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黒猫の魔導書  作者: 巌沢雪乃
序章 元騎士団長、転生する

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スージーとお出かけ

「行ってきます」


 家族に挨拶をして家を出る。

 創造主の微笑みが大地を優しく照らし、しかし吹く風が徐々に冷えてゆく季節。今日は快晴である。


 今日はスージーと遊ぶ約束をしている。彼女はソニアのひと月後に生まれたようで、同い年であるソニアにかなり懐いているようだ。

 最近は走り込みのルートが決まっていて、毎日のように同行している。更にひと月ほど前から、素振りの時間の一部がスージーとの打ち合いの時間になっていた。


 それはさておき、目的地は町の中央にある広場である。そこには立派な噴水が置いてあり、人々は待ち合わせ場所としてよく利用している。


 ソニアはその混み合った広場で視線を凝らす。目的の人物は案外すぐに見つかった。


 赤みのかかった茶髪が風を浴びてさらさらとなびく。背はソニアと比べてやや高く、最初は年上かと思ったのを覚えている。きらきらと光を反射する瞳と目が合う。


「ソニアー!」


 満面の笑みを浮かべた彼女は、大袈裟に手を振りながら駆け寄って来た。


「お待たせしました」

「ううん、そんなに待ってないよ」


 軽く言葉を交わしつつ向かう先は、町を四つに分断するかのように伸びた大通りのうち北側の部分だ。

 町の北部には貴族街があり、大通りの中央から北にかけて、よく商人が露店を開いている。


 およそ三ヶ月前、ソニアが目覚めた次の日にやって来た商業団体は、今もまだこの町に滞在している。

 一度、両親に連れられこの通りを散策したのだが、異国の品が並ぶ露店は見ててとても楽しいものだった。


「あ!見て見て!」


 ソニアの手を取ったスージーが露店に向かって歩き出す。


「はいはい」


 苦笑しつつ大人しく連れられた先は装飾品を取り扱う露店であった。

 色とりどりの宝石が嵌め込まれたそれらの装飾品は、非常に繊細な細工がされており、とてもではないが平民に向けた商売をしているようには見えなかった。


 商人も二人のことを客だと思っていないのだろう。やや嫌そうな顔をしつつも、何も言わず動向を見つめている。


 人通りが多い通りではあるが、案外盗みを働く輩は割といたりする。商人もしっかりと商品を見張っているのだろう。


「綺麗だねぇ……」

「そうですね。見事な出来です。きっと腕の立つ職人が作ったんでしょうね」

「うんうん、見てよほら!こんなのどうやったら作れるんだろうね?」


 ここに露店を出す商人は、基本的には二種類に分類できる。

 まず一つ、商品を仕入れ、販売する者たち。

 そしてもう一つが、商品を自身で製造して販売する者たちだ。


 この商人、先ほどから二人が商品を褒めるたびに鼻が少しひくついていた。

 おそらくは後者なのであろう。


「これとかソニアに似合いそうだね!」


 スージーが指差したのは、金でできた髪飾りであった。赤い宝石が嵌め込まれたそれは、ソニアが見つけた魔導書を思い出させた。


「とても綺麗です。似合うかは分かりませんが、スージーが言うならそうなのかもしれませんね」


 視界の端に映る商人が若干頷いているのに気付いたが、あいにく購入することはできない。この装飾品ひとつで、肉の串焼きを山のように買えてしまう金額なのである。


 騎士団長であった時期であれば買える金額ではあるが、今は確実に無理だ。


 ソニアは一瞬、魔力視を使用して商品を見た。基本的には魔力の感じられないただの宝石が使用されているが、商人の近くにあるいくつかのものは僅かながら魔力を帯びているのに気付く。


