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黒猫の魔導書  作者: 巌沢雪乃
一章 元騎士団長、冒険者になる

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実技試験

「とりあえず、私はクロです。忘れてもいいですが人の名前は覚えておいて損はないです。わかりますよね?見覚えのない顔ですし今日は登録ですか?」


 淡々と言葉を並べる彼女に気圧されつつ、頷く。


「ではこちらに記入をお願いします。文字は書けますか?書けなければ代筆しますが」

「書けます」

「手間が省けて助かります。ではどうぞ」


 手渡されたペンを握り紙を見る。文字に関しては前世とほぼ変わらないので問題なく書ける。

 記入する欄は名前、年齢、使う武器、魔法適正、そして希望の等級とあった。


 順にソニア、15、短剣、光と雷、銅等級。と、記入した。


「ふむ。記入した内容的に理解はしていると思いますが、一応冒険者について説明します。冒険者は等級が石、銅、銀、金、白金と分かれています。石は町の仕事を、銅は町の外での仕事を主にしていただきます。銀等級以降は実績に応じてなれる等級なので今は考えなくていいです。わかりましたか?」

「はい」


 すでに知っていた情報なので頷く。


「石、銅の等級の方は月に三度は依頼を受けてもらいます。もし達成できなければ資格の剥奪をする可能性があるので気をつけてください。ちなみに私は真面目に働けない人は嫌いです」


 最後の一言は必要なのだろうかという疑問はさておき、これも事前に聞いていた情報である。


「以上です。さ、ハギさんが待ってますのでさっさと行ってきてください。終わったらここに戻ってくるんですよ」

「わかりました」


 クロに軽く会釈をし、ハギが入って行った扉へと向かう。そこは壁に囲まれた広場であった。

 訓練場として使われているのか、何組かの冒険者が打ち合いを行なっている。


 広場の中央に、ハギは立っていた。声をかけると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて手を上げる。


「よぉ、待ってたぜぇ。武器はあそこにある物で使えそうなのをテキトーに持ってこい」


 そう言って指差す先には木のテーブルがあり、その上に刃が潰された様々な武器が置いてある。

 ソニアはその中から短剣を一本選び、ハギの前に立つ。


「それでいいんだな。んじゃ始めるか、殺す気でかかって来い!」


 ハギは先程見た時に背負っていた大槌は持っていない。代わりにその手には長剣が握られていた。


 ソニアは地を蹴り駆け出す。ハギは一瞬眉を上げ、腰を少し落とす。

 僅かな時間で肉薄したソニアは、剣を持った腕を引き、一気に突き出す。刃が潰れていたとしても、この一撃が当たれば怪我をするかもしれない。

 しかしハギは余裕そうな表情で長剣を振り下ろすことで、その一撃を弾いた。


 剣を弾かれた衝撃で前のめりになるも、むしろそのまま姿勢を低くし、ハギの背後へと回る。


 フッと息を吸い、跳ねるようにハギの背後へ向かい短剣を振る。だがその一撃も、こちらを向いてすらいないハギは、短剣と体の間に剣を差し込むことでその一撃を難なく防いだ。


「なっ……!」


 驚いたが動きは止めない。弾かれた勢いをそのまま利用し体を回転、遠心力を利用して剣を振るうも、振り向きざまに振られた長剣により弾かれる。


「んじゃ、俺からも攻撃するから防げよ!」


 大きくのけ反っていたソニアの横腹に向け、鋭い一撃が飛んできた。


「う、ぐぅ!?」


 咄嗟に短剣を両手で持ち防ぐことに成功したが、かなりの距離を吹っ飛ばされていた。


 腕が痺れる。しかし間髪入れず、ハギが常人離れした速度で接近し、再び剣を横に振る。それを一気に姿勢を落とすことで避け、手を地面につけて蹴りを放つ。

 当たったのはいいが、ハギはピクリとも動かない。


「やるじゃねえか!」


 ハギは剣を右手に持っている。次の一撃は無手で行なわれた。

 最低限の動きで振り下ろされた拳は、ソニアの顔を掠めて地面に突き刺さった。


 もう、攻撃を続けようという気は起きなかった。


「いいなお前!思ったより楽しめたぜ!」

「ありがとう、ございます」


 蹴りを当てた時、まるで岩を蹴ったような感覚が返ってきた。いくら鎧を着ているとはいえ、蹴られて微動だにしない……なんてことは普通はあり得ない。

 それに速度が異常だ。離れた場所から一瞬で接近するあの速度、あまりに人間離れしていた。


「はっはっは!本当にいいな、早速分析か!あれはな、身体強化の魔法だ。簡単に言えば、魔力を全身に回して肉体を強くするんだ。ま、説明しようがねぇ。ヒントは与えたからな、自分で習得しな」

「身体強化……?」

「んじゃ、またな。油断して死ぬんじゃねえぞ」


 多くを語らず、ハギはここに来た時と同じ扉を潜り、ギルドの中へと姿を消した。


 ソニアは放心していた。自分はある程度戦えるものだと思っていたのだ。しかし実際は惨敗。もし実践で出会えば手も足も出ず殺されているだろう。


 銅等級と銀等級、その間にある差は思ったよりも大きいのかもしれない。


 少し時間が経ち受付に戻ったソニアは、正式に銅等級の冒険者として認められた。受け取った銅製のタグにはソニアの名前が刻まれている。


 初めこそ意気消沈していたが、帰宅する頃にはソニアの意識は変わっていた。

 ただ鍛えるだけではダメだ、魔法についても学ばねば、と。


 前世において、ソニアは接近戦でほぼ負けなしであった。魔法の普及により、接近戦の時代が大きく進んでいるようだ。


 そうなると、自分はこれからどこまで強くなれるのか、気になってしまった。


 誰も指摘しなかったため気付いていなかったが、実はハギの最後の一撃によって頬に切り傷ができていた。

 興奮し切っていたソニア自身も気付いておらず、帰宅した際に顔を合わせたルディアが悲鳴を上げる、という事件があったがそれは別の話。

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