

「昨日遅くお帰りのようだから、お休みかと思ったのよ。出なくて良かったの」

「目覚ましと間違えちまった。でも、どうせチーフの怒鳴り声だよ」

 と言いながら昨日着ていたスーツは破れている処を発見し、別の出勤用の服を探して着がえ、二階から慌てて降りてくると、リラは既に起きており、

「それでよく、クビにならないわねえ」

 と、感心していた。昨日と言うより今日と言える午前三時ごろ一緒に帰ってきておいて、もう自発的に起きてお茶などしている。翔はリラを見て、この点だけを見てもUSBBの警察は良い人材を一人失ったのじゃあないかと思えた。

 リラの相手などする間はなかったので、翔は尚も慌ててガレージに行った。リラの横には彼女の弟たちがいた。チラッと見ただけだが、翔を見る目つきが何だか尊敬の色があるように見えた。顔に「すごい」という字が書いてあるような感じだった。おそらく昨日は帰りがかなり遅かったので誤解をしているようだ。説明したかったがそんな時間ももちろん無い。

 だが、ガレージには車は無かった。

「しまった。川田のやつ、自分ちに乗って帰ったな。でもそれなら迎えに来てくれても良さそうなものだが、変だな」

 と、ぶつぶつ独り言を言っていると、後ろから広永和夫が話しかけてきた。

「翔君、リラの事、引き受けてくれてありがとう。あれは、母親に早くに死なれて、何も躾けておらんので、何もわからんやつだけど、親のわたしが言うのも何だが、心根だけは良い子でね。宜しく頼む。少し話したい事があるんだが、良いかね」

 誤解したのはリラの弟だけではなかったようだ。恐らく家で帰りを待っていた両家の皆共々、とんでもない誤解をしていると思えた。どうやら今朝、翔本人が何も言っていないうちに話は確定してしまっているらしい。仕事に出ようにも車は無し。さっきの電話は川田だったかもしれないと思いながら、出勤についてはすっかり諦めた翔は、義理の父親になるかもしれない彼の話を今は聞くしかないと思った。

「はあ」

 翔は、リラとは結構共通の話題で話しも出来そうだし、今の段階で自分を気に入ってくれた人がいると言う事は希少価値があるに違いないと思えた。そこでまだ会って一日のリラと思い切って婚約をしてしまおうかとも思った。人生思い切りが肝心だ。誰かがそう言っていなかったかな。しかし誤解は解いておかなければ、とも思えた。

「あのう一寸一言説明させて頂きますと、昨日は僕の友人の店で飲んでいて、リラさんと一寸話が弾みすぎて、あんな時間になってしまったんです。で、店からタクシーで帰ってきたんです。いえ、別にリラさんのことが嫌だと言っている訳ではないです。これからお付き合いをさせていただきたいとは思っています。はい」」

「ああそうですか」

 和夫は、翔たちの昨日の帰りの時間の事は一向に気にしていないようなそぶりだった。言い訳っぽくてかえってまずかったかなと、翔は思った。気まずい状況は尚も続いた。

「まあまあ、立ち話もなんだからコーヒーでもお飲みなさいな」

 美奈が上機嫌でコーヒーを持ってきた。

 やれやれと応接間に行き、コーヒーを飲みだした途端、

「翔君、こんな時になんだが、昨日の、ほれ二人の決闘というかやり合いというかを見ていてねえ」

 広永和夫は急に痛点に触れてきた。この親父、見かけに寄らず性格悪いのかなと翔は思ったが、和夫は翔の狼狽も気にせず、ニコニコと話を続けた。

「君も知っていようが例の奥義、今生きている者で習得できている者は誰もいない。だが熊蔵爺さんが奥義の真髄をしたためてある巻物を探しに行っているんだ。その現物をわたしは若いころ兄や父親や、熊蔵爺さんやらと一緒に見た事がある。紅一族の道場を取り崩す事になった時にね。一族代々の道場だったが、その頃すでに私達の忍びの一族の流派は廃れてしまっていたな。父親は一家を養うのに苦労して居ったようだった。そんな時、その道場のある辺りをモノレールの建設で国が買い上げてくれる事になった。道場を潰すとなるといよいよお終いだったが、背に腹は変えられずだ。話が舞い込んできた時は皆喜んだよ。そこは広永家代々の山だったんだが、かなりまとまった金額で売れたと思う。私達の父親はそれを紅一族の再興に使うと言っていたが、所詮夢物語さ。その時私は親父と一緒にその道場の取り崩しに立ち会ったんだ。そして道場の押し込みを片付けていると、奥からその巻物は埃にまみれて見つかったんだが、誰もそういう巻物の事は聞いた事がなかった。見かけは桐の箱に入ってそれらしくはあった。だが開けてみると書いてある事が妙だった。『己の敵を愛せ』と書いてあったのだよ」

