プロローグ:第零話「英雄という名の」
英雄とは、何だろう。
誰よりも強い者のことだろうか。
誰よりも多くの人を救った者のことだろうか。
それとも、誰かに救ってほしいと願われた瞬間、その場に立ってしまった者のことだろうか。
幼い頃の俺は、そんなこと考えたこともなかった。
英雄なんて、遠い物語の中にいるものだと思っていた。広場で大人たちが語る昔話や、古い本の挿絵や、祭りの日に掲げられる旗の中にだけ存在する、都合のいい誰か。
剣を振れば魔物が倒れ、手を伸ばせば人々が救われる。
拍手を浴び、花を贈られ、名前を歴史に刻まれる。
そういうものを、たぶん世間では英雄と呼ぶ。
けれど、少し大きくなってから知った。
花束は、時に首輪になる。
称賛は、時に鎖になる。
そして英雄という名は、誰かを救うためだけではなく、誰かを縛るためにも使われる。
それでも。
誰かが泣いていて。
誰かが傷つきそうで。
誰かが、自分の意思ではない物語の中へ押し込められそうになっているのなら。
その時、手を伸ばさずにいることは、きっとできない。
たとえそれで、自分の名前がどこにも残らなかったとしても。
たとえ誰にも、正しく見てもらえなかったとしても。
これは、英雄になるための物語ではない。
誰かが英雄にされなくてもいいように、ただ一人の少年が、自分の力の意味を知っていく物語だ。




