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黒猫の魔導書  作者: 巌沢雪乃
序章 元騎士団長、転生する

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10話 譲渡の理由

 ソニアは改めて短剣を抜き、テーブルに乗せた。魔力視を使えばやはり荒々しい魔力が、短剣を中心に渦巻いているのが見える。


「先ほど話した通り、この短剣には認識阻害の魔法を掛けていました。なんらかの手段で魔力を感知できる人物だけが、存在に気付けるわけですぅ。そんな人をわたくしは探しておりました」


 なるほど、と一瞬思ったのだが、一つ違和感に気付く。


「なぜ商品に触れていい、と?言われた時点であの短剣を認識していなかったのですが」


 ソニアはあの時、触れていいと言われてから魔力視を発動していた。条件に合っているかも分からない平民の子供に触れさせてもいいほど、質の低い商品を扱っているわけではない。少なくとも、平民のほとんどは一生のうちでも、金貨15枚もする剣に触れられる機会なんて訪れないだろう。


 だからこそ不思議であった。まさか死後別の肉体で目が覚めた、なんて状況を知っているわけでもあるまい。なぜ、ただの一般的な平民を「客」と呼び、商品に触れさせたのかがわからなかった。


 しかしオーランドの返答は至極単純。


「勘ですぅ」


 ソニアの頭の中に浮かんだ数々の疑問は、そのたった一言で片付けられてしまった。

 納得できないと眉を顰めるソニアだったが、オーランドは慌てたように口を開く。


「商人の勘は案外馬鹿にできないものですよぉ?少なくとも、我々が成功するのには直感や運の要素も重要ですから」

「……」


 いまいちピンときていないがそういうものなのだろうか。

 しかし、やはりあまり信用はならない。


「それで、見返りに何を求めているのですか?」


 不信感を隠しもせずソニアは問う。


「なぁに、もし帝国を訪れる機会があればわたくしの父に、その短剣を抜いている姿を見せていただければ」

「帝国に行く予定はないのですが……?」

「それならそれでいいのです。少なくともわたくしが見届けたのですから。ただ、一目見ることができれば父は大喜びするでしょうねぇ。あ、その時はこの書状を提示していただければ、父の元へそのまま案内されるかと思いますぅ」


 結局、いまいち納得はできないままではあったのだが、二人は『屠竜の牙』と名付けられたその短剣と、帝都にある《ユグディア商会》の紹介状を受け取り、店を後にした。


「かっこいいねぇ!ねぇ、ちょっと触ってもいい?」

「うーん……危ないかもしれないのでやめておきましょうね」




 遠ざかっていく二人の声を聞きながら、オーランドは冷めた料理に手をつける。


「ずいぶん大人びた子ですねぇ……」


 脳裏に浮かぶのはソニアの姿。成人もしていないであろう彼女は、オーランドのことをしっかりと警戒していた。

 警戒するのは当然なのだが、彼女の場合はどちらかと言うと、見知らぬ人だから……というよりかは相手が商人であるからのように感じていた。


 スープを啜る。素材がいいのか調理がいいのか、冷めてなお口に含んだそれは、複雑な味わいだがそれでいて統一感があり、実に美味である。

 この町に滞在し始めた頃にさまざまな料理店を巡ってみたのだが、今のところはこの店が一番口に合っているように感じた。


 思考を戻す。商人とは、基本的には己の利益を考えて行動する。基本的に言葉には裏があり、警戒して対応をしなければ大きな損失を受けることをオーランドは知っている。

 結果、商人という人種に対して警戒心を深めることはあるだろう。


 しかし、成人すらしていないであろう平民の彼女が、果たしてそんな経験をしたことがあるだろうか?あまり考えられない。


「不思議ですねぇ……」


 考えていても仕方がない、と首を横に振り思考をリセットする。


 父は『屠竜の牙』を扱える人間を長年探し求めていた。その人物がついに見つかったのは喜ばしいことである。

 オーランドも確かに、どのような人物がかの短剣に選ばれるのかと気になっていた。


 ソニアを一目見た時、歩き方から少女のそれでないと感じた。幾度となく戦闘を経験した人間を思わせる、隙のない歩き方だ。

 商品を見る目もそうだ。ある程度武器に精通した人間が、自身の体に合わせて武器を選んでいるように見えていた。


 そんな視線がこちらに向けられた時。オーランドはブルリと身を震わせていた。

 商人など信じていないという不信感のある目。あるいはオーランド自身をも品定めされているのではないかという、あの黒い瞳。


 もう一度あの目で見られてみたい、などと考えそうになってもう一度首を横に振る。

 そんなことを考えてしまってはただの変態である。


 それにしても、可憐な少女であった。彼女の行く末が少し……いや、かなり気になっていた。


「うまくあの短剣を活用してくれるでしょうか……」


 ある意味では家宝と言える短剣を、独断により無償で譲ってしまった。もしかすると父からお叱りを受けるかもしれないが甘んじて受け入れようと思っている。


「またどこかで会えますかねぇ」


 先ほどから独り言を言い続けるオーランドに、店主はなんとも言えない顔をしていた。




 スージーと解散して帰宅した後、短剣について両親に説明するのに苦戦した。受け取るんじゃなかったかな、と思うくらいには。


 寝支度を済ませ、ベッドに横たわったソニアは魔導書と短剣を眺めていた。

 魔導書に関しては使い方も不明なためなんとも言えないが、質の良い武器も手に入った。案外、冒険者を目指してみるのも一つの道なのかもしれない。


 ゴルド曰く、ソニアは一度決めたら撤回しない子供だったそうだ。そのため、冒険者になるという夢を抱き、止めようにも止められない状態だったのだそうだ。

 冒険者は危険な職業である。何も知らず、力もない少女がなって上手くいくかと言うと、微妙である。


 そして、剣を含む装備を整えるのはかなりの出費になる。それらがなくとも、冒険者自体にはなれるのだが、戦う手段なく飛び込んでいい世界ではない。


 だが今は武器もある。ある程度戦える。


 実際のところ、ゴルドも今のソニアが冒険者になることを反対に思っていなかったりする。

 危険はあるだろうが、大人であるゴルドにあそこまで食い下がれるのだ。少なくとも同年代の中ではずば抜けた実力の持ち主であろう。


 翌日、ソニアは両親に冒険者を目指すことを伝えることにした。

 今日はゴルドも出勤する時間が遅く、朝から三人揃って食卓を囲めた。


 食事が進む中で意を決して口を開く。


「あの、成人の儀が終わったら冒険者登録をしようと思うのですが……」

「いいぞ?」

「いいわよ」


 反対されるのではないか、と思っていたのだが、両親の返答は至極単純なものであった。


 理由を聞けば、元からそういう話であったこと、そして実力があるということで、承諾するという形になったそうだ。


「ありがとうございます!」


 実のところ、騎士であった頃にも冒険者を夢見たことは何度かあった。思うままに仕事を受け、思うままに旅をし……日々規則的な暮らしを送っていたソニアにとって、噂に聞く冒険者という存在は憧れの存在であった。


 ソニアが成人の儀を行うのは七ヶ月後。長いようで短いその期間に、できる限り実力をつけよう。そう決心した。

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