「それって、なんか聞いた事ありますよ」

「西洋のK教の神が言った言葉のひとつ、『汝の敵を愛せよ』の事だろう。君の聞いた事があるのは」

「そうそう、それです」

「私たちも、西洋にはその頃は行った事はなかったが、そのくらいの知識はあった。で、私も皆もこれは偽者だと思ったよ、外箱は大そう重々しかったが、箱に比べて中の巻物は一寸新しすぎるようにも思えたしね。きっと誰かが本物を盗んで、偽の巻物に一寸しゃれっ気を出してこの言葉を書いたんだと思った」

「そんな感じですよね」

「それで私の親父はその時、捨てようとしたようだが、熊蔵爺さんはそれを拾っていて、親類の支流の流派の男に、本家の真髄をしたためた巻物だといって売りつけたんだ。」

「それは、偽の巻物売りつけ詐欺事件として僕も聞いています。そのお金で誰かと駆け落ちしたんでしょう」

「ああ、知っていたかね。あの頃熊蔵爺さんはまとまったお金が欲しかったらしくて。山を売った金を欲しがったが父が渡さなかったので、喧嘩していたのを記憶している。だからああいう事を思いついたんだろうね。売りつけられた方も、中を見て偽者だと思ったんだろう。親父の所に金を返せと言ってきたが、親父は取り合わなかったよ。ははは。だけどね、昨日の君達を見ていて私は気が付いたんだよ。あれはどうやら本物の巻物だったとね」

「そりゃまたどうして、それとこれとは何の関係も無いような気がしますけど」

 翔は朝っぱらから妙な話をし始めた義理の父親になるかもしれない人を見ながら、何だか頭痛がしてきた。頭痛は二日酔いのためではないと思った。

「いやいや、大有りだよ。お前たちの昨日のやり合いはね、奥義の習得まで後一歩の所まで行ったと見た」

「まさかあ、あれがですか」

「そうだよ、君は自覚していなかったかもしれないが、二人とも、急所を打っておきながら、決めの最後の一瞬を躊躇していた。もちろん決めてしまうほどの技量はリラには無いのだが、それでもリラは一歩前で止めていたよ。闘気を止めていたし、急所の突き様も抑えていた。というのも、君が理由もわからず仕掛けてきていた。それに太刀打ちしなければならないが君に危害を加えたくない。君も例の犯人と間違えてはいても危害を加える気は無い。お互い敵を愛していると言うわけだ」

「ふうん、でもいつも練習の時はそういう感じだったような気がするけど」

「何時もやっていた事だと言うかもしれないが、練習と実戦では気構えが全然違うし技の切れも鋭くなってくる、実戦でこそ習得できる技かもしれない」

「と言う事は昔の奥義を習得した人って言うのは、練習のときもマジ切れだったってことか」

「はは、昔はそれが生業だったからね。とにかく奥儀がだんだん見当がついてきた事だし、私は家に帰って、息子たちと研究してみる事にするよ。私たちは今日の飛行機で帰る。思いついたら、何だか居ても立っても居られなくなってね。熊蔵爺さんは少し前に気が付いていたようだ。あの巻物にはうそ臭いあの一言の後にも何か書いてあったようだから、あれさえ見つかれば何とかなるような気もするんだがね」

 そういうことで、広永一家はリラを残して帰ることになったのだが、翔は和夫の言ったことを後で考えてみると、奥儀がそういうことであったとしたら、忍びの技としては役に立たないような気がした。昔は相手を殺して何ぼの生業だったはずだから。と言う訳で、翔は何だか心に引っかかる物があった。しかし重要な事を感付いてもすぐ忘れてしまうのが、翔の特技でもあった。その引っかかりは直ぐに忘れた。

 川田からスマホに電話がかかってきたのは、正午前の、丁度翔が朝昼ご飯のつもりで一人カップラーメンを食べている時だった。他の皆は広永一家の見送りに行っていた。

「いやあ、翔、悪かったな、お前を迎えに行かなきゃならん事をころっと忘れて、一人で出勤しちまって。ごめん」

「よく忘れられるものだな。誰の車で行ったんだよ」

「もちろんお前のだよ。俺のはこの間の捕り物で廃車になったじゃあないか、忘れたのか。ずっと自転車を愛用していたんだけど、やっぱ車はいいなあ、すっかり快適な通勤を思い出したよ」

「それは良かったね。で、俺の車だって事は思い出さなかったのかよ」

「ああ、ごめん。乗るときは解ってたんだけどついつい、右折し損ねて、お前の家に行く時のあの右折の信号、結構混むだろ、うっかり通り過ぎちまって」

 翔はムッとして言った。

「ふん、どうせ遅刻すれすれで俺を見捨てて行ったんだろ」

「違う違う、署についてから、駐車場でUターンしようとしたら、チーフが窓から覗いたまま、『お前ら、ATM泥棒を捕まえに行け、すぐそこの和泉町のコンビにだ』って叫ぶから言われたとおりにしたんだ。お前も一緒と思っているはずだよ。後で午前中は捜索しますって連絡しといた。だからお前が来てないとはばれていないよ。今から迎えに行く」

