魔導書、そして打ち合い
帰宅したソニアは、軽く汗を拭いた後に自分の寝室であの本を開いていた。
本の内容については不明だ。何か文章が書かれているのは分かるのだが、見たことのない言語で書かれたそれを読む術を持ち合わせていない。
一応ルディアにも読めないかと見せてみたところ、「何も書かれていないじゃない」という返答が返ってきた。
ソニアの目には明らかに文字が書かれているが、もう一度確認しても白紙だと言うルディア。まるで冗談を言っている顔ではなかったため、疑問に思いながらも納得することにした。
ゴルドの帰宅後、同じように確認してみたのだが、やはり白紙であると言う。
となると、この本の中身はソニアにしか見えていない可能性がある。
こういった代物、いわゆる魔導書と呼ばれるものがあると、前世で噂には聞いたことがあった。
曰く、読むと魔法が使えるようになる。
曰く、手にするだけで力を得られる。
それらの噂は眉唾物だが、魔力視の師が「事実だ」と言っていたのできっと事実だ。
魔導書というのはとても貴重で高価なものだ。手にするどころか、生涯のうちで目にすることすらないだろう、なんて思っていた代物でもある。
さて、目の前にあるこの魔導書はどこか妙なのだ。魔導書には総じて魔法がかけられており、魔力が多く込められていると聞いたことがある。
前提として、ソニアは魔力を見ることができる。当時の恐怖が蘇るため詳細は省くのだが、前世において【魔力視】という技術を身につけていた。
これは文字通り魔力を可視化する技術で、戦いの場でいち早く魔法の発動を検知し、対応するためのものである。
ソニアが手にしたこの本。魔力を一切感じない。自分の目がおかしいのかと、ルディアに対して魔力視を使用してみたが、彼女の胸元から広がる温かな魔力の流れがしっかりと見えていた。
魔導書には魔力が篭っている。にも関わらず、目の前のこの本に関しては魔力を一切感じられない。
ではこの本は魔導書ではないのか、と言われるとそうではないようだ。
まず、ソニアにしか文字が見えていない時点で、なんらかの魔法がかけられていることがわかる。
そしてなにより、ルディアやゴルドがこの本を持とうとした際に、火花を散らして手が弾かれていた。判断の決め手となったのはこれである。
「っ」
目の奥にズキリ痛みが走る。魔力視は慣れぬうちは長時間の使用ができない。イメージとしては、常に全力で目を凝らしている感覚だ。この肉体で長時間使うにはもうしばらく時間がかかるだろう。
「いてっ!っかぁー!やっぱりうちの娘は天才だ!!」
更に日数が経ち、ソニアがこの肉体になってから三ヶ月ほどが経過していた。
今日はゴルドの休日であったため、いつものごとく打ち合いをお願いしていた。
最近では体力が少しずつ付いたのと、腕の長さや身長にある程度慣れたのもあって、なかなか有意義な打ち合いの時間を過ごしていた。
それはゴルドにとってもそうで、全力とは言わずとも、ある程度本気を出しても反応して受け流し、反撃を繰り出すソニアの相手は、素振りなんて非にならないほど有意義な訓練となっている。
「いやぁ、参った!もしかしたらお父さんなんてすぐに倒せちゃうようになるかもなぁ!」
「ちが……はぁ、はぁ……」
ゴルドは左腕を押さえている。ソニアが振るった木の棒が直撃したのだ。骨は折れずとも、かなりの痛みがあるだろう。
ソニアをべた褒めする彼だが、別に実力で勝ち取った一撃ではなかった。
ゴルドの袈裟斬りがソニアに向かう。下手に当たれば怪我をするだろう一撃を難なく受け流した。バランスが崩れたゴルドの脇腹を狙い、横から払う。
「ふっ!」
当然のようにバックステップで避けられたが、すぐに前へ跳ぶことで距離を詰める。移動の勢いを込めて剣を振るうも、ゴルドは棒で打ち上げるように弾く。
衝撃にソニアの体が少し浮いた。その間にも次の一撃が放たれようとしていた。
「っく……はぁっ!」
姿勢を無理に直そうとせず、後ろに倒れる勢いを利用してバックステップで避け、着地と同時に棒を構え前方に跳躍し……。
「あっ、やべっ」
やけに間の抜けた場違いな声をゴルドは上げた。
彼も追撃をしようとしていたようだ。しかし、彼が踏み込んだ時、履いていたサンダルの紐が切れ、一気に体勢が崩れた。それにより、防がれると思っていた一撃がそのままゴルドの左腕に直撃してしまったのだ。
そして今に至る。
ソニアは息が整うのを待って、ゴルドの褒め言葉を止めようと口を開く。
「あれは事故です。いつもならあんなの当たらないじゃないですか」
しかし、ゴルドは困ったように笑う。
「事故か……でもなぁソニア、思ったより俺は本気だぞ?今はお前が小さく、軽いから対応できている。でも、剣術だけで言えばお前はもう人を殺せる。そうは見えないかもしれないが、お父さん、これでも結構頑張ってるんだ」
「うーん……」
そうは言われても、納得できないなとソニアは唸る。どう考えても、先ほどの一撃はまぐれでしかない。
実力を認められるのはもちろん嬉しいが、できればその時はもう少し後であってほしかった。
そんな思いを察したのかゴルドは朗らかに笑う。
「まぁ、しばらくは勝ちを譲る気なんて全くないけどな!はっはっは!」
「……はい」
今日の打ち合いはこれで終わりだ。