 魔力が帯びている宝石のうちいくつかは魔晶と呼ばれる代物だ。これは空気中の魔力が多い地域で、魔力が長い時間をかけて集まり、結晶化したものだと言われている。

 色や純度にムラがあるが、物によってはとても美しく、装飾として人気がある。


 残りの二つ、これは魔石と呼ばれる結晶が埋め込まれている。よく見ると金属自体も魔力を帯びているようだ。

 魔石は美しいものが多い反面、正しく処理しなければ爆発してしまうという欠点がある。


 これら二つの違いは本来、見てわかる物ではない。

 魔力を見ることのできるソニアだからこそわかることであった。


「次はあっち行こ!」


 興味が移り変わってしまったスージーは、またソニアの手を引き歩き出す。


 もう少し見たかった気持ちはあるが、ソニアが商人に軽く頭を下げると、彼は機嫌の良さそうな顔で軽く手を挙げた。




 次に向かった先は不思議な香りがする料理の屋台であった。


「はいよ、二人前ね!お嬢ちゃんたち可愛いからサービスしとくよ!」


 白く清潔感のある服を着たふくよかなその男性は、ニコニコと笑いながら二人の注文を聞いた。


 異国の香辛料をふんだんに使っているであろうこの料理、注文してから目の前で作るというスタイルであったため、調理過程をじっくり見ることができた。


 まず鶏肉に似た肉を二切れ鉄板に乗せる。上から何種類かの粉末状の香辛料をまぶし、塩を振りかける。あっという間に焼き目がついた肉をひっくり返し、同じようにもう片面にもスパイスと塩をかける。

 蓋を被せ、待つこと少し。すでに不思議ないい香りがしていたのだが、蓋を取り外した瞬間に立ち上る湯気が香りを運び、一気に食欲を刺激した。


 ついでに横の方で小さな肉を焼いているようで、そちらはやはり嗅いだことのない香りのタレをかけて焼いていた。


 焼き上がった肉を金属のヘラでほぐし、味付けのされた豆と葉野菜を混ぜ込む。完成したそれを傍に寄せ、たった今調理をしていた場所に薄いパンを乗せればすぐにこんがりとした焼き目がついた。


 焼けたパンに料理を挟み込み、紙に包む。横で焼いていたタレ付きの肉も同じく紙に包まれる。


 手渡されたのは、そんな料理であった。


「わぁ!ありがとう!」

「ありがとうございます」


 二人はそれぞれ銅貨を二枚ずつ支払い、その場を後にした。


「またおいで!」


 店主は終始笑顔であった。料理中も、「この香辛料はこっちでは採れなくてね」とか「この味に辿り着くまでに20年かかった」とか。とにかく喋り続ける愉快な人物である。


「美味しそうだねぇ」


 店主に負けない笑顔で手元の料理を見るスージーに頷く。


 近場の長椅子に座った二人は、早速購入したばかりの料理に齧り付いた。

 塩と香辛料の効いた肉と、やや甘く調理された豆、そしてみずみずしい葉野菜が口の中で混ざり合い、経験したことのない味わいを感じた。


「ん、おいしい!」


 味がお気に召したようで、スージーは足をパタパタと動かしながら体を揺らした。


 タレのかかった肉もとても美味しかった。ソニアとしては、タレの方が好みに合っていた。もしもう一度あの屋台に行くことがあれば、どこで購入できるのかを聞こうと決意しながら完食した。


 二人はゴミ箱に包み紙を捨てた。この町には至る所にゴミ箱が設置されているため、屋台での買い食いがしやすい。


 なかなかの量があり、すっかり満腹になってしまった二人は、落ち着くまで駄弁って過ごした。


「じゃ、行こっか」


 と、連れられた先は武器屋であった。商品の大半は過剰な装飾を施されたもので、貴族を相手すること前提の品揃えのように見えた。


「かっこいいね!ソニアも冒険者になるならこういう剣がいいんじゃない?」


 そう言って指差したのは明らかに身の丈に合っていない長さの長剣。しかも持ち手にまで派手に飾られたおおよそ実用的とは言えない剣であった。


「いやぁ、これは…というよりまだ冒険者として過ごすとは限りませんからね?」

「えへ」


 何やら含みのある目でソニアを見つめるスージー。なんだか心の底を見透かされたような気になり目を逸らす。

 視線を移した先で、なぜかこちらを見つめていた商人と、ぱちりと目が合ってしまった。

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