 どうだかなあ、チーフは感だけはいいからな、と翔は思った。

 署に午後から行ってみると、案の定チーフ元山幸太郎は、にたりと笑って翔を出迎えた。

「やあ、桂木君。元気そうで何よりだ。君に少し相談事があってね、私の部屋に来たまえ」

 そう言ってそのまま部屋に行きかけたが、急にくるっと振り返り、

「ところで桂木君」

 これは、コロンボの真似だな。へたくさい。と翔は思った。

「おっほん、今朝は良く眠れたようだねえ。私が何度電話しても出てくれなかったし。最後は切られたから、私ももう電話は止す事にしたよ、ははははは」

 しまった、また履歴を見るのを忘れた、というよりいやなものを見たくないという防御本能だっただろうか。こうなったら、翔は家に居る時は電源を切っておこうと決心した。

 とぼとぼと、チーフの部屋に行き、こっぴどく叱られるものと覚悟していると、話は違っていた。

「桂木君、例の陽炎がねえ、君に話しがあるって言うんだよ。あいつあれでも起訴されるのは初めてだろ、弁護士を通して、保釈を申請してきたんだ。その件でお前に言いたい事があるらしい。なんでかわからんが。お前、今から特別室に行って来い。やれやれ、せっかく捕まえたのに」

「なんでですかねえ、分りました」

 署の最上階に陽炎を捕らえてある部屋はあった。その階には今は誰もいない。というのもなまじっか見張りを置くと、見張り役が陽炎に例の変な薬を嗅がされて逃がすかもしれないからである。いやな予感を感じながら、翔は部屋の前まで来た。

 陽炎用の特別室は、鍵を開けるのに暗証番号を入れなくてはならなかった。所長の、ややこしいのは直ぐに開けられなくて困ると言う意見で、各自の署員番号になっていた。そしてその中に普通の鉄格子で囲まれた部屋があった。翔は開けながら、これって絶対破られると思った。中に入ると、陽炎はこの部屋の窓から見えているフライドチキン店のチキンとコーラを飲んでいた。

「やっぱり」

 翔はがっくりした。だから言わないこっちゃ無い。

「ああ、心配しなくていいよ、逃げる気は無い。旨そうに人が食っているのを見て、俺も食いたくなっただけだ。お前の名前と署員番号を言って付けにしておいた。給料日になったら請求しに来るだろう。ご馳走さん」

 陽炎は、フライドチキンの紙袋の中に入っていた、お手拭で口をぬぐうと、当然のことのように、食べた後の生ごみを翔に渡した。

「ばれない様に店に戻した方がいいだろうよ。ここに捨てるとお前の仲間は食い意地が張っているから、誰が食ったか考えるだろ」

「食い意地がはって無くても気が付くさ」

 翔は腹が立ったがゴミを持って、誰かに会ったらどうしようとハラハラ思いながら非常口を出た。

「何でこんなことしなきゃならないんだよ」

 思わず口走って、非常口のドアの方を振り返ったが、ここまで来たからには、捨てに行くしかなかった。そうして、

「何で、俺はやつの言う事を聞くんだよ」

 捨てた後、地団太を二、三度踏み、気を取り直して部屋に戻った。

 翔は部屋に戻ると、鉄格子越しに陽炎を見ながら、この鉄格子も意味が無いようだなと思い、一人で会っているのが少し不安になってきた。ここで逃がしてしまっては、夏のボーナスはこの間もらった明細金額どおりには貰えないような気がしてくる。しかしあの額ぎりぎりで来週からの夏の休暇旅行を予約してしまっているのだ。それに、もしかしたら成り行きで、連れは川田ではなくリラになるかもしれない。いや、たぶんそうなるに違いない。そうなるとリラの費用は誰が払うのか、俺か?無理だ。今からキャンセルしても大丈夫かなあ。

「なにか、悩み事でもあるのか。俺でよかったら、聞いてやってもいいぞ」

 陽炎に言われてはっと気が付いた翔は、

「何言ってるんだ、お前が俺に用があるんだろ、早く言えよ」

「ああそうだな、お前の悩みは話が済んでから聞いてやるよ。まあそこに座れ」

 完全に陽炎のペースになったまま、翔は、置いてある椅子に座って、話を聞くことにした。どうせろくな話じゃないだろうな。翔の予感は的中もしたし、また予想外でもあった。

「話と言うのは他でもない。俺の保釈金だが、お前に払ってもらうしかないだろうな」

 あまりの一言に翔は卒倒しそうになった。

「ふざけるな、何処にそんな金があると思うんだ。と言うより、何で俺が払わなけりゃならないんだ」

「しょうがないだろう、俺だって持っていないんだから。だけど弁護士の話だと、俺はただの泥棒だから百万位でいいらしいぞ。それに心配しなくても保釈金は後で返してもらえる」

「うるさい、うるさい、うるさい。俺が払う謂れはない」

「あはは、それが大有りなんだよ。聞いて驚くな。いや、たぶんお前は今の銭の話よりも驚くぞ」

「何を面白がっているんだ。ふざけているんならもう帰る」

 翔は嫌になって部屋を出ようとすると、陽炎は後から言った。

「実は俺、広永熊蔵の息子なんだ」

「ひぇー、冗談言うな」


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