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世界最強の俺を、幼馴染が全力で落ちこぼれにしてくる件  作者: 浪留
第四章:白冠杯

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第二十六話「白冠杯の終わりは、少年にその先を見せた。」

 白冠杯の一日目は、思っていたよりも長かった。


 朝に始まったはずなのに、試合場の白い石は夕方になっても熱を持っている。旗はまだ風に鳴り、記録官たちは羽根ペンを休ませる暇もなさそうだった。


 部門によって参加人数は違う。けれど、一日目に行われるのは、どの部門も二回戦までだった。

 勝った名前も、負けた名前も、次々と記録板に置かれていく。


 ―白冠杯とは、勝者のためだけのものではない。

 けれど、実際に見ていると、その意味は思ったより重かった。誰かの名前が呼ばれるたび、その隣に何かが置かれる。

 勝利。敗退。判定。継続不能。要改善。優。秀。可。不可。

 白い紙の上に、名前と結果が並んでいく。


 そして、第七課程の名前も、そこに混じり始めていた。


―――


 シオンは、二回戦も勝った。


 相手は一回戦より明らかに剣に慣れた生徒だった。踏み込みは鋭く、間合いの取り方も慎重で、少なくとも俺なら最初の三合で困る。


 けれど、シオンは困っていなかった。

「封印が軋むな」


「軋んでるのは相手の剣だと思うぞ」

 俺がそう言う間にも、シオンの木剣は静かに相手の手首へ届いていた。


 速いのではない。乱暴でもない。剣が、相手の動く先に先回りしている。


「有効。シオン・エルレイン」

 一つ目。


 ほどなくして、二つ目。


「有効。勝者、シオン・エルレイン」

 三つ目。


 試合後、記録官が紙に書く。


 剣術部門二回戦―勝利。

 打突精度―高。

 間合い判断―秀。

 魔術使用―確認されず。


 シオンはその最後の一文を見て、満足そうに頷いた。

「よし。封印は完璧だ」


 違う。

でも、勝っているから誰も強く言えなかった。


―――


 一方、ノアは、二回戦で負けた。


 戻ってきたノアは、コルちゃんを抱えたまま、いつも通りの顔で言った。

「負けました」


「試合、終わるの早くないか?」


「タルちゃんが、一回戦でとても怖がったので、今回はお休みです」


「ルミちゃんは?」


「光りすぎて疲れました」


「コルちゃんは?」


「応援係です」


 コルちゃんは、ノアの腕の中で「きゅ」と鳴いた。

 妙に誇らしげだった。


「てことは、召喚は?」


「していません」


「召喚士なのに?」


「召喚士なので」

 ノアは、少しだけ胸を張った。


「無理はさせません」


 その言い方があまりに自然だったので、俺は何も言えなくなった。

 勝つために召喚獣を使うのが召喚士なら、使わない判断をするのも召喚士なのかもしれない。


 記録板には、こう書かれていた。


 ノア・アニマ

 魔術部門二回戦―敗退。

 召喚術使用―なし。

 召喚獣保護意識―高。

 競技適性―要検討。


「要検討です」

 ノアはそれを見て頷いた。


「コルちゃん、検討されています」


 コルちゃんは「きゅ」と鳴いた。

 検討の意味は、たぶん分かっていない。


―――


 戦術部門では、エリオが二回戦まで進んでいた。


 盤面の上では、相変わらず駒の動きが妙に鋭い。

 逃げ道を塞ぎ、相手の選択肢を削り、最後には一番薄くなった場所を突く。


 ただし、本人はそれをすべてこう呼んだ。

「正面突破だ」


「今の、明らかに側面から行ってなかったか?」


「側面から正面へ行った」


「正面の範囲が広すぎる」


「勝てば正面だ」


 もう意味が分からない。

 でも勝っていた。


 エリオ・クローデル

 戦術部門二回戦―勝利。

 戦術構築―秀。

 局面把握―優。

 表現―要改善。


 エリオは記録を見て、少しだけ不満そうだった。

「表現は正確だったはずだ」


「そこが要改善なんだと思う」


―――


 総合部門では、ヴァイスグランとクレアが勝ち進んでいた。


 ヴァイスグランの試合は、遠くからでも分かる。

