『豪槍』のロジェルタ
今日は朝早くから家を出る準備をしている。どうやらちょうど今日、新人冒険者に向けた実地講習があるらしい。
銅級の冒険者として認められたからといって、すぐに外での依頼を受けられるわけではない。
町の外は基本的に危険だ。魔物はもちろん、賊も出る。
基本的に、街で住む人々の多くは町の外に出る経験などほぼない。その程度には危険が多いのだ。
そんな、外の世界を知らない人間が安易に踏み込んで生きられる環境ではないのだ。
そのため新人冒険者はまず、ベテランの冒険者の案内のもとで外での歩き方を学ぶ必要がある。
とは言え、戦えるかもわからない新人の面倒を見つつ、外を歩ける程の実力者が暇なわけがない。
冒険者側の都合を見て不定期に開催される講習会、それが都合よくソニアが冒険者になった次の日に開催されるのである。
ベルトを締め、短剣と魔導書を携える。魔導書の使い方はわからないが、何があるかもわからないので一応は持ち歩くつもりだ。
そしてローブを纏い、携帯食や火起こし用の道具が入った鞄を背負った。
靴は履き慣れたもの、服装は動きやすい長袖と長ズボン。行き先は森だと聞いているので、肌の露出は避けた方が良い。
ちなみに、外での歩き方についてはソニアは既に心得ている。前世で遠征をすることが何度もあったためだ。
だからと言って油断するつもりはない。300年も時間が経てば環境など変わっているだろう。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいソニア。気を付けてね」
ルディアと挨拶を交わし、ギルドへと向かう。
扉を潜り、カウンターを見ると昨日と同じ女性らが立っていた。相変わらず、クロの前には列ができていない。
彼女との昨日のやりとりを思い出し、別の列に並ぼうかとも一瞬だけ思ったが、足を止めずに向かった。
「おはようございます」
「……来ましたか。新人にしては早く来ましたね。いい心がけです」
この時点でやはり並ばなくなる人が多いのだろう、ソニアの顔に目を向けたクロは驚いたような表情をしたが、すぐになんでもないかのように喋り出した。
「今日の講習を引き受けてくれたのは、銀等級のロジェルタさんです。優しい方ですがくれぐれも失礼のないように。訓練場にいるので挨拶でもしてきたらいいですよ」
「ロジェルタさん、ですね。わかりました、行ってきます」
「せいぜい道中気を付けることですね」
クロに会釈をして訓練場へと向かう。
広場の中央に男性が立っている。手入れの行き届いた鎧はしっかりと磨かれているようだが、光の反射は鈍い。
これは、集団戦において日光の反射による味方への目潰しを防ぐための加工によるものだ。様々な手段があるが、彼はメッキを施しているように見える。
彼が持つ武器は槍。オーランドが取り扱っていた武器ほどではないが、装飾が多く見られる。
しかし、見る者が見ればその槍がいかに使い込まれているかがわかるだろう。よく研がれた刃は新品同様にも見えるが、研がれていない部分に目を向けると、いくつもの細かな傷が見られる。
「おやおや、そんなに熱烈に見られると困っちゃうな」
彼の槍を観察するのに集中し過ぎたようだ。気付かぬ内に視線がこちらに向いていた。
顔立ちが整っており、短く切られた金髪は整えられている。青い瞳は日の光を浴びてキラキラと光っているように見える。
もしかすると彼は貴族の生まれなのかもしれない、そう思わずにはいられない風貌だった。
「すみません、その、槍がかっこよかったもので……」
何か言わねばとそう言えば、彼は歯を見せニカッと笑った。
「いいのさ!君がソニアちゃんかな?ハギさんから聞いてるよ。ずいぶん試験で頑張ったそうじゃないか」
「えっと……はは」
頑張った。そう、確かに頑張りはしたのだが手も足も出なかった。
「悔しかったかい?」
昨日を思い出し、苦い顔をしたソニアに彼は笑う。
「自己紹介がまだだったね、僕はロジェルタ。等級は銀で、みんなからは『豪槍』と呼ばれているよ」
『豪槍』のロジェルタ。実はソニアも噂には聞いたことがある。
今、最も金等級に近いと言われている人物で、拳で岩を砕けるだとか、この街で最も力が強い男だとか、そんな話を知っている。
目の前にいるロジェルタは非常に体が細い。筋肉は確かにある。一般人と比べると明らかに鍛えられ方が違うと、一目見ればわかる。
しかし、見た目だけで言えば昨日見たハギの肉体の方が鍛えられているように思える。
ソニアは思い出していた、身体強化という単語を。
予想が正しければ、彼は身体強化によって町一番と言われる程の力を手にしているのだろう。
肉体強化の魔法とはどのようなものなのだろうか。自分はこの人を越えることができるのだろうか、そんな考えが表情に出ていたのかロジェルタはおかしそうに笑う。
「ははっ!新人の子たちは大抵、こんなに早く集まらないんだ。じゃあ……手合わせしようか?」
この一言を境に、辺りの空気が一変したように錯覚した。
目の前のロジェルタからは殺気のようなものが放たれているのか、途轍もない威圧感があった。
ただの手合わせだ、分かっていても体がぶるりと震えた。
ソニアは短剣を抜く。怪我をする、そんな心配はきっとしなくてもいい。
言葉はいらなかった。駆け出すソニア。それをロジェルタは迎え撃つ。




