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世界最強の俺を、幼馴染が全力で落ちこぼれにしてくる件  作者: 浪留
第一章:辺境の村

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第二話「村に吹く風も、嘘をつくのが下手だった。」

 その日の夕方、村の入口が少し騒がしくなった。


 馬車の音がした。荷物を下ろす声がした。知らない大人たちの話し声が、夕暮れの道を渡ってくる。

 小さな村では、それだけで事件になる。誰かが来ればすぐ噂になるし、誰かが出ていけば三日は話題になる。世界の大きな出来事はここまで届かないのに、小さな出来事だけはやけに大きく響く。


 父さんは村の方を一瞥した。

「新しい住人か」

「珍しいね」

「そうだな」


 何でもない声だった。けれど、その目は少し鋭くなっていた。

 父さんは、新しく来る人間に対していつも少しだけ警戒する。この村での父さんは、昔話好きの父親だ。でも、こういう時だけ別の顔になる。何かを見張り、何かを避けようとする人間の顔。

 その顔を見るたびに、僕は少しだけ落ち着かなくなる。


―――


 翌日。

 父さんが警戒していた馬車の正体を、僕は知ることになる。


 僕は一人で森の近くへ向かった。別に用があったわけではない。家にいると、父さんに今日も普通じゃない薪の件でまた何か言われそうだったから、少し外に出ただけだ。


 村の外れには、小さな川と古い木がある。子どもたちはあまりここまでは来ない。森に近いからだ。

 夕方の森は、昼間とは違う顔をしている。木々の影は長く、風の音は深い。枝の間から差す光は細く、川面に赤く揺れている。昼の森が遊び場なら、夕方の森は少しだけよそよそしい。入ってきてもいいけれど、奥までは来るな、と言われているような気がする。


 僕は古い木の根元に座り、足元の石を拾った

 指で弾く。石は空中を飛び、少し離れた木の実に当たった。こつん、と音がして、木の実が落ちる。


「よし」


 もう一つ拾う。今度は少し遠い枝の先を狙って、普通に投げる。

 ただ、当てたいと思う。

 石は飛んでいく。途中で風に押されたように、ほんの少し軌道を変えた。そして、狙った枝に当たる。

 木の実が落ちた。僕はそれを拾い上げ、しばらく眺める。


「……普通だよね」

 自分で言って、少し虚しくなった。


 父さんはすぐ変だと言う。でも、僕からすると普通にやっただけだ。石を投げる。当てたいところに当てる。それの何がおかしいんだろう。普通にしているつもりなのに、結果だけが普通から外れていく。僕にはそれが、うまく飲み込めなかった。


 そんな時だった。

「あんた、友達いないの?」

 背後から声がした。


 僕は振り返る。そこに、見たことのない女の子が立っていた。

 栗色の髪を後ろで結んでいる。夕日のせいで、その髪は森の葉より少し赤く見えた。琥珀色の目は、遠慮というものを知らないみたいに、まっすぐ僕を見ている。

 初対面の人間に向ける目ではなかった。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。


「初対面でそんなこと聞く?」

「だって、いなさそうだったから」

「失礼さが増したね」

「当たってる?」


 僕は少し考えた。

 友達。多いか少ないかで言えば、間違いなく少ない。村の子どもたちと話さないわけではない。でも、父さんに言われていることがあるから、あまり一緒に遊ばないようにしていた。

 走っても、投げても、登っても、何かの拍子に変なことが起こる。それを毎回ごまかすのは、正直面倒だった。


「……まあ、多い方ではないかな」

「じゃあ当たってるじゃない」

 その女の子は、なぜか少し得意げだった。


「君は、新しく村に来た子?」

「そう。アイリス」

「僕はアレン」

「知ってる」

「村の人が言ってた。銀髪のおじさんの息子で、赤い目の子だって」

「父さんの説明、銀髪のおじさんなの?」

「昔話が長いおじさんとも言ってた」

「そっちの方が合ってる」


 アイリスは僕の足元を見た。落ちた木の実。転がった石。そして、さっき石が当たった枝。

「今の、あんたが落としたの?」

「まあ」

「どうやって?」

「普通に投げた」


 アイリスは足元の石を拾い、同じ枝を狙って投げた。石は全然違う方向へ飛んでいき、草むらに落ちる。

 少しの沈黙。


「……今のは練習」

「何も言ってないよ」

「顔に出てる」

「出してない」

「出てる」

 この子、よく喋るな。


 アイリスはもう一度石を拾ったが、今度は投げなかった。代わりに、じっと僕を見る。

「ねえ。もう一回やって」

「何で?」

「見たいから」

「見世物じゃないんだけど」

「いいから」

 何なんだろう、この子。


 そう思いながらも、僕は石を拾った。まあ、一回くらいならいいか。

 目の前の少女は、知らない相手なのに妙に距離が近い。だけど、その強引さが不思議と不快ではなかった。むしろ、僕が一人で作っていた見えない壁を、勝手に超えてくるみたいだった。