 白い防壁が広がり、剣が迷わず通り、術式が正確に解かれる。勝つべき者が、勝つべき形で勝っている。

 歓声は、自然に彼の名へ集まっていった。


 クレアの試合は、少し違っていた。

 派手ではない。けれど、彼女は相手の術式線を読み、紋章の補助式を断ち、剣を盾のように使って隙を埋める。


 ヴァイスグラン。

 エルノート。


 二つの名前は、それぞれ違う光で、総合部門の記録板を上がっていった。


―――


 二日目の朝、白い丘はまた騒がしかった。


 剣術部門は三回戦と四回戦、戦術部門と総合部門は準決勝まで進む。


 俺の三回戦は、午前の早い時間だった。


 フィーネは俺の手首を確認しながら、淡々と言った。

「疲労蓄積。肩、手首、足首に負荷。ついでに勝者の顔が下手です」


「最後は関係あるか?」


「精神面の所見です」


「治療に入れないでほしい」


「あなたの場合、必要です」


 フィーネは俺の手首を離し、少しだけ真面目な顔になる。

「次の相手は、今までより強いです。正確には、あなたの粗さを見逃してくれない相手です」


「知ってる」


「なら、無茶はしないでください」


「それも知ってる」


「知っていることと、できることは違います」


 それは、本当にそうだった。


 試合場へ向かう途中、アイリスが隣に並んだ。

「痛かったら言って」


「言ったらどうなる?」


「怒る」


「治すんじゃなくて?」


「それはフィーネの仕事」


「じゃあ、言わない方がいいな」


「言わなくても怒るけどね」


 理不尽だった。

 でも、少しだけ落ち着いた。


「アレン」


「何?」


「……剣で、行くんでしょ」


「ああ」


 アイリスはそれ以上、何も言わなかった。

 隠したいとも、止めたいとも言わない。ただ、見ている。

 それが分かった。


―――


「剣術部門、三回戦。アレン・ノーツ」


 名前が呼ばれる。


 試合場に立っていた相手は、二年生の女子生徒だった。

 第三寮の剣術上位者。

 名は、レイナ・クラウゼル。


 背は高くない。

 けれど、木剣を持つ姿に隙がなかった。

 力んでいない。構えすぎてもいない。ただ、そこに立っている。


「一回戦と二回戦、見たわ」


 レイナは静かに言った。


「見えている。けれど、見えてから動いている」


 それだけで、胸の奥が少し冷えた。


 言われたことは分かる。

 分かるから、痛い。


 審判が手を上げた。


「始め」


 レイナが動いた。


 速くはない。

 そう思った。


 次の瞬間、俺の手首に木剣が触れていた。


「有効。レイナ・クラウゼル」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 速くなかった。

 なのに、間に合わなかった。


 レイナは距離を取り、もう一度構える。


「見えているなら、見える前に動く相手には遅れる」


「難しいことを言う」


「剣では普通のことよ」


 普通。

 その言葉が、やけに重かった。


 二合目。

 俺は足を見る。

 肩を見る。

 剣先だけを見るな。


 レイナの踏み込みは小さい。

 けれど、その小ささが厄介だった。

 大きく動かないから、答えが出る前に剣が来る。


 俺は半歩外へ出る。

 その出口に、もう木剣が置かれていた。


「有効。レイナ・クラウゼル」


 二つ目。


 早い。

 いや、違う。

 早いのではなく、俺が遅い。


 呼吸を整える。

 奥の方で、いつもの感覚が揺れた。


 止めればいい。

 そうすれば、きっと間に合う。


 レイナの踏み込みも、剣も、この一瞬も。


 でも、それはしない。

 ここまで来た俺の剣を、自分で消すことになるから。


 勝ちたい。

 けれど、剣で負けないために剣ではないものを使ったら、俺はまた自分の名前から遠ざかる。


 だから、止めない。


 俺は木剣を握り直す。


 見えてからでは遅い。

 なら、見える前の何を見る。


 足―

 膝―

 腰―

 肩―

 剣―


 いや、その手前。

 呼吸―


 レイナが息を吸うより少し前、肩の力が抜けた。


 来る。


 俺は半歩外へ出なかった。

 内へ入る。

 怖い。

 近い。


 レイナの木剣が俺の肩を狙う。

 俺はその根元へ、自分の木剣を置いた。


 シオンの剣の真似にもならない。

 ただの欠片。

 けれど、その欠片が、ほんの少しだけ間に合った。


 レイナの剣筋がずれる。

 俺の木剣が、彼女の手首へ返る。


「有効。アレン・ノーツ」


 観覧席が少し沸いた。


 レイナは、初めて小さく笑った。

「今のは、良かった」


「ありがとう」


「だから、次は通さない」


「そういう褒め方、流行ってるのか?」


「剣術部門では普通よ」


 剣術部門の普通は、あまり優しくない。

 そこからが遠かった。


 レイナは、俺の呼吸を見るようになった。

 俺が動き出す前に、足場を消す。

 受け流そうとする前に、剣の角度を変える。

 半歩を作る前に、間合いを詰める。


 俺は見ている。

 見えている。


 でも、届かない。


 木剣が肩を打った。


「有効。レイナ・クラウゼル」

 三つ目。


 審判の声が、はっきり響く。


「勝者、レイナ・クラウゼル」

 終わった。


 俺は倒れてはいなかった。

 膝もついていない。

 ただ、立ったまま負けていた。


 悔しい。

 普通に、悔しい。


 レイナは木剣を下ろし、礼をした。

「あなたの剣は、まだ途中ね」


「知ってる」


「でも、途中の剣にしては、嫌なところまで来た」


「それ、褒めてる?」

「少し」


「残りは?」


「次に当たりたくない」


 レイナはそう言って、手を差し出した。

 俺はその手を握る。


 手のひらは、少し熱かった。

 やっぱり、普通の試合の後の、普通の熱だった。


―――


 試合場を下りると、アイリスが待っていた。

「痛い?」


「痛い」


「悔しい?」


「悔しい」


「……そっか」


 いつもなら、ここで何かを言われたと思う。

 落ちこぼれらしい負け方だったね、とか。要観察剣士らしく観察されてたね、とか。

 でも、アイリスは何も言わなかった。

 隠すものがなかったからだ。


 俺は剣で負けた。

 それだけだった。


 フィーネが俺の肩を見る。

「打撲。筋疲労。精神的損傷は自己申告制です」


「じゃあ、かなりある」


「では、座ってください」


「治せるのか?」


「聞くことはできます」


「優しいようで治療じゃないな」


 その時、ヴァイスグランが近づいてきた。

 総合部門の試合前なのか、白い制服はまだ乱れていない。


「記録されたね」


「負けたけどな」


「うん。だから、記録された」

 彼は静かに言った。


「君が選んだ部門で、君が振った剣で、君が届かなかったという記録だ」

 その言葉は、悔しいのに、なぜか少しだけ胸に落ちた。


 記録板には、簡潔に書かれていた。


 剣術部門―三回戦

 アレン・ノーツ―敗退。


 痛かった。

 悔しかった。

 けれど、不思議と目を逸らしたくはならなかった。


 そこに書かれているのは、俺だった。

 俺が選んだ部門で、俺が振った剣で、俺が届かなかったという記録だった。


 負けた。

 でも、不明ではなかった。


―――


 その日の午後、総合部門の準決勝で、クレアが敗れた。


 彼女は最後まで崩れなかった。

 紋章を読み、術式を断ち、守るべき場所に剣を置いた。

 けれど、勝負どころで一歩、前へ出るのが遅れた。


 相手の術式が、彼女の防御を越えた。


 記録は、総合部門ベスト4。


 敗北の後、クレアはしばらく記録板を見ていた。

 悔しそうだった。けれど、顔を伏せてはいなかった。


 エルノートの名は、過去ではない。

 それは今日、白い紙の上に確かに置かれていた。



 戦術部門では、エリオも準決勝で敗れた。


 途中まで盤面は完璧だったらしい。

 だが、最後の一手を読まれていた。


「正面を読まれた」


「やっぱり正面だったのか」


「次は、読まれない正面を作る必要がある」


「正面から離れるという選択肢は?」


「それは後退だ」


 戦術部門―ベスト4

 戦術構築―秀。

 終盤選択―要改善。

 正面突破傾向―顕著。


 記録官の言葉が、少しだけ疲れて見えた。


―――


 三日目。

 総合部門の決勝で、ヴァイスグランが優勝した。


 白い防壁。迷いのない剣。正確な術式。

 相手の攻勢を受け、崩し、必要な場所へ必要なだけ力を置く。


 勝利の瞬間、歓声は自然と彼の名へ集まった。

 眩しい名前だと思った。彼自身が望んだかどうかとは別に、光が集まる名前。


 けれど、今の俺は、その光を前ほど嫌だとは思わなかった。

 ヴァイスグランは、勝つべき場所で勝った。

 それは、彼のものだ。


 総合部門―優勝

 レオンハルト・ヴァイスグラン。


 その名前と結果は、白い紙の上で、少しもずれていなかった。


―――


 そして四日目。

 剣術部門の決勝に、シオンが立っていた。


 そこまでのシオンは、ほとんど圧倒的だった。

 準決勝でも、相手の剣を静かに外し、必要なところへ木剣を置いて勝った。


 決勝の相手も強かった。

 けれど、シオンの剣はそれでも届いていた。


「有効。シオン・エルレイン」

 あと一つ。


 そう思った時だった。

 シオンの右腕の包帯が、ほどけた。


 ただの布が、風に揺れた。


 シオンの顔色が変わる。

「まずい……封印が……!」


「解けたのは、包帯だけだ!」


 観覧席の誰かが叫んだ。

 たぶん第七課程の誰かだった。


 しかし、シオン本人にとっては一大事だったらしい。

 ほんの一瞬、剣の先が迷った。


 決勝の相手が、その一瞬を逃すはずがなかった。

「有効」


 さらに一合。


「有効。勝者――」

 審判の声が響く。


 シオンは、決勝で敗れた。


 実力で完全に届かなかった、というよりは。

 包帯が解けた。


 記録官はかなり悩んだ末に、こう書いた。


 シオン・エルレイン

 剣術部門―準優勝

 打突精度―秀。

 間合い判断―秀。

 魔術使用―確認されず。

 敗因―装備不備、および集中途切れ。


 シオンは記録を見て、深く頷いた。

「世界は守られた」


「決勝は落としたけどな」


「代償だ」


「包帯の?」


「世界の」


 誰も、それ以上は追及しなかった。

 準優勝は、準優勝だったからだ。


―――


 第百四十六回白冠杯は、そうして終わった。


 優勝した名前。

 敗れた名前。

 途中で届かなかった名前。

 変な記録を残した名前。


 白い紙の上には、たくさんの結果が並んでいた。


 ノア・アニマ

 魔術部門―二回戦敗退

 召喚獣保護意識―高。


 エリオ・クローデル

 戦術部門―ベスト4。

 終盤選択―要改善。


 クレア・エルノート

 総合部門―ベスト4。

 攻勢転換―要改善。


 レオンハルト・ヴァイスグラン

 総合部門―優勝。


 シオン・エルレイン

 剣術部門―準優勝。

 魔術使用―確認されず。


 そして


 アレン・ノーツ

 剣術部門―三回戦敗退。


 俺は、その文字をしばらく見ていた。


 負けた。

 悔しい。

 届かなかった。


 でも、そこにあったのは、微弱でも、不明瞭でも、要観察だけでもなかった。


 剣術部門。

 三回戦。

 敗退。


 それは、俺が剣で立ち、剣で負けた記録だった。


 白冠杯は、俺を英雄にはしなかった。首席候補にも、優勝者にも、特別な誰かにもしてくれなかった。

 けれど、俺の名前の隣に、俺がしたことを少しだけ置いてくれた。


 それだけで、十分だとは思わない。


 でも。


 ここから始めるには、悪くない。


 俺は記録板から目を離し、まだ熱の残る白い試合場を見た。

 次は、もっと先まで行く。

 そう思った時、隣でアイリスが小さく言った。


「……見張ってるから」


「知ってる」


「次も?」


「次も」

 アイリスは少しだけ笑った。


「じゃあ、次はもう少し、剣士らしく負けないでよ」


「負けない方だけでいいだろ」


「そこは要訓練」


「まだそれか」


「まだそれ」

 俺は少し笑った。


 第百四十六回白冠杯。俺は、三回戦で負けた。


 でも、隣に並ぶ文字は、不明ではなかった。

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