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VTuber戦記 ~最強の格闘ゲーマーが底辺に転生してVから這い上がるはなし~(仮)  作者: 安達ちなお


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閑話 過去・葵

 あおいの頬を一筋の汗が滴った。


「熱い」


 思わずそんな言葉が口から出た。それもそのはずである。

 見上げる煌びやかなステージでは、2D格闘ゲームの中でも旗艦的タイトルであるSоRS4(スマッシュ・オブ・ライトストレート4)――通称スマスト4――の決勝戦が今にも始まろうとしている。

 2025年3月の東京ビッグサイトは、熱狂の渦に包まれていた。南ホールを埋め尽くす観客の声援が塊となって飛んできて、耳を打つ。皆の放つ熱気に、頬が紅潮する。


 eスポーツの世界大会であるこのハイペリオングランプリは、エンターテイメントに比重を置きつつも、高額の賞金に実力者が揃うハイレベルな大会だ。対戦格闘ゲームやスポーツ、パズル、ストラテジー、FPSなど多くのゲームで一流の選手が白熱の試合を繰り広げる。


 現地に足を運ぶファンだけでも数万人に上り、試合や会場の様子が配信されれば全世界で延べ数百万人が視聴するのだ。


 ビッグサイト内の各所に設けられた会場では、APEXやLOLなど、誰もが知っている有名タイトルの試合が行われている。詰めかけた観客が、画面に映るキャラクターたちの一挙手一投足に注目している。トッププレイヤーたちの表情を、つぶさに見つめている。


 この場にいる人々だけでなく、配信を通じて世界中のファンが心を震わせているはずだ。

 中でもこのスマスト4は人気のタイトルである。スマストは、ストリートファイターやバーチャファイター、鉄拳などと並び圧倒的な人気を確立した格闘ゲームで、日本のみならず世界中に愛好家が溢れている。葵がその決勝大会の最前列に席を確保できたのは、奇跡にも近い幸運だった。


 今、熱狂は最高潮に達しようとしている。


 SоRSスマストシリーズは、大会が開かれるたびに多くのドラマが生まれてきた。いまだに語り継がれる名試合は数多くある。伝説的なプレイヤーの劇的な勝利シーンは、ネット上で長く語り継がれてもいる。


 だがそれらは今日、全て塗り替えられるだろう。次の試合こそが、間違いなく世紀の一戦になる。葵の胸にはそんな確信があった。


 英雄ヒーローがいる。

 圧倒的な輝きを放ち、見るだけで心を奪ってしまう存在がいる。

 壇上では歓声を浴びる6人の選手の紹介が始まった。この大会のレギュレーションは、3人1チームによる勝ち抜き戦だ。驚くことに、決勝へ進出した2チームは、ともに日本人プレイヤーのみで構成されている。


 その顔ぶれは両極端だ。片方はカリスマ的なプレイヤーを中心にした経験豊富な歴戦の格闘ゲーマーチーム。もう一方は、全員が10代から20代の若きプロゲーマーたちだ。時代を築いてきたベテランチームと、新時代の到来を予兆させる若手チームの対決に、会場のボルテージが上がっていく。


「さあそれでは、スマスト4決勝戦、いってみましょう!」


 司会者が美麗な声を張り上げると、熱狂の決勝戦が始まった。

 ベテランチームの先鋒は、一見するとどこにでもいそうな風体の中年男性に見えた。けれども、この舞台に立っているのだ。きっとすごい人なんだろう。そんな葵の予想は当たった。


 一人のおじさんが進み出た。ベテランチームの先鋒だ。大歓声を浴びても平然とした様子でコントローラーを手にすると、のんびりとした雰囲気とは裏腹に、精密機械のような指使いと安定したプレイイングで若手チームの先鋒をあっさりと破った。大舞台に動揺する気配もない。


 対照的なのは若手チームだ。完敗を喫した痩せぎすの男性は、眼鏡の下の顔を真っ青にしている。明らかに雰囲気にのまれている。


 この決勝は、2ラウンド先取で1本となり、2本を先取すれば勝利だ。いわゆる2先と呼ばれる形式である。つまり、勝つためには少なくとも4ラウンドを取らねばならない。だがけして長期戦でもない。2先とは、まぐれの勝利は出にくいものの、落ち着いている暇など無い短期決戦なのだ。僅かでも平静を欠けば、不利になる。


 若手チームの次鋒は、派手な格好の若い女性だった。金色と桃色と青色の混じった長髪で、濃いアイメイクが威圧的だ。その姿が現れただけで、観客席が沸き立つ。


「アタシがイチバン強えってとこ、見せてやるからな!」


 マイク無しでも会場中に聞こえるくらい大きな声で吠えている。こぶしを突き上げるその勇ましい姿に、観客が爆発的に盛り上がる。対戦相手とは笑顔で挨拶をしたものの、猫背の巻き肩でモニタの前に着座したときには、殺人者のような目つきになっていた。まるでゴングを待つボクサーのような威圧感だ。