 狙うのは、さっきより少し遠い枝。ただ投げる。余計なことはしない。父さんに怒られるようなことは、何もしていない。

 石は指先を離れ、夕暮れの空気を裂いて飛んでいった。

 まっすぐ。そう見えたのは、ほんの一瞬だけだった。

 次の瞬間、石は風に押されたみたいに軌道を変えた。いや、風なんて吹いていなかった。少なくとも、石をあんなふうに曲げるほどの風は。

 石は枝に当たり、木の実が落ちた。こつん、と小さな音がして、それきり森が黙った。

 アイリスは何も言わなかった。僕も何も言えなかった。

 やばい。

 頭の奥で、父さんの声が響く。―人前ではやるな。

 いや、今のは違う。ただ石を投げただけだ。魔法を使ったわけでも、何かを壊したわけでもない。少し風が手伝っただけだ。たぶん。きっと。できればそういうことにしたい。


 アイリスが、ゆっくり僕を見た。

「今の、何?」

「……風じゃないかな」

「風って、石を曲げて的に当てるの?」

「この村の風は器用なんだ」

「嘘が下手」


 即答だった。

 僕は視線を逸らした。


「たまたまだよ」

「たまたま二回?」

 さっきのも見られていたのか…。


「……この村では、よくある」

「ないと思う」


 アイリスは一歩も引かなかった。代わりに、僕の方へ一歩近づいてくる。

 琥珀色の瞳が、まっすぐ僕を見ていた。怒っているわけではない。怖がっているわけでもない。ただ、知りたがっている顔だった。


「アレンって、変なの?」

「初対面で聞くことじゃないね」

「じゃあ、普通なの?」

「……普通だよ」

「間があった」

「普通って難しいでしょ」


 僕がそう言うと、アイリスは少し笑った。

「変なの」

「結論早いな」

「でも、悪い感じはしない」


 その言葉に、少しだけ胸の奥が軽くなった。

 変だと言われるのは、初めてじゃない。父さんにもよく言われる。けれど、アイリスの「変」は、父さんのとは少し違った。

 怖がっているわけでもない。避けているわけでもない。ただ、見たものをそのまま言っている。それが、少しだけ悪くなかった。


 アイリスは落ちた木の実を拾った。

「これ、食べられる?」

「渋いよ」

「じゃあいらない」

「拾ったのに?」

「拾っただけ」


 アイリスは木の実を僕に渡してきた。僕は何となく受け取る。

 彼女は森の奥を見た。


「ねえ、案内して」

「どこを?」

「村の周り。今日来たばっかりで、まだ何も知らないの」

「僕に頼むの?」

「他に頼める子いないし」


 それに、とアイリスは続けた。

「あんた友達いないからちょうどいいでしょ」

「どういう理屈?」


 アイリスはもう歩き出していた。僕がついていく前提の歩き方だった。


「ほら、早く」

「勝手だな」

「嫌ならいいけど?」


 そう言いながら、アイリスは振り返る。その顔は、嫌なら本当に置いていくと言っているようで、でも少しだけ僕が来るのを待っているようにも見えた。


 僕はため息をついた。

「分かったよ。案内する」

「最初からそう言えばいいのに」

「君、たぶん友達多いでしょ」

「何で?」

「強引だから」

「褒めてる?」

「半分くらい」

「じゃあ半分は?」

「迷惑」

 アイリスは笑った。その笑い方が、妙に自然だった。


 僕は彼女の隣に並ぶ。森の入口から、村の方を一度振り返った。家の方には父さんがいる。きっと今頃、揃いすぎた薪を見ながら、またため息をついている。

 人前ではやるな。見つかると面倒なことがある。

 父さんの言葉が、まだ頭の中に残っていた。でも、アイリスは僕を見ても逃げなかった。怖がらなかった。ただ、変だと言った。それが少しだけ、悪くなかった。


「アレン」

「何?」

「さっきの石投げ、もう一回見せて」

「見せない」

「何で?」

「風の機嫌が悪い」

「やっぱり嘘が下手」

「うるさいな」

 アイリスはまた笑った。


 その時の僕は、まだ知らなかったんだ。

 この少女が、僕の秘密を最初に知ることになるなんて。そして、僕が何かをするたびに、誰より早く、誰より必死にそれを隠そうとすることになるなんて。


 この時の僕は、まだ“何ひとつ”知らなかったんだ。



 ただ、夕暮れの森が影を深くするその手前で、名前を知ったばかりの少女と肩を並べていた。

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