 けれど試合は、先鋒戦をリプレイしたかのような内容だった。あくまで乱れの無いベテランチームの先鋒が、あっさりと二本を取って終わった。さっきまで意気軒高だったギャルは、この世の終わりのような顔で震えながら下がっていった。


 若手といえども大会をここまで勝ち抜いてきたのだ。実力に疑いはないはずだ。だがその圧倒的な展開に、葵の脳裏にはベテランチームの先鋒一人が三連勝で決める想像さえよぎる。


 そんな空気を変えたのは、若手チームの大将選手だった。


「さあ、この劣勢を挽回できるのか、k4110(カイト)選手の登場だ!」


 司会の呼び出しに応えて進み出たのは、幼さの残る顔立ちに、すらりとした体つきの子供だった。その姿がステージ上に現れただけで、歓声が沸き起こる。


 プロフィールを見れば15歳と書いてある。けれども年齢に似合わぬ落ち着いた様子で対戦相手と握手をすると、のんびりと対戦席に着いた。不安や緊張の気配は感じられない。


「負ければあとの無いk4110選手、試合開始だ!」


 開始と同時におじさんが巧みに揺さぶりをかけるが、k4110は落ち着いていた。緻密でし烈な攻撃を凌ぎ切り、攻めに転じるとあっさりと2ラウンドを取り1本を先取した。そして二本目では終始攻めの姿勢で、2つのラウンドでダメージを受けないパーフェクトの勝利を掴んだ。


 軽くガッツポーズをしたk4110は、気さくな雰囲気で対戦相手に歩み寄り談笑している。後が無い状態だというのに、この大舞台を楽しんでいる。


 ――かっこいい。


 そんな思いが葵の胸の内に湧いてきた。そして葵は、そんな自分に驚いた。同年代の友達やテレビでアイドルなどを見ても、ときめくことは無かった。けれど今、k4110から目が離せない。


 ベテランチームの次鋒は、アスリートのように引き締まった体と鋭い目つきの男性だった。一流の競技者としての緊張感を漂わせている。そのプレイは、見た目のとおりストイックだった。


 試合開始と共に一瞬のゆるみもない応酬が始まった。

 刹那の攻防、わずかなダメージの奪い合い。


 息つく暇もない戦いを制したのは、若き力だった。k4110が、圧倒的な理詰めと怒涛の正着打で2本をもぎ取った。k4110の操る主人公キャラが勝利のガッツポーズを決めると、会場が大歓声に包まれた。


 とうとう試合をイーブンに戻したのだ。2連敗の直後の2連勝に、歓声が止まない。だがk4110は落ち着いて次の対戦相手を見据えている。


 ベテランチームの大将は、格が違った。格闘ゲームの黎明期から活躍する生ける伝説だ。彼がこの世界をゼロから切り開いたと言っても過言ではない。常にプロの中でもトップで戦い続け、皇帝の異名すら持つ絶対的な王者だ。彼か、それ以外かという存在なのだ。


「決勝の最終戦、両者に後はない。勝っても負けてもこれが最後。さあ、試合開始だ!」


 実況の叫び声とともに、試合が始まった。

 k4110は怖気づくことなく果敢に攻め込んでいくが、皇帝が堂々たる姿勢で迎え撃つ。先ほどまでの試合とは打って変わって、k4110の窮地が続いた。


 攻めは確実につぶされ、コンボの餌食になる。守りの選択は読まれ、成すすべなくダメージが累積していく。あっさりと2ラウンドを失い、1本を取られた。


 続く二本目でも早々に1ラウンドを失った。もう負けられない。絶体絶命だ。

 k4110の背を見るだけで、お腹がきゅうと締め付けられる。緊張で汗が頬を伝う。

 もう本当に後が無い。


「頑張れ、k4110!」


 思わず葵は叫んでいた。

 まるで声援に応えるかのように、k4110の操るキャラクターが躍動した。拳を振る。蹴りを放つ。敵の攻撃を確実にガードし、刺し返すようにパンチが当たり、技がさく裂する。が躍動した。攻略の糸口を見つけたかのように、的確に動き続ける。


「うわぁっ、すごい……!」


 敵の体力ゲージが消し飛ぶ様子を、瞬きも忘れて見入っていた。2ラウンドを取り一本を取り返す。その後もk4110は、まるで純粋にゲームを楽しんでいるかのように笑顔でプレイをつづけた。

 会場が大音声の歓声を送る。最後の1ラウンドが決着する。白く細い腕が、握りこぶしを突き上げる。その姿が、操作キャラのガッツポーズと重なる。

 日本人の中学生プロゲーマー、k4110が世界を獲った瞬間だ。


「かっっっこいい……‼」


 もうk4110しか見えない。きっとこれからの格闘ゲームは……いや、eスポーツという世界は、きっとk4110を中心に回っていくに違いない。ずっと応援していこう。そう心に刻んだ。


 けれどそんな決意は、叶わぬものになる。

 k4110はこの直後、大炎上の末に、姿を消した